第0番:始まり
エリアMの方角から莫大なエネルギーと共に酷く大きな衝撃を感知した。空気の揺れは拠点内部にいても判る程で、星の天上から巨大な何かが降ってきたのではないかと考えた金はアルカリ金属による調査部隊を派遣した。エリアMはいつもよりも視界が悪く、晶石が粉砕されたらしい粉々によってきらきらと周辺が光っていた。ランタノイドが設置したハロゲン電球の普段の煌々とした明かりさえ曇ってしまっているが、ある程度の視界の確保は可能だった。調査場所に着き、ナトリウム、カリウムの二つの班に分かれて調査を行った。セリウムはカリウムとルビジウム側に付きながら視界が悪い中、それぞれの能力で探知をしていた。一方でナトリウムはリチウムに抱えられながら辺りをきょろきょろと見回していた。
「うーん」と出来る範囲で首を動かしていたナトリウムは途端に「あ」と小さく声を上げた。
「どうしたの? ソーダ」
ナトリウムは何かを見つけたように指を差した。その先を辿ると大きな物体が地面をえぐって刺さっていた。エリアPにある原始の母胎とは全く異なる物質で構成されていて、彼らにとって全く見たことの無い形をしていた。ナトリウムはそれに対して酷く興味を持ってしまったようで、リチウムの腕の中で暴れるが、一番近付けてはいけないメカロニカの為、リチウムは必死の思いで押さえ込み、しっかりと腕を固定できずに震えながらも対象物の写真を撮った。
アルカリが長く滞在するには危険な地域である為、リチウムや他の隊員は瞬時に金に連絡をし、早々に引き返したがナトリウムだけはずっとその物体の一点を見つめていた。
連絡を受けた金は続いて遷移金属戦闘部隊の一部を派遣した。鉄はその謎の物体をさっと見上げ確認すると「ソーダがここの辺りが気になるって言っててな」とノックしてみた。少しずつ場所を変えながら感触を確かめていくと、一定の部分だけが他の装甲と違うように感じ、「ここか」と素手で思い切り打ち破った。この星の気圧に耐えられると言うだけでなく、天上から降ってきたということは星の外からやって来たということだ。それほどの作りの物体を素手で打ち破り、まるで木の皮を剥ぐように銀色の装甲を剥がす。
中には緻密な機械群がエラーを出して真っ赤な警告を出していた。そして気になるのがそれと対面するように座り項垂れている、半透明な球体の頭と薄っぺらく見えるボディースーツを身に纏った謎の人型だ。自分たちと似ているがどこか違うように感じる。すぐに隊員に拠点へ連絡するよう伝えると、鉄はそれを一気に引き上げ、肩に担ぎ上げた。
鉄の横にそっと現れた水銀に気が付くと、「これについて知ってるか?」と何となく聞いてみた。しかし、その担がれた物体を見て、首を横に振るだけだった。水銀はただじっと担がれたそれを観察するように眺めている。だが決して近づき過ぎないように距離を取って。
「鉄の旦那ぁ」
すかさず反対の脇から銀が顔を出した。
「これはぁ、もしかしたら“ニンゲン”かもしれませんよぉ」
「ニンゲン?」
「はぃ、えー多分、彼なら知ってると思うんですけどぉ」
いやらしく水銀の方を横目に見る銀に溜息をつくと、鉄はもう一度水銀に聞いた。
「何か知ってるのか?」
純粋にただ気になって聞いただけだが、水銀は答えづらそうにどもりながら、「何も」と言った。「でも……僕よりも、ウランたちの方が知ってると、思う」
責めているわけではないのだが、水銀はかなり遠慮がちになっていた。ウランの名を出すと、鉄は「あー」と思い出したように唸った。
「あいつらか……まあ一度、持てるだけ持って持ち帰るか」隊員に資料となるようなものを片っ端から持つように指示を出す鉄に、おずおずと水銀が提案をした。
「僕が聞いてこようか? 彼らに」
「おう、頼んだ。とりあえず諸々は俺から話しとくよ」
彼らと話せるのは一部しかいない。中でも水銀は優秀だ。鉄は水銀を高く評価していた。「わかった」と頼られて少し嬉しいのか無表情ながら鉄には口元は微笑んでいるように見えた。
そうして二手に分かれ、鉄一行はニンゲンと呼ぶ異種と謎の構成物の一部を持ち、エリアDの拠点へ戻った。
*
