第四十章 オフシーズンの三者面談
台湾出身の陸坡と申します。
發見してみると、以前使用していた翻訳AIは、台湾の文章を日本語に翻訳する際に多くの誤りが生じていました。現在は新しいバージョンの翻訳AIを使用し、誤訳となる文章は減っています。時間を見つけて、あらためて小説を翻訳し直すかもしれません。申し訳ありません。
この小説は、もともと中国語で執筆したものをAI翻訳を通じて日本語に変換しています。そのため、不自然な表現や誤った言葉遣いなどがあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。
龍谷大平安が明治神宮大会で優勝を果たした。一年生ながら野球部のエースを務める壬生公平の存在は、瞬く間に日本高校野球界のネット掲示板やSNSで大きな話題となった。
試合後、チームは京都のローカルテレビ局による記者会見に臨んだ。優勝旗を手にし、白のユニフォームの左胸に刻まれた「平安」の二文字を誇らしげに掲げて入場する選手たちの姿は、一際目を引いた。
一年生で背番号「1」を背負うのは極めて稀なことである。記者会見でインタビューに応じる壬生の姿は、野球関連の多くのアカウントによって拡散された。
まだ幼さの残る顔立ちではあったが、受け答えは落ち着いており、論理的だった。大舞台でも動じないその冷静沈着な振る舞いは、およそ高校一年生のものとは思えなかった。
しかし、一年生がエースナンバーを背負うことに対し、ネット上では様々な議論が巻き起こった。
「こいつ……エースなだけでなく、女子にモテそうな顔してんな」 「結局、イケメンなら坊主頭だろうが関係ないってことかよ!」 「くだらない話はやめろ、注目すべきは試合内容だ!ちゃんとプレーを見ろよ」
昼休み、野球部のクラスメイトである流星や蓮たちは、明治神宮大会のダイジェスト映像を眺めていた。
阪海工では11月から12月にかけて、座学の試験や実技測定、実習週が立て続けにあり、12月中旬の試験週間が終わるまでは、息をつく暇もなかったのだ。
野球部全体の成績は決して芳しいものではなかったが、少なくとも全員が赤点は免れていた。宇治川と蓮は、流星のような「おバカ枠」が追試にならないよう、必死に勉強を教え込んでいた。
対照的に、台湾からの留学生である林友達は、中の上とまではいかないものの、なんとか平均点以上をキープしており、特に実技科目の成績は優秀だった。
「友達もそう思うだろ?」
「え?あ、ええと……僕は二回のあの際どいタッチアウトのシーンがすごく好きで……」
「全然話聞いてなかったな、友達」
友達の返答を聞いて、蓮は彼が自分たちの会話の流れについてきていないことにすぐ気づいた。しかし、友達が挙げた「壬生が打球を処理してすぐさま三塁へ転送し、タッチアウトにした場面」は、蓮も気に入っていた。
ただ、男として、実力もありルックスも良い同世代の球児に対しては、本能的な反感を感じずにはいられなかった。
「それにしても、あの捕手、南極みたいにガタイがいいな」
宇治川は、壬生の女房役である捕手・北村駿冶に目を留めた。
面識はないものの、宇治川はこの北村のリードに、先輩の佐久間さんに通じるものを感じていた。同じ軌道の球種を続け、打者が「打てる」と確信して手を出そうとした瞬間に、球筋を変える。
その配球スタイルは、対戦相手からすれば実に見事であり、そして実に「嫌な奴」に見えた。
「確かに、南極の体格は捕手向きだよな」
流星が面白がって南極の脇腹の肉をつまみ、「へへへ、じゃあ南極、お前キャッチャーやれよ!」と笑った。
「えーーっ!俺はピッチャーがいいよ!ピッチャーの方がかっこいいじゃん!」
南極が反論する。
「でも南極、お前いまだにボール球ばっかりだろ?キャッチャーにしとけって」
蓮も茶化すように言った。
「嫌だね!俺はピッチャーをやる。蓮や流星だってキャッチャーやればいいだろ!」
「絶対嫌だね、疲れるもん」
蓮が即座に断ると、流星も続いた。
「試合中ずっと座りっぱなしなんて、そんな過酷なポジション、俺には無理だ」
「無理なら、自分がやりたくないポジションを人に押し付けるな。大体、俺がピッチャーだとしても、お前らみたいな未経験者に受けてもらいたくないしな」
投手である宇治川が釘を刺した。蓮や流星の性格からして、捕手の器ではないと彼は感じていた。
確かに南極の体格と身体能力は捕手に適しているが、冷静に戦況を分析し、投手をリードして相手打者と駆け引きができるかどうかとなると、宇治川は疑問を感じていた。
身体能力があり、状況判断が早い……そんな一年生が、自分の知る阪海工のメンバーの中に……。
「ん?……このプレー、僕にもできるかも……」
宇治川は阪海工の正捕手の座について思考を巡らせながら、熱心に試合映像を見つめる林友達に視線を移した。
友達こそが、自分の思い描く理想の捕手像に、完璧に合致しているように思えた。
ただ、唯一の懸念はその体格だった。友達の体つきは小柄だ。164センチという身長だけでなく、肩幅もそれほど広くはない。果たしてこの体格で捕手が務まるのだろうか。
宇治川は密かに疑問を抱いていた。しかし、友達は台湾にいた頃からチームのエースだったのだ。ここ阪海工でも、彼の目標がエースの座であることは疑いようがない。
(なら、正捕手は一体誰になるんだ……?)
