第七章 深い二遊間を跳ぶ
台湾出身の陸坡と申します。
この小説は、もともと中国語で執筆したものをAI翻訳を通じて日本語に変換しています。そのため、不自然な表現や誤った言葉遣いなどがあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。
「はあ……」
二年生の佐久間がため息をついていた。
白と海のような青を基調とした阪海工野球部のユニフォームに身を包み、帽子を被った彼は、なぜか友達たちに不機嫌そうな顔を向けて、着替えを終えた彼らにまたため息をつく。そして今度は、心の声まで漏らした。
「やっぱり、やっぱりこうなるんだな……最初からこうなる気がしてたけどさ。田中と宇治川が入るのは想定内、浅村もまあ分かる。豊里は……まあ、相変わらずボール取れないんだろうな。」
佐久間は微妙な表情で豊里流星を一瞥する。隣に立っていた友達は、流星が何か言いかけたのをすぐに察したが、同じく隣にいた浅村蓮が小声で「余計なこと言うなよ」とたしなめた。
友達も佐久間先輩の視線にさらされ、ついでに南極にもじっと視線が止まる。南極はそんな佐久間先輩に、憎めない屈託のない笑顔を返した。その後、全員が佐久間にじろじろと見られ、最後には長髪の柴門玉里を睨みつけたが、玉里は全く気にせずに髪を弄っていた。
「はあ、結局は顔馴染みばっかだな。」佐久間はまたため息まじりに言った。
「二年と三年を合わせても、今の野球部は監督とマネージャー含めて二十人くらいしかいない。全部の仕事を全員で回さなきゃならないし、正直しんどいし、面倒くさいし、俺みたいなクズ先輩に睨まれるかも知れない。辞めたい奴は今のうちに言ってくれ。そうじゃなきゃ、全員入部したってことでいいな。」
自分を「クズ先輩」と呼びながら佐久間は友達を見て、不気味な笑みを浮かべた。友達はその目を合わせて、どこか居心地が悪くなる。「まさか入学初日からもう佐久間先輩に目をつけられたのか?いや、そもそも俺、最初から野球部に入りたいなんて言ってなかったはずだけど……」
「今、辞める奴はいるか?」佐久間が問いかける。
一年生たちは誰も口を開かない。隣にいる一年生を連れてきた上級生二人はなぜか緊張した様子を見せる。誰も反応しないのを見て、佐久間は命令口調で言った。
「三番(田中廉太)、更衣室の場所分かるな?みんなを連れて行け。着替えが終わったらここに戻って集合だ。三年生の先輩たちは七月の全国高校野球大会の地区予選の準備で忙しいから、ここ数日は俺、二年の佐久間圭一が阪海工野球部の練習を指導する。よろしくっす!」
「押忍!」
突然、友達の隣にいた皆が一斉に声を揃えて叫んだ。南極までしっかり声を出していて、その状況に友達は戸惑うばかり。自分の様子もまた佐久間先輩に見られて、あの不快な表情を浮かべられる。林友達は、「ちゃんと空気を読まなきゃ、本当にこの先輩に目をつけられるかも」と思い始めていた。
一年生たちは、上級生の一人に連れられて更衣室に向かった。
佐久間は三度ため息をついた。そして、隣にいた同じ二年の同期二人がすぐさま佐久間のもとに駆け寄り、肩を掴んで思い切り揺さぶりながら、焦った口調で言った。
「佐久間、お前さ!なんであんな言い方するんだよ一年に!」
「そうだよ、野球部の人数もうギリギリなんだから、これで一年が誰も入らなかったら、俺たちの代で廃部とかマジ勘弁してくれよ!三年の先輩も、卒業してからの大学の先輩も、造船所で働いてる大先輩も……ああ、絶対殺されるわ。」
阪海工はもともと運動が有名な強豪校というわけではなく、公立で少子化の影響もあって、多くの部活が同好会レベルになっている。野球部と柔道部だけが、かろうじて二、三十人規模の「大所帯」を保っている。去年、田中キャプテン率いる阪海工ナインが秋の明治神宮大会で健闘し、今年三月の春のセンバツにも選ばれたが、それでも部員数の増加には繋がっていない。
逆に、新設された男子合唱部や吹奏楽部は近畿地方でも好成績を上げており、毎年満員。特に吹奏楽部は阪海工で唯一女子が男子より多い部で、男ばかりの野球部員たちは羨ましくて仕方がない。
「大丈夫だ、誰も辞めないよ。」
肩に置かれた手を払いつつ、佐久間が言った。
「問題児ばっかだけどさ、阪海工じゃなきゃ……」
野球する場所、他にないからな。
「まあ、それもそうだよな……」
