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たかが三年

作者: ひかめさん
掲載日:2026/03/07

読んで頂きありがとうございます!

誤字報告ありがとうございます!



「ああっメアリー!良かった目が覚めたのね!!!」


「すまなかったメアリー!全て父様の見る目がなかった所為だ…っ本当にすまない」


「父上、見る目の無さは事実ですがそんなに詰め寄ったらメアリー姉上が驚きます。離れて下さい」


「ローリ、お父様、お母様…」


 メアリーと呼ばれた女は、首を傾げて周囲を見る。そして、自分がベッドで横になっていて全身の所々が痛いなと思った所で思い出した。


「私、ターニャさんに突き落とされたのでしたね。実家(ここ)にいるという事は離婚となったのかしら」


 メアリーは弟のローリに訊ねた。まだ、十八歳だが補佐官に助けられつつ当主をしている。両親はローリの雑務を手伝いながら離れで暮らしている。ローリが結婚したら田舎に移りのんびり暮らす予定らしい。


「ええ、当然あちら有責で。慰謝料をもぎ取りましたので姉上の金庫に預けてあります」


「そうなのね。ローリの手間分の費用はきちんと差し引いてくれた?」


「……はい、メアリー姉上ならそう言うだろうとジムに言われて」


 ジムとはローリの補佐官の名前である。父親の代から務めている彼はメアリーの性格も良く理解していた。


「そうよかったわ。それにしても離婚になったのね」


「…別れたくありませんでしたか?」


「そういう訳ではないの。ただ、たかが三年で終わってしまったわ、と思って」


 あっけらかんと言ったメアリーに家族は唖然とした。




 メアリーは素直な性格だった。ただ、融通が利かないというか『教わった事を元にしか考えられない』所があった。


『貴族令嬢として生まれたのなら、家の利益を考えるべきだ』


『女は結婚し夫に尽くすことが幸せである』


『夫の浮気は見て見ぬふりをするのが妻というものだ』


 幼少期に偏った思想を持った教師達から刷り込まれた事をメアリーは常識として吸収した。


 だから婚約時代は「何故こんなに?」と疑問に思って訊ねたぐらいに尽くして来た婚約者が、夫になった途端に本性を出して浮気を宣言しても「わかりました」と頷いた。

 領地経営を補佐官に任せきりで楽しい事に逃げてばかりの夫の代わりに、政務をこなした。家政にももちろん手は抜かず、睡眠や食事を少々削ってでも勤しんだ。

 ただ、途中からは睡眠と食事はきちんと取るように、屋敷の使用人達が懇願して来たため生活リズムは比較的整い、痩せはじめた身体は元に戻ったが。


 つまり、メアリーは離婚しようなんて欠片も考えていなかった。死ぬまでもしくは夫の方から切り出されるまで今の生活が続くと思っていたのだ。

 苦しいとか悔しいとか憎いとかそういう感情は芽生えなかった。メアリーにとっては「そういうもの」で、それ以上でもそれ以下でもなかった。


「離縁された傷物を貰ってくれる方はいらっしゃるかしら?後妻か歳が離れていれば見つかるかしらねえ…」


 できれば、家に利のある条件でなんて贅沢かしら、と呟くメアリーに両親も使用人もあわてふためいた。ローリは呆れと心配の混ざった表情で黙って見つめた。

 皆が必死に止めるのを、特に両親が本気で怒って心配している様子を他人事のように意外に思った。最近は確かに交流があったけれど、両親は根本的な所で自分に興味がないものだとメアリーは思っていたので。


 長女のアンジェが産まれて余裕ができてから次女のメアリーが産まれた。しかし、それまではなかった反抗期がアンジェにやってきて、反抗期が落ち着く頃魔力暴走がはじまった。メアリーは空腹時以外はほとんど泣かず、夜も良く寝る手の掛からない子で、それは年数を重ねても変わらず、結果乳母と侍女に任せきりになった。

