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第四一章 一月一日までのトレーニング

台湾出身の陸坡と申します。


この小説は、もともと中国語で執筆したものをAI翻訳を通じて日本語に変換しています。そのため、不自然な表現や誤った言葉遣いなどがあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。

台灣の冬休みは非常に長く、通常は旧正月(春節)が終わるまで続き、約一ヶ月ほどの休暇となる。一方、日本の冬休みは12月末、通常はクリスマスが過ぎてから一月初旬までの二週間ほどだ。


林友達リン・ヨウダが台灣の中学校にいた頃は二学期制だったが、日本に来てからは三学期制になった。12月が終わった時点ではまだ第二学期を終えたばかりで、一月から三月にかけての第三学期こそが、日本における年度の締めくくりとなる重要な学期だ。そしてその後には一ヶ月の春休みが控え、新学年のスタートへと続いていく。


それは同時に、二年生の選手たちが三年生へと進級することを意味していた。あと三ヶ月もすれば、彼らにとって高校野球生活の最後であり、最も重要な挑戦である『全国高等学校野球選手権大会』(夏の甲子園)が幕を開けるのだ。


友達は旧正月に帰省しないことで母親から激しく叱られると思っていたが、実際には少し小言を言われた程度だった。


むしろ、以前のチームメイトだった馬耀マヨウ福定フディンといった台灣の友人たちの方が、友達の決定に不満を漏らしていた。それぞれ別の高校の野球部に進んだことで会える機会が減っていた上に、友達は日本にいるのだ。ビデオ通話越しに、馬耀は不機嫌そうな顔で机に突っ伏し、じっと友達を見つめていた。


「友達の台灣の友達、なんだか南極のアザラシみたいだね」


日空ひぞら、ちょっと席を外しててくれないか。頼むよ」


野球用のアンダーシャツ(緊身衣)の臭いを嗅いで、まだ着られるか確認していた南極が、ふと友達のノートパソコンの画面を覗き込んだ。そこにアザラシのように口を尖らせている黒っぽい塊のような人間が映っているのを見て、余計な一言を放ったため、友達に頼まれて部屋を追い出される羽目になった。


日空南極がドアを閉めると、部屋からは友達が中国語で友人たちと話す声がはっきりと聞こえてきた。友達が台湾の友人に何を話しているかまでは分からないが、必死に説明し、謝っているような様子だけは伝わってきた。


小林こばやし、台灣人が旧正月に帰らないのって、そんなにまずいことなのかな?」


台灣マニアのチームメイト、小林芝昭こばやし しあきと一緒に倉庫の整理をしていた空き時間に、南極は尋ねた。小林はそれを聞くやいなや、考える間もなく即座に問い返した。


「友達が帰らないのか?」


「小林、なんで分かったんだよ。情報網がすごいな!」


南極が驚きの表情を見せると、小林は無表情のまま淡々と告げた。


「南極、君が台灣人のことについて聞いてくる時なんて、九割が友達に関することだろう。残りの一割は、どうでもいい質問だ。例えば『台灣人はペンギン歩きの真似をするのが好きか?』とかな」


「……そんなこと聞いたっけ?」


南極にはそんな奇妙な質問をした記憶は全くなかった。しかし、小林のその表情を見ていると、「もしかしたら本当に聞いたのかもしれない」という気がしてきて、南極はそのまま素直に小林に謝った。


「整理は終わったか? 倉庫を閉めるぞ」


扉を開けた田中廉太たなか れんたが、今日の倉庫当番である南極と小林に声をかけた。二人が何やら話し込んでいるのに気づき、近寄ってみれば小林が台灣の正月について語っているところで、廉太も興味を惹かれて聞き入った。


「台灣人が祝うのは旧正月で、日本人が祝うのは新暦の正月だ。だから日本人は欧米と同じ一月一日に新年を祝うけど、台灣の正月は旧暦に基づいているから、毎年日にちが変わるんだ。その日は家族全員が集まって食事をして、友人同士で新年の挨拶を交わす、一年で最も大切な団欒の日らしい。それに、子供はお金がもらえるそうだよ」


