第一章:規格外の名前がもたらす平凡な苦悩
都内の私立大学経済学部二年の大谷翔平は、今日もまた、その名前の重圧に押しつぶされそうになっていた。
彼の日常は、あまりにも平凡だった。身長は平均的、運動神経は低レベル。中学・高校のマラソン大会では、毎年決まって下から三分の一あたりを彷徨い、成績も「不可」こそ取らないものの、「優」にはほど遠い。特技は強いて言えば、統計学で膨大なデータを分類することだが、それも並みの上程度だ。
この平凡さが、彼の名「大谷翔平」との間に、絶望的なギャップを生んでいた。
大学の講義室で初対面の教員に名前を呼ばれるたびに、彼は教室の視線が一斉に自分に突き刺さるのを肌で感じた。「まさか」「冗談でしょ」といった心の声が聞こえてきそうな沈黙が、一拍、二拍と続く。そして、彼が「あの、運動はからきしダメな方の大谷です」と自虐的な補足をすると、失望と安堵が混じった笑いが起きる。その笑いが、彼の胸を毎日、毎日、静かに刺すのだ。
「ああ、まただ」
彼はいつも心の隅で思っていた。なぜ、神様は、よりによってこんなにも平凡な自分に、あの世界的な大スターと同じ名前を与えたのか。それはもう罰ゲームではないか、と。
特に苦しいのは、体育の授業だ。必修の選択体育で、彼は運悪くソフトボールを選んでしまった。いや、それは偶然ではなく、必然かもしれない。
「大谷、ホームラン、狙っちゃえよ!」
教員は冗談めかして言ったのだろうが、その言葉は彼にとって重い枷となる。バッターボックスに立つと、心臓は警鐘のように激しく鳴り響き、足は地面に縫い付けられたように動かない。彼の全身の筋肉は硬直し、スイングしても、ボールはバットの上か下を虚しく通り過ぎていく。
その日も結果は三振ばかり。バットに触れることすらできず、まるで空気を斬ったかのような虚しい風切り音だけが残った。ベンチに戻ると、彼は周りの学生たちが遠慮がちに目をそらすのを感じた。「ああ、やっぱり違うんだ」という沈黙の確認作業だ。
平凡であることは、罪ではない。しかし、規格外の名前を背負う平凡は、一種の奇妙な存在証明を求められる。彼はいつも、「自分はあの大谷翔平ではない」ということを証明し続けている気がしていた。
家に帰れば、この重い名前を授けた母親が何気なくテレビで見ているニュースには、海を越えた「本物の」大谷翔平の活躍が映し出される。二刀流、MVP、ホームラン王。その華々しい光景は、彼自身の存在を、夜空の片隅で瞬くことさえ許されない、小さな星のようだと感じさせた。
彼は知っている。名前を変えることはできない。できるのは、この重圧と、毎日静かに、しかし確実に、戦い続けることだけだ。