 アンジェの反抗期と魔力暴走が落ち着いた頃、男女の双子を出産した。双子は体質的に風邪を引きやすく屋敷中の人間が二人の変化に気を配っていた。その頃には手洗いなどの衛生面や物事の良し悪しもある程度判断ができるようになっていたアンジェは、双子と両親のいる部屋に出入りが許されていた。一方メアリーはまだ五歳で、アンジェの反抗期がメアリーが産まれてすぐにはじまった事もあって、万が一を考慮し遠目に見る事しか許されなかった。

 メアリー付きの侍女達は執事や侍女長にもっとメアリーと過ごす時間を作るよう両親に訴えて欲しいと懇願した。メアリーの性格も普段の様子を確認した執事と侍女長は訴えが尤もであると判断して両親に進言するも聞き届けられる事はなかった。


「「ねえ、お母様」」


「なぁに?」


「どうして、メアリー姉様はひとりぼっちなの?」


「アンジェ姉様は一緒なのに」


「……え?メアリーと遊んだの?」


「うん、メアリー姉様は一緒に本を読んでくれたし、お花も探してくれたんだ」


「頭も撫でてくれたし、お話もたくさん聞いてくれるのよ」


「ご本のお姉ちゃんみたいにすぐ怒ったり意地悪もしないのに」


「「どうして?」」


 双子に言われて両親は漸く我に返った。


 ちなみにアンジェは十三になった時に自分の反抗期と魔力暴走の影響でメアリーが家族と交流できなくなったと知った。それから暫く元凶の自分が話し掛けて良いものか、と悩んだがアンジェが十三歳、メアリーが八歳の時に素直に謝り和解している。その際に両親にメアリーは魔力暴走はしないと思うと伝えているが、聞き入れられる事は無かった。代わりに、と言わんばかりにアンジェはメアリーとの交流を増やし両親の目を盗んでは双子とも交流する時間を設けた。


 協力していた執事と侍女長から話を聞いた両親は自分達の愚かさを後悔したが、過ぎた時間は巻き戻らない。

 久しぶりに会ったメアリーに恨みや怒りをぶつけられる事もなく、「お姉様は出掛けていて、ルーラとローリは授業中ですよ?」と淡白に言われてしまい溝の深さを痛感した。


 子ども達が成長し余裕が生まれるに連れてその罪悪感は大きくなっていった。せめて結婚相手は自由にと思いメアリーに提案すれば、「家に害とならない方であるなら誰でも」と言われてしまった。交友関係はほどほどにあったが、特別気になる相手や婚姻を結びたい相手はいなかったらしい。ならばメアリーを大切にしてくれる相手を探そう。家に利がなくても構わない、そう思って結んだ婚約だったのに。


 まさか、婚姻後に態度を豹変させた挙げ句、縁を切ったと見せかけて愛人を囲い込み、領地経営を押し付け、しまいには愛人によって危害を加えられた。運が悪ければ命を落としていたかもしれないなんて許せる筈がなかった。怒り心頭の両親にやや冷めた視線を送りながらも、ローリとしても後妻や歳上に嫁ごうとするのを止めたいのは同じだった。


「メアリー姉様ずっと家にいて良いんですよ。僕これでも領地経営はうまくやれているので、メアリー姉様一人くらい養えます」


 もぎ取った慰謝料は散財をしない限り数年は働かなくても大丈夫な額あるが、実家に身を寄せれば生活の心配はなくなる。ローリの言い分に両親も笑顔で頷いているがメアリーは首を横に振った。