結局のところ、最後は指導者の判断に委ねるしかないだろうと、宇治川は感じていた。
12月。試験が終わった後の阪海工の授業は、大半がテストの返却と見直しだった。実習や実技測定のフィードバックも並行して行われ、特に実習への態度や積極性は、その後の面談に大きく影響する。
学業成績が良いことと、現場でのパフォーマンスが良いことは別問題だからだ。
一、二年生にとっての「三者面談」は、学校や実習先での様子を保護者に伝える場に過ぎない。しかし、三年生にとっては、進学や就職を左右する極めて重要な分岐点となる。
その日はテストの見直しが終わるとすぐに放課後となり、実質的には半日授業だった。
野球部の一年生たちは、大きなエナメルバッグを背負い、自転車のペダルを漕いで坂道を登り、グラウンドへと向かった。
しかし、ユニフォームに着替えてグラウンドに姿を現したのは、白井部長でも片岡監督でもなく、見慣れたあの顔だった。
「高橋監督!」
「おお、一年坊主ども。想像以上に元気そうだな」
高橋元監督は柔和に笑い、自分に構わず持ち場につくよう促した。
片岡監督による効率的な指導のおかげで、一年生たちは準備の手順を完璧に把握していた。ネットの設置、ピッチングマシンやボールカゴの準備、プロテクターの配置、そしてグラウンド整備。
ほどなくして二年生たちも合流したが、その頃には準備のほとんどが完了していた。通常、二年生は一年生が準備を終えるのを待ってからアップを始めるものだが、阪海工は少し違った。
「高橋監督、お疲れ様です!」 「ちわっす!」
驚きを隠せなかった一年生とは対照的に、二年生は慣れた様子ですぐに挨拶を済ませた。
彼らは着替えを終えるとすぐにグラウンドへ入り、一年生の仕上げ作業を手伝い始めた。藤田先輩に言わせれば、自分たちが一年生だった頃もこれが当たり前だったし、当時の田中央さんたち三年生も手伝ってくれたのだという。
先輩と後輩が共に準備を締めくくる。それは阪海工の伝統というわけではないが、ごく自然な光景として定着していた。
(グラウンドでいつもこんな場面が見られるから、何年経っても指導者を辞められんのだな……)
高橋監督は内心でそう呟いた。懐かしさに浸りつつも、白井たちに頼まれた仕事は果たさねばならない。彼は教官室から出ると、部員全員を集合させた。
12月から2月にかけての冬季は、日本高校野球における「対外試合禁止期間」である。
1月に大きな大会(木製バットリーグ)がある台湾の野球事情とは異なり、日本の冬は他校との試合が一切組まれない。この時期、多くの野球部が全精力を注ぐのが、個々の技術向上と徹底的な体力作りである。
「選手をいかにヘトヘトにさせ、根性を叩き直すか」という点において、昭和を生き抜いた高橋監督の右に出る者はいない。
かつての不良部員たちを震え上がらせたような過激な練習をそのまま再現するわけにはいかないが、現代の選手たちを限界まで追い込み、ポテンシャルを引き出す術を彼は熟知している。
それこそが、白井先生が高橋監督に助っ人を頼んだ理由だった。
「高橋監督、白井先生たちはどこへ行ったんですか?」
他の一年生が息を切らす中、日空南極だけは、通りかかった監督に質問する余裕があった。その並外れた体力に目を留めた高橋監督は、微笑んで答えた。
「白井と片岡は研修会だ」
「えっ、先生たちも勉強しに行くんですか?」
先生が授業を受けるという発想がなかった南極は、思わず声を張り上げた。
「そうだよ。何歳になっても、もっと学びたい、もっと強くなりたいと思えば勉強しに行くもんだ。……日空、喋る余裕があるところを見ると、このメニューじゃ軽すぎたかな?」
高橋監督は、ユニフォーム越しでも分かる南極の引き締まった太腿をポンと叩いた。南極に嫌な予感が走る。
「え?……あ、いや!違います!監督、そういうわけじゃ……!」
「シャトルラン、あと10本追加だ、南極」