光の無い真暗闇に立っていた。否、立っているとは言い難い。何故なら方向感覚がまるでないからだ。上下左右の区別がつかない。一歩を踏み出していいものか悩むほど何も見えない。次第に自分の存在ごと闇に呑まれて消えてしまうのではないかという錯覚に陥る。錯覚どころかもうなっているかも分からない。私は誰だろう。一体どこへ向かうというのだろう。徐にそっと顔を手で覆った。感触は伝わる。これは自分の手だ。ただしかし、顔が無かった。真っ平らというよりは雲を掴むような感覚に近いが、目も鼻も口も認識できない。手のひらの温度も形も感覚も伝わるのに、顔だけが分からないのは些か不自然だ。しかしこれは夢ならばそう言う意図があるのだろうと思った。夢には必ず何かしらの理由があるはずだ。
────気配がする。
夢から醒めた気はするものの何も見えないが、周りに何かがいる気がする。それも複数の気配だ。体は全く動かせず、指の一本さえ微動だにしない。ただ躰を横に寝かせられているのだけは分かった。
「早く出て行ってくれ、気が散るだろ」
「良いじゃない。見学させてよ」
「そうだそうだ!」
「全く……」
何だか賑やかな声が聞こえてきた。なんの話をしているのだろう。
「それじゃあ、手術開始だ」
その声と共に、再び瞼が重くなっていく感覚に陥る。体が、頭が物凄く重い。ただ痛みは全くなかった。麻酔によるものだろうか定かではないが、今はただ、楽になりたい。そう思い、見えない相手に身を任せることにした。
異種が目を覚ました時には呼吸が安定して行えるように酸素によって救命措置が取られていた。急拵えとは言え、異種の為だけの設備はかなり高度なものだった。それは水銀が手に入れた情報と、金が後払いを保証して銀から情報をもらったことによるもので、他の元素体からすれば見慣れない光景だった。その為、異種やその部屋を一目見ようと扉付近には好奇心旺盛な元素体が勢揃いしていた。
金はすらりと、まだ状況を把握しきれておらず、静かに困惑する異種の前に美しいお辞儀を披露した。
「私は金。オーラムや先生とも呼ばれている。ここの指導者をさせてもらっている者だ。君はどこから来た何者か、教えてくれるかな?」
怖がらせないようにするための配慮なのか、金が膝を折って異種に目線を合わせて話しかけている。その様子がいかに衝撃的な光景かを元素体たちは知っていた。絶対的な存在である金が酸化を恐れずに、更に見知らぬ人型のために膝を折って目線を合わせるだなんて指導者のすることなのか、そんな思いで扉越しから様子を見守るものたちがいた。
異種は答えなかった。一先ず状況を整理せねばならないと思いつつ、圧倒的な輝きを放つ金から目を離せずにいた。呆然として眺めていると、
「ふむ。言葉は分かるか? 口が聞けないのか? それともどこか損傷しているのか……また中を見てもらうしかないだろうか」
自分よりも圧倒的な美貌と大きな背丈に恐れているのか、異種はじっと金を見つめ続けていた。否、内心はただ動揺しているだけかもしれない。自分を放ってぶつぶつと何か話し始めた金に対して少しばかり緊張が解けてきたようにも感じる。とは言え何も現状は変わっていない。少し視線を動かせば、金の背後にある扉に目がついた。扉にはガラス窓が嵌め込んであり、部屋の外から覗く影がわらわらといるのに驚いた。ここはなんの施設なのだろう、自分は一体どうしたのだろう。そんな疑問が溢れるばかりだが、声が思うように出なかった。出し方すら忘れてしまったのかもしれない。下に視線を動かせば、自分は斜めになっている横長の椅子のようなベッドに寝かされているのに気がつく。まるで研究室か、人体実験でもされるような実験室のソレだろうかと思うほど無機質で温度を感じられない。部屋を見回しても、様々な機械が置いてあるがやはり人が作ったものとはどこか違うと感じた。記憶の断片を探り起こして地球の研究室を思い返してみてもこのような部屋は見たことがない。部屋どころか機械すら見覚えのないものばかりだ。不思議な感覚として肌に感じるが、それ以上の情報は入ってこない。
「まあいい。とりあえず、私が見えるか? 見えるならば何か反応してくれないだろうか?」
真っ直ぐと目を見据えてくる金に息を呑む思いだが、ゆっくりと首を縦に動かしてみた。