「マキ様に申し訳無いわ。婚姻先に離婚した小姑がいるなんて嫌に決まっているでしょう。それに良い年をして弟に養われるなんてごめんだわ」


「う…」


「心配してくれた気持ちは嬉しいのよ、ありがとう」


「うん…何か力になれる事があったらいつでも言って」


「ええわかったわ」


「メアリー!」


 バタバタと廊下を走る音が聞こえてノックが終わるのと同時に扉が開いて一人入ってくる。


「姉様お久しぶりですね」


「半年振りね、思ったより気落ちしていないようで安心したわ」


「そうですね、予定より早く結婚生活が終わって拍子抜けしています。二週間は安静にと言われましたので、その後はどこかで働けないか情報を集めようかと思っておりますの」


「なら、魔術師団の事務員にならない?来月一人退職するのだけど代わりが見つかっていないのよ。メアリーなら大歓迎なんだけど」


「まあ」


 アンジェは魔術師になっていた。結婚はしているが仕事を続けている、この国では珍しい女性である。婚姻先でのメアリーの仕事振りを調べ上げていて、チャンスがあれば勧誘しようと魔術師団長に打診済みだった。近い将来離婚する事になると見越していた。というより実際何度も離婚を勧めていた。メアリーが頷く事はなかったが。


「そうね…姉様紹介をお願いしてもいいですか?」


「もちろんよ!試験と面談はあるけどメアリーなら合格すると思うわ!」


「そうなるように頑張ります」


 朗かに笑う妹に笑顔を返しながらも、元婚家に流通させていた魔道具のメンテナンスを全て断ってやる、何なら流通価格だって五割増しにしてやる、いっそ止めるかと決めたアンジェである。彼女にはその決定権があった。不当だと言われた所で「神に誓った相手を蔑ろにする輩と信頼関係は築けない」と言い張れば良い。実際、慰謝料を支払って財産が減った上にロクな経営手腕もない領主。どのみちメンテナンス料金や新しい魔道具を買う金は出せないだろう。


(それとも、滞納金を膨らませて没落させてやろうかしら)


 アンジェは怒り心頭だった。


「メアリー姉様!お帰りなさいませ!クズの愛人に殺されかけたと言うのは本当ですか!?明日から社交界でつま弾きにしてやりますわ!!!」

 

 トコトコとやってきたのはローリの双子の姉ルーラ。

 姉弟の中で一番容姿に優れ、社交界の華と呼ばれるルーラは儚げな雰囲気とは裏腹に苛烈な一面を持っていた。母曰く、外見中身含め祖母に似ているらしい。


「ルーラ、あなた妊娠中でしょう。そんなに興奮してはお腹に障るわ」


「う…ですがメアリー姉様」


「あなたやお腹の子に何かあればギルベール公爵閣下に顔向けできないわ。今は自分とお腹の子の事を一番に考えて」


「はい…」


「あなたが自分の事のように怒ってくれて嬉しいわ。産まれたら私にも抱かせてくれる?」


「もちろんですわ!」


「きっと離婚していなかったら会いに行くのは難しかったから、そういう意味で良かったのかもしれないわね」


 朗らかに笑うメアリーに家族や使用人は複雑な心境になった。



 それから一月後には王宮で働きはじめた。アンジェの推薦で試験は受けたが、実力で合格となった。むしろ、他に取られたくないとその場で雇用契約を結ぶ事となった。


 メアリーはよく働いた。

 仕事のミスは少なく、ニコニコと常に笑顔な彼女は同僚からはもちろん、癖の多い魔術師達からも徐々に受け入れられた。

 気づけば三年経ち、他者のフォローもできるようになった。生活にも余裕が出来て、最近は隠れ家的なお店を探すのが趣味になりはじめていた。


「その…メアリー殿」


「どうしましたか?アシュリーさん」


「……甘いものは好むだろうか」


「はい、好きです」


「そ、そうか!……その、評判の菓子屋があるのだが、どうも最近開発した魔道具を使用しているらしくて気になっていてな。ただ、外観や内装が女性向けで一人では入りにくくてだな…よければ店に行くのを付き合って貰えないだろうか」


