第八章 もし天才が現れたら
台湾出身の陸坡と申します。
この小説は、もともと中国語で執筆したものをAI翻訳を通じて日本語に変換しています。そのため、不自然な表現や誤った言葉遣いなどがあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。
潮風球場は、市立阪海工業高校野球部の練習グラウンドで、学校裏山の中腹にある広い空き地に位置している。日本の一般的な公立高校の野球場はおよそ一万三千平方メートル、私立校だと二万平方メートル近いこともある。しかし、潮風球場は空き地の広さのおかげでこれらを上回る規模がある。敷地面積は申し分ないが、学校側にはグラウンド整備に回せる予算がない。一つは資金不足、もう一つはこの土地自体も地元の有志の寄付によって手に入れたからだ。小さな選手たちがなんとか野球ができるスペースを確保するのが精一杯だった。
「わあ、やっぱり難しいな。」
今、みんなでベースランニングのテストをしている。テスト内容は、バットを振ってライナーを打った後、二塁まで走るタイムを計るというもの。流星は懸命に走り、タイムは約8秒。普通の高校生ならこのくらいで、他のみんなも大体同じタイムだった。小林だけは少し遅くて9秒台。佐久間先輩のじっと見る視線に圧倒されて、思わずうつむいて走り去った。
やっぱり昔から怖いんだな。小林の知る限り、三年生の先輩や卒業した先輩も、後輩への接し方は佐久間だけ別格だった。地方の有力者の子ってやっぱり違うよな、と小林は両親がよく観ていた台湾映画の台詞を呟いた。「お金持ちは何でもすごいよね。」
そのとき、ベースランの場所で、自分の近くを誰かが駆け抜けていった。小林が顔を上げると、浅村蓮が素早く走っていた。先輩がストップウォッチを押しながら叫んだ。「6秒4!」蓮は得意げな笑みを浮かべた。
「蓮は昔から走るのが速いんだよ。」隣で流星が言うと、小林も「やっぱりベースランは蓮の得意分野だよね」と返した。
「あっ、台湾の友達の番だよ。」流星が茶化しながら、本塁に立つ大きな南極の横にいる友達を見た。二人の身長差――一人は高く、一人は低い――が目立って、友達は見上げて、南極は見下ろして話す姿がなんとも面白かった。まるでペンギンの親が雛に餌をあげているみたいだ、と流星は思った。
「こっちの右側を走って、そのまま二塁まで行って、ベースをちゃんと踏んだら、そのままベースに戻ってきてね。僕が一回お手本見せるから。」友達は南極に説明した。内容を聞いた佐久間ともう一人の先輩は少し首をかしげていたが、それでもベースランニングテストが始まった。友達のタイムも標準的な7秒から8秒弱の間だった。タイムを測り終えた友達は、これから走る南極の方を振り返って見た。
南極がスタートの準備をし、素早いダッシュで一気に二塁へ到達した。タイムはちょうど7秒。しかし、タイムを聞いた南極は異様にハイテンションで、友達が言っていた「ベースに戻る」ことをすっかり忘れていた。友達は眉をひそめ、自分の予想が当たっていると確信した。同時に、後方にいた高橋監督も南極に目を向け、佐久間先輩も徐々に南極の違和感に気づき始めていた。
「ベースに戻れ!」
佐久間が声を張り上げると、南極は一瞬きょとんとした後、友達のアドバイスを思い出したのか、あわてて二塁ベースに戻ってしっかりとベースを踏んだ。
最後のテストはピッチングだった。この項目について佐久間先輩が直接質問した。
「中学時代、ピッチャー経験がある人、手を挙げて。」
「はい!」
予想通り、宇治川が手を挙げた。これにはみんなも納得していた。宇治川は中学野球部でも上位に入る投手の一人で、私立高校からのスカウトもあったほどだ。
そしてもう一人手を挙げた人物がいた。宇治川はすぐそちらに目を向けた――台湾から来たという噂の林友達。彼がどんな実力を持っているのか、宇治川は一番興味を持っていた。ピッチングは宇治川にとって自信のある分野であり、投手マウンドは彼がずっと守ってきたポジションだった。
「他にピッチングを試したい人は?」
キャッチャー姿の佐久間がそう聞くと、1年生で一番背の高い南極が嬉しそうに手を挙げた。「僕、やりたい!投げてみたい!」
「面白いな。誰か、藤田と田中を呼んできてくれ。」
その時、後ろに座っていた高橋監督が急に動き、近くの2年生に声をかけて、向こうで練習していた藤田と田中を呼びに行かせた。数分後、汗まみれでユニフォームが泥だらけの3年生キャプテン田中と、2年生の藤田が高橋監督の前にやってきて挨拶した。
藤田は本塁にしゃがむ佐久間を見つめ、宇治川がマウンドに立つのを見ていた。今日は、投手が得意とするいくつかの球種で、一年生投手の実力を測ろうとしている。