「ほう、聞こえていて見えているのか。それならいい。よし、まずは君の精密検査をもう一度行いたい。我々とは体の作りがまるで違う上、未だ研究段階でね。君の状態を正確に知りつつ、勉強させて欲しい」
なんだか不思議な頼みだと思いつつ、了解の意を込めて首を縦に動かした。
分かったことがある。ここは全く“未知”の惑星ということ、そして彼らは“生物ではない”ということ。しかし人間のように感情があり、意思があり、使命に奔走する存在だということ。
「検査の結果はどうする? 聞くかい?」
金は軽やかにそう聞いてきた。聞くしかないだろうと思い首を縦に動かした。
「それなら結果が出るまで皆で広間で暇を潰そう」
異種たちがいたのは指導者が使用するエリアであり、会議室から武器庫までなんでも揃っているらしく、他の元素体の出入りも自由。決まったルールも特にないが、「反応」が激しいものには厳重に注意するという。そこから歩いて(金たちはどちらかというと空中浮遊に近いが)広間へ向かった。広間は指導者のエリアと他の元素体が使用する寮の境目にある大きな部屋で、皆が集まる際や当番がない元素体など各々が自由に過ごせる空間と言える。何があるというわけではないが、部屋の一部が弧を描いた言わば舞踏室のような広さとデザインをした部屋だった。ハロゲン電球が光源として煌々と周囲を照らしているところを見ると少し研究室を恋しく思った。広間には既に何人かいて元素体が談笑していたが、異種には一切興味はない様子で見向きもしなかった(金には軽く挨拶をしていたが)。
異種は少し居心地が悪かった。金はかなり親切に話しかけてくるが、他の元素体は遠目から眺めていたり、訝しげに見ていたり反応は様々で、好意的なものは好奇心旺盛な性格ばかりだろうと推察した。それもそうだろうが、どこか異質に感じた。その異質さがどこから来るものなのか皆目見当もつかなかった。
「しかし困ったね。呼び名が欲しいな」
「ねーぇ、このこにちかづいてもへーき?」
金がじっと異種の顔を覗き込むと同時に幼い子供が金をつついた。
「うむ。資料によれば酸化水素が多く関わっているようだから、絶対に触れてはいけないよ」
「むー」
どうやら彼女(性別はないようだが)は酸化水素、つまるところ水分に反応するようだ。金に忠告を受けた子供は名残惜しそうに元いた場所へ戻っていった。名前でも分かれば対処できるだろうか、と金の方を見ると、にこりと笑って「彼はナトリウム。ソーダと呼ばれることも多いな。リチウムとよく一緒にいるよ」とその子供、ナトリウムの方を見ながら話した。
かなり個性が強いようだ。他の元素体も名前通りの性質をしているのかもしれない。記憶が混乱した異種の心の中ではかなり好奇心に満ち溢れていた。知りたい。彼らのことを。
「君は言葉は分かるようだが、話せないのか?」
不意に金はそう聞いた。答えようがなかった。先程声を出そうとしたところで全く声が出せなかったのだ。
「まあ結果が出次第ってところだな」
異種の困惑した素振りを見て、少し切なそうに遠くを見つめた金の横顔はどんな美術品よりも美しいと思った。
「オーラム先生、結果が出たよ」
そう言いながら入ってきたのは白衣の元素体だった。タブレットを受け取った金は慣れた手つきでざっと読むと、「ほう」と声をこぼした。
「簡単にいうと、内部に損傷が見られるようで、心臓はほぼ無傷であったことから再生した、というところだな。我々がした治療は損傷した内部の縫合や赤血球懸濁液の供給がメインだが、その中でも土台の損傷も見られたことから」
「回りくどいよオーラム」
金が饒舌に話していたのを遮るようにまた美しい元素体が現れた。
「俺は白金、よろしくね異種くん。彼が話していたのはつまるところ、あなたの内臓や脳の損傷、骨折を見つけたから輸血をしつつ、適切に治療をしたということだ。それだけ分かれば良いだろう。それと、言葉が出ない現象についてだが、調べても分からなかったから、きっと精神面から由来する異常だろう。時間が経てば戻るんじゃないかな。リハビリには付き合うよ。他の……そうだね、トランジたちとかどうだろう」
白金が努めて明るく話し、その横から少し黒っぽい肌の元素体が顔を出した。
「俺たちはまあヒマが多くてね。仲良くしようぜ」
とても気さくに軽く挨拶をすると、手を差し出してきた。