 早口で告げられた内容に、つまり視察か、と判断したメアリーは業務を確認する。


「明日の午前中か三日後の午後でしたら有給が使えそうですが如何でしょうか」


 部署によるが、魔術師団では有給を使った視察が認められている。ワーカーホリックが多く、有給消化率が著しく低い為の苦肉の策らしい。ちなみに有給消化中は魔術棟に入ることは許されていない。仕事をはじめるので。


「三日後の午後で。よろしく頼む」


 去っていくアシュリーの後ろ姿を見送ってメアリーは仕事を再開した。


 魔術師団は希望者は寮に住める。家賃は発生する為、予算によって、四人、二人、一人部屋に分かれる。メアリーは一人部屋に住んでいた。今日はアンジェが泊まりに来る日で、近況を聞かれたメアリーはアシュリーとの視察についても話した。


「アシュリーさんとデート!?」


「デートじゃないわ。視察よ」


「視察ねえ…メアリー服は考えているの?」


「服…?視察なのだから仕事着のままでも」


「女性が好みそうな外観の店に行くのでしょう?浮かない格好の方が視察もしやすいと思わない?」


「確かに……」


「そうと決まれば服装と髪型と化粧よ!お姉様に任せなさい!」


 アシュリーは勤務態度は至って真面目であり、魔術研究や魔道具開発の腕も良い。人間関係はやや消極的だが問題は起こしていないし、何よりメアリーからよく聞く名前だった。アンジェは張り切って妹を着飾ると決めた。




その頃、


「メアリーさんとデート!?やったじゃないかアシュリー!」


「多分、メアリー殿には視察と思われたが」


 訂正する勇気が無かった、と項垂れる同僚に同室の男、ロランは励ますように肩を組んだ。


「毎日欠かさず挨拶をする所から一歩前進じゃないか!嫌そうにはしてなかったんだろ?」


「多分…だが、彼女はだいたい笑顔だ」


 いつも笑顔で話しかけやすいと評判の彼女が視察だと思っているのに、嫌な顔をするとは思えなかった。


「それは確かに…でも引き受けてくれたんだ!当日は精一杯エスコートしないとな」


「そうだな…甘いものは好きらしいが、喜んでくれるだろうか」


「ちなみに服装はどうするんだ?」


「…仕事着(これ)では駄目か?」


「駄目だな」


「駄目か……だが僕はセンスが無い。正直仕事着が一番マシだと思う」


「…確かにお前の私服ってゆるっとしてて部屋で快適に過ごす感じのが多いよな」


 外に出るのは仕事関係が多く、仮に私用で外に出る時も上からローブを着て誤魔化している。魔術師=ローブと認識されているのも大きい。だが、三日後に行くのは可愛らしい喫茶店。そんな所にいかにも魔術師な服装の男を連れて店に入る事になるメアリーが気の毒である、とアシュリーは気づいた。


