第九章 高校野球部員の一日
台湾出身の陸坡と申します。
この小説は、もともと中国語で執筆したものをAI翻訳を通じて日本語に変換しています。そのため、不自然な表現や誤った言葉遣いなどがあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。
チリンチリンチリン──チリン──!
スマホのアラームが鳴り、友達はベッドから起き上がった。画面を見ると、時刻は六時。
寝ぼけ眼で頭を掻きながら、友達はベッドを降りて共同の浴室で歯磨きと洗顔をしに行く準備をした。台湾の野球チームにいた頃からの体内時計のおかげで、朝六時になると自然と目が覚める体になっていた。
一歩踏み出した瞬間、足元で誰かの顔が「おはよう」と言うように現れて、思わず飛び上がりそうになった。よく見ると、それは南極だった。
「おはよう。」
ベッドの下から這い出てきた日空南極は、まだ眠そうな声で友達に挨拶した。
南極はとにかく体が大きすぎて、男子寮の180センチのベッドには到底収まらない。大きな足がいつもベッドからはみ出してしまうので、結局マットレスを床に移して寝ている。狭い二人部屋なので、友達は「そのうちうっかり南極を踏んじゃうんじゃないか」と心配していた。前もペンギンのぬいぐるみをうっかり踏んでしまったことがある。
高専一年生の友達の阪海工での一日は実にシンプルだ。朝は寮で起きて歯磨き洗顔を済ませ、ジャージ姿で階下に降りて自主トレの準備をする。台湾のチーム時代は早朝、学校のグラウンドに集合し、キャプテンが指揮を取って練習していたが、ここでは少し勝手が違う。
「おはよう、友達。今日も早起きだな。」
一階に降りると、すでに出かける準備をしていた藤田先輩が声をかけてくれた。藤田先輩も朝の自主練メンバーの一人で、佐久間先輩は来たり来なかったりだ。朝一番に藤田先輩に会えると、友達はちょっと嬉しい気持ちになり、「藤田先輩、おはよう」と挨拶した。
「おはよう。」
藤田先輩はもう一度そう言った。いつも怒っているような顔が、今日は頑張って表情を崩そうとしているのか、少し変な顔になっていた。
「あ、おはようございます。藤田先輩、その顔なんか変ですよ。」
階段を下りてきた南極が挨拶しながら、無邪気にそう言った。藤田先輩は眉をひそめ、友達は「何言ってんの!」と小声で南極に注意した。
「やっぱり変ですよね、ごめんなさい。」
藤田先輩はそう言って、ちょっと気まずそうに謝った。友達は何かフォローしたかったが、うまく言葉が出なかった。
逆に南極は、いつものように明るく、「でも僕は藤田先輩の普段の怖い顔も好きですよ」と笑顔で言った。
「そう?ありがとう。」
藤田先輩はちょっと照れながら、少し自然な表情になった。
友達は、南極と藤田先輩のそんなやり取りを見て、自分はこんなふうに藤田先輩と自然に話せないことに、少しだけ寂しさを感じていた。
阪海工野球部は朝の全体練習はなく、学生の自主トレーニングが基本だ。三年生の先輩たちはほとんど外で練習していて、時々、藤田先輩のような野球熱心な二年生も自主トレに加わる。友達たち一年生も同じで、ちなみに南極は朝ランがあまり好きじゃない。
「嫌なら無理に走らなくていいのに。」
友達が言うと、南極は「やだ、俺も行く!」と子供みたいに反抗し、「疲れた~」と文句を言いながら結局友達の後を追いかけて走る。友達はそれが煩わしくて、同じクラスの廉太の方へと行き、南極は無視することにした。
三年生のキャプテン田中先輩は、弟二人と一緒によくランニングに来る。同じクラスで、野球部の仲間に「三号」と呼ばれている田中廉太も、兄たちと並んで走ることが多い。普段は男子寮の入り口で友達や南極と合流する。一年生の朝の自主トレは、基本的にこの三人だけだった。