佐久間の言葉を聞いて、二人も少し落ち着いたが、それでもため息が止まらない。
「でもさ、先輩たち卒業したら、うちのエースもお前と、二番(田中龍二)と、藤田しかいないじゃん。」
「正直言って、甲子園行けるのは藤田だけだろ。あいつ、なんで高校から声かからなかったんだ?不思議だよな。大阪桐蔭も履正社も絶対前から目を付けてたはずなのに。やっぱり、あれが理由か……」
「それはどうでもいいだろ。」
藤田の話になった途端、佐久間の口調が急に変わった。顔は相変わらずニコニコしているのに、その言葉には一切容赦がない。腕をぐるぐる回しながら佐久間は言った。
「桐蔭でも履正社でも平安高校でも、どこでも関係ない。今の藤田は阪海工の一員だ。それでいいだろ?」
「うんうん、その通り。」
二人のチームメイトは軽く頷いて、さっさと一年の着替えを見に行くふりでその話題を終わらせた。そのまま歩きながら、二年生同士で佐久間について小声で話し始める。
「藤田の話になると、佐久間マジで熱くなるんだよな。」
「中学の時、藤田が相手投手にデッドボール食らったときさ、佐久間、本気でブチ切れてたじゃん。あの時、コーチが代走を出して藤田をベンチに下げて慰めなかったら、絶対殴りに行ってたぞ。」
「そうそう、あったなそんなこと。で、それ以降、佐久間は毎試合その投手をガン飛ばしててさ、相手の投手がビビって、試合後には藤田に謝りに来てた。『わざとじゃないんです』って、もう土下座する勢いだったし。」
「ほんと怖いわ。」
そう言いながら、自分は佐久間に興味を持たれなくてよかったと内心ホッとする。
「でもさ、最初は新入部員の指導なんてダルいとか言ってたくせに、いざ一年が入部したら急にやる気出してきて、あれは誰か気に入った子でもいるんじゃね?」
「だよなー、佐久間に目をつけられるのが幸か不幸か……」
「藤田がいい例だしな。」
####
林友達たちは田中廉太に続いて歩いていく。
廉太は兄二人も野球部にいるため、家での会話から部内の様子をよく知っていて、ちゃっかりと立ち位置を確保していた。
一行は倉庫の脇にある小さなスペースに到着する。確かにここはコンクリの空き地と屋根付きの東屋があるものの、友達のイメージする更衣室とは程遠い。
だが、廉太はさっそく制服を脱ぎ始め、引き締まった上半身を見せながらみんなに言う。
「ここだよ、早くしろって!佐久間先輩に怒られるぞ。」
――えっ、ここで?ここで着替えるの?
友達は周囲を見回す。倉庫は目隠しになるが、完全な屋外だし、グラウンドの外野からちょっと走ってくれば丸見えだ。
「更衣室」とは名ばかりで、仕切りもなく、みんながそこらに集まって着替えているだけ。まるでプライバシーなんてない。
こんなのアリかよ……めっちゃ気まずいんだけど。
そう思いつつも、友達はおそるおそる制服を脱ぐ。周りの皆は全然気にせず、さっさとパンツ一丁になり、流星と蓮はお尻を向けたまま野球ズボンを履いている田中をからかっている。
「学長に三番って呼ばれても怒んないの?」
「チキン野郎だな~」
「うるせーよ、お前らだって犬みたいに大人しくしてんじゃん。」
田中は流星と蓮のからかいに反撃し、三人でまるで小学生のように騒ぎ始める。
その隣では、宇治川翔二が無言で中学時代のユニフォームに着替えながら、冷たく一言。
「三人とも、バカだな。」
「ねえ、小林くん……」
「ん?」
ちょうどズボンを脱いだ小林が振り返ると、背中越しに長い茶髪をなでている柴門玉里がいた。
髪が胸元を隠しており、上半身は裸のまま、野球ズボンだけ履いた状態で色っぽい声をかけてくる。
「髪、結ぶの手伝ってくれない?一人だと長すぎて困っちゃって。」
言い終わるや否や、柴門玉里は小林の手を掴んで自分の胸元に引き寄せようとした。その様子に隣の金井榮郎が慌ててバッグからヘアゴムを取り出し、「ああ、やめて!俺がやるよ、柴門くん!」と叫んだ。結局、ほんの数分で玉里の髪は見事なシニヨンにまとめられた。
ちっ、余計なことを……。
柴門玉里は心の中で舌打ちしたが、仕上がったお団子は帽子をかぶるのにちょうど良い大きさで、意外と悪くないと思った。今井の器用さは、その大柄な体格からは想像もつかなかった。そういえば、今日この人がいたなんて全然気づかなかった。いつからいたんだろう?中学のとき、うちのチームにこんな奴いたっけ……?