「……急ですまないが服を買うのに付き合ってくれないか」


「そりゃいいけど、珍しいなお前が俺に頼るなんて」


「自分から誘っておいて、努力しないのは不誠実だと思っただけだ」


 目の下にできた隈は数日ではどうにもならないし、目つきが悪いのも誤魔化すのは難しい。

 せめて、服装だけでもどうにか取り繕わなければ。

 アシュリーは必死だった。





「アシュリーさん、お待たせしました」


「僕も今来たとこ…………」


「アシュリーさん?」


「んんっ…その、雰囲気が違うな…………に、似合っている、と思う」


「ありがとうございます、姉が選んでくれたんです。アシュリーさんもローブがないと雰囲気が変わりますね。素敵です」


「そ、そうか!普段は着ないが……着てみるものだな。ロランに礼を言っておこう」


 ロランが選んだ服を半信半疑の思いで着てきたが、アシュリーは今心の底から感謝した。





「……んっ冷たくて甘くて美味しいですね!」


「ああ、このチョコミント?とかいうのは後味がスッキリする」


 出された氷菓に揃って舌鼓を打つ。室内は程よく温かく、冷たい氷菓で身体が冷えすぎると言うこともない。


「外観や内装だけでなく、室温などの快適さも人気の理由なのだろうな」


「そうですね!膝掛けの貸し出しもあるようですし、下町のお店でここまで細かなサービスがあるのは珍しいです」


「氷菓もこんなに種類があるとは驚いた」


 シャーベット、アイスキャンディ、アイスクリーム各々十種類ずつあり、他にもパイやパンケーキ、一部のドリンクにアイスクリームを載せるメニューもあった。

 今は春先。過ごしやすいといっても今までなら氷菓を売り出すことはできなかっただろう。


「これも氷蔵庫のお陰ですね」


 メアリーは別のフレーバーのアイスクリームを嬉しそうに口に運ぶ。


 最近開発した魔道具とは“氷点下維持装置内蔵型保存庫”と呼ばれる従来あった“冷気内蔵型保存庫”の改良バージョンである。冷気内蔵型保存庫が3度~10度を維持できるものであったのに対し、氷点下維持装置内蔵型保存庫は-5度~-20度まで維持できるようになったのだ。大量生産は難しく値段は高額だが、評判は上々。さらに研究を重ねて軽量化や小型化、を目指している。

 買い手は貴族や金のある商人がほとんどだったが、下町の喫茶店で購入されたと聞いて興味があった。



「しかし、まあ…すごい人気だな」


「ここは元々冬限定で氷菓を売っていて、その時から人気でしたから」


「なるほどな、それであんな列が出来ているのか」


「ええ、よく予約が取れましたね」


「個室だったからな、割高になるからたまたままだ空いていたのだろう。運が良かったな」


 本当は個室を一つ一ヶ月間貸切にしていた。メアリーの都合の良い日がわからないのと、列に並んでいる時間間を持たせる自信が全く無かったのである。当然高くついたが、就職してから使うこともなく溜め込んでいたから支払いは可能だった。むしろ、気まずい沈黙を避けるためなら安いくらいだ。アシュリーは本気でそう思った。何より、


「こんなに喜んでくれるなら万々歳だ」


 氷菓にうっとりと舌鼓を打つメアリーが見れただけで大満足なアシュリーである。

「そんなだからいつまで経っても先に進まないんだ」と同僚の声が聞こえた気がしたが無視をする。


 そもそもアシュリーが氷点下維持装置内蔵型保存庫を開発しようと思い至った経緯が、メアリーが「冬以外でも氷菓が食べられたら良いのに」という何気なく呟いたのを聞いたからである。それを知っている同僚はそんなに好きならデートに誘え、告白しろと散々せっついたが、「まずは週一で挨拶から…」、「仕事でスムーズに話せるようになったら…」、「毎日自然に挨拶できるようになったら…」と本人なりに努力を重ねた。メアリーに恋人ができるかもしれない恐怖と闘いつつ、そうなったら自棄になって貯金をすべてはたいてお祝いしようと、むしろそうなる可能性の方が高いよなと後ろ向きに考えつつ本日を迎えた。この期間三年である。



「先日提出した書類、専門用語が多かったと思うが大丈夫だっただろうか?書式もややこしくてな…不備がないか気掛かりだったのだが」


 話題が思いつかず結局仕事の話を振るアシュリー。気の聞いた会話術の本を散々読み漁った効果はなかったようだと内心項垂れる。


「アシュリーさんの書類はミスが無くて、難しい内容の物にはわかりやすい添付資料を付けて下さるのでとても助かっています。質問にもわかりやすく答えて頂けますし…。ただ、私が不勉強な為に手間を取らせてしまっているのではないかと思うと申し訳無くて」


「僕達の研究は魔術師の中でも専門的で分かりにくい用語を多用する。それがわからないからと君を不勉強だとは思わないし、添付資料の作成を余計な手間だとも思った事はない。むしろ、あの添付資料と最小限の質問で理解できるのならメアリー殿は優秀だ。僕の助手になって欲しいくらいだ」


