ルウン:常に止まっていて全速力の場所
当年とって二十二歳になる僕ウバ・ウェッジウッドに影響を及ぼし、マティ・パの全ての術の源泉たる好奇心と貪欲な探究心と札術の知識を遺していった祖母テン・ウェッジウッドに、心からの感謝をささげたいと思います。
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他人にしてみればくだらないことかもしれないけれど、僕は今だに父親のことを何と呼んでいいのかわからず、本人を目の前にして呼びかけようとしても詰まって詰まって迷って迷って結局「あのさあ」になってしまうんだ。
でもそれは僕のせいというより僕が物心つくかつかないかの時から「パハディだよ〜」と教え込んだあの男――まさかそれがその後二十年近くも僕を悩ませる問題になるとは露ほども知らぬ――若き父親シャンピンのせいだろう。パハディというのは外国語での父親の呼び名で、本人としてはちょっとおしゃれだと思ってそうしたのだろうがお前さんどこからどう見てもバリバリのマティ・パ人だろうよ。
つい父親のことを「パハディ」と言って友達にバカにされたのは術学三年だったよ。気取っていてマヌケなニュアンスがあってね。以来「パハディ」は封印されることになり、僕はいまだに迷っているんだ。
二十年近く経って今更お父さんと呼びかえるのも気恥ずかしくどうするか宙ぶらりんで。そもそもあの男は父親らしいことなんて何一つやっちゃいないんだから。
昔は反抗期の兄クコと共に「クソオヤジ」が定着したこともあったっけ。一度父親を「あんた」と呼んで怒られたこともあったし。
呼び名問題ってやつだ。
壁に入ったヒビを放っておくと更に多くのヒビを生み出すみたいに、数多の問題の根を探ればたった一つのとるにたらない出来事だったりする。
僕はふだん子供達に札術を教えているせいか、呼び名が定まらないのは不安で気持ちが悪くてね。札術は名前が混乱していると使えない。術者には対象の確固たるイメージと厳然たる呼び名が必要なんだ。
そこに僕の弱点がある。どれだけ札術の素質を祖母から受け継ごうとも、家庭内の混沌は僕の弱点となるんだな。
つまりそれは家庭問題だ。
僕は今では見た感じ父親そっくりという酷い有様だけれど、赤ん坊の頃はブライトコスモスもかくやと思われるほどまさに玉のような赤子、誰もが抱きたがるというマティ・パ全域に威光が届くかと思われる可愛さだったらしいよ。にも関わらず、母親アフリカメリアは浮かれずにキチンと「お母さん」と呼ばせた。全く正しい判断だ。僕の母親はそういうことに関していつだって冷静なのさ。さすが長期治癒術師。
そして兄クコ。僕はこの人にとってもとてもとてつもない感謝の念がある。まあそれは後述するけれど、とにかくそれが僕の生まれ育った家族――ウェッジウッド家ってやつだ。
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祖母という身近な人を亡くす経験は初めてだったんだ。テンおばあちゃんは僕の父方で、巨木をくりぬいてクマザサおじいちゃんと二人で住んでいた。
僕の父親は――お察しの通りろくでもない男で――飲みに行ったり遊んでいたり家にいないことが多かったし母親は急病患者が出ればすぐに出かけなければならないので、僕は子供の頃からクコと一緒にそこによく預けられていた。夕食を食べたり泊まったりいたずらしたり叱られたり笑ったりしていたもんだよ。
クコは外に出るのが好きだったけれど僕は頭痛持ちで外で倒れることもよくあってさ、見かねたおばあちゃんは家で過ごせるように、僕にかなり古い札術の本を与えたんだ。そこに書いてあった札には、今ではほとんど使われない古マティ・パ語やファナン語がチラホラ混じっていて難解だったけれど、だからこそ興味をひかれた。
言語はマティ・パの神であり、文化であり世界観だ。知れば知るほど僕の世界は熱した硝子瓶に息を吹き込むように、大きく強くなる。それはいつか完成し、千変万化する美しい玉虫色を帯びるのだろう。まだまだ完成には程遠そうだけれど。
知ってるかい、ファナン語には「ルウン」って単語があるんだ。これは今のマティ・パには存在しない概念だ。無理やり訳すなら「頭の中にある、常に止まっていて全速力な場所」みたいなことだ。
なんだそりゃ。なぞなぞか。初めて教えてもらった時は僕だってそう思ったさ。でも札術に大事なのは、世の中のわけのわからない言葉を自分なりに推測して解釈して理解するってことなんだ。
ルウンはおばあちゃんが僕に初めて教えてくれた特殊な札術だ。
「気持ちを落ち着かせたい時に使うのよ。ウバ、やってみなさい」
僕の脳は生まれつき歪なかたちをしているらしいんだ、母親によるとね。僕は怒ったりびっくりしたり――とにかく感情が大きくなると、途端に頭の中を蛇がのたうちまわるようにグルグルするんだよ。
そりゃ辛いに決まってるよ。
だからそうなった時には、僕はルウンの札を額に貼る。自分の中のルウンを脈打たせ、鎮め、整える。霞がかった頭に風と陽射しがやってきて頭痛は消えるんだ。
ルウンは身近な人ではおばあちゃんしか知らない言葉だった。その会話の中で、僕はルウンがどんなものかを――直伝で感覚的に――掴んで学んだ。
世界が一つ、また新しく色づく。
僕が札術に夢中になるのに、そう時間はかからなかったさ。