「ええっ! お金!? だったら友達ヨウダ、帰らないなんて大損じゃないか?」


南極が声を上げた。


「噂では、日本円にして四万円以上もらえることもあるらしい」


「えええっ! それはかなりの損失だな! 新しいグローブが買えちゃうじゃないか」


四万円という金額を聞いて、廉太も思わず食いついた。未成年の高校生にとって、四万円という大金は、数ヶ月間節約してようやく貯まるかどうかの金額なのだ。


「そうなると友達は、そのお金よりも大切な何かがあるから、ここに残るって決めたんだろうな」


廉太のこの指摘には小林も虚を突かれたようで、意外そうに頷いた。


「確かにその通りだ。……だが、一体何があるんだろうな……」



※※※※



「事情は分かるよ、理解もできる。日本で野球ができるのはこの三年間だけだもんね。でも、旧正月くらい帰ってきなよ……。僕も福定フディンも、友達が帰ってきたら一緒に教会や東安宮(東河泰源)にお参りに行って、それから二番目のおじさんの家でスクラッチくじしたり、カラオケしたり……もう! 言いたくない! 怒ったぞ、こんなギリギリになって言うなんて」


馬耀マヨウは口を尖らせ、恨めしそうな表情で友達を見つめていた。友達は再び謝り、馬耀をなだめる言葉を重ねたが、馬耀の不機嫌な顔はなかなか直らない。


傍目には意見が食い違っているように見えるが、長年共にプレーし、遊んできた仲間だ。友達は、馬耀が自分の帰らない理由を心の底では理解してくれていることを知っていた。


台湾の強豪校で野球を続けている馬耀とは、置かれている状況が違う。友達のいる学校は決して野球の強豪ではないが、先輩たちが必死に甲子園を目指す姿を見て、台湾人である彼の中にも、次第に「甲子園」への憧れが芽生えていた。


もっと強いチームと戦ってみたい。藤田先輩のような素晴らしい選手をこの目で見てみたい。そして、今のチームメイトと一緒に勝利を掴み取りたい。


この冬を、ただ何も進歩せずに終わらせたくはなかった。


クリスマスが過ぎ、台湾より一足早く冬休みに入った日本。


阪海工の野球部も冬休みを迎えたが、友達にとって驚きだったことが一つある。クリスマス当日、男子寮には突如として小さなクリスマスツリーが現れた。輝く電球やプレゼントの箱で飾られ、食堂のメニューの鶏もも肉まで赤と緑の紙でラッピングされるなど、一気に祝祭のムードに包まれたのだ。


しかし、驚いたのはその翌日だった。クリスマスが終わった途端、寮のツリーは跡形もなく消え去り、すべてが日常へと戻っていたのだ。友達が驚いてそのことを話すと、周囲は逆に彼を不思議そうな目で見た。


「だって、クリスマスはもう終わっただろ?」


「終わったのにツリーを飾っておく方が変じゃないか?」


冷静な宇治川うじがわや、吹奏楽部の陽奈ひなまでもが、それぞれそう言った。


日本では、どれほど盛り上がった行事であっても、当日が過ぎれば魔法が解けたように即座に片付けられ、元の生活に戻る。まるで期間限定のパーティーのように、瞬く間に終わってしまうのだ。


台湾なら、クリスマスツリーがそのまま年越しまで飾られていても誰も文句は言わないだろう。原住民の長老たちなら「せっかく綺麗なのに、すぐに片付けるなんてもったいない。もっと飾っておこう」と言い出し、教会のツリーはいつの間にか旧正月まで飾られ続けているのが常なのだから。


冬の練習に試合はない。ウエイトトレーニングや持久走、そして徹底した基礎練習への回帰が中心となる。しかし、数日前の高橋元監督による泥臭い反復練習とは異なり、片岡先生は一・二年生を三つのグループに分けた。


グループごとにメニューは異なり、主に「ウエイト(筋力)組」、「瞬発力組」、「バランス組」で構成されている。友達ヨウダ南極なんきょくは、別々のグループに振り分けられた。


「これは私と白井コーチ、それに高橋先生と話し合って決めた、それぞれの弱点に特化したメニューよ。高橋先生の指導でみんなを極限まで追い込んだのは、疲労が溜まった時にどこから崩れるのか、どこで判断力を失って動作が乱れるのかを正確に把握するためだったの」


片岡先生が説明した。基礎体力が向上しなければ、投球、捕球、走塁、打撃……どんなに練習を重ねても、それはただの無意味な反復になってしまう。友達は、自分がどの組に入れられるのか、薄々勘づいていた。