「ふふ、アシュリーさんは褒めるのが上手なのですね」


「む、お世辞ではないぞ。ただ…そうだな……その…なんだ…下心が無いわけではなく」


「何でしょう?私には予算を斡旋できるような権利はありませんが、できる事なら仰って下さい」


「そ、そうではない!予算は実力でもぎ取る!そうではなくて……その、勿論君の能力が優れているのは公然の事実だ。ただ、助手になってくれたら………………一緒に過ごせる時間が増える、ので…う、嬉しいな、と」


「……え?」


「わ、わかっている!研究しか能のない僕から、普段挨拶ぐらいしかしない奴からいきなり言われても気味が悪いだろうが…………メアリー殿、お、お慕いしております」


「…………」


「…………」


「……もしかして」


「な、なんだろうか。確かに君が氷菓を冬以外でも食べたいと言ったのがきっかけだったが、別に盗み聞きしたとかではなくて食堂で言っているのを本当に偶然耳に挟んで……結果的に国益にも繋がる成果となったし…………嫌いにならないでくれ」


「え、そうだったんですか!?」


「その事ではなかったのか!?」


「え、ええ、私は今日の視察は視察ではなくてデートに誘って頂いたのかと、勘違いなら申し訳なかったと思って……私の為に研究を?それに嫌いになんてなりませんよ」


「本当か!?」


「本当です。何で今の流れで嫌いになるんですか?」


「勝手に聞いた上に頼まれてもないのに願望を叶えられたら気持ち悪いかもしれないと思った」


「なるほど……」


 確かにそういう考えもあるかもしれない。例えば全く見知らぬ人からいきなり「あなたの為に研究をして成果を出した!」と言われても嬉しさよりも胡散臭さや恐怖心が勝るかもしれない。でもアシュリーはメアリー担当の魔術師の一人で、その中でもよく挨拶してくれる人で、書類が一際丁寧だ。わからない事を訊ねても嫌味を言ったり威圧的に捲し立てて説明したりせずに教えてくれる。訂正を求めても怒ったりせず、むしろ謝ってすぐに直してくれる人だ。他の魔術師の機嫌を損ねて会話にならない時に仲介してくれた事もある。


「アシュリーさんは優しくて気配りが出来て、お仕事もできるすごい人です。尊敬していますし、私、アシュリーさんが話し掛けてくれると安心するんです」


「…本当か?」


「はい。なので、話が逸れてしまいましたがアシュリーさんのお気持ち嬉しいです」


「……え」


「ふつつか者ですが、よろしくお願い致します」


「…………、…」


「アシュリーさん?」


 バチンッ!!!

 アシュリーが自身の頬を両手で張った。容赦が無かった。頬が赤くなってやや涙目になっている。


「!!?」


「……夢じゃない…痛い…」


「夢じゃないですよ!?」


「…本当にいいのか?僕は結婚前提で、何なら今すぐ結婚したいくらいなんだ。了承されたからもう離れられる自信がない。絶対無理だ」


「私も婚約するなら婚姻を前提としています」


「僕の実家は子爵なんだ、君の家は侯爵家だろう?あまりにも家格が釣り合わない。諦めるつもりはないが御両親の説得に時間を要する可能性は否めない。その途中で君にもっとふさわしい者が現れても僕は手放せなくなる」


「多分、両親は反対しないと思います。私が離婚した理由をご存じですか?」


「ああ、聞いたとき男と愛人を地獄に落とす方法を何百通りも考えた。君という宝を手に入れておいて大切にしないなど、どうしようもない愚か者だ」


「その事で両親は負い目に感じているようで、再婚するかしないかも任せる。する場合も相手は私が選んだ人なら誰でも良いと言われているんです。なので、私がお慕いしていると伝えたら反対なんてされないと思います」