高橋監督は楽しげに告げた。
「言い訳はいい。さあ、行け」
「うわぁ……はいっ!」
南極は絶望しながらも、他の一年生より10本多いシャトルランへと、荒い息を吐きながら駆け出していった。
片岡里子と白井修吾の二人は、高野連(日本高等学校野球連盟)が主催する二泊三日の合宿――「甲子園塾」に参加していた。
この合宿の目的は、地方の非強豪校を率いる若手指導者を対象に、指導スキルの向上や野球教育の伝承、そして資質の向上を図ることにある。
「甲子園塾」は、片岡や白井のような指導歴十年未満の若手を対象とした、改革と教育の場である。野球人気が高まる一方で、部内でのいじめや過度な指導といった教育上の問題も後を絶たない。高校野球の原点を見つめ直すことこそが、この塾の掲げる目標だった。
「こういう問題が重視されるのは良いことだと思うけど……毎年、若手教練に強制参加させること自体、一種の『行き過ぎた指導』じゃないかしら?」
初参加となる女性監督の片岡は、これから毎年続くであろう、この意義深くも面倒な合宿に不満を隠さなかった。彼女はハンドルを握る白井に視線を向けた。
「だいたい、不祥事を起こすのは決まって強豪校や数十年のキャリアを持つベテラン指導者じゃない。そういう人たちや学校こそ、甲子園塾に参加しなくていいの? これで本当に改革なんて言えるのかしら」
「片岡先生の言い分も分かるし、それが問題であることも否定はしない。だが、会場に着いたら余計なことは言わない方がいい。片岡先生」
白井はそう言いながら、交差点でウィンカーを出して車を曲げた。
その口ぶりから、片岡は察した。白井は彼女の意見を否定こそしたものの、長年この塾に参加してきた経験から、新人指導者である彼女以上に「どこに問題があるか」を痛いほど理解しているのだ。
それでも、誰も最初に声を上げようとはしない。それが日本社会の通弊だった。
甲子園塾も例外ではない。片岡は口では不平を漏らしながらも、自分たちのような新人が何を言おうと、たとえそれが正論であっても、何も変えられないことは分かっていた。
しかし、戦略的な観点から考えれば、阪海工と同規模の野球部指導者が一堂に会するこの場は、情報収集には絶好の機会だ。そう考えているのは、自分一人ではないはずだと片岡は踏んでいた。
甲子園塾の存在そのものが、日本野球の残酷さを物語っている。全国3,700校以上の野球部のうち、約2,000校近くが初戦で敗退する。この塾は、そうした底辺校を支える若手指導者を育成し、戦績向上を支援するためのプロジェクトとして始まった側面が大きい。
戦力向上のためのカリキュラムは本来、歓迎されるべきものだ。ではなぜ、片岡のような新任指導者が不満を抱くのか。
それは、講習の内容が2008年の発足当時からほとんど変わっていないからだ。主な内容は、新入部員の退部防止や、体罰・暴力の根絶を目指す「クリーンな高校野球」の推進。
部員を辞めさせないこと、暴力を排除すること。それは確かに正しく、素晴らしいことだ。
だが、それらのカリキュラムは時代の変化に対応できていない。もっと率直に言えば、「野球は勝つことだけが目的ではない」という耳当たりの良い精神論だけで、強豪ではない学校の生徒たちに具体的に何をもたらすことができるのか、片岡には全く見えてこなかった。
「正しいとは分かっているけど……もっと良くできるはずなのに……そう考えると、やるせなくなるわね」
片岡は溜息をつき、葉の落ちた枯れ木の景色を車窓から眺めた。
「今の態度は塾長の前では出さないように。片岡先生」
「白井さんはどう思ってるの?」
片岡は、経験者である白井に問い返した。
「生徒の心理を理解したり、現代の野球部運営を学ぶ上では、一定の効果はあると思う。だが、片岡先生が感じている通り、地方の野球部の実力を底上げするという点において、この塾が力になれることはほとんどないだろうな」
