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君を忘れられないまま

『通知音の向こうの存在に私たちは″好き″の手前で止まってる』

『通知の鳴らない夜に、わたしは君を失った』


の順番で読んでもらえるとわかりやすいです。

今まで女の子のお話でしたが、今回は彼視点のお話。


あの夜から、何かが欠けたように感じていた。

ふとスマホを開いては、名前を探してしまう。

LINEの通知が鳴るたびに、心が跳ねて、落ちる。


通話も、メッセージも、唐突に途絶えた。

だけど、それは彼女の意志だった。


あの日、彼女が「もう会わない」って言ったとき、

俺は、なにも言えなかった。


ただ、抱きしめることしかできなかった。

腕の中の彼女が、声を押し殺して泣くのを感じながら、

ごめん、って何度も心の中で繰り返していた。


けど――本当は、引き止めたかった。


行かないでって、言いたかった。

もう少し一緒にいようって、言いたかった。


でも、俺はきっと、彼女の中の“不安”に勝てない。

何を言っても、何をしても、彼女の心の奥には

「でもいつかまた失うかもしれない」って気持ちが居座ってしまうことを知っていた。


……俺は、それが怖かった。


好きだった。

誰よりも、彼女のことが。


拗らせて、素直になれなくて、

それでも笑ってる彼女が、愛おしかった。


でも、近づきすぎると、壊れる。

あいつはそういう子だって、ずっとわかってた。


だから、離れた。

彼女のしたいようにしよう、そう思った。

あの日、あの朝、俺の背中を見続けていた彼女を置いて出ていった…

心の奥では何かがちぎれる音がした。


それでも…俺はその後も、忘れることなんてできなかった。


些細なことで彼女を思い出した。

彼女がよく飲んでいた飲み物、スマホの通知音、一緒に遊んだゲームの新情報、甘い香水の匂い、

小さなすべてが、彼女だった。


なのに――もう、連絡は取らなかった。


彼女がいない日常に慣れるしかなかった。

忘れようと思えば思うほど、逆に深く刻まれていった。


あの夜の俺は、最低だったと思う。

彼女が泣いているのを知りながら、

俺は、自分の気持ちに正直になった。


あの時の彼女は、ずっと前から限界だった。

“好き”があふれすぎて、もう隠しきれていなかった。


俺だって、そうだった。

でも、自分の気持ちを彼女にぶつけたら、きっと彼女は壊れる。

だから、優しく抱きしめることしかできなかった。


「自分のせいで彼女を苦しめたくない」

そう思えば思うほど、何もできなくなった。



彼女を忘れようと努力もした、けど他の誰かを好きになる余地なんてなかった。

友達に誰かを紹介されても、どこかで比べてしまう。

彼女みたいな笑い方じゃない、

彼女みたいなタイミングでふざけてこない、

彼女みたいに、俺の不器用さを理解してくれない――


結局、彼女は特別だったという事実に、いつも戻ってしまう。

恋をすることすら裏切りのようで、

誰かを好きになる怖さよりも、

「彼女を上書きしてしまう」怖さがあった。



2年経って、やっと慣れたと思ってた。

仕事も順調で忙しくもあり、

休日はダラダラと好きな音楽を聴いたり、友達と飲みに行き笑ったり――そんな日々を淡々と送っていた。


……なのに、会った瞬間、全部崩れた。


会議室のドアが開いて、彼女が立っていたとき、

一瞬で呼吸が止まった。


信じられなかった。

心臓が、バカみたいに騒いだ。


一秒で思い出した。

全部。

あの夜の声も、泣き顔も、熱も。


目が合った瞬間、

君が少し怯えたように目を伏せたことも、

俺のことをまだ覚えてくれている証拠みたいで、

どうしようもなく、愛しかった。


ああ、変わらないなって、思った。

表情も、目の動きも、姿勢も。

2年分の時間が一瞬で消えて、心臓が軋んだ。


俺はきっと、

まだずっと、彼女が好きだった。


仕事として、打ち合わせをこなす彼女を見て、

「強くなったな」って思う反面、

「無理してるんじゃないか」って心配になる自分がいた。


彼女はいつもそうだった。

“普通の顔”が上手くて、

本当の気持ちは、ぎゅっと胸の奥にしまいこむ。


だから、会議が終わって、

会議室を出ようとした彼女の腕を、咄嗟に掴んでた。


「……ちょっと、いい?」


彼女の目が揺れた。

声は出なかったけど、小さく頷いた彼女の顔が、

少しだけ泣きそうに見えた。



2年分の想いが、喉の奥に引っかかって、

何から伝えればいいのかも、分からなかった。


君がどんな気持ちで今、そこにいるのかも分からない。

また拗らせてるのかもしれない。

もう誰かのものになっているかもしれない。


それでも――


「…会いたかった」

たったそれだけが、どうしても飲み込めなかった。


あの日からずっと捨てきれなかった「あの時もっとちゃんと向き合っていれば」という後悔。


彼女はいつも拗らせて、不安を溜め込んで、素直じゃなかった。

でもその全部を、愛おしいと思っていた。

「どうせ私のことなんか好きじゃないくせに」

彼女はそう言ってたけど、

本当は気づいていた。彼女は、不器用なだけだった。


なのにあの夜、彼女が泣きながら「もう会わない」って言ったとき、抱き締めただけで、引き止めなかった。

それが、ずっと刺さったままだった。


「ごめんって、言えばよかった」

「離れたくないって、言えばよかった」

「怖くても、抱えてでも、一緒にいるって言えばよかった」



俺は、ただ伝えたかった。

「元気だった?」でも「久しぶり」でもなく、

ほんとうは――


「まだ、好きだよ」って。


でも、それを言う資格が、

2年離れた俺にあるのか、わからなかった。


俺が悪かったんだ。

不安を拭ってやれなかった。

曖昧に優しくして、言葉にしないまま近くにいてしまった。


また、同じことを繰り返してしまうかもしれない。

それでも。


彼女がまた泣いてしまっても、

今度こそは――ちゃんと抱きしめたいと思った。

つづく

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