柴門にとって、球場でしか輝かない人間以外、金井榮郎はこれまでほとんど視界に入ったことがなかった。
「友達、まだ着替えないの?」
日向南極が、まだ制服姿のまま動けずにいる林友達のところへやってきた。南極は最初からユニフォームを着て部室に来ていたので、友達は「自分も最初から着替えて来れば、こんなことにはならなかったのに」と少し後悔した。
ズボンの前だけ開けて脱げずにいる友達を見て、南極はすぐに理由を察し、にこやかにしゃがみ込むと、何をするのか分からない友達の目の前で、南極の手が一瞬で彼のズボンを引き下ろした。
しかも、その勢いで下着まで一緒に下ろされてしまい、友達の下半身が南極の目の前にさらけ出された。
「うわああああ!何してんだよお前!」
一瞬の出来事に、林友達は思わず台湾語の汚い言葉で叫び、皆の視線を集めてしまう。南極はそんな彼にニコニコしながら言う。
「どうせそのうち皆に見られるし、気にしなくていいよ。南極の黒川兄ちゃんも言ってた、『ずっと見てれば慣れるよ』って……」
その時、日空南極は顔を真っ赤にして自分の局部を隠している友達を見つめて、ぽつりと言った。
「かわいい……友達、もし恥ずかしいなら俺が着替え手伝おうか?」
「ふざけんな、あっち行け!」
そう叫んで友達は必死で衣服をかき集め、自分のカバンを引っ張り寄せて、中学時代の野球ユニフォームを慌てて着た。その慌てぶりが、見ていた皆に妙に可愛らしく映ったようだ。
「ねえ、流星、見た?」「見た見た、台湾人の照れ方ってめっちゃ可愛いな。」
強い口調で日本語で怒ってみせたものの、友達の慌てた仕草や反応はどこか漫画みたいで、南極にズボンを下ろされた瞬間は本当に泣きそうな顔をしていた。そんな様子に、一年生たちは心のどこかで「この台湾人、なんかキュンとするな」と思い始めていた。
唯一、宇治川だけが無言で友達が台湾チームのユニフォームを着る様子を見つめていた。南極は自分の行動を反省して頭をかき、どうして怒らせてしまったのかと困惑していた。
ズボンを脱がせるとき、うっかり下着まで一緒に下ろしてしまったことに気付いて、南極は友達に謝ろうと近寄ったが、友達は露骨に不機嫌な表情で「消えろ」と冷たく言い放つ。
本当に怒っているようだった。
「どうやら台湾の友達に嫌われちゃったみたいだな、南極。」
流星と蓮が歩み寄ってきて、南極は答える。
「わざとじゃないんだ。ただ、昔基地にいた人に教わったんだ。時には最初の一歩を踏み出すことが大事で、仲間なら時には背中を押してやらないとって。」
「その“背中を押す”には、パンツまで一緒に脱がせるって意味は含まれてないと思うけど。」玉里がツッコミを入れる。
小林も続けて言った。「台湾の人って、日本人ほど裸になるのが当たり前じゃないらしいよ。温泉に入るときも水着を着るって聞いたことある。」
「温泉で水着?マジかよ?」田中が信じられないという顔をする。
「水着で温泉なんてあり得る?」蓮も疑いの眼差し。
「本当だってば!うちの両親がよく台湾に旅行するんだけど、現地の大きな温泉は水着着用が必須だって言ってたよ。」
台湾好きな両親を引き合いに出してみたものの、皆は「台湾人が温泉で水着」という話には半信半疑の様子だった。
南極だけはまだ友達に無視されていることに思い悩んでいる。
そんな南極に、後ろから榮郎が近づいてきて、ずっとどう謝ろうかと考えている彼に声をかける。
「今は、友達くんをちょっと一人にしてあげたほうがいいんじゃないかな?」
「分かってるけど……本当に悪気はなかったんだ。」南極は数秒考えて、「もし、台湾のユニフォームかっこいいねって褒めたら、友達、許してくれるかな?」
「えーと、それは……たぶん無理だと思う。」榮郎は南極の発想に少し戸惑いながら答えた。
その時、今まで黙っていた宇治川がぽつりと口を挟む。
「誰だって、いきなりズボン下ろされたら怒るよ。」
この人たちはみんな常識がないのか?と宇治川は内心思いながら、まるで宇宙人の集団に紛れ込んだ気分だった。