「やっぱり! 私もそう思ってたの。もし野球部のいじめを根絶したいなら、名門校のベテラン指導者たちを呼びつけて説教すればいいじゃない。『お宅の学校、今年何人退部したと思ってるんだ!』とか、『あなたに甲子園の心はあるのか!』ってね。公立校の私たちばかりをやり玉に挙げるなんて、思い出すだけで腹が立つわ」
「ぷっ!……ははは! 全くだ、ははは、その通りだ……」
「何がおかしいの? 白井さんって変なところで笑うわよね……」
片岡が怒りに任せて塾長の口真似をする様子に、白井は思わず吹き出した。彼もまた、片岡の意見には強く同意していたのだ。どれほど指導者研修を重ねようと、綺麗事を並べようと、試合に勝つための現実は、机上の空論ほど単純ではない。
「だが、塾に着いたら今の話は無しだぞ、片岡」
「分かってるわよ。それに、私が入っていけば嫌でも注目されるでしょうしね」
「プロ野球選手の片岡和義の……」
「いいえ、私が『女』だからよ」
私が『女』だからよ。その言葉に、白井は思わず彼女の方を振り返った。片岡は淡々と続けた。
「兄が片岡和義だろうが、父が誰だろうが、そんなことは彼らにとってどうでもいいことなのよ。ただ、女の指導者が甲子園塾に現れたとき、『女に野球がわかるのか?』という視線を向けられれば、それで終わり。私が何を言ったところで、まともに取り合ってはもらえないでしょうね」
「……そんなことは、どうでもいい」
片岡の言葉を遮るように、白井が不意に口を開いた。
(周りがどう見ようと関係ない。阪海工には君という指導者が必要なんだ。それこそが、何よりも重要なことだろう)
「たまには、いいことも言うじゃない……」
白井の言葉を聞いて、片岡が少しだけ表情を緩めた。
「誰かさんが四六時中つっかかってこなければ、僕だってこういう『いいことを言うキャラ』を維持したいんだがね」
「あら、私があなたの口を悪くさせてるって言いたいの? 白井先生」
※※※※
「友達、友達……友達!」
「あ、ああ! はい!」
「本当にお前、大丈夫か?」
夕食を食べながら居眠りをしている友達を見かねて、食器を片付けに来た先輩の田中龍二が声をかけ、友達を呼び戻した。
白井部長たちが甲子園塾に参加している数日間、高橋元監督は野球部に猛烈なハードトレーニングを課していた。
昭和風の長距離ロードワーク、体幹トレーニング、ウエイトトレーニング。それに加えて、スイング練習やキャッチボールなどの基礎練習が、筋肉に慣性記憶を刻み込むかのように何度も繰り返される。疲労の色は、これまでの数倍にも達していた。
試験が終わっていたのが不幸中の幸いだった。そうでなければ、復習はおろか宿題や教科書を開く気力さえ残っていなかっただろう。食べ終えた今の友達は、ただベッドに倒れ込みたい一心だったが、汗まみれのまま寝るのはあまりに不潔だと、かろうじて理性が踏みとどまらせていた。
折よく、外で何をしていたのか戻ってきた南極が、着替えを手にしている友達を見つけて声をかけた。
「友達、先輩たちもだいたいお風呂上がったみたいだよ。僕らも行こうか?」
「うん」
友達は短く頷いた。
男子寮は古い旅館を改装したものだ。かつての「男湯・女湯」という温泉の名残は、今では男子生徒専用の大きな浴場となっていた。
ボイラー操作などの危険を伴う作業は生徒には任されず、清掃も業者が入るため、一年生である友達や南極の役目は、桶を整えたり忘れ物がないかを確認する程度で済んでいた。
原則として上級生優先という暗黙の了解はあるものの、厳格な決まりではない。友達や南極が先輩たちと一緒に使っても問題はなかった。ただ、大勢で全裸で入浴する習慣がなかった友達は、いつもは気恥ずかしさから人が少なくなってから入り、小さなタオルで前を隠して湯船に浸かっていた。