ランニングのおかげで、友達は廉太と少し仲良くなっていた。廉太は「今までこの自主トレやってるのは僕一人だけだったから、正直寂しかった。でも今は同年代の仲間がいて本当に嬉しい」と打ち明けてくれた。でも、朝練で一番仲がいいのは南極と廉太で、友達はもっぱら聞き役になることが多かった。
朝の自主トレは大体七時前後で終わる。終了時間は特に決まっておらず、気が向いたら終了。七時を過ぎるとみんなで男子寮に戻り、朝食を食べてシャワーを浴び、制服に着替えて登校の準備をする。友達は、南極が服をあちこちに脱ぎ散らかすのが大嫌いで、いつも片方の靴下がなかったり、学校の帽子がどこにあるか分からなくなったりしている。
「もう行くからね。」
友達はイライラしながらドアを開けて階段を下りる。南極は「あと一分、あと三十秒だけ!」と叫ぶが、友達は気にせず出て行く――はずが、なぜか毎回、宿舎の入り口でふと立ち止まってしまう。
「お前ら、仲いいなあ。」
「仲良くなんかないよ!……あ、ごめんなさい、藤田先輩。」
その日も、友達はいつものように、朝になっても制服の準備ができていない南極を玄関で待っていた。ちょうどそのとき、自転車で登校しようとする藤田先輩に出会った。阪海工では、登校時には制服をきちんと着用し、軍隊のような学生帽も必須だ。藤田先輩が完全な制服姿でいるのを見るのは、友達にとってこれが初めてだった。
「チームメイトと仲がいいのは良いことだよ。」
藤田先輩は言った。「特にバッテリーなら、色々なことを遠慮なく話せるしな。」
「藤田先輩のバッテリーの相方は……佐久間先輩ですよね?」
友達は、この日初めて勇気を出して、藤田先輩に「おはようございます」「こんにちは」といった会話をした。
「うん、基本的には小学校のころからずっと一緒にやってる。俺がピッチャーで、佐久間がキャッチャー。」
「へぇ……先輩たちは昔からずっとバッテリーなんですね。」
「そうでもないさ。実は最初からピッチャーを目指してたわけじゃない。色々あって、結果的に投手になって佐久間と組むようになった。まあ、あいつが勝手に色々仕切るタイプだけど……何だかんだでうまくいってるし、たぶん俺にも多少、投手としての才能があったのかもしれない。」
雑誌や地方新聞に取り上げられる投手が「多少才能があったかも」なんて、いくらなんでも謙遜しすぎだろう。
友達はそう思った。その後、練習中にたまたま藤田先輩のピッチングを目にする機会があったが、やはり二年生で三年生に混じって中継ぎを務める投手のボールは、自分とは次元が違うと実感した。
足を高く上げ、腕を振って指先から放たれる白球――流れるようなフォームで、タイトなユニフォーム姿も相まって、まるでダンスのようだった。スピードとキレのある小さく曲がり落ちる145キロ近いチェンジアップで、三年生の先輩たちのバットは空を切った。
その時、あまりのボールに驚いていた友達に、三年生キャプテンの田中が腰をかがめて耳打ちした。
「正直、うちの三年生には藤田ほどの投手はいないよ。」
この言葉は、田中キャプテン(たなか)が藤田を持ち上げているわけではなく、客観的に見ても藤田は阪海工では滅多にいないほど優れたピッチャーだという意味だった。
「友達はどうなんだ?ピッチャー志望なのか?」
藤田先輩が尋ねると、友達はうなずいた。藤田は「そうか、じゃあ次は君が俺のポジションを奪う番だな」と冗談めかして言った。
「そ、そんな、そんなつもりじゃ……!先輩!」
友達はあわてて否定した。
「冗談だよ。」
外見はちょっと怖い藤田先輩は、そう言ってからまた厳しい顔に戻り、
「今の言い方で驚かせちゃったな、ごめん。佐久間にはよく“その顔だと冗談でも脅迫犯に見える”って言われるんだ。本当にすまない。」と謝った。
「い、いえ……僕なんて、まだまだ藤田先輩みたいなボールは投げられません。」
