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タマオっていうな!  作者: 深瀬静流
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デートクラブはボランティア?

 それがきのうの出来事だった。

 頭が痛い。

 割れそうだ。

 吐き気もするんだ。

 どうしよう。

 いやだ、いやだ、いやだ……。

 お金で解決できるならそうしたいけど、あの、請求書のゼロの数の多さはサラ金の利息よりひどいんじゃないだろうか。

 天保の大飢饉で金で身売りする百姓の娘になった気分だ。

 とにかく、書類を読んでみることにする。

 山崎ヨシ、七十九歳!

 これだよこれ! 年齢だけでぼくパニくっちゃうよ。

 こんな高齢者、ぼくの周りには一人もいないよ。どう扱っていいのかわかんないよ。

 このおばあちゃんの孫の身代わりで田舎に車で連れて行けって、どういうことだよ。

 このおばあちゃんの息子というのは、東大を卒業してるんだよね。そして文部省に勤めているお偉いさんで、奥さんは大学の同級生だった人で現在女子短大の教授をしている、って、やっぱりエリートさんじゃないか!

 長女は二十三歳の東大の院生で、弟がやはり東大の法学部二十一歳の三回生。

 なんだこの家族は!

 子供まで優秀なんて、遺伝子操作でもしたんじゃないかと疑いたくなるね。知能指数って、遺伝なのか? だったらぼくなんて絶望的だよね。

 でも、こんなにすごい息子一家なら、住んでる家だって大きいだろうに、なんでおばあちゃんは施設に入っているのだろう。わかんないなあ。

 おばあちゃんにとって、この息子さんは一人息子なんだよね。

 おばあちゃんの旦那さんは若いときに公害病の喘息で亡くなっているうというから、苦労して女手一つで育てたということなんだろうね。

 それなのに、なんでおばあちゃんは施設暮らしなんだろう。足腰たたなくて、よぼよぼでお世話しきれないとか?

 いやだな、そんなご老人を車で連れて行かなきゃならないのかよ。しかもぼく、ペーパードライバーなんだよね。

 一般道だってひやひやなのに、高速なんか絶対ムリムリ!

 おばあちゃんの息子さんでもいいしお孫さんでもいいから、おばあちゃんを田舎に連れていくぐらいしてやったらいいのに。何とかならないかなぁ。

「珠緒、なに頭抱えてるんだよ」

「保!」

 いつもなら、勝手に部屋に入って来るなと怒鳴るところだが、机に肘をついて頭を抱えていた体勢のまま、近づいてきた保にしがみついていた。

「なんだよ珠緒、気持ちわるいな。なつくなよ」

「保、一生のお願いだよ。ぼくと一緒に山形に行ってくれ」

「はあ?」

 保は机の上に広げてある書類をつまみ上げた。

「例のサークルの件か。いよいよデートの実践に入るんだな。なるほどね、養老院のばあちゃんをチョイスしたんだ。さすが大学のサークルは考えることが違うね。ボランティアも兼ねているのか」

「養老院て?」

 ぼくは立ち上がって保の手の中の書類を覗き込んだ。

「このばあちゃんの住んでいるところは養老院だよ。かっこいい横文字つけて、こぎれいな建物だけど、老人ホームだぜ。会社の旅行でこっちのほうに行ったことあるんだけど、寂しい松林の中をくりぬいて、場違いな建物が建っているから、運転士さんに訊いてみたらそう言っていたよ。もの寂しいところでな、あんなところで暮らすのはいやだなと思ったから印象に残っているんだ」

「施設って、養老院だったんだ」

「でも、こういうところはまだいいんだってよ。市や県の養老院は一部屋に四人だってよ。俺らみたいに一人一部屋で育った者には耐えらんないよな」

 ぼくは黙り込んでしまった。

「けどよ珠緒、七十九歳はないよな。夢も希望も粉々じゃん。せっかくのデートクラブなのに、せめて母親よりは若いオンナの人にしてほしかったよな」

 あはは、と保は笑ったけど、ぼくは笑えなかった。

「保、ぼく、このおばあちゃんを山形まで車で連れて行かなきゃならないんだ。免許は持っているけどペーパーだから、怖くて道路、走れないよ。保、一緒に行ってよ。ねえ保」

「バーカ。行くわけないだろ。何で俺が珠緒につき合わなきゃならねんだよ」

「保、保、保」

「名前を連呼するな。おまえはいつだってそうやって俺を頼るだろ。いい加減に俺離れしろ」

「やだ、保、保、保」

 ぼくは保のお腹にしがみついた。

 保はもう一度書類を見た。

「仕方ないな、来月のお盆だろ? まだ日にちがあるから車の運転の練習ぐらいはつき合ってやるよ。あとは自分のことなんだから自分でなんとかしろ」

「くそ! しょうがない。それで我慢するよ」

 保のお腹から離れたら、思い切り頭を叩かれた。

「なにが我慢するだ。それは俺の方だろ。飯が冷めるぞ。いくら呼んでも来ないから来てみれば、ほんと珠緒っていくつになってもトロくて世話が焼けるぜ」

 保はブツクサ言いながら階段を下りていった。

 すっかり暗くなった窓にカーテンを引いてエアコンはつけっぱなしでぼくも下に降りていった。

 先に茶の間でご飯を食べていた国安さんは、保のお茶碗にご飯をよそったあと、ぼくのもよそってくれた。

 今日は和食だ。

 今年の夏は猛暑すぎて野菜がとれないらしく、国安さんは食卓に乗せる野菜に苦労しているみたいだ。

 ぼくはお肉があればいいから野菜なんてなくてもいいんだけどね。

 保はテレビを見ながらだらしなく卓に肘をついてイカの煮っころがしをくちゃくちゃかんでいる。

 国安さんは保の行儀の悪さを叱らない。それなのに自分は背中を伸ばして、お坊さんみたいに美しい姿勢でご飯を食べている。

 ここは息子を注意してやるのが親の務めだと思うんだけど、働かないで離婚されたあげく、奥さんのところに図々しく転がり込んできたダメ亭主の国安さんには、息子を叱ったり、注意したりする勇気は無いのかな。

「保、肘、つくなよ」

 こんなこと、ぼくが言うことじゃないのにと思いながら保に言った。

「んあん」

 返事ともつかない声を出して保はのろのろと卓から肘を離した。

 国安さんは知らん顔でブリの煮付けを食べていた。

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