彼は「ウエイト組」だった。一年生の田中廉太たなか れんた金井栄郎かない えいろうも同じグループだ。二年生では村瀬智也むらせ ともや先輩が、そして意外なことに、守備の安定した日下くさか先輩や打撃センスの良い木村きむら先輩までもがウエイト組に名を連ねていた。


日下先輩と村瀬先輩は表立って口には出さないが、阪海工野球部のメンバーはほとんどが同じ中学の出身だ。二人の仲が険悪だという噂は誰もが知っているし、それが単なる噂でないことは、間に挟まれた友達が感じる微妙な空気からも明らかだった。


このグループを指導するのは白井先生だ。部員にとって最も話しやすい存在であるため、納得のいかない表情の木村陸斗きむら りくとがすぐに手を挙げた。


「白井先生、なんで僕がパワー組なんですか? 筋力的には問題ないはずですけど」


実際、木村のパワーは部内でもトップクラスで、ルームメイトの田中龍二たなか りゅうじと一、二を争う。その後に南極、佐久間、藤田、流星らが続く。強打者の木村がなぜここに入れられたのか、全員が疑問に思っていた。


白井先生はすぐには答えず、一年生の栄郎を前に立たせてスイングをさせた。


「ちょっとしたテストをしよう」


テストの内容は単純だった。いつもやっているティーバッティングだ。投げられたボールをネットに向かって打ち返す。まず栄郎が打ったが、部内でも成績が振るわない彼は、捉えた数よりも空振りの数の方が多かった。


白井先生が栄郎をなだめた後、次は木村の番になった。先生がトスしたボールを、木村は快音を響かせて次々とネットに叩き込んでいく。


「よし、いいぞ。じゃあ、もう一回だ」


白井先生は再びボールをトスし始めた。


傍で見ていた友達は、寮で木村先輩に打撃のコツを教わった時のことを思い出していた。ぶっきらぼうな龍二先輩と違い、木村先輩は丁寧に技術を教えてくれる人だ。しかし、一回目は余裕だった木村先輩が、二回目は意外にも苦戦していた。打球の角度はバラバラになり、挙げ句の果てには空振りまでしてしまったのだ。


「……嘘だろ」


トスバッティングでこれほどミスをすることに、木村自身が困惑していた。そこで白井先生が、木村の問題点を指摘した。それは意外にも、金井栄郎と同じ原因だった。


「木村、お前は焦ると力の入れ方がバラバラになるんだ。それは緊張して体が強張る金井と同じだよ。金井は最初から緊張して出力が一定じゃないから当たらない。だが木村、お前の場合は、自分のコントロール下にある時は完璧だが……」


(一度ミスが出ると、途端に焦りが生じる)


その結果、力任せに振り回すようになり、タイミングも力加減も無茶苦茶になってしまうのだ。


「ウエイト組に入れられたのは筋力が足りないからじゃない。栄郎と同じで、『力の出し方』や『タイミング』が分かっていないからだ。焦りや緊張でスイングの力が分散してしまえば、得点どころか相手投手の球に触れることさえできない。投手は教練みたいに打ちやすい球なんて放ってくれないぞ」


なるほど、と友達は納得した。ウエイト組は単純にパワー不足の人間が集められたのだと思っていたが、「力の制御」という課題も含まれていたのだ。


白井先生は重量挙げを例に出した。一瞬の爆発力でバーベルを持ち上げるウエイトリフティングも、ただの力任せではない。どのタイミングで、どの部位に力を込めるかというリズムこそが重要なのだ。それは野球のスイングにも通じるものがある。


栄郎や木村先輩以外のメンバー――友達、村瀬先輩、廉太については、理由はもっと単純だった。平均的な筋力が不足しており、まずは増量と筋肥大に専念する必要があるからだ。


「友達、寮での食事を見ていたが、食べる量が少なすぎるぞ。この冬の間にプロテインと炭水化物をしっかり摂って、体重を増やせ」


白井先生は、食の細い村瀬先輩や廉太にも同じように注意した。摂取量が足りなければ、どれほどトレーニングをしても筋肉はつかない。


スクワットのトレーニング中、白井先生は友達のある特徴に目を留めた。友達は絶対的なパワーには欠けるが、スクワットの際、下半身の体幹コアが驚くほど安定していた。重いプレートをじりじりと押し上げる動作は、ゆっくりではあるが力強い。