しかし、最近の友達は日本の「風呂文化」に慣れてきたのか、あるいは単に隠すのが面倒になったのか、以前ほど潔癖ではなくなっていた。南極と一緒に風呂に入り、たまに先輩と出くわしても、以前のように縮こまることはなくなっていた。
「お、南極君に友達君。一緒とは珍しいね!」
「げっ、石川先輩……」
浴室に入ると、そこに石川先輩の姿があり、南極は露骨に顔をしかめた。
「さっき会ったばかりなのに、そんな顔するなよ。あと三ヶ月で卒業なんだから、優しくしてくれよ、南極君」
柔道部を引退した三年生の石川丸が豪快に笑った。
南極より少し背は低いものの、柔道で鍛え上げられたその横幅のある体格は、友達の横を通り過ぎるだけで移動するツキノワグマのような威圧感があった。南極がこっそり友達に耳打ちした。
「いいかい、友達。石川先輩、この前神社の外の森を掃除してるときに大きなあくびをしたんだ。そしたら通行人に本物のクマだと思われて、警察まで出動したんだから」
「え? 本当に? でも、なんで石川先輩が神社で掃除を?」
「潮風グラウンドの隣にある岬阪神社の住持が、石川先輩のお父さんなんだ。卒業後に柔道を続けないか進学しないなら、神社を継いで神主になれって言われてるらしいよ」
二人は小さな椅子に座って体を洗い始めた。友達は南極から聞く石川先輩の話に興味を惹かれ、ふと尋ねた。
「日空、なんでそんなに石川先輩の家の事情に詳しいの?」
「だってお会いするたびに、柔道部に入れってしつこいんだもん。断ると寝技とか変な技で捕まえようとしてくるし。さっきも必死で逃げ切って、ジュースで買収してようやく解放されたんだ。その時に家の話を色々聞かされてさ」
「ああ、なるほど……。そういえば、最近日空のハグから逃げるのが難しくなってきた気がするけど、もしかして石川先輩から教わって……」
「と、友達! 寒いね、早くお湯に浸かろう!」
核心を突かれそうになったのか、南極は慌ててその場を離れて湯船に飛び込んだ。そこへ石川先輩が近づいてくると、南極は嫌そうな顔をして言った。
「石川先輩、こっち来ないでくださいよ! クマと一緒に風呂に入るのは御免です」
「クマとは失礼な! お前だってシロクマみたいなもんじゃないか!」
小さなタオルを手に湯船の縁まで歩いてきた友達の目には、石川先輩と南極が子供のように湯船でぐるぐると回っている光景が映った。黒くてがっしりした男と、白くて大きな男が水中で戯れる姿は、まるで本物のヒグマとシロクマが水遊びをしているようで、なんともシュールで滑稽な画面になっていた。
「そういえば、友達君……」
三人は湯船に並んで座り、首までお湯に浸かっていた。仰向けに寝そべるような姿勢をとっていた石川先輩が、隣で胡坐をかいている友達に視線を向けた。
「なんだか、元気がなさそうじゃないか?」
「そうですか?」
友達が答えると、石川はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「もしかして、南極と同室で、夜な夜な何か疲れることでもさせられてるんじゃないか?」
「なっ、ななな……何言ってるんですか! 石川先輩、それセクハラですよ! 高校生をいじめる変態オヤジだ!」
南極は石川の揶揄を聞くやいなや、なぜか顔を真っ赤にして湯船から飛び上がり、大声で抗議した。
「おいおい、どこでそんな言葉覚えてきたんだよ」
石川はバツが悪そうに笑った。変態オヤジとは心外だ。老け顔ではあるが、友達や南極とはたった二歳しか違わない、二十歳になったばかりの青年なのだから。
「実は、テストが終わってから……」
石川のからかいの意味が分からなかったのか、あるいは生真面目に答えようとしたのか。お湯に浸かったままの友達は、ここ数日の自分の葛藤を語り始めた。