「彼は鉄。触れても問題ないよ」との白金の言葉に背中を押されて握手を交わした。
「異種ってのもなんか嫌じゃないか? 先生、なんか名前つけてやりなよ」
「俺よりオーラムの方がいいんじゃないか?」
横目で金を見やるとタブレット片手にまたぶつぶつと何かを言い続けていた。白金に横槍を入れられても一切動じず、自分の世界に入れるのだから彼は大分マイペースな性格なのかもしれない。
「導師……ドクターはどうかな」
「指導者の上ってことか?」
「もしかしたら、我々の知らない何かを知っている可能性がある。少なくとも、ここに来れただけで相当の知識や技術があるはずだ。だが彼自身に技術がない場合、知識がない場合も無くはないだろう。しかしこうして我々の技術で治せるほどの損傷しかしていなかった。きっとあの構造物の内部でかなりの知恵を絞ったに違いない。ならば知識はあるだろう。技術面は不明だが、知識があれば申し分ない。我々が必要とするのは知識、技量。エリアMの探索やあの場の研究に、これ以上我々だけではどうしようもないのではないか、そう考えると彼は必要だろう。私や白金が指導者として居るのはほとんどの化学反応を見せない揺らぎが無いからだ。だがこの生命と呼ぶべき異種はどうだ、ナトリウムの手によって破滅することも考えられる。水銀の毒素にも弱いかもしれない。それにあのエリアMのアクチノイドも含めてだ。だが彼ならば、我々の知らない何か知っている可能性があるならばそれに賭けるのも悪くは無いだろう。どうだい、白金。君はそう思わないか?」
とても理屈っぽく、現実的な見解だった。白金は頷き、「オーラムが言うならばそうなんだろう」とだけ言った。この二人は本当に信頼し合っているのだろう。白金は多くを語らずとも、金が言うなら、そう考えるなら従おうとする。危ない橋を渡ろうとすればきっと止めるのかもしれないが。
「じゃあ、あんたのことはドクターって呼ぶぜ。改めてよろしくな。俺のことは鉄でいい」
肯定するように首を縦に動かした。
「一先ず、あなたの部屋を用意しよう。それと、外へ出る時の装備も渡そう」
また少し待っていてくれと言って白金は指導者エリアへ向かった。
*
少し前。
水銀は不思議な気持ちでいた。あれがプルトニウムたちを作った“最悪の異種”なのだろうか、しかしそうは見えない。プルトニウムは最も人間を嫌う様で人間について知らないかと尋ねた時そのような話をした。代わりにウランやネプツニウムは全てを受けいれているような口ぶりだった。
「――ここにタブレットがある。しかし、ガラスが割れているから使えるかどうか」
「直せる技師はいる、問題無い」
「……その人間を治してどうする?」
「さぁ……僕には分からない」
ただ、皆の役に立てれば。それだけだった。その場で連絡を受けて来ていた白金にタブレットを渡した。素手で触れられない為、手袋をはめた状態でウランから受け取ったものだ。触れた部分は合金にはなっていないようで少し安心した。受け取った白金は先に戻ってもらった。人間の修復の為に最善を尽くしたことだろう。
水銀はただ分からなかった。自分はアクチノイドの様に毒を持っている。しかし彼らほどの毒素はない。彼らと共にいた方が良いのではないか、自分が拠点に戻るのはいけないのではないか。そんな考えがぐるぐるとまわる。
研究所の外でぼーっとしていると、ネプツニウムが背後から声をかけた。
「きみがいきたいところへいけばいいのよ」
「……行きたいところ?」
「そうだよ。わたしたちは、あそこへはいけないからここにいる。オーラムたちとのやくそくだから」
不安そうな水銀を気遣ってか、ネプツニウムはふわりと優しく諭した。
「そう……でも、僕は」
「わかるよ。にうのしょうくつのいりぐちにけいこくをだしてるのも、あのこたちがいかないようにしているんでしょう?」
「……そう、他の元素体があの場へ行くのは、きっと悪いことだから」
そう言うとネプツニウムは頷いた。
「きみはちゃんとわかってる。それでも、たすけたいんだよね。 ……わたしたちはここにいる。だから、きみもいきたいところへいって、もどってきたければもどればいいんだよ。 ……プルトニウムは、すこしきむずかしいだけだから」
「……ありがとう」