友達はそう言いながら顔を赤らめた。藤田先輩がとても近くにいるのも緊張したし、みんなは「怖い顔」と言うけれど、友達にとってはその顔が格好良く見えていた。特に、小さな新聞記事で球場のバッターと対峙する藤田先輩の厳しい表情は、本当に魅力的だった。
「でも、そういえば日空のピッチングは印象的だったな。」
藤田先輩は突然そう言い、手でジェスチャーしながら南極の球筋を思い出していた。「速くて威圧感があって、全体的に野性的な感じがした。友達や宇治川のボールが経験とテクニックで勝負してるなら、日空の球は本能的で荒々しい……きっと、面白い投手になるかもな。」
藤田先輩が南極を褒めるのを聞きながら、友達は内心複雑だった。学長の言うことは正しいと分かっていても、自分の目の前で他の投手を褒められるのは、やっぱり少し悔しかった。「今度は、絶対自分のピッチングを藤田先輩に印象付けてやる」と密かに思った。
「ところで、日空っていつもあんなに遅刻ギリギリなんだっけ?」
藤田先輩の疑問に、友達は思わずため息をついた。
登校のチャイムまで残り二十分というタイミングで、日空南極がようやく慌てて寮の玄関を飛び出してきた。門の前には友達と藤田先輩が立っていて、藤田先輩は「本当に、いつでもインパクトのあるやつだな……」とぼそりと呟いた。
「友達!やっぱり君は僕を待っててくれるんだね!」
いつものように門の前で待っていてくれた友達を見て、南極は安心したような笑顔を見せる。それを見た友達は「次はもう待たないからな!」と少し怒ったように言った。
「そんなこと言わないでよ~」
南極はにこにこと笑いながら、歩き出した友達を慌てて追いかけた。隣に藤田先輩がいることなど全く気づいていない。
日本の高専(高等専門学校)は台湾と少し違うけれど、似ている部分も多い。たいてい朝八時に担任の先生が出席を取り、朝会が開かれる。朝会では学校からの連絡やクラスルール、日直当番などが伝えられ、八時半ごろから一時間目が始まる。午前中は数学や国語、社会、歴史といった一般科目が四コマ続き、昼休み後の二コマが専門科目となる。
阪海工に来たばかりの友達にとっては、初めて工業図面を描いたり、海事関係の専門知識を学んだりすることになり、教科書の専門用語の日本語にとても苦戦していた。
「時々、君が日本人じゃないってこと、忘れそうになるよ、友友。」
「友友、発音にちょっとアクセントはあるけど、別に東京の人じゃないんだし、そんなに気にしなくていいって。大阪人は面白ければそれでOKだから。あ、ごめん、今の“友友”って読み間違えた。」
四人グループでの課題作業中、流星と蓮が、教科書に出てくる専門用語を友達に説明してくれていた――が、基本的に余計に混乱させてばかりで、友達はますます混乱してしまった。緊張した様子で、
「“友友”って何?」
と聞き返した。
「簡単に言うと、“友達”と“友達”の合体!友達の友達、略して“友友”。どう?俺、授業中に思いついたんだぜ、すごくない?」
流星は得意げな顔で、まるで自分の発明のように話すが、友達は呆れたような顔で流星を見ていた。蓮は笑いながら「まあ、悪くないよ。“友友”って響き、かわいいし」と言った。
「いいからさ、お前ら、さっさと課題終わらせない?」
宇治川翔二は冷たく言った。今回のグループ課題では、宇治川が珍しく友達たちと同じグループになっている。
宇治川は友達の描いた図面を見て、無愛想なまま解説を始めた。「この部分の説明だけど、各図には対応する点・線・面があって、隠れて見えない面は点線で表す。これが点線だよ。」
宇治川は友達の製図教科書を指さしながら、きちんと説明してくれた。普段は冷たいけれど、教えているときの宇治川はとても頼もしく感じ、友達も思い切って質問してみた。「じゃあ、見えない裏側の面を表したいときは、ここに点線を描けばいいんだよね?」
「うん、正解。お前の方があの二人のバカより頭いいな。」
宇治川は流星と蓮のぐちゃぐちゃな三面図を横目で見た。