宇治川は中学時代の野球帽をしっかりかぶり、隣で二年生の先輩たちとウォームアップをしている林友達を横目に見た。帽子を深くかぶり直し、足を上げ、佐久間先輩のサインを見てうなずくと、力強いストレートをキャッチャーミットにズバッと投げ込んだ。横で球速を測っていた部員が「128キロ」とつぶやく。一年生としては十分すぎるスピードだった。
次は宇治川の得意な高速カーブ。彼のこのボールはスライダーに近い軌道を描くが、変化幅が小さく、打者の判断を狂わせてファウルや内野ゴロを誘うことが多い。足を上げて腕を振り、投げ込むと、佐久間のミットが少し外に流れ、それをすぐに引き戻した。
「田中、このカーブどう思う?」
「はい、かなり良いと思います。今は112キロですが、これが130キロ台まで上がれば、ストレートとのコンビネーションで普通の打者は抑えられるでしょう。」
カーブは宇治川がずっと好んで投げている球種で、続く数球の伝統的なカーブも安定してストライクゾーンに決まり、ただ大きく曲がるカーブはボールになる確率が高かった。
「藤田、これもお前の得意な球種だろ。どう思う?」高橋監督が仏頂面の藤田に尋ねる。藤田は緊張したように「はい」とだけ答え、高橋監督を見つめながらも、長い沈黙の後、何か言いたげな表情をしたが、なかなか口を開かなかった。
田中はそんな藤田のちょっとガラの悪い顔を見て、背中を軽く叩きながら言った。「そんなに緊張しなくていいよ。高橋監督はただ意見を聞きたいだけだ。この顔、ちょっと笑えよ。」自分が笑顔を見せると藤田にも促したが、逆に藤田の表情はますます妙になった。
「別に意見がなくてもいい。でも藤田、その顔を見ると宇治川のピッチングに何か不満があるんじゃないか?」
高橋監督の言葉に、藤田はようやくうなずいた。そして佐久間のミットを見ながら言った。「高速カーブ、ストレート、大きなカーブ、チェンジアップ。」宇治川の球種を一つずつ挙げ、指で弧を描きながら続けた。「宇治川のボールは、カーブも含めて全て変化の仕方がほとんど同じです。最初は打ちにくいかもしれませんが、慣れてしまえば僕でも打てると思います。」
田中はその言葉に苦笑した。さすがは佐久間のバッテリー仲間、遠慮のない物言いだ。しかし、三年生の自分や監督からすれば、それが事実なのも分かっていた。自分は先輩でエースだけど、今の阪海工で一番実力があるのは二年生の藤田だということ。
春の大会でも、彼のリリーフで試合を持ち直せたおかげで、チームが大差で負けずに済んだ。それはもう卒業した先輩たちも知っていることだ。人数が足りない公立高校の野球部、二・三年生が混ざる中で控えの層も薄く、少しでも才能のある一年生が現れてくれるのを期待する――それが弱小校の現実だった。
「ふう。」
林友達は十分にウォーミングアップを終え、何カ月ぶりかでまたマウンドに立てることに心が躍っていた。特に、さっき見た宇治川のカーブには、あらためて日本の選手――それも学生からプロまで――のレベルの高さを実感せざるを得なかった。
そんなことを考えながら、日空南極がキャッチボールをしているのを眺めた。南極の投球は見たことがあったけれど、本当に大丈夫だろうか?――そう思っていると、さっき南極のズボンを脱がせて小さな友達(=股間)をみんなに見られてしまったことも、すっかり頭から抜けていた。
そのとき、南極が突然こちらにやって来て、声をかけてきた。
「ねえ、友達……」
どうやら、さっき自分が友達のズボンを脱がせてしまったことをまだ気にしている様子で、南極は頭をかきながら言った。
「どうしたら、ボールを暴投しないで投げられるの?」
まさか南極がこんな質問をしてくるとは思わず、友達は一瞬返答に困った。時速140キロのボールをどうしたらコントロールできるかなんて、自分だって分からない。それでも南極は、「君なら答えを知ってる」とでも言いたげな期待の表情でじっと見つめてくる。
「わからないよ。」
そう答えるしかなかった。
「え?どうしようもないの?みんなの前で暴投したくないのに……」
南極は困った顔をした。
「じゃあ、なんで投げたいって言ったんだよ。」
友達は、本当に南極が何を考えているのか分からなかった。
「だって、ピッチャーってカッコよくない?」
南極は期待に満ちた表情でそう言い、さらに「教えてよ、友達、なんでもいいから」と懇願するように見つめてきた。
「知らないよ。ただ、ミットに入れようって思えばいいんじゃないの。」
面倒くさくなった友達は適当に答えた。すると南極は、本当にそれがアドバイスだと思ったのか、「なるほど!ミットに入れることを考えればいいんだね、そうだよね?分かった!」と納得した様子。
(この人、いったい何を分かったんだ……?)