「そうか……それでも、最初の挨拶は僕にさせて貰えないだろうか?君の事を大切にすると君の家族にわかって貰いたい。これは僕のエゴだが、君を大切に思う人達にも安心して貰いたいんだ」


 認めて貰えない可能性も大いにあるが、という不安はどうにか呑み込んだアシュリーである。


「ありがとうございます。アシュリーさんなら大丈夫だと思いますが、よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしく頼む」


 それから二人は追加で軽食とアップルパイのバニラアイス添えを注文して堪能した。



 こうして帰宅後早速ディザード侯爵家(メアリーの実家)に手紙を認めたアシュリーだが、メアリーの事なら幾らでも書ける彼の手紙は気づけば十枚を超えていた。流石に長過ぎると五枚にまでどうにか抑えて手紙を出した。二日後家に呼ばれて昼食を囲い、メアリーを除いた家族からそれぞれ質問をされ正直に答えて、夕食に誘われ流れで泊まりとなり、メアリーの父親と弟のローリと夜更けまで酒を飲み、次の日の昼皆から感謝されて婚約を認められた。


 そして一月後に結婚した。本当は式をあげてからの予定だったがメアリーに密かに想いを寄せていた文官の動きが不審だと情報を得て、先に入籍を済ませて万が一の可能性を潰した。その文官の実家は侯爵家だったので。


 結婚してからも暫くは適度な距離感からの交流からとなった。住む家は同じだが、文通の代わりに交換日記をして、休みが会えば外に出掛けたり家でゆっくりお茶をし、読書などお互いの好きな事を話した。休みが合わない日も朝と夕は可能な限り共に食事ができるよう調整した。

 メアリーは元夫が婚約者の時は献身的だったのが結婚してから本性を現して蔑ろにされた過去をふと思い出した。そして、アシュリーは(ほとんどなかったが)婚約者の時は緊張からなのか表情が固く時々挙動不審だったのに対し、結婚してからは表情も声も態度もすべてが柔らかく何なら甘いぐらいになった。



「二人の門出に乾杯!」


 上機嫌な男の掛け声にメアリーとアシュリーも続いて乾杯した。


「本当はもっと早く祝いたかったのに、アシュリーが遠慮するからな~照れ屋か!」


「別に照れてない」


 服装を相談した手前律儀に報告したアシュリーはロランから祝いの場を設けられた。断ったものの、何度も粘ってくるロランとの会話をメアリーに聞かれて彼女が了承した事によって実現した。

 ロランが「奢らせてくれ!」と予約した店は《灯籠の館》というこぢんまりした飲食店。滅多に顔を出さない料理長の主人と朗らかで優しい夫人が二人で回しているこの店は、完全予約制で常に一月先まで埋まっている人気店だ。


「~っ美味しいです!」


「美味い」


「だろう!?前に副団長に連れてきて貰った事があってさぁ、マジで美味いんだよなここの」


 うんうん、と誇らしそうに頷きながら、ロランも肉の煮込みを食べる。舌で解れる程に柔らかく煮込まれた肉と野菜の甘味とほどよい酸味…とにかく最高だった。


「メアリーさんこいつ人見知りの癖に挨拶する為に研究室から出て、人に教えるのも苦手だったのに必死に勉強して、書類だってミスが無いか二度、三度チェックするようになったんですよ!」


「お、おい!」


 酒が回って普段より饒舌になっているロランはニコニコと笑顔でアシュリーの肩に腕を回す。中々進展しない、むしろ半ば諦めているアシュリーを歯痒く思っていた彼は二人が結ばれたと知って誰よりも喜んだ。


「長かったよなあ…メアリーさん可愛いし優しいし仕事できるし狙ってる奴もいたから俺心配で…そりゃメアリーさんに選ぶ権利あるけどアシュリーいい奴だからさあ、二人が結ばれたら嬉しいなって」