そして南極に向かってこう続ける。
「知らなかったかもしれないけど、あの人、台湾の中学生でもトップクラスのピッチャーだったんだ。」
「トップクラス?友達が?」南極が聞き返す。
「藤田先輩も、すごく彼のことを気にしてる。もしさっきのことで林友達が今日は調子を崩したら、全部お前の責任だからな、日空。」
宇治川はそう言い捨てて歩き去っていく。
南極はその背中を見送り、横で聞いていた榮郎は冷や汗を流しながら慌ててフォローした。
「だ、大丈夫だよ、宇治川はただ友達くんのこと心配してるだけだから、気にしないで!」
「なるほど、友達って台湾じゃすごいピッチャーだったんだ?どうりであのときキャッチボールした時に……カッコいいな!」
宇治川に言われて落ち込むかと思いきや、南極はむしろ嬉しそうな表情を見せる。それに気づいた榮郎は少し戸惑ったが、南極は「友達のピッチング、見てみたいな」と目を輝かせて言った。
「う、うん、だよね……」榮郎もなんとなく相槌を打つ。
そのころグラウンドでは、キャッチボール、ランニング、バッティング、スローイングなどの基礎練習の準備が始まった。佐久間と二年生数名が率先して動き出し、一年生たちの実力を自分の目で確かめるためのものだ。
そして、坂海工野球部の監督・高橋城之も一年生の前に現れる。髪は白く、優しげな顔立ちの、ジャージ姿の老人だ。田中はすぐに高橋監督だと気付き、慌てて帽子を脱いで挨拶する。他の一年生もそれにならい、友達もタイミングを逃さずに元気よく挨拶した。
高橋監督は軽く頷き、佐久間に開始の合図を送る。佐久間と二年生たちは、一年生に向かって「全力でプレーして監督にアピールしてくれ」と説明した。
佐久間(二年生)はキャッチャー防具をつけて捕手の位置に、一年生は内野のショートでノックを受けることになった。順番は決まっておらず、準備ができた人からスタート。最初に入ったのは、実力派の一年・宇治川だった。
藤田に誘われて入部した宇治川は、「なぜ佐久間が監督に一年生のテスト役に選ばれたのか」すぐに察していた。中学時代から曲者だった佐久間は、きっと意地悪な球を打ってくるだろう、と。
予想通り、佐久間は二遊間に高く跳ねる打球を打った。宇治川はすぐに飛び込み、素早い反応でグラブに球を収め、そのままホームに正確に送球。
その後の一塁側の低いバウンドの球も難なく捌き、すばやく本塁に返球した。周りの一年生たちからは思わず感嘆の声が上がる。
「この人、普段は全然喋らないけど、やっぱり上手いわ。」
流星は感心して宇治川に声をかけたが、宇治川は無反応。それを見て流星はちょっとムッとしながら「何様だよ……」と呟き、そのまま交代して自分の番に入る。
「うわ、やばい!」
流星は最初のバント処理でバウンドが合わず、ボールをうまく拾えなかった。さらに二球目は普通のゴロだったが、送球の際に大きく逸れてしまった。幸い、佐久間がうまくカバーした。
「しっかりやれよ!流星!」
佐久間がマスクを外して叫ぶ。流星は大声で謝りながら顔を赤らめてベンチに戻った。
続いて友人の蓮が守備に入る。蓮は投球こそ苦手だが、無難に二つのゴロを処理し、送球も速かった。ただ、佐久間からすれば「知ってる範囲の実力」で、特に目新しいものは感じられなかった。
小林の番になると、二球とも反応が遅れて捕れず、同じようなことが今井榮郎にも起こる。足は速くて守備範囲には届いていたが、なぜか二球とも落球。
榮郎は不安げに監督と佐久間(二年捕手)をチラチラ見たが、佐久間は淡々と「次!」と告げるだけだった。
低いバウンドのゴロをためらいなく処理し、長い髪を帽子の中にしまい込む柴門玉里。普段は女の子のような格好をしているが、グラウンドではその実力を一切隠すことなく、二球とも鮮やかにさばき、一塁と本塁それぞれ二年生のグラブに正確に送球した。同じく「三番」と呼ばれる田中廉太も、柴門や宇治川ほどの華やかさはないものの、堅実なフィールディングと送球で十分な働きを見せた。