友達は内心困惑しつつも、そのままマウンドに向かった。気持ちを切り替え、深呼吸をしてから、キャッチャー装備の佐久間先輩が本塁にしゃがむ姿を見つめ、集中して最初の一球に臨んだ。
その表情は変わっていた。本塁板で構える佐久間は、友達の顔つきの変化にすぐ気付いた。肩を回していた宇治川も思わず友達に視線を送る。どうやら、皆が友達の第一球を注目しているようだった。
足を上げ、腕を振って、友達はストレートを投げる。球速は123キロ。キャッチャーミットにしっかり収まる。特別速くもない、ごく普通のストレートだった。
投げ終えた友達はキャッチャーから返されたボールを受け取り、微笑みを浮かべた。その表情は、久しぶりのマウンドを心から楽しんでいるようだった。
「なんか普通だね。」
隣で柴門玉里がそう言い、田中廉太も「うん、ただの普通のストレートだし、簡単に打てそうだな」とうなずいた。
「つまり、台湾の友達も俺たちと同じで、別に大したことないってことだよな。」
流星がそう言う。蓮は特に何も言わなかったが、その表情からも流星の意見に同意しているのが分かった。宇治川は黙ったまま、友達の次の球をじっと見ていた。
友達は続けて次のボールを投げた。さっきよりもさらに遅く、約100キロのスローカーブ。しっかりとキャッチャーミットに収まる。「またカーブか?」
宇治川は林友達が投げる何種類かのカーブを観察していた。球速は遅いが、コントロールはかなり良い。全部がキャッチャーミットの狙ったところに入る。
(まさか、俺と友達が同じタイプのピッチャーだったとは……)
宇治川は思った。正直、自分もさっきカーブを投げるべきだったかと少し後悔していたが、カーブには自信がなくて冒険したくなかった。それなのに、今、友達の投球フォームの変化を見て、彼が台湾の中学で有名だった理由が少し分かった気がした。
「スライダー、内角球……」
藤田は友達が内角に投げた球を見ていた。投球位置は少しズレていたが、意外とキャッチャーの構えた位置にしっかりと収まっている。その後は外角球、変化は大きくないが、これもしっかりミットの中に収まる。どの球もスピードは遅いが、この台湾人のピッチング……
藤田は、林友達のコントロールの安定感に気づいた。今まで投げた球は、ストレートもスライダーもカーブも、ほとんど全部が狙った通りのコースに決まっている。高橋監督は、そんな藤田が真剣に見つめているのを確認すると、田中を手招きして小声で何かを伝えた。
田中はうなずき、「タイム!」と声をかけてマウンドに走り、キャッチャーの佐久間に何か耳打ちした。後ろの藤田はその様子を不思議そうに見つめ、そして佐久間がうなずくのを見てから、友達の方へと向かった。
「先輩、こんにちは。」
友達は帽子を取り、丁寧に田中先輩に敬礼した。
田中は、小柄な友達を見て納得した。佐久間が「可愛い台湾の後輩」と言っていた理由が分かる。ほとんど女子高生と同じくらいの身長で、日本人とは違う、やや深い二重まぶたの顔立ち――確かに異国の雰囲気がある。「高橋監督が“フォークボール”を投げてみてって言ってるぞ。」
「え?フォークですか?」
友達は驚いた表情で監督の方を見た。そのとき藤田が監督の隣に立って、自分の投球をじっと見ていることに気づき、顔が一気に熱くなり、心臓の鼓動が速くなった。
「投げられるよね?」
田中先輩が笑いながら言うと、友達はこくりとうなずいた。
確かに、友達はフォークボールを投げたことがあった。