ネプツニウムの励ましととれる言葉はすっと身体に馴染んだ。一言礼を言うと、ネプツニウムは優しく微笑んだ。
プルトニウムはネプツニウムの下の兄弟のようなもので、ウランから生まれた実験の為の存在だった。メカロニクス鉱力研究所跡地で生まれたプルトニウムはその出自を酷く嫌っていた。前のウランの記憶を受け継いだウランや達観したネプツニウムとは対称的で、かなり感情的だった。性質に起因するのだろうが情緒が不安定とも言えた。水銀が人間の話をした途端人間への恨みを話し出し、そして部屋の隅で頭を打ち付けながら自分の存在を恨み始めたのだ。
水銀はプルトニウムに酷く同情していた。自分は人工物ではないが、忌み嫌われる存在に等しい。自分に出来ることが分からない、ただの毒物ではないのか。だが金や白金、鉄は味方をしてくれる。それでも自分を許せないのは、無意識にアマルガムを起こしてしまうような性質と、臆病な性格にあるのかもしれない。
考えていても仕方ない。一度拠点へ戻るか、と気が進まないながらもエリアDへ向かった。
*
導師は部屋を分け与えられ、ヘルメットとマスクが渡された。ヘルメットは鼻先までをガードできるもので、目元はかなり高性能なAIが搭載されていて見える物体や物質の名前や説明が出てきたり、研究班などの元素体が持つタブレットと同期しているらしく、操作画面のようなものも出てくるかなり便利なアイテムのようだ。更にヘッドホンがついており、周囲の“音”を拾い、AIが判断して聞こえやすいように調整してくれるというもの。マスクはマイクがついており、反響させる為ではなく、彼らの通信機器や彼ら自身との通信の為で、声に出さなくても“聞こえる”ようにしたようだ。勿論自分の声を届けることもできる。それはたとえ口から出る「声」じゃなくても元素体がするように己から発信できる「声」でも同じように通信ができる。地球にも似たような道具は存在するが、実際に見たことも使ったこともなかった導師にとってかなり貴重な体験だと言えた。
服は薄手の宇宙服の様だがかなり頑丈なつくりのようだ。元々着ていた服は事故によって破れ、再生しようとしたが動きやすいように改良したと技術班は言った。更に外へ出るなら必要だろうと厚意の上で大きめの真っ白なバッグを受け取った。
押し付けられたと言っても過言ではないが、護身用だと言って細長い刃物も渡された。頑丈なつくりになっていて切れ味も抜群だという。形状は刀のようで打刀から太刀ほどの長さだ。抜くことがあるかは不明だが、一応腰に差しておくことにした。
好奇心旺盛な元素体たちはああでもないこうでもないと様々な物を持たせようとしてきたが、必要最低限で構わないと言い、渋々それで納得してくれたようだ。
そうして一息ついた頃、金が部屋へ入ってきた。
「調子はどうだ?」
「お陰様で、好調です」
「それならば良かった。マイクの方も平気そうだな」
そう感心すると、「君に渡したいものがある」と言って取り出した物を導師に渡した。
「これは?」
「エメルドという。銀や他の商売人の元素体が欲しがるものだ。持っておくといい」
いわば通貨のような鉱石だった。金属繊維で出来た袋にいくつか入っており、エメラルドグリーンのようにもゴールドのようにも見える不思議な色合いをした鉱石だった。形は歪で鉱石それぞれの味がある。
「金の旦那ぁ、後払いって言いましたよねぇ?」
するといつからいたのか、銀が金の背後から顔を覗き込んだ。
「ほら、これでいいか?」
金は特に驚く様子もなく、エメルドが入った小袋を渡した。
中身を確認した銀は「あ〜……」と少し不満そうだったが、「まあいいでしょう。毎度どぅも〜」と軽やかに去って行った。一連の様子に呆然としていると、金は苦笑して「彼が銀。他のものよりもエメルドの価値を見出すものだ」と説明した。
「エメルドって一体……?」
「さあ、私にも分からない。ひとつ言えるのは、相当希少価値のあるものだということだな」
そう言うと金は部屋を出ていった。
エメルドは袋の中でエメラルドやゴールドの光が合わさり、まるでステンドグラスのような美しさを放っていた。この星の中の唯一無二の色彩は、モノクロの星を照らし出し、導師の目に強い印象を植えつけた。




