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鼓動

「おまえは弱いな。

 いや、お前達の(しゅ)は、と言うべきか」

”もんどう”は低い低い声でゆったりと話し続ける。私はただ額からおびただしく流れる冷たい汗と

早鐘を打つ心臓に必死で抵抗し続ける。はやく、はやくおさまって。はやく。

もんどうはそんな私の様子に全く頓着するそぶりもなく歌う様に呟く。


「しかし俺はな、お前達のその弱さが少し羨ましいと思う時すらある」


人々が激しく行き交う駅のホーム。数分おきに電車は沢山の人を飲み込み、吐き出し。

しかしそこに喧噪やどよめきはなく、戦闘服のような通勤着に身を包んだ人々は

無表情に、何も瞳に映さず、ただ早足で行き過ぎて行く。

ホームの隅、ベンチの脇でしゃがみこんだ青い顔をした女と

人でない何かである男の2ショットに注目する者は誰もいない。


もんどうは(くちばし)のようなそれをわずかに曲げて呟いた。

「まるで葬列だな」

冷や汗がボタボタとホームのアスファルトを濃い色に染める。

心臓は脳を全身をどくどくと揺らしながら激しく鼓動している。

込み上げてくる嘔気はいつの間にか徐々に治まっている。

私はふうっと息を吐いてゆらゆらと立ち上がった。大丈夫、山は越えた。

長い間しゃがんでいた為にしわしわになってしまったスカートをぽんぽんと手で払い

額の汗を拭って目を上げると、もんどうはすでに去っていた。


その男、”もんどう”と初めて逢ったのは、私が会社を辞め、

逃げる様にこの街に引っ越して来た最初の冬だったように思う。

まずは電車に乗れる様にならなければならないという焦りから

医師の忠告を無視して一人で混雑する時間に電車に乗り込んで

案の定酷い発作を起こして昏倒し、駅の医務室に運び込まれた朝だった。


私はパニック障害を患っていた。

失ってしまった大切だった恋。

地方から夢を追い上京したのに、全く夢が叶わなかった事。

日々の生活から埃の様にじわじわと積もってゆくストレスの山。

自分に対する大きな劣等感と、砕け散った自尊心。

何がきっかけなのかはわからないし、何もきっかけではないのかもしれない。


まず最初に会社に行けなくなった。

電車に乗り込み、電車の自動ドアがプシューと閉まった瞬間から

私の平常心はごちゃごちゃにかき乱され、脳が暴走するのだ。

心臓の鼓動がどんどん加速度を上げ、呼吸がぜいぜいと乱れ、

額や背筋に冷たい嫌な汗がどうっと吹き出す。

落ち着かなくては、と思えば思う程、症状は悪化し、立っていられない。

他の乗客と自分の居る空間が全く別の物に見える。

強い吐き気が込み上げ口元を手で覆うと、その指先がガタガタと酷く震える。

近くの乗客が怪訝な顔をして私から距離を取る。無遠慮な高校生たちが

私を指差しニヤニヤと何か囁き合っている。

視界がぐるりと勢いを付けて回転し、私は次の駅で転がる様に電車を降りた。



遅筆になると思いますが。一人でも多くの方に読んでもらえたら幸いでございます。

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