投手は最低でも三種類の球種を持っている。宇治川はストレートとカーブを中心に、カーブの速さや曲がり方を工夫して投げている。一方、林友達も同じタイプだが、球速が怪物ぞろいの現代高校野球ではやや物足りない。それでも台湾で注目されたということは、友達には独自の強みがあるはずだ。
長年監督をしてきた高橋の目から見ても、林友達は球速をコントロールや多彩な球種で補うタイプ。こういう投手は三種類どころか、五種類以上の球を操ることも珍しくない。
「先輩は何て言ったんだ?」
宇治川は田中先輩が友達に何かを伝えて戻る様子を見ていた。すると、林友達が大きく息を吸い、さっきまでと違う表情を見せた。(まさか、こいつ今から本気出すのか?)そう思った宇治川は、さっき自分がスライダーを見せなかったことを少し後悔した。
その横で、南極は友達のピッチングを見ていた。友達はいろんな球を投げているが、どれも似ているようで微妙に違っていて、南極にはうまく言葉で説明できなかった。
なんとなく隣の透明人間・金井榮郎に話しかけると、榮郎は突然の南極の声に驚いて緊張しながら返事をした。
「なんで友達の球は下に落ちるの?」
「下に落ちる?」
榮郎は南極の言いたいことがよく分からなかった。すると南極は、拳をボール代わりにして手をゆっくり下に動かしながら、軌道を描いてみせた。
「こうやって下に落ちるんだ。でも今日はすごく遅いし、そんなに落ちてないけど。」
「遅い?そうなのか。」
ピッチャーのことは全く分からない榮郎はどう返せばいいか分からなかった。でも南極が林友達の投球についてよく知っていそうだったので、「じゃあ林くんの球ってどんな感じ?」と聞いてみた。
「たぶんね……」
「シュバンッ!」
南極が言い終わる前に、二人は林友達がボールを投げるのを目撃した。今度のボールは明らかにこれまでとは違うスピードで、ミットに収まる角度も鋭くてややズレている。友達自身も大きく前に傾いて、バランスを崩しそうになっていた。
宇治川は目を見開いた。これはフォークボールだった。
「それだよ!前に俺が受けたボールもこれ、黒川中士に教わったのと同じやつ!」
南極は興奮して叫び、榮郎も南極の様子に釣られて「林くん、本当にすごいな……」と感心した。
友達がフォークボールを投げたのを見て、藤田は眉をひそめ、表情がさらに鋭くなった。田中先輩はそんな後輩の顔つきを見て、「その顔、まるで犯罪者みたいだぞ……」と苦笑いした。
「藤田、顔!」
高橋監督が声をかけ、藤田ははっとして「すみません」と謝りながら表情を直した。
「そりゃ、佐久間が気にするのも分かる。理由があるな……」と、ぼそっとつぶやく。
やっぱりこの人、ただ者じゃないと思ってたけど、まさかここまでコントロールが良いとは。
キャッチャーの佐久間は、友達の投球を受けてそう思った。
そして隣の宇治川を見て、ニヤリと意地悪く笑う。
(関係を悪くしたくはないが、明らかにライバル視してるな……でもこういう一年生がいると、私立に行かなかった宇治川にはちょうどいい刺激になるかもな。)
とはいえ、この林友達、コントロールは抜群だけど――
「最後のフォーク以外は、全部ヘロヘロ球だよ。俺でも打てる。」
藤田がそう言った。
「最初から一年生に厳しすぎだぞ、藤田。」
藤田は「自分が打てるかどうか」で投手の強さを評価しているようだった。田中はその考え方が嫌いではなかったが、藤田の性格を考えると、主将やエースには向いていても、チーム全体をうまくまとめるのは難しいかもしれない――中学時代からずっと個性派だったからだ。
次に投げるのは誰だ?