「なにそれ、俺たちだって真剣にやってるし、俺なんか友友に指導までしてるんだぞ!」
流星が抗議すると、宇治川は完全に無視。流星は「無視すんなよ!昔の君はもっとかわいかったのに!」と怒った。
「おい、流星やめなって。もうそれ以上言わない方がいいよ。」
蓮が慌てて流星を止める。その様子を見て、友達は三人の間に何かあったのかと首を傾げたが、空気を和ませようと話題を変えた。
「宇治川のスライダーって、藤田先輩のと似てるよね。」
友達がそう言うと、宇治川はしばらく無言のまま友達を見つめた。どうやら友達が場を和ませようとしているのに気づいているらしい。その後、目を逸らして自分の三面図を描き始めた。
少し場が気まずくなったかと友達が不安になったが、数秒後、宇治川が口を開いた。「俺のスライダーなんて大したことないよ。藤田先輩ほどすごくはない。」
「チェンジアップ、ドロップ、カーブ……これらは岬阪中学野球部出身の投手なら誰でも基本だ。三号――不田中の兄貴、三年生のキャプテンもこの手の球は得意だった。阪海工の俺たち三人も球種は似てるけど、コーチの言う通り、ピッチャーは武器が多い方がいい。特に“決め球”がないと。」
宇治川は三面図を描きながら語り、「ちょっと話しすぎたかな」と照れくさそうに友達を盗み見た。だが友達は真剣に話を聞いていて、「確かに、俺も昔は球種を増やすことばかり考えてたけど、どれだけ球種があっても“決め球”がなければ意味ないんだよね。うーん、やっぱり難しいな」と返した。
「そう、だから自分の球速ももっと上げたい。二年生になるまでには、少なくとも藤田先輩にもう少し近づかないと。」
藤田先輩の名前が出ると、宇治川の顔がほんのり赤くなった。目立たないが、目の前の友達にはその変化がよく分かった。どうやら宇治川も藤田先輩のことがかなり好きらしい。さっきまでのクールな表情も、今は少し柔らかくなっていた。
横で流星は宇治川の話を聞きながら、自分のぐちゃぐちゃな製図を見て首を傾げていた。「田中先輩、藤田先輩、宇治川……あと誰だっけ、うちの中学の投手でもう一人、エースだったやつ……。」
すると蓮がすぐに流星の口を手で軽く押さえて、耳元で小声で囁いた。「ちょっと空気読んでよ。せっかく友友がいい雰囲気にしてくれてるんだから、今ここでその人の話題はやめとけって。……それよりさ、流星……」
グループ全員が流星の描いた謎の図面を見て、思わず眉をひそめた。
「これ、一体何描いたの?」
蓮が尋ねる。
「え……三面図……?」
流星は苦笑しながら答えたが、実は何を描いているのか自分でも分かっていなかった。ただ勢いだけで「それっぽい」ものを描いてみただけだった。
宇治川はどうせこうなるだろうと予想していたらしく、友達も流星の図面の関係性がよく分からなかった。それでも分かりやすい部分を選んで、「たぶん、ここにもう一本線が必要だと思う」と指摘した。
「あ、それは実線じゃなくて点線なんだよ、友友。あっ……」
宇治川は思わず「友友」と口にしてしまい、それに気づいた流星と蓮が同時に彼を見て、にやにやと笑った。
「へえ、宇治川も友達のこと“友友”って呼ぶんだ。なんか意外だな。」
「しかも妙に親しげで、かわいい感じ!」
「うるさい!お前ら野球部のお笑いコンビが!」
宇治川は顔を赤らめてそう叫んだ。
隣のテーブルが騒がしくて、斜め向かいの南極はそっちばかり気にしていた。南極は友達とは違うグループに分けられていたので、遠くから様子を見るしかなく、自分の机の上の図面はひとつも完成していなかった。
「そんなに見てばかりいたら、一問も終わらないよ、南極くん。」
同じグループの青木陽奈が言った。グループリーダーとして、すでに自分の図面は仕上げて、他のメンバーにも三面図の関係を教えていた。
「これ描くの、すごく退屈だな。野球の方がよっぽど楽しいのに。」
