複雑な心境
それから僕は五日間ほど、甲輪の操作とロンジン伯母さんの手伝いをするために残った。
病院への伯母さんとおじいちゃんの送り迎え。買い出し。おばあちゃんの汚れた服の洗濯。お金についてのあれこれ。家族会議。送りの儀式についても決めておかなくてはいけない。おばあちゃんのいる病室やその近くにいると、心がふさぎこんで何もしていないのに疲れるんだよ。
そんな状況で、おばあちゃんに近い人ほど心に余裕がない。
どこもそうだと思うけれど、大事な人が死ぬ時は、その大事だった分だけその死に理由を求めてしまうものなんだよ。
他人にも自分にもね。
どうして気づけなかったのかと誰かを責め、気づいてあげられなかったのかと自分を責めて。本当はそういうことをしている場合ではないし、おばあちゃんもそうしてほしくないだろうけれど。
ロンジン伯母さんは八面六臂の仕事ぶりで親戚や家族から四六時中ひっきりなしに通魔が頭に響いていて落ち着く暇もなく――その活躍ときたら全く感謝のしようもないけれど――逆にそれはおじいちゃんや僕の父親が全然段取りを決めたりなんかしていないってことでもあった。
おじいちゃんはおばあちゃんが突然いなくなることに大変なショックを受けているようで、お医者さんの話もよく聞いていないので結局全てロンジン伯母さんが聞いている。それどころか伯母さんから何度も説明しなおしている。
僕の父親はというと仕事が忙しいと愚痴をこぼしながら(どんな仕事かは知らないがね)、それでもおばあちゃんのことでロンジン伯母さんに通魔する。それで伯母さんがなかなか通魔に出られないと、文句を言い出す。
出たら出たでまくし立てるように自分の言いたいことだけを言い、まず相手の話を聞こうとしない。
悲しんで混乱して、余裕がないのはロンジン伯母さんだって同じはずだ。でも二人とも伯母さんの負担を増やすばかりで、本当にこの父子は何なのだろうと思いつつ――それがおそらく遺伝している僕は複雑な心境になる。非難すればするほど反射術のように自分に返ってくる。
「複雑な心境」というのは都合のいい言葉だ。それ以上語ると自分に向かってくるダメージを回避するためのね。
父親が自分を棚にあげて「どうして母さんの変異に気づかなかったのか」とおじいちゃんを責めるのは複雑な心境だったさ。けれど僕はあまりにふがいないおじいちゃんに、せめておばあちゃんの前ではしっかりしていてほしかったから、それを言ってくれてありがたい気持ちもあったんだ。
とにかく、このおじいちゃんと伯母さんと僕の父親という家族は、長い間おばあちゃんがしっかりやりすぎていたのかもしれなかった。
そう思いながら、棚にあるおばあちゃんの若い頃の固着写像を見れば、今まさにしっかりやっているロンジン伯母さんとそっくりなので、僕はまた複雑な心境にさせられる。
全てはエンジェルヒルズの渦海のように繰り返されているだけなのかもしれないってことにさ。
★★★★
病室にはそれから何度か行った。
辛そうなおばあちゃんを見るたびに何かやってあげたいとは思うけれど、おじいちゃんが背中を撫でてあげたら痛がったり病室の繋幻術の音がうるさいと怒られたりしてて、できるだけ同じ轍を踏まないようにしようと思うと尻込みしてしまう。
昔からおばあちゃんの小言はしつこいほどあったけれど、そんな怒鳴る様子を見たことがなかった僕は、珍しく正直な姿――きっとそれは見られたくない姿でもあったのだろうけれど――を見ることができて、意外にも親近感を覚えた。
(およそこの世で重体の病人ほど怒る権利のある人もいないと思うし)
おばあちゃんが入院している病院は、僕の母親アフリカメリアの勤め先でもある。
ある日の午後、仕事あがりの母親が病室に様子を覗きにやってきた。特に言葉数も多くなく、かといって深刻な顔をするでもなく――ちょっとひょうきんな雰囲気さえ携えて――静かに病室にやってくると、耳元でおばあちゃんに挨拶するんだ。
それから自然な動作で黙って手を握ってさすって温めてあげながら、音量の小さな繋幻術を見て、話しかけられたら何かしてあげてさ。それだけだったけれど、おばあちゃんはやがて安心したようにゆっくり眠りに落ちていった。
(そう、こういうことをしてあげたかったんだよ!)