「……」


「ずぅーっと!挨拶して説明の書類作ってミスも減らして…三年ですよ!三年…長い片思いだったけど良かったなあ」


「三年…」


 それはメアリーが離婚して就職した時期である。正直、初めて顔を会わせた時の事は覚えていない。けれど、記憶にあるアシュリーは会えば必ず挨拶してくれて、わからない事があれば丁寧に説明してくれて、書類のミスが少ない感じの良い人だった。


「別に長くない。メアリーに好かれるか、メアリーにふさわしい相手が現れて結ばれるかするまで続けるつもりだったんだ。三年で実を結んだなら万々歳だ。これから、三年と言わずずっと一緒にいられるんだからな」


 嬉しさを滲ませるアシュリーが皿に取ったカボチャのパイはメアリーの好物の一つだ。今日の集まりが決まった時、アシュリーはロランに料理と飲み物をリクエストしていた。最初はメアリーの好物ばかり並べる予定だったが、ロランが「二人の祝いだぞ、お前の好物も頼むに決まってるだろ」と言いきられてしまい断念した。肉の煮込みはロランの好物である。


「アシュリー様は自分の事に無頓着な所がありますから、ロラン様のような友人がいらっしゃるなら安心です」


「……友人じゃないただのど」


「友達じゃないのか!?」


「……、……友人だったかもしれない」


「そうだろ!」


「ふふ」


 あまりにも悲壮感漂う顔をされて言葉を詰まらせたアシュリーは、最終的に困惑しながらも認めつつ、気まずそうにワインを呷った。それに対しロランは野菜のペーストを載せたビスケットを頬張り嬉しそうに笑った。対照的な二人だが、アシュリーが結婚するまでは入団してからずっと同部屋らしいので何だかんだ気が合うのだろう。メアリーは二人のやり取りが微笑ましくて嬉しかった。


 婚約し超特急で結婚してから改めてデートした時、アシュリーは見るもの食べるもの触れるもの全てメアリーの好みのものばかりだった。そして、それは二回、三回、四回…何回重ねても同じで好きなものを訊ねても「魔法研究以外は何もない。それよりメアリーは」といった具合にメアリーの事ばかり。終いには、苦手な食べ物もメアリーに合わせて涼しい顔で食べていたと知って、とうとうメアリーが怒った。何が悪いのかわかっていないアシュリーは顔面蒼白になったが、何日もかけて話し合い今では少しずつ変わってきている。話し合いは今でも定期的に行われていて、小さな喧嘩はあるし、不安もある。それでも和解もできているし、一緒にいたら楽しく安心できた。

 親しい友人はいない、と言っていたアシュリーだがロランの事は時々話に出てきていたし、今日晴れて友人となった。まだまだこれから、いろんな事が変わっていくのだろう。メアリーもアシュリーも。それが、不思議と嫌ではなかった。


「本当に」


 肉の煮込みを食べながらふと、言葉が溢れる。しみじみとした口調にアシュリーはメアリーの方を見る。


「どうしたんだ?」


 離婚する前、大事にされる事なくただひたすら仕事をする日々が続くのだろうと思っていた。そういうものだと思っていた。けれど、アシュリーと結婚してから“そういうもの”の形が変わってきている。大事にされるのが日常的となった今、最初の結婚は酷いものだったと思うようにはなった。けれど、


「アシュリーさんと結婚できて幸せだなって」


「…僕も幸せだ」


 これから続く、続けていく幸せに比べたら、やはりたかが三年だったとメアリーは微笑んだのだった。


 


                     おしまい


 

3月10日[日間]総合 - すべて―4位

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― 新着の感想 ―
育児放棄と周囲の洗脳(傍仕えの侍女達も執事も侍女長も雇い主に訴えるくらいに気にしてたのに、この状態になったのは、それ以外の、教育係だとか家庭教師が悪かったとしか思えない)を受けてた十三年を考えりゃ、そ…
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