陽奈に注意された南極は、しぶしぶ手を動かして課題に取りかかった。
「ねえ、あんた、本当にあの子のこと好きなんでしょ。」
陽奈は南極の視線の先を見た。そこには、自分のグループのメンバーと話している友達がいた。坊主頭、太い眉毛、そして日本人よりやや色黒の肌――まさに昭和時代の野球少年そのものだ。まったく関係ないのに、その姿がどうにも癪に障る、と陽奈は感じていた。
「どうしてなの?やっぱり同じ“野球バカ”仲間だから?」
陽奈が尋ねる。
「ううん、友達は可愛いから。小さくて野球も上手いし。でもなんでかいつも怒ってる……台湾人はもしかして元々気が短いのかな?」
「いやいや、日本人と台湾人を比べるなら、台湾人はストレートな性格だと思うよ。日本人は周りの目とか空気をすごく気にして、本音と違うことも言っちゃうけど、台湾人は好き嫌いが態度や言葉にすぐ出る。だから気が短いってわけじゃない。」
「小林くん、君は別のグループでしょ?しかもクラスも違うし。」
陽奈は台湾の話題になると突然現れる“台湾マニア”に苦笑いしたが、同じグループの榮郎が「すみません」と言いながら小林を引っ張っていった。
「で、南極は“可愛い”から好きなの?」
陽奈はもう一度問い直した。正直、友達は一般的な日本の“かわいい”男の子のタイプとは違う。学校やテレビに出てくるアイドル系男子ともかけ離れている。
「わかんない。でも初めて友達を見た時……」
南極はペンを置き、短時間で課題の図面をすべて描き終え、太陽みたいな笑顔で陽奈に言った。
「好きになっちゃったんだ。」
「ええ!?南極って好きな人がいるの?まさかピュアな恋!?」
同じグループの男子が面白そうに騒ぎ出したが、陽奈は冷たい目線で「私は南極と話してるの」と一言。圧倒的なオーラで男子たちを黙らせた。さすが吹奏楽部の“高嶺の花”は伊達じゃない。
「今どきディズニープリンセスでも一目惚れなんかしないよ。」
陽奈は呆れたように言った。「可愛いとか野球が上手いとか以外に、好きな理由がないんじゃない?」
「そうかもね。」
南極は笑いながら、三面図の仕組みがよく分からず眉間にしわを寄せている友達を見つめた。そして何かを思い出したように、陽奈に言った。「もしかしたら、友達はその二つさえあれば、僕には十分なんじゃないかな?」
「バカじゃないの?」
陽奈は南極のあまりにも単純な発言に、すかさずツッコミを入れた。
「ま、いっか。野球バカがもう一人の野球バカを好きになる話なんて、話題にした私が悪かったよ。」
でも、南極のそんな言葉が、正直嫌いではない陽奈だった。ただ、友達と南極の関係性を見ると、南極みたいに一方的に“好き”と言う感じでもなく、でも毎日一緒に登校しているあたり、友達もまんざらではないのかもしれない――そう思った。
専門科目はだいたい二時間ほどで、三時半には一日の授業が終わる。校内清掃と出席確認を簡単に済ませれば、あとは放課後の自主学習や宿題の時間となり、四時十分には完全下校となる。四時を過ぎると部活動が始まり、友達は自分の名前が刺繍された野球ユニフォームを持って、校舎裏の潮風球場へ集合する。そこで着替えて練習開始だ。
「どうしてみんな、こんなに平然と人前で裸になれるの?」
友達は目の前で何のためらいもなく全裸になる流星と蓮を見て驚いていた。二人は素っ裸のまま、阪海工野球部指定の青いハイソックスを履こうとしている。田中や宇治川も、パンツまで脱いで全然気にしていない。南極もとっくに丸裸で、ユニフォームとズボンが床に散らばっていた。
「なんでって?みんな男だし、別に気にしないでしょ。」
田中が言う。
「小学校も中学校もみんなそうだったし、銭湯に行くときだって同じでしょ。」
蓮もそう言って、少しだけ前を手で隠しつつ、ぴったりした白いアンダーウェアを履いた。下半身がふっくらと盛り上がっても、全く気にしていない様子だった。