「そのお尻……本当に見事だね」


白井先生は、友達が入学した時の面試(面接)の時と同じように、友達の逞しい臀部をじっと眺めた。白いユニフォームのパンツ越しでも分かる、大きな半円を描くそのフォルム。デッドリフトやスクワットの際の安定感を見る限り、友達の「下半身の粘り」は上半身のパワーを遥かに凌駕しているようだった。


「さすが台湾の中学校でピッチャーをやっていただけあって、下半身がよく鍛えられているね」


白井先生は感心したように友達ヨウダの下半身をじっと観察し続けていた。その様子を見かねた村瀬智也むらせ ともやが、重いプレートを上げながら思わずツッコミを入れた。


「白井先生、友達のお尻を眺める目が、電車で女子高生を見てるエロ親父みたいに熱心すぎて引くんですけど」


「トレーニング中にふざけたことを言うな」


日下くさかが冷淡に言い放つ。セット数を終えた村瀬が機材から降りると、入れ替わるように日下が指定のメニューをこなすべく位置についた。


「そんなにピリピリすんなよ。さっき白井先生も言ってたろ? 必要な時にだけ力を入れろって。そうやってずっと気を張ってて何になるんだよ」


日下は何も答えず、ただ冷ややかに村瀬を見つめながら、場所を空けるよう無言で圧をかけた。その距離感が「さっさとどけ、無駄口を叩くな」という明確な拒絶を伝えており、村瀬は不快感を露わにしたが、それでも場所を譲りながら強がった態度で続けた。


「はいはい、どうぞ。そんなに自分を追い込んでどうすんだ? 今さら泥縄式にやったところで、筋肉なんてすぐにはつかねえよ」


「……何だと? 俺が普段の練習をサボってるとでも言いたいのか、村瀬。はっきり言えよ」


「そんな意味で言ったんじゃねえよ。なんで急にキレるんだよ、意味分かんねえ」


「はん、不真面目にも程があるだろ。やる気がないならどっか行け、村瀬!」


「おい、勝手に怒鳴るなよ! なんだよ、一体……!」


二人が手を出すことはなかったが、その口調には明らかに火がついていた。日下にとって、夏の甲子園まで半年を切ったこの時期に、村瀬の「どこか他人事のような性格」は我慢ならなかった。投手として練習を再開したからには少しは成長したかと思ったが、結局は野球部でダラダラと日々を浪費しているようにしか見えなかったのだ。


中西なかにしでさえ少しは危機感を持ってるってのに、お前は相変わらずそのザマか!」


「はあ? なんでここで中西が出てくるんだよ。あいつが何をしたってんだ? はっきり言え、日下!」


日下が突然、親友である中西の名を出したことで、それまで日下の「いつもの不機嫌」として受け流そうとしていた村瀬も、ついに堪忍袋の緒が切れた。村瀬は日下が使おうとしていたマシンのバーをつかみ、トレーニングの軌道を遮るようにして言い返した。


「お前、本当に自意識過剰なんだよ!」


「何だと!」


「せ、先輩! あの……ローテーションの時間です! ダンベルエリアへの移動をお願いします!」


衝突が爆発する寸前、一年生の田中廉太たなか れんたが割って入った。その一言で、日下尚人と村瀬智也はわずかに冷静さを取り戻した。


二人が同時に不機嫌そうな顔で廉太を睨みつける。強面の先輩二人に挟まれ、廉太は恐怖で後ずさりしたが、その時、誰かが彼の肩をポンと叩いた。振り返ると、そこには自分より小柄な林友達が立っていた。


「先輩、白井先生が二年生を集合させてますよ」


友達が指差した先では、スイングエリアにいた木村がこちらに向かって手を振っていた。友達はすかさず言葉を添えた。


「練習に集中されていて気づかなかったみたいなので、田中が呼びに来たんです」


「……ああ、悪いな廉太」


日下はぶっきらぼうに礼を言うと、機材を戻してその場を去った。


「全く、だからこいつと同じグループは嫌なんだよ。面倒くせえ……」


村瀬も友達たちに手を振って礼を言うと、文句を垂れながら歩いていった。


「怖かった……」


寮生活を共にしていても、これほど間近で先輩たちの喧嘩を見るのは初めてだった。友達はその表情と怒声に圧倒され、近づくのも躊躇われるほどだったが、同じグループの廉太が「放っておけない」と仲裁に入ったことに驚いていた。