佐久間は周りを見渡し、背の高い日空南極に目を止めた。
キャッチャー用具をつけながら佐久間は考えた。
(ピッチャー志望のやつは、だいたい自分の投球に自信があるもんだ。こいつはどんなタイプなんだろう……まずはストレートを受けてみるか。)
「台湾の友達、お前けっこうやるじゃん!フォークボールとか、まるでスター投手みたいだな!」
さっきまで「大したことない」と言っていた流星が、最後になって突然態度を変えた。隣の廉太や蓮はそれを見ていた。田中は「さっきまで台湾人の球なんてたいしたことないって言ってたくせに、変わり身早すぎだろ」とツッコミを入れる。
「流星って、そういうことを平気で言っちゃうけど、本人は全然気にしないんだよな。」
蓮はため息をつきながら、田中同様、もう流星のそういう性格には慣れている様子。小林は自分のノートを取り出し、台湾から来た留学生・林友達のデータを書き留めていた。
「なんだ、誰かご機嫌ナナメだな。」
宇治川は近づいてきた玉里を見て言った。「お前、オカマかよ。何が言いたいんだ?」
「別に。ただ、中学の時に俺たちを圧倒してたエースが、今どう感じてるのか見に来ただけ。」
「喧嘩売りに来たのか、柴門?」
宇治川は玉里を睨みつけた。玉里も一歩も引かず、まっすぐ宇治川を見返す。「別にケンカなんて興味ないけどさ、宇治川、お前、人を見下すのもほどほどにしろよ?」
「…………」
宇治川は玉里の目を避けて、そっぽを向いた。玉里はそれを見て苛立ちながら言った。「私立の名門だけが相手だとでも思ってるのか?行けなかったからって何だよ。さっきの林友達のピッチング、ちゃんと見てただろ。」
「うるせーよ!」
宇治川は不機嫌そうに玉里に言い返した。
「君たちは気にしなくていい、そのまま放っておきなさい。」
一年生たちのやりとりを見ながら、高橋監督が口を開いた。三年生の田中はそれに返事をしたが、実のところ宇治川のことが少し心配だった。実は藤田も同じでなければ、宇治川をチームに引っ張って来たりはしなかっただろう。
「さあ、最後の一人を見てみようか。」
高橋監督は、マウンドへ向かう日空南極を見つめた。
南極はキャッチャーからボールを受け取ると、横にいた友達に笑いかけた。
その笑顔に、友達はなぜか不安になった。さっき南極に話しかけられたばかりの榮郎は、友達に小声で言った。
「え、あの……林くん、急に話しかけてごめん。でもさっき日空くんとキャッチボールしたって言ってたけど……正直、日空くんのことちょっと心配で……。なんか……様子がおかしい気がするんだ。」
「やっぱり、感じた?」
林友達は榮郎の言葉にうなずいた。そのとき、三番の田中も言った。
「うん、俺もそう思う。すごいんだけど、なんかどこか変な感じがするよな。」
「え、南極?俺は全然感じないけど?」
流星は首をかしげた。すると後ろで肩を組んでいた蓮が「それはお前がバカだからだよ。たぶん、みんなそう思ってるけど、お前だけ気付いてないんだ」と呆れたように言った。
流星が小林や玉里を見ると、二人も呆れ顔で流星を見返した。
宇治川もやはり南極を変だと思っている様子だった。友達の隣に立っているのに、なぜか黙ったままだ。
「実は、南極は……」
「わっ!あ、ああっ!か、監督!高橋監督、こ、これはおかしいですよ!」
林友達がみんなの質問に答えようとしたその時、突然ホームベース側の先輩が叫んだ。「やばいって、これは違うだろ、絶対変だろ!」
宇治川が見たのは、佐久間先輩が両手で下を押さえ、ボールがミットではなく、地面を転がっている場面だった。
先輩がボールを捕れなかった?ブロック失敗?