そして、いよいよ台湾から来た林友達の番になる。
林友達が守備につくと、キャッチャーマスクをかぶった佐久間は意味深な微笑みを浮かべ、バッター役の二年生に何やら耳打ちする。
「本当にやるのか?」と戸惑うバッターに、佐久間は黙って頷いた。
二年生が放った打球は、さきほど宇治川がさばいた二遊間付近よりもさらに深く、外野寄りの位置へと飛んでいく。宇治川はすぐに「これは自分のポジションじゃない」と気づいた。友達の身長なら、この球は頭上を越えて外野と内野の間に落ちる微妙なコースだった。
――佐久間先輩、絶対わざとだ。
田中にもその意図が伝わり、南極もまた自分と友達がキャッチボールした時のことを思い出した。自分が高身長なせいで、どうしても球が友達の頭上を越えてしまったあの感覚と、いま目の前の友達が重なる。
友達は一歩下がり、打球の落下点を見極めると、大きくジャンプして、空中でボールをがっちりキャッチ。
そのまま素早く本塁の佐久間のミットめがけて送球。キャッチした瞬間も、まったく無駄なく動作を続ける。
宇治川はその一連の動きに目を見張り、思わず口を開けてしまう。
「甲子園に行くんだ。」
かつて教師が、友達の日本留学について話していた言葉をふと思い出す。
見事なプレーを見せた友達に、宇治川は今まで以上に話しかけたい衝動に駆られた。「今の球、どうやって判断したの?」と尋ねたかったが――
「すごい!友達!」
先に声をかけたのは、宇治川の後ろから駆け寄ってきた南極だった。
日空南極は、ついさっきまで自分に怒っていた友達に向かって満面の笑みで肩に手を置き、
「やっぱり友達はすごいよ!今のジャンピングキャッチ、めちゃくちゃカッコよかった!」と素直に褒めた。
「そ、そうかな……ありがとう。」
友達は褒められて、少し顔を赤らめる。
だが、南極はすかさず続けて、「さっきのズボンの件、本当に反省してるから、許してくれないかな?」と懇願する。
「それは別の話だろ。」
途端に友達の表情が険しくなり、きつく南極を睨んでその場を離れてしまう。
その態度に、南極はがっくり肩を落とし、「まだ怒ってる……どうしよう」と落ち込む。
「次は誰だ!早くポジションにつけ!」
佐久間の声がグラウンドに響く。
南極はようやく自分の順番だと気付き、大きな声で返事をして急いで守備位置についた。
長身でがっしりした体格、特注のユニフォーム姿でグラウンドに立つ南極は、まるでプロ野球選手のような存在感を放っている。
その様子に一年生だけでなく、グラウンドにいる二年生たちまでもが「一体どれだけできるんだ?」と興味津々で見守る。
最初の打球は、先ほど流星を苦しめた低くイレギュラーバウンドするゴロだった。
しかし南極はまったく動じず、すぐさま反応して片手でボールを素手でキャッチ。
しかもそのまま一塁に駆け込み、ベースを踏んで一塁の先輩に向かって「アウト!」と笑顔で宣言した。
「……?」
その独特なプレーに、グラウンドの全員が一瞬ぽかんとしてしまった。
その場にいた中で、何が起きているのかを理解していたのは林友達だけだった。
これは彼と南極が初めて自主練した時に発覚したことで、南極もあっさりとそれを認めた。あれほどの球速を投げられる選手が、こんな基本的なところでつまずくとは思わなかった友達は、内心かなり驚いた。もし自分が日空南極と一緒に練習していなければ、きっと信じられなかっただろう。
「お前、次はちゃんと投げて返せよ。」
と、二年生の先輩が自分より大きな南極に声をかける。
「はい、分かりました!」
南極は素直に頷き、元の守備位置に駆け戻る。
「この一年、なんか変じゃないか?佐久間。」
バッター役の部員が小声で言うと、佐久間も同じことを感じていたが、それでもテストを続けることにした。
再び、さっき友達の時と同じようなコースへ打球を飛ばそうとバッターが構える。だが、今回はバットに力が入りすぎてしまい、打球は内野を超えて外野へ抜けるヒット性の当たりとなった。