「友達も怖かったか? 二番目の兄貴(廉二)から聞いたことがあるんだけど、日下先輩と村瀬先輩はクラスも同じだし、中学からずっと野球部のチームメイトなのに、プライベートじゃ一言も喋らないらしいんだ」


「田中、日下先輩と村瀬先輩の間に、何かあったのか?」


「うーん……決定的な何かがあったわけじゃないらしいんだけど、ただ……」


「目障り(めざわり)なんだよ……」


佐久間さくま先輩からそう評価された南極なんきょくは、大きな声を上げて驚いた。


直後、バランス組を担当する片岡先生から鋭い視線が飛んでき。南極は慌てて口を閉じ、深々と頭を下げて謝罪した。しかし、すぐに声を潜めて佐久間へ食い下がった。


「佐久間先輩、目障りってどういうことですか? 僕、何か間違ってます?」


「はぁ……。南極、お前はワザとなのか、それとも本気で分かってないのか。……いいから、もう一度そこに乗ってみろ」


この半年間、ただ投げることしか知らず、ルールすらおぼつかなかった南極だが、友達ヨウダとの共同生活や日々の練習を経て、今や立派な「野球部員」としての顔つきになりつつあった。成長のスピードは凄まじい。


日空南極の球速と球威は部内でも群を抜いている。主将の藤田ふじたや前主将の田中たなかすら上回り、平均143キロ、最低でも138キロを計測するそのポテンシャルを、片岡先生が見逃すはずもなかった。


しかし、その剛速球には二つの大きな課題があった。


一つ目は、阪海工はんかいこうにその重く速い球を受け止められる捕手キャッチャーがいるかどうか。


二つ目は、投手としての制球力コントロールが壊滅的に悪く、四球フォアボールが減らないことだ。


そのため、片岡先生は南極をバランス組に入れ、佐久間と組ませた。捕手である佐久間がこの組にいる目的も明確だ。南極のような投手を活かすには安定した土台が必要だが、同時に暴球や失策を瞬時に処理する捕手の判断力こそが、試合の行方を左右するからだ。


後逸パスボールした球をいかに素早く、正確に処理するか」


それがバランス組における佐久間の課題だった。そして彼は、片岡先生から南極の監視役も仰せつかっていた。すでに阿吽の呼吸を築いている藤田とは違い、南極は部内で最も制御不能な投手だ。その南極が放つ暴球は、皮肉にも佐久間にとって最高の「イレギュラー処理訓練」になるのだ。


南極は再び、先生から指示されたバランスディスク(厚手のクッション)の上に立った。足元が不安定でうまく踏ん張れず、バランスを取ろうともがくうちに、体はどんどん傾いていく。最終的に彼が行き着いた「安定した姿勢」は、傍から見れば極めて奇妙なものだった。


「ひゃはは! 南極、お前それ『おそ松くん』の『シェー』じゃねえか!」


隣でスイングの矯正をしていた流星りゅうせいが、南極のポーズを見て吹き出した。


「流星にまで言われて、まだ自分の姿勢が正しいと思うか?」


佐久間が冷たく言い放つ。


「それはただ無理やりバランスを保っているだけで、そんな格好で球が投げられるか。投手になりたいなら、その不安定な場所に適応して、ストライクゾーンの九宮格ナイングリッドに放ってみせろ」


佐久間が南極のフォームを矯正しようと手を貸すが、正しい姿勢に戻された途端、南極は尻餅をついた。困り果てた顔をする南極だったが、佐久間は構わず防具を付け直し、自分の持ち場へと戻っていった。彼には彼自身のメニューがある。


酷な言い方をすれば、佐久間の正女房パートナーは藤田であり、日空南極ではない。南極がストライクを投げられるようになるまで付き合う義理は、本来ないのだ。


困惑した南極は再び立ち上がり、足元のマットを確かめてから投球動作に入った。だが、ようやく安定したと思っても、少しでも腕を振ればすぐにバランスを崩して転んでしまう。


ふと隣を見ると、流星が妙なバットを振っていた。透明な筒の中に、鮮やかな色の液体が流れている不思議な棒だ。


「それは『水バット(ウォーターバッグ・バット)』よ。打撃の際の重心の移動やスイングの軌道を可視化するための特殊なトレーニング器具なの」


片岡先生が説明した。


流星は最初、この奇妙な液体が入ったバットを不審そうに眺めていた。「こんなので何ができるんだ?」と。しかし、片岡先生から「メジャーリーガーも使っているし、大谷翔平もこれで訓練しているわよ」と聞かされるやいなや、手のひらを返したように食いつき、練習方法を熱心に聞き始めた。