その光景を見た友達は、すぐにマウンドの南極を見た。南極は、どこか困ったような苦笑いを浮かべていた。
だが、次の瞬間、二年生が南極のストレートの球速を読み上げ、みんなが信じられないような表情になった。藤田さえ、まるで伊藤潤二の漫画みたいな、恐怖の顔になっていた。
「スピード、時速145キロ、ボール。」
友達のアドバイスを聞いて、南極は狙いを定め、「佐久間先輩のミットにボールを投げよう」と思いながら投げた。しかし、結局コントロールが効かず、ボールは地面に突き刺さり大きくバウンドした。まさかこんなスピードで“挖地瓜”をするとは――佐久間は咄嗟にブロッキングで対応し、ボールはミットの端に当たって転がっていった。
佐久間はボールを拾い上げ、チームメイトが南極の球速を読み上げるのを聞いて、思わずマスクを外して目を見開いた。「今の、本当に聞き間違いじゃないのか……?」と。
グラウンド上で、友達以外で唯一冷静だったのは高橋監督だけだった。監督はニコニコしながらマウンド上の日空南極に合図を送り、一・二・三年生全員を自分の前に集合させた。南極も、たった一球投げただけでそのまま下ろされた。
「二年生、三年生、それから新入部の一年生のみんな、お疲れさま。」
高橋監督は柔らかい口調でそう言った。みんなは「はい!」と元気よく返事をしたが、小林だけは違和感を覚えた。彼の調べた限りでは、高橋監督はとても厳しいタイプの監督のはずだった。しかし、今目の前にいる六十代と思われるこの監督は、とても優しそうに見える。
「日空。」
高橋監督が南極を呼んだ。南極はすぐに返事をした。監督は笑顔で聞いた。「君は野球の初心者だろう?今まで公式戦に出たことがないよね?」
「はい、監督。一年の日空南極、公式戦の経験はありません。間違いありません。」
南極は否定せず、独特の直立不動の姿勢で堂々と答えた。その言葉に、場の全学年がざわめいた。
三年生キャプテンの田中は、こんな速球を投げる南極に驚きながらも、すぐに周囲を落ち着かせるように声をかけた。監督は話を続けた。
「日空、君はちょっと特殊なケースだ。コーチ陣も分かっているから、これから野球の基礎知識をもっと身につけるといい。今は寮で生活しているね?同室は林……友達?」
「はい!」
監督が名前を少し間違えて呼んだものの、友達はすぐ返事をした。すぐ隣で南極が「監督!彼の名前は“友達”です」としっかり訂正した。
「ゆうだい?ああ、すまない友達。」
高橋監督は友達を見やった。みんなの中で一番小柄だが、ユニフォームの下から分かるしっかりしたお尻と太ももが、台湾で鍛えられたことを物語っている。
「藤田と田中は高校野球大会の準備があるから、南極に野球を教えてあげてくれ。台湾でも試合経験があるだろう?」
友達はうなずいた。南極はニコニコと彼を見つめ、友達は心の中で溜め息をつきながら少しイライラしていた。
その日の練習、南極は何度もワイルドピッチを繰り返し、キャッチボールすら満足にできない。野球の基礎が全く頭に入っていないようだった。友達は思わず聞いた。
「南極、お前……本当に野球やったことあるの?」
「あるよ!投げたこともあるし、バットも振れるし、得点の仕組みも知ってる!」
「いや、そういうことじゃなくて……。」
今日の高橋監督の発言で、友達の予想が確信に変わった。南極はこれまで一度も公式戦に出場したことがなく、野球の正規トレーニングも受けていない。簡単に言えば、南極は今日初めて正式に野球部で野球を始めたばかりだった。
「嘘だろ……」
宇治川は日空南極を見つめた。がっしりとした体格で、140キロ超えの怪物級の速球を投げられるのに、正規の野球経験がゼロの新人?しかもキャッチボールもベースランも、周囲と遜色なくこなしている。こんな人間が本当にいるのか……?