さらりとプロの仕事とお手本と配慮を見せられた気がして、尊敬の念が湧いたよ。
「あんた、ずっとおじいちゃんの家に泊まってるの?」
母親が僕を心配するのはいつも三つだ。仕事、食事、健康。特に幼い時から突発的な頭痛に襲われる僕はいつもそれについて報告しなくてはならないんだ。
だからこの場合はつまり、言外におじいちゃんの家でご飯はどうしているのか、頭は何ともないかを答えるべきだ。
「うん。ニルギリさんとスープを作って食べたり、一人でトゥルビオンを作ったよ。頭痛もルウンの札を寝る時に貼ってるから大丈夫」
「見せなさい」
言うがはやいか母親は左手の指先で四角を描きながら、右手の指はクルクル回して医療札術を行い、瞬間、脳みそが彼女の手に乗っていた。そうやって僕の頭から脳を取り出してあらゆる角度からためつすがめつした後、また指を今度は逆に回して脳みそを戻した。会うたびにいつもこうされる。医療のプロであり母親でもあるのできっと危険ではないだろうとはわかっているけれど、ありゃ慣れないね。
「で、他には何をしたの」
「あとは、ロンジン伯母さんを乗せて甲輪を操作したり、おばあちゃんの服を洗濯したり」
「あんた大変だねー」
(いや、全然大変じゃないです。もっと何か……)
そうして母親は帰っていった。
外の風は冷たいけれど陽は暖かい。難しい季節だった。ブランケットをかぶったパジャマ姿のおばあちゃんは暑い暑いと言って眠れない様子だった。
僕は近くにあったエンジェルヒルズ新聞を折って扇いであげる。
「ああきもちいい」
じっと静かに扇いでいると、まるでおばあちゃんの身体にとりつく呪いを懸命に祓っているような気分だったよ。しばらくして、おばあちゃんは僕に言った。
「扇があるでしょ。うちにいくらでもあるよ」
「うん。今度持ってくるよ」
ロンジン伯母さんの話では、おばあちゃんはその夜に具合が悪くなり下痢をしてしまったらしい。大抵の場合、直腸の内容物は定期的に医療札術で袋に取り出されてから捨てられるのだけれど、その時は間に合わなかったんだと。おばあちゃんは恥ずかしがっていたそうだ。
「ああ、お父さんに見られなくって良かった……」
こんな状況でクマザサおじいちゃんに見られるかどうかを気にしているなんてなんだか馬鹿らしいとさえ思うけれど、ロンジン伯母さんは「女だね」と尊敬したそうだ。
まだ若い男の僕には、よくわからない。
★★★★
少しずつ少しずつおばあちゃんの食べる量は減っていき、食べ物の味もよくわからなくなっていった。
プン粉を水で溶いてサンの実を入れたものをさじ四杯。ソイブをさじ二杯。熱いお茶を少し。
一度に食べるのはそのくらいだった。サンの実の酸っぱい味はわかる。ソイブはわからない。お茶は熱さ冷たさだけわかるみたいだ。
人間は味がしないものをそうは食べられないんだよ。ましてや食欲も無いんだからさ。
「おいしい?」
尋ねても、おばあちゃんは答えない。でもかなり時間が経ったあと、思い出したようにカサカサに乾いた唇を動かして答えた。
「岩グモのスープとプンチャパとチズ漬けが一番おいしいもんねえ」
「……そうだね。早く退院しないとね」
ベッドの横に座り、僕はおばあちゃんによくご飯を作ってもらったことを思い出す。「ウバは、ドロバイの揚げたのが好きだから」ってよく作ってくれていたのだった。
この夜、ロンジン伯母さんから聞いた話だと、おばあちゃんは「ウバが神妙な顔して座ってたねえ」と呟いたらしい。
「ウバくんも心配してるんだよ」
ロンジン伯母さんは目を見ずに答えた。
「そうね、あの子は真面目だから……」
真面目だと思われていて嬉しかったね。その真面目な僕はおばあちゃんが「家の本は全部ウバにあげるわ」と言っていたことを思い出し、その中から幾つか歴史の本を取り出して、翌日に病院へ持っていった。