「おいおい……」
佐久間はすぐにマスクを外してバッターを睨む。
バッター役の部員は気まずそうに「ごめん、ごめん」と苦笑い。
するとその時、監督の高橋が前に歩み出て、
「まだ終わってないぞ」と指差した。
佐久間たちがその方向を見ると、南極はひたすら打球だけを追いかけて外野まで全力で走っていく。そして、そのままダイビングキャッチでボールを見事にグラブに収め、体を丸めて一回転、そのまますぐに立ち上がる。全員がその華麗なプレーに目を奪われていた。
「すげえ、あれを捕ったのか!」
田中が思わず叫び、南極がすぐに二塁か一塁へ送球するのを期待していた。
だがその時、友達が隣でなにやらよく分からない言葉で小声で呟いた。
「たぶん、あいつどこに投げればいいか分かってないんだよな……」
通常なら、こういうファインプレーの直後には素早く塁へ遠投して、ランナーの進塁や得点を防ぐのがセオリーだ。しかし、友達には南極がそんなこと全然分かっていないことがよく分かっていた。
案の定、南極はにこにこしながらボールを持ったままグラウンドを走って戻り、「捕ったよ!」と元気よく叫んだ。
「何やってんだ、こいつ……」
佐久間も、南極の行動に呆然とするしかなかった。
そんな中、高橋監督はふっと笑いながら、「なるほど、そういうことか。面白い子だな」とだけ言い、ベンチへと戻っていった。
佐久間たちは戸惑いながら後方に座り直し、南極はボールを一塁の先輩に手渡して、ニコニコと「はい、ボール」と言った。
「いや、だからさ、投げて返せって言っただろ……?」
「え?あ、そうなのか、ごめんごめん!」
南極は先輩に言われて、やっと投げるべきだったことに気づき、苦笑いを浮かべた。
先輩は呆れ顔でグラウンドを離れ、周りの部員たちも南極のプレーをどう評価したらいいのか分からずに立ち尽くしていた。
あれだけ素早くボールを捕り、爆発的なスピードで走り、息ひとつ切らさずに戻ってくる南極――間違いなく優れた選手なのは全員分かっていた。
だが、なぜか南極のプレーにはどこか違和感が残り、みんな「この一年、過去にどんな野球をしてきたんだ?」と首をひねっていた。
「友達、俺どうだった?」
南極はベンチに戻るとすぐに友達のもとへ駆け寄った。
(こいつ、自分がまだ怒ってること、まったく忘れてるな……)
林友達は呆れつつも、南極に悪気がないことや、もう十分に怒りは冷めていることも分かっていた。
それに、何より同じ寮のルームメイト。いつまでも怒っているわけにもいかない。
「さっきのは、たぶん先輩のミスだから、あまり気にしなくていいよ。」
そう言ったのは、意外にも友達ではなく宇治川だった。
南極が外野まで走ってファインプレーを見せたことに、宇治川自身も驚いていた。
彼は「南極はわざと遠くまで走って、自分の実力をアピールしたんじゃないか」と分析していた。
どちらにしても、台湾から来た林友達も、何を考えているか分からない日空南極も、将来的に自分のライバルになるかもしれない存在――だから早めに距離を縮めて様子を探るのは、自分の成長にも役立つと思った。
「うん、あのボールは別に捕らなくてもよかったんだけどね。」
友達はそう言って、南極の表情を見てから「でも、あんな遠くまで走ってキャッチできるなんて、やっぱすごいよ」と付け加えた。
「だろ!」
南極は満面の笑みで、まるで褒められるのを待っていたかのように喜んだ。
「何、そんなに嬉しそうにしてるんだよ……変なやつ。」
南極の子どもみたいな反応を見て、友達ももう怒る気はすっかり失せていた。
ただ――みんなに裸を見られたうえ、特に一番しっかり見た南極だけは、いまだにちょっと気まずい気持ちが残っていた。
そして皆が「南極の奇妙なプレーはたまたまだろう」と思っていたその時――
続く守備テストで、彼の「なぜ強いのに、なぜか変」な理由が徐々に明らかになっていく。
友達は「これ以上、みんなを驚かせないように、何か言っておいた方がいいかも」と思い始めていた。