「まず一度、普段通りに振ってみて」


流星が言われた通り、標準的なスイングを見せる。すると中の水が激しく暴れ、手に持っているバットの重心がガタガタと揺れた。スイング中に強烈な違和感が走る。


「不安定に感じるなら、それはあなたのスイングが安定していない証拠よ。特にここ、それとここ、豊里とよさと


片岡先生は流星の手首と腹部を叩いた。


体幹コアと手首に力が入っていないから、バットの重さに振り回されているのよ。バットの遠心力に任せて振るだけじゃ、自分まで飛んでいってしまうわ。一・二年生対抗戦の時のあなた、まさにそうだったじゃない?」


流星には、バットの軌道に依存しすぎる癖があった。いわば「バットに引っ張られて振る」状態だ。これにはメリットもある。ボールを捉えさえすれば、その勢いのまま一塁へ駆け出す連動性が生まれるからだ。しかし、欠点もまた顕著だった。


「スイングの軌道に頼り切りだと、その軌道が少しでも狂えば、ただファウル(界外球)を量産するだけになるわよ、流星」


片岡先生の言葉は、流星の急所を的確に突いていた。


流星りゅうせいと同じグループで練習に励む田中龍二たなか りゅうじもまた、ウォーターバッグ・バットを手にしていた。しかし、流星とは調整の方向性が異なる。龍二のバットにはより多くの水が注入されており、重心を安定させる難易度は格段に高い。


今のところ、龍二はスイング中の水流を制御しきれず、振るたびにバットが激しく揺れることに苛立っていた。


(あの女、俺をからかってるんじゃねえだろうな……。だが、「あら、できないの?」なんて顔をされるのは癪に障る!)


「水だろうが木だろうが知るかよ! 芯で捉えりゃいいんだろ、畜生!」


基礎体力の向上と専門的なスキルの強化。冬休みといっても、結局は野球漬けの毎日だった。



※※※※



友達ヨウダ南極なんきょくもそれが当然だと思っていたが、ある日の練習後、白井しらい先生が突然発表した。


「明日の練習は午後三時まで。その後は自由行動だ。帰省する者も寮に残る者も、外出する際は必ず時間を申告すること。門限を五分過ぎるごとにグラウンド一周、十分で二周追加だ。いいな」


「休み……?」


練習に没頭していた友達は、一瞬状況が飲み込めなかった。隣を見ると、南極もポカンとした顔でこちらを見ている。


「お前ら、知らないのか? 明日はもう三十一日だぞ」


主将の藤田ふじたが教えた。ユニフォームを脱ぎ、明日の帰省の準備をしていた同室の佐久間さくまは、二人の驚きようを見て呆れた。


迅真しんまの『野球バカ病』が伝染したのか? 二人揃って年越しを忘れるなんて」


「なら、神社にでも行って厄払いしてもらうといい」


藤田の冗談とも本気ともつかない涼しい顔に、友達は反応に困った。


「年越しかぁ。友達、お母さんとお姉さんも日本にいるんだろ? 一緒に過ごさないのか?」


「うーん……台湾人だからか、母さんは特に何も言ってなかったな。でも姉さんと婚約者の川頼かわよりさんには誘われたかな。南極は? あの軍人の人と過ごすのか?」


黒川くろかわの兄ちゃんに言えば来てくれると思うけど、遠慮しとくよ。黒川班長、奥さんに赤ちゃんが生まれたばかりなんだ。今行ったらお邪魔だろうし」


二人はそんな会話を交わした。野球部のメンバーも、多忙な親を持つ流星や、父親への愚痴が絶えないれんでさえ、この日ばかりは家族と過ごすようだ。寮の管理人まで不在になるらしく、佐久間が気を利かせて言った。


「もしここに残るなら、裏門を開けておいてやるよ。他の場所は施錠されるからな。食堂も大浴場も使えないから、飯と風呂は外で済ませてこいよ」


やはり留学生活はこういう時に不便だな、と友達は汚れたユニフォームを着替えながら思った。


翌日の昼休み。冬だというのに大阪の気温は12度まで上がり、心地よい日差しが差し込んでいた。昼食は高橋たかはし元監督の夫人が用意してくれた唐揚げ弁当と冷たい緑茶、さらには梅と昆布のおにぎりだ。