「大げさだな、裸になるくらいで何を騒いでるの?」
柴門玉里は髪をかき上げながら、みんなの前で制服のボタンを外そうとした。だが、流星たちが顔を真っ赤にして慌てて止め、玉里を着替えの途中のまま、目立たない隅のスペースまで引っ張っていった。「玉里だけは、ここで着替えちゃダメだからな!」
「ふふ、私の美しさにみんなが動揺しちゃうのが心配なの?本当に繊細な少年たちね。」
玉里は少しからかうような微笑みを浮かべて言った。
「そういうことじゃない。」
田中はきっぱりと言う。「女の子への夢を壊したくないだけなんだ。」
この一言に玉里は舌打ちした。
「もし恥ずかしかったら、俺が隠してやるよ、友達。」
南極が言うと、友達は南極が男子寮や浴場でも平気で着替えることにすっかり慣れてしまい、ためらわずズボンと下着を脱いで、さっさとユニフォームに着替え始めた。
「そんなにじっと見ないでよ。」
「いいじゃん、どうせお風呂でも一緒だろ。」
「まあ、そうだけど、ここはお風呂とは違うんだよ。」
男子寮の浴場には入浴順があり、阪海工はこのあたり今でも昔ながらだ。まず三年生の先輩たちが入浴し、30分後に二年生、さらにその後に一年生の順番となる。湯船を使える時間は限られていて、時間を過ぎたらシャワーだけ利用可能だ。
野球部でみんなの前で裸になるのは、やっぱりちょっと恥ずかしい。でも、毎日のように南極が平気で裸でいるのを見慣れてしまったせいか、南極が近くで着替えていても、友達はなぜか落ち着いた気持ちでいられるようになっていた。
190センチを超える日空南極は、ただ背が高いだけじゃなく、体つきもがっしりとたくましい。
小柄な自分から見ると、「この腕や肩で簡単に持ち上げられそうだな」と思う。南極は一体何を食べてこんなに大きくなったのか――まさか鯨やアザラシを食べていたんじゃ……?
そんなことを考えていると、夜中に南極が寝ながらペンギンのぬいぐるみをかじっている姿が頭に浮かび、「まさか……」と変な想像までしてしまった。
いや、さすがにそれはないだろう。ペンギンはあんなに可愛いし。
「基地にいた頃、自衛隊のカレーが好きだったな。あれ、すごく美味しいんだ。厨房のおじさんが缶コーヒーを丸ごと入れて大鍋で煮るんだけど、不思議な甘みがあって、みんな大好きだった。軍人はほとんど毎日カレーを食べても飽きないんだよ。」
ペアでストレッチしているとき、友達は南極に南極基地での食事について尋ねた。
「日本の軍人はカレーが好きなんだな。」
友達が言うと、南極は膝で友達の太ももの内側をぐっと押しながら、筋を伸ばしていく。ふたりが向かい合って上下になるこの姿勢は、ちょっと恥ずかしいけど、ストレッチにはとても効果的だ。
「台湾の軍隊は何を食べてるの?」
南極が聞いたが、友達は兵役経験がないため、ネットで見た話をするしかなかった。「台湾の軍隊のご飯はあまり美味しくないらしい。腐った鶏肉とか、硬くなったご飯とかが出るって聞いたことある。」
「え、それはちょっと酷いな……」
硬いご飯を想像して、南極は思わず顔をしかめた。
一年生の練習メニューは二、三年生と違いがあり、夏の甲子園を目指す上級生たちはメイン球場を使うが、友達たちは午後四時から五時まで、佐久間先輩やコーチの指示で守備・バッティング練習をするだけ。残りの時間は自由練習、あるいはそのまま帰宅してもいいことになっている。
「なんだか、これじゃあ全然“練習した”って感じがしないな……」
友達はそう呟いた。
自分でも昔どれほど真面目に練習していたかは分からないが、今の阪海工の練習量はあまりにも少なくて、不安になってしまう。でも、他の部員たちは「まあ、公立校なんてこんなもんだよ」と気にしていない様子だった。前に高橋監督も、ユニフォームを受け取るときに笑ってこう言っていた。
「一年生の間は、野球以外のこともいろいろ経験しなさい。」
野球以外のことを経験する?
