なんてことない日常会話。
登場人物
エルネスト・ヴァン・ドラクリエ/国籍不明の外国人。白い。
新島縁(にいじま・ゆかり)/「ゆかり」なんて名前だが男の子。高校生。
「ユカリ君、双子の姉妹いるでしょう」
「へ?」
衣更えが行われたばかりの十月のある日。
既に日常と化したドラクリエ邸訪問。
いつもの様に借りていた本を返し、いつもの様にエルネストが淹れたお茶を飲みながらの雑談の最中だった。
「妹がいるけど…何で分かったの?」
特に存在を隠したつもりはないが、話した記憶もまた無い。
「先日見かけたんですよ。他人と云うにはユカリ君に似すぎていたので」
「似すぎって云うか、僕と妹を初見で見分ける人ってあんまりいないんだよ。すごいね、ドラクレさん」
「ドラクリエです。そうなんですか?」
「小さい頃は、じっとしてたら両親でも見分けがつかないくらいだったらしいし」
「確かに、小さくするとそっくりになりそうでしたねぇ」
見かけたと云うその姿を思い出しているのか、エルネストの目が記憶を探る様に斜め上を見る。
「幼児と云うのは自我の確立もまだまだですし、男女の差異も僅かですからね。仕様が無い事とも言えますよ」
「まーね。僕と妹もよく入れ替わって遊んでたから。自業自得と言えなくもないし」
「双子ならではの遊びですね」
「そう。小さい頃は服もお揃いが多かったし」
「今はもう出来ない遊びですね」
「うん、まぁ」
微妙に歯切れの悪い返事に、エルネストが不思議そうに首を傾げる。
「今でも間違われるんですか? 確かによく似てましたけど、男女の差は歴然でしょう?」
「うん。…ありがと」
「何故お礼を言われるのか、よく分からないんですが…?」
「僕を見て、どう見ても男だって言ってくれたのは、ラクリマさんくらいだよ」
「ドラクリエです。…と言うと?」
「簡単に言うと、姉と妹に見られる。未だに」
高校生になっても女子に間違えられる男子の心理と云うのは、結構複雑だ。
「それは……お気持ち、お察しします」
「良いんだけどね。慣れてるから」
吹っ切る様に言うと、縁はソファの背もたれに勢い良く背を預けた。
「えーと…妹さんのお名前はなんて言うんですか?」
エルネストは時々、とても分かり易い話題転換をする。
それは大体において縁の心情を配慮した結果である事が多いから、縁も大抵その転換に乗る事にしていた。
「さとる。覚えるじゃない方って云うか、えーと、りっしんべんの…」
「あぁ、分かりました。孫悟空の悟ですね」
「あ…うん。…『西遊記』も知ってるの?」
「ええ、まあ。有名ですからね、翻訳家としては一応」
「…ふーん」
縁は、またも謎の知識幅につっこみたい衝動に駆られたが、そんなのは今更だと思い直して何も言わなかった。
「ユカリ君にサトルさん、ですか」
「そう。小さい頃は必ず間違えられたよ。縁ちゃんと悟君だね、て」
「でしょうね。…ひょっとして、お二人は早産か極度の低体重で産まれたんですか?」
「ううん。あ、でも確かに未熟児ぎりぎりの軽さだったらしいけど。…え、何でわかるの?」
「逆だからです」
「…名前が?」
首を傾げる縁に対し、エルネストは斜め上を見ながら探る様な口調で言う。
「確か…日本には、子供に異性装をさせると元気に育つと云う考え方があった筈です」
どうやら、視線が斜め上に向かうのは、記憶を探る時のエルネストの癖らしい。
「考え方はそれと同じだと思うんです。ですが、着替えれば終わる服装ではなく、一生変わらない名前を男女逆にした…。実際に、成長に不安を感じさせる要素があったのかな、と」
「それで早産か低体重…」
「ええ。名前を付ける前となると、ぱっと思い付けたのはそれくらいで」
日本人の縁も知らない日本文化に対する薀蓄。
「…日本育ちですか? メリクリさん」
「違います。そしてドラクリエです。…わざとでしょう、ユカリ君」
「やっぱり分かる?」
「ずっと分かってますよ。原型が無さ過ぎます」
「ドラクリエさん、て何か言い難いんだよね…」
「でしたら、エルネストでも構いませんよ」
「エルネストさん、もなんか違うんだよなぁ」
「別に、無理にさん付けしなくても良いのでは?」
「明らかに年上の人を呼び捨てにするのは、もっと違う」
「既に敬語を捨てた人が何を言いますか」
「敬語を外すのは良いの。でも呼び捨ては何か違う」
「はぁ…そうですか」
縁の理屈は、いまひとつエルネストには分からない。
「では、ドラキュラはいかがです? 英名ですから間違いではありませんし、言い易いでしょう?」
「ドラキュラさん、は確かに言いやすいけど…」
「けど?」
「それだと、やっぱりどうしてもドラキュラ伯爵を連想するから。イメージ違いすぎるから却下」
「そんなに違いますか? 荒れた洋館にひとりで住んでる怪しい男ですよ?」
「ドラキュラ伯爵は、荒れてないお城に複数の奥さんと住んでる怪しい男だよ」
「詳しいですね…。ですが、似たようなものだと思いますよ? どちらも怪しい男ですし」
「かなり違うよ。そもそもコロラドさん怪しくないし」
「それはアメリカです…が、怪しくないとはっきり言われたのは、初めてです」
「怪しいとはっきり言われた事はあるの?」
「それは…」
怪しい人間に「怪しい」と告げる為に接触を計る人間はそういない。
「…無いですね」
「じゃあ、怪しくないんだよ」
「そ、そうでしょうか…?」
「そうだよ。…そーだ、それだ」
「? 何がどれなんです?」
「アラスカさんの呼び名。〈伯爵〉にしよう」
「ですからそれではアメリカで………は?」
「うん、それが良い。じゃあ今から採用ね、伯爵」
「ち、ちょっと待って下さい。ついさっきイメージが違うから却下だと…」
「却下したのはドラキュラさん。〈伯爵〉は却下してない」
「そもそも提案していません!」
「でもなんかしっくり来たから。採用」
「そんな大仰な……明らかに名前負けしてるじゃないですか」
「そう? 良いじゃない〈伯爵〉。伯爵は〈伯爵〉っぽいと僕は思うけど」
「伯爵伯爵連呼しないで下さい。と云うか今既に伯爵と呼びませんでした?」
「だって伯爵の話してるんだし」
「伯爵もドラキュラ伯爵を連想する単語になると思うんですが…」
「ドラキュラは一人だけど〈伯爵〉は一人じゃないじゃない」
「それは確かにそうですが…」
本人の反論も空しく。
この日からエルネストは伯爵になった。
いかがでしたでしょうか?
実はこの作品、長編からの抜粋だったりします。
本編はまるっと没にしてしまったのですが、ここのやりとりが気に入ってたので短編として投稿しました。
彼らは常にこんな感じでどうでも良い話をしています。
少しでもお気に召して頂けましたら幸いです。