部員たちは自然と一・二年生に分かれて固まって食べていた。


「えっ、知らなかったのか?」


田中廉太たなか れんたが、隣にいる流星、蓮、宇治川を振り返った。


「あんたたち同じクラスだろ。友達たちにお祭りのこと、教えてあげなかったのかよ」


「忘れてた」「知ってるもんだと思ってた」「誰か言っただろ」


三者三様の答えに、廉太は溜息をついた。


「少しは地元以外の奴に気を遣ってやれよ」


「……この面々にそれを求めるのは酷だね」


おにぎりを頬張る小林こばやしが言い、柴門玉里さいもん たまりも同意するように頷いた。柴門は唐揚げを刺した箸を蓮たちに向け、冷ややかに言った。


「宇治川君ならまだしも、あとのバカ二人は論外よ」


「女装男がよく言うぜ!」「このブス!」


蓮と流星の罵声など、柴門はどこ吹く風だ。


「負け犬の遠吠えって面白いわね。特に流星、あんたの彼女は私のファンなのよ?」


地雷を的確に踏み抜かれた流星が激昂し、口論が始まった。


「ちょ、ちょっと、大きな声出すと先生に聞こえちゃうよ!」


栄郎えいろうがなだめようとしたが、小林に「金井、巻き込まれるぞ」と引き止められた。


騒ぎを他所に、廉太と栄郎が友達たちに詳しく説明してくれた。


一月一日の年越しに続き、二日からは岬阪町みさきざかちょうの伝統行事『岬阪漁火祭みさきざか いさりびまつり』が二日間にわたって開催されるのだという。地元の漁協や船主が主催し、全国から観光客も訪れる大きな祭りだ。


冬から春への変わり目に行われるこの祭りは、赤・白・青の三色の「六尺褌ろくしゃくふんどし」を締め、日・月・海を象徴して航海の安全と豊漁を祈願する。


夜の海岸を駆け抜ける『漁灯行進ぎょとうこうしん』は、町の男女が一体となって行う。女性が漁灯を掲げて伝統の民謡や『岬阪踊り』を披露する一方、男性は砂浜での『灯争奪戦ひあらそい』に挑む。阪海工の男子生徒も例年参加しているらしい。


「赤・白・青の三組に分かれて、一チーム三人で漁灯を奪い合うんだ。先に三つの灯を手に入れた組が勝ち。めちゃくちゃ熱いぞ! 友達、南極も絶対参加しなよ」


廉太の話に、他の一年生たちも食いついた。


「あの……」


盛り上がる皆を前に、友達がふと疑問を口にした。


「野球の練習はどうなるんだ?」


全メンバーの動きが止まり、静寂が訪れた。


(えっ……何か気まずいこと言ったかな?)


友達が慌てていると、背後から誰かが彼の坊主頭を優しく撫でた。


「練習は練習だ。だが、地域の行事を全力で楽しむことも、同じくらい大切なんだよ」


高橋元監督だった。監督は柔和に笑い、こう続けた。


「毎年、野球部の連中はこの祭りに熱心に参加している。他の部活の生徒たちもな。みんながこの祭りを愛しているからこそ、これほど長く続いてきたんだ」


「高橋先生が子供の頃から続いてるってことは……」「え、じゃあもう百年近くか!」


驚く生徒たちを前に、監督の目が少し鋭くなった。


「だがな、楽しむのはいいが、一年坊主ども、ちょっと騒ぎすぎだ。……今日の練習が終わったら、グラウンド一周走ってから帰れ。いいな?」


「「「はい! 申し訳ありませんでした!!」」」


一年生全員が勢いよく立ち上がり、一斉に頭を下げた。


這一段將跨年前夕的少年心聲描寫得非常細膩,尤其是那種澡堂裡特有的、帶點尷尬卻又親暱的氛圍。我採用了你習慣的分段排版,並精確捕捉了兩位少年之間微妙的心理變化與台灣家人的溫暖。


第四十一章 一月一日までのトレーニング(大晦日の約束)