友達は高橋監督の意図がいまいち分からなかった。同じような気持ちを持っていたのが、田中廉太と宇治川祥二だ。
「私立の強豪校だと、昼休みが終わった一時から夜の六時まで、毎日ずっと練習だよ。」
廉太が言うと、宇治川もそれに同意した。
二人は「俺たちもグラウンド裏の雨よけの下でウェイトトレーニングしようぜ」と決め、友達も一緒に行きたいと思った。
その時、南極がひとりで素振りをしているのが目に入った。時速130キロの球でも、南極には全く問題ないらしく、軽く振っただけでボールはネットまで一直線だった。
このところ、一番成長が早いのは間違いなく南極だ。まだ実戦経験はないものの、最近はルールも理解してきて、素振りの後にはきちんとベースランニングをしたり、自分の守備範囲でしっかりボールを取ったり、無駄な動きは控え、すべてのボールを打とうとしないなど、選球の意識も身についてきた。
こうした成長の多くは友達の影響だ。南極はときどき変なこともするが――例えばランダウンプレーでなぜか友達を抱き上げたりする――それでも、日本まで野球をしに来た南極の「野球が好き」という気持ちは本物なんだと友達も感じるようになった。
「日空、今からウェイトトレーニングに行くけど、一緒にどう?」
「おお、行く行く!」
南極は友達に誘われると、すぐにバットを置いて駆け寄ってきた。「じゃあ、あとで一緒に用具の片付けも手伝ってくれる?佐久間先輩に“最近全然片付けやってないから、今日は全部やれ”って言われちゃったんだ。」
「やだよ、自分で忘れてたんだから。」
友達は言った。
「そんなこと言わないで、お願いだよ~。全部片付けてたら、風呂に入る時間がなくなっちゃうんだ……!」
南極は必死に頼み込んでくる。
ウェイトトレーニングに行くメンバーの様子を、金井榮郎も遠くから見ていた。正直、自分ももっと練習して強くなりたかったが、南極たちみたいな「すごい」同級生に自分から声をかける勇気はなかった。
「自分はあの人たちと同じレベルじゃないし、もし本当に仲間に入れたらな……」
榮郎は心の中でため息をつき、静かに自分のバッグをまとめて一人でグラウンドを後にした。
その様子をちょうど着替え終わった玉里が見かけた。しばらく様子を見ていると、小林がノートを持ってこっそりウェイト場の方へ向かっているのも目に入った。
「おや、ボーイッシュさん、まだいたの?」
「お笑いコンビ、見るからにもう練習する気なさそうね。」
着替えを終えた流星と蓮は、玉里の声に「はぁ~、これ以上練習したら体もたないよ。蓮、今日うち来て一緒にゲームしない?ついでに今週の漫画雑誌とか今季の新作アニメの話もしようぜ」と返した。
「ほんと、インドアすぎるスケジュールだね。」
「放っといてくれよ!」
「てっきり、漫画研究部に入ると思ってたけど。」
玉里が適当に話を振ると、流星の表情が少し曇った。
「だって、中学の時は入ってたんでしょ?」
玉里が言い終わる前に、流星はさっと背を向けてバッグを担ぎ、そのまま聞こえないふりをして歩き出した。蓮は後ろから少し困った顔で「ごめん、玉里。じゃあ、先に失礼~。おい流星、ちょっと待てって!」と追いかけていった。
「……ま、いいか。」
玉里は二人の後ろ姿を見送り、特に気にせず自分の荷物を片付け始めた。
夜の七時近く、結局友達は南極と一緒にグラウンドの片付けをして、佐久間先輩にチェックしてもらった。制服姿の佐久間先輩が、汗だくの二人を見ながら、遠くから聞こえるバットの音にも耳を傾けていた。友達と南極もグラウンドの方を見やると、三年生たちはまだ練習を続けている。
佐久間先輩は二人が気にしていることに気づいて、「心配しなくていいよ。監督が南極に片付けさせたのは自分の用具だけ。先輩たちの分までやらされることはないから」と言った。
「はぁ、よかったぁ……」
南極はホッとした様子。
「先輩たち、まだ練習してるんだ……」
友達はグラウンドを見つめた。
五月、もう大阪府大会まで二ヶ月を切っている。六月下旬には対戦相手を決める抽選会があって、その後は連戦が始まり、七月下旬には大阪代表の甲子園出場校が決まる。春の大会で活躍した今年の阪海工は、田中や藤田先輩のおかげで、地方の野球雑誌でも甲子園有力校として注目されていた。