「じゃあ、テストを続けよう。次はバッティング練習だ。田中、お前は練習場にいる部員たちを呼んできてくれ。メイン球場は一・二年生に交代する。二年生は一年生と一緒に、阪海工の毎日の基礎練習に慣れてもらう。佐久間、仕切れ。」
「はい!」
佐久間が返事し、監督はそのままベンチへ腰掛けた。
バッティングテストはごくシンプル。投げられたボールを打つだけで、先輩が球出しをして一年生たちに打たせる。友達は元々バッティングが苦手で、攻撃よりも守備の方が得意だった。
一方、流星はバッティングが大の得意。案の定、打球は高く遠く飛んでいき、流星は得意げに南極にアピールした。「へへ、見ただろ?俺は強打者なんだぞ!」
しかし、すぐ後に南極が奇妙なフォームで、流星と同じくらいの外野安打を放つのを見て、流星は唖然とした。
「うそだろ、速球も投げられて打撃もできるなんて、反則じゃん!」
流星が叫ぶと、佐久間がすかさず「流星、くだらないこと言ってないで、さっさと代われ!」と一喝した。
台湾のコーチがかつてこう言っていたことがある――
「野球をやるために生まれてきたような人間は必ずいる。君たちが野球を続けていれば、いつか必ず出会うだろう。そして、そんな人と本気で競うことになったとき、自分がなぜ野球を続けているのか迷う時が来る。」
友達は南極の方を見ていた。南極はただバットを振れることを心から楽しんでいる。その言葉をくれたコーチは、自分が小学生の頃に、進学する子たちに「今はそんな心配をする年齢じゃない。ただ楽しく野球をしなさい」と微笑みながら話してくれたのだった。
そして今、友達は自分がその時の「迷う年齢」になったことを感じていた。本当に天才は存在し、その輝きはまぶしい。
「友達、友達!見て!」
南極の声に、友達が振り向くと、南極は嬉しそうにバットを振りながら「超カッコイイ!俺も試合でホームランが打てたらいいな!」と笑顔で言った。
「でもさ、相手のピッチャーが毎回ストライクばかり投げてくれるとは限らないよ?」
友達が言うと、南極は「それもそうだね」とうなずき、さっきのピッチングについて話し出した。「でも、やっぱり球のコントロールがうまくできないんだ……」と悩みながらも、急に友達に話を振った。「でも友達、君のピッチングめっちゃカッコよかったよ!あの球、こんなふうに下に落ちてた!」
南極の純粋な顔で自分のフォークボールを褒められて、友達は小学生の頃を思い出した。いつも楽しいことばかりじゃなかったけど、バットを振って、全力で投げて、技術を覚え、ベースを駆け抜ける――そうやって野球を練習する時間はやっぱり楽しかった。
この同じく野球が大好きなルームメイト兼クラスメイト、日空南極という存在について、友達はまだいまいち掴めていなかった。
「南極、お前、どうやって投げ方覚えたんだ?」
友達が聞くと、
「うん、南極基地にいたときに、元野球部の軍人さんが教えてくれたんだ。」
南極はそう答えた。
「……本当に南極に住んでたの?」
友達は疑いの目で南極を見た。南極っていう名前だからそう言ってるだけで、実際はただの変わった日本人なんじゃないか、と思っていた。
「うん、住んでたよ。日本に戻ってきたのもこれが初めて。まだ一ヶ月しか経ってないんだ。」
「うそだろ!」
友達は全く信じられなかった。続けて尋ねる。「じゃあ、どうやって南極から日本に来たの?」
「まず、極地仕様の砕氷船に乗り込み、氷の海を進む。そこから通常の艦艇に移動し、補給のためにいくつかの寄港地を経由する。だいたい2週間程度の行程になる。」
南極はまるで当たり前のように、嘘をついている気配すらなく、さらっと言った。
「その後、チリかアルゼンチンで輸送機に乗り換えて日本に向かう。飛行機なら一日くらいで着くけど、もし吹雪とかで飛行機が飛ばなければ、また船で移動することになる。その場合、日本まで一週間くらいかかるよ。」
「南極から帰る時は、所要時間が全然読めなくて、天候に大きく左右されるんだ。本当に忍耐力が必要な任務だよ。めちゃくちゃ面倒くさい!」
南極は、いろんな国や場所ごとに気温や湿度が違うため、服を何度も着替えなきゃいけなかったことを思い出し、少しうんざりした顔を見せた。
友達がまだ半信半疑の顔をしているのを見ると、南極は続けた。
「ちゃんとあるよ、うちの母さんがくれた南極条約機構の許可証と、NIPR(国立極地研究所)の出入り証明書。それに野生のペンギンと一緒に撮った写真も。見たい?」
「見たい。」
友達は思わず南極の話に引き込まれてしまった。
「じゃあ見せてあげる。でもその代わり、俺が君のズボンを脱がせたこと、許してよ。」
南極がそう言うと、友達は一瞬イラッとしつつも、南極の「してやったり」な顔に気づいた。もうそこまで気にしてなかったが、あえて口では「許すなんて言ってない」と突っぱねた。
「えー、そんなこと言うなよ。どうせ風呂入るときも見えるし、ちんちんとかお尻とか。」
「うるさい!その話をやめろって言ってるだろ!」