大晦日の前日。練習は予定より早く切り上げられた。


用具の片付けを始めようとしていた友達ヨウダ南極なんきょくは、多くの二年生たちがすでに制服に着替え、寮には戻らず自転車でそのまま帰路につく姿を見送った。


二人が残された用具をまとめようとした時、制服姿の藤田ふじたが歩み寄り、二人の肩をポンと叩いて囁いた。


「佐久間が言ってたぞ。寮の大浴場は五時までだってな」


その言葉は、今すぐ戻ればまだ風呂に浸かれるという、藤田なりのさりげない気遣いだった。


普段は夕食を済ませてから入浴するのが日課だが、激しいトレーニングの後にすぐ体を洗い流し、熱い湯船に浸かる快感は、やはり格別だ。


しかも今日は他に誰もいない。友達は、まるで大浴場を貸し切りにしているような贅沢な気分を味わっていた。相変わらず南極は前を隠しもせず、堂々と歩き回っているが、今日に限ってはそれも気にならなかった。


しかし、湯船に浸かっていた友達は、ふと「とんでもないこと」に気づいてしまった。


(南極がデカいのは知ってたけど、あそこのサイズ……)


(いくらなんでも、不自然なほど大きくないか?)


(……いや、もしかして熱膨張の原理か? 熱いお湯に浸かっているから、あんなに巨大に見えるんだろうか?)


リラックスしているはずの頭で、友達はそんな馬鹿げた思考を巡らせていた。


「友達、タオル忘れてるよ」


「あ、サンキュ」


南極が湯船に入ってきて、忘れ物のタオルを差し出した。二人の坊主頭の少年は、まるで温泉に浸かる猿のように、冬の寒さを忘れて温まり、目を閉じて口をぽかんと開けていた。


「極楽だなぁ……」


「本当だね。……そういえば友達、今日みんなが話してた『漁火祭いさりびまつり』って、どこかで聞いたことない?」


南極の問いに、友達も既視感を覚えた。


(……確かに、いつかどこかで、誰かが言っていたような……)


(そうだ、あれも風呂に入っている時だった……)


「「あ! 柔道部の石川先輩だ!」」


二人の声が重なった。あの時、同じ湯船で三年生の石川丸大いしかわ まるに教えられたのだ。石川が言い残した「楽しみにしてろよ」という不敵な笑みを思い出し、二人は無意識に股間を隠した。あの「熊の手」による奇襲が、いつ飛んでくるか分かったものではない。


風呂から上がり、脱衣所の鏡の前で髪を拭いていた友達は、小さなタオルを絞っている南極の姿を鏡越しに見た。


日空ひぞら……」


「ん? 何、友達」


「今夜、何か予定あるか?」


友達が尋ねる。


「ご飯を食べる以外は特にないよ。友達、練習したいの?」


友達は首を振り、南極の隣にある自分のロッカーを開けた。


全裸の二人が並んで下着を穿く。友達は何事かを言い出そうと覚悟を決めた様子だったが、言葉が口をつく前に、南極の方が先を越した。


「一緒に行かない?」


「え?」


「夜中の十二時過ぎ、初詣はつもうで


南極の誘いに、友達は虚を突かれた。いつものように突然抱きつかれたわけではない。ただ、その顔を見つめ、その言葉を聞いただけで、風呂上がりだからか、あるいは別の理由からか、友達は自分の体温が急上昇していくのを感じた。


その熱さは、決して不快ではなかった。


友達はタオルで体を拭きながら、「……うん」と短く答えた。


「じゃあ、約束だよ」


南極が太陽のような笑顔を見せた。


友達は気づかなかったが、誘った瞬間の南極の耳たぶがわずかに赤らんでいたことは、浴室の熱気のせいにして巧みに隠されていた。


「でもそれより、晩ご飯どうしよっか」


「あ、そうだ。友達、今いくら持ってる?」


「千三百円」


「僕は千五百円」


貧乏高校生二人は、部屋で互いの残金を突き合わせた。外食など今の彼らにはあまりに贅沢すぎる。コンビニのカップ麺か唐揚げで腹を満たすしかないだろう。


今日の夕食をどう凌ぐか、二人が頭を抱えていたその時。友達の姉、林鈺雯リン・ユイウェンから電話がかかってきた。


やはり鈺雯は、異国の地で年を越す弟のことが心配でならなかったのだ。川頼かわよりさんと相談した結果。


彼らは、友達のルームメイトである日空南極も一緒に連れて帰り、家族水入らずの、そして賑やかな正月を過ごさせることに決めたのだった。

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