「三年生たちはたぶん七時半くらいまで練習するだろうね。寮の食堂は、練習組のために晩ご飯を取っておいてくれてるはずだけど……」
「食堂に晩ご飯?あっ……」
友達と南極は、その言葉で男子寮の夕食時間が五時から七時だったのを思い出した。二人とも、たぶんご飯にはありつけない。
佐久間先輩は二人の様子を見抜き、ため息をついた。「入学したばかりだと、まだ学校の生活リズムに慣れてない人がいるって分かってたけど……まさかご飯を食べるのまで忘れるとは思わなかったよ」と、呆れたように言って立ち去った。
二人が着替えているとき、南極は裸のまま、背後に友達の冷たい視線を感じていた。
「友達、ごめんね、怒らないで……」
「ん?何が?別に怒ってないよ。」
そう言う友達だが、南極の目には全然そうは見えない。本当はすごく怒っているんじゃないかと南極はビクビクしていた。自分が強引に手伝わせたせいで友達まで夕食を逃してしまったのだ。
仕方なく、商店街で何か食べ物を探そうと考えながら着替えていると、振り返った友達が見たのは、全裸で土下座している南極の姿だった。
「お前、何してんの?」
「アニメで見たんだけど、“全裸土下座”は日本最高レベルの謝罪なんだって。本当にごめんなさい!」
「バカ、それ日本人でもそんな謝り方しないよ!」
南極の謎の常識に、友達は呆れつつも、その大きな体で全裸で土下座する姿がまるで黒糖まんじゅうのようで、思わず笑ってしまった。
「本当に怒ってないって。」
友達は南極の肩を軽く叩いた。「とにかく、早く服着なよ。今のままじゃ完全に変態だから。」
「変態?それはさすがにひどいぞ!」
その言葉を聞くや否や、南極は飛び上がり、急いでパンツをはいて服を着始めた。
二人が着替え終わったころ、三年生の先輩たちが練習を終えてグラウンドにやってきた。友達と南極は先に挨拶し、先輩たちも気軽に一年生の二人に声をかけてから、それぞれ倉庫へと入っていった。倉庫は野球道具の保管場所だが、一部は更衣スペースになっている。ただ、そのスペースは三年生専用で、一・二年生は外で着替えるのが決まりだった。
「友達?日空?」
藤田先輩も三年生の一員としてやってきて、当たり前のように友達たちが着替えている場所にやってきた。汗と泥だらけのインナーシャツを脱ぐと、引き締まった胸筋と腹筋があらわになる。
「まだグラウンドにいるのか?ご飯は?風呂は?」
藤田先輩が尋ねた。
「すみません、寮の食事に時間制限があるのを忘れてました……」
友達が気まずそうに答えた。
藤田先輩は一瞬、顔が怖くなったが、「そうか」とだけ呟き、バッグの中を探し始めた。そして「友達」と名前を呼ぶと、何かを投げてよこした。
「僕の部屋の棚の上にカップ麺が二つある。日空と一緒に食べていいから。」
そう言いながら、きれいな背筋を見せつつパンツを一気に脱いで、引き締まったお尻まで露わになった。友達は思わず顔を赤らめ、慌ててお礼を言い、そのまま足早にその場を離れた。南極も急いで友達を追いかけ、「友達!」と何度も呼びかけていたが、友達は顔を真っ赤にしたまま振り返らなかった。
「ほんと、お人好しだな。」
全裸の藤田先輩の前に現れたのは、佐久間先輩だった。
藤田が何も言う前に、佐久間は藤田を後ろから抱きしめ、両手で藤田のお尻を掴んで、わざとらしく「うわあ、いいケツだな~」と茶化した。
「何言ってんだよ、離せよ。」
藤田が言うと、佐久間は手を離し、軽く藤田のお尻を叩いてから下がった。藤田が制服に着替えながら言う。「田中先輩が、今夜の反省会、お前も出ろってさ。」
「分かってるよ。なあ、藤田……」
「ん?」
「俺、行かなくてもいい?」
「ダメだ。」
「高橋監督が言ったの?それとも田中先輩?」
「俺が言ってる。」
「そろそろ、俺たちのバッテリーについて真面目に話し合うべきだろ?圭一。」
藤田先輩が佐久間の名前を呼ぶと、佐久間は藤田を見つめて微笑んだ。
「つまり、俺の楽な日々もこれで終わりってことか?」
「俺とバッテリー組んでて、楽できるわけないだろ。」
「どっちが楽できないか、まだ分からないぜ?」
佐久間は冗談っぽく言い、「今度は俺が藤田をベッドから起き上がれなくしてやるよ、藤田迅真。」
三年生が必死に挑むこの夏、阪海工野球部は二年生のエース、藤田迅真を中心に、少しずつ新しい空気を作り上げていた。