阪海工での試験は無事に終わった。先生やチームメイト、先輩、そして南極の助けを借りて、母国語ではない日本という地で、納得のいく成績を収めることができた。しかし、部活動においては、体力面でも忍耐面でも、先輩たちの背中に追いつくのはまだ精一杯だった。そして、野球の技術に関しても……。
「球速が、どうしても上がらないんです」
もうすぐ年を越そうというのに、友達の球速は140キロの壁をなかなか突破できずにいた。それが彼を焦らせていた。
宇治川は着実に球速を伸ばしており、南極に至っては制球こそ定まらないものの、140キロを下回ることはまずない。それどころか、今後150キロ、あるいは160キロといった未知の領域に達する可能性さえ秘めている。毎日隣で練習している友達には、それが痛いほど分かっていた。
「技術面では少しずつ進歩している自覚はあります。藤田先輩からも、配球やフィールディングの安定感は、かつてのエースだった田中さんに引けを取らないと言われました。でも、それが逆に悩みなんです……」
投手なら誰もが目標を掲げるものだ。指導者から与えられるものもあれば、友達のようにノートに記して自らに課すものもある。友達は、藤田迅真のような圧倒的な存在を目指して努力していた。しかし現状では、藤田のスタイルよりも、三年の大先輩である田中央一のような堅実なスタイルに近い。
だが、田中先輩のスタイルを目指すにしても、今の自分には先輩ほどの威圧感のある球速がない。キャッチングや打撃は上達しているものの、肝心のピッチングのパフォーマンスが……。
「要するに、壁にぶつかってるわけだ」
石川は頭に載せたタオルで汗を拭い、隣の南極を見た。
「お前はどうなんだ、南極君? 友達と違って、何も考えてなさそうに見えるけど」
「そんなことないですよ! 僕だってどうすればストライクが入るか一生懸命考えてます」
南極は即座に反論し、お湯の中に顔を沈めた。
「ストライクが入るようになったら、次は超すごい魔球を投げる方法を考えるんです」
「ははは、そりゃあいいな」
石川は楽しそうに笑った。
「でもな、練習して試合して……なんてやってると、高校三年間なんてあっという間だぞ。柔道部の冬は、三月の武道館で行われる『春高(全国高等学校柔道選手権大会)』が最大の目標だ。11月から予選が始まって1月まで続く。5月には金鷲旗、8月のインターハイ、9月には新人戦……」
「野球部みたいに、冬に試合が休みになるスポーツの方が、日本では少数派なんだぞ」
石川はそう言って、お湯の中で大の字になった。
「体力を鍛えるしかない時期に、勉強の心配もなくなったんだ……」
(なら、今は悩むな。体が強くなってから悩めばいい)
石川は大きな欠伸をして、浴槽を独占するかのように手足を伸ばした。
「阪海工の野球部は校内じゃあまり話題にならないけど、毎年部員不足で廃部の危機に怯えてる俺たち柔道部や他の運動部からすれば、学校に一つくらい強力な部活動があってほしいと思ってるんだよ」
「まずは体が強くなってこそ、技術を磨くための『資本』ができる。基本がなきゃ技は死ぬし、筋肉がなきゃどれほど技術が良くても相手を投げることはできない。だから、しっかり休んでから悩みやがれ! かわいい後輩ども!」
「あああああ! 変態だ!」
「ああっ! 先輩! やめてください!」
石川丸大は、いたずらっぽく友達と南極の股間に手を伸ばし、二人の「息子」をひょいと掴んで、ガハハと笑いながら脱衣所へと逃げ去った。
湯船には、呆然としながら自分たちの股間を押さえる友達と南極が取り残された。
バカでかい尻を振りながら去っていく石川は、肩にタオルをかけ、振り返って笑った。
「正月はうちの神社に参拝に来いよ! ああ、そうだ。一月には『岬阪漁火祭』も近いな」
「岬阪いさりび……?」
友達が不思議そうに繰り返すと、石川は言った。
「そう、漁火祭だ。楽しみにしてろよ」
石川は友達が聞いたこともない祭りの名を残して去っていった。
しかし南極は、祭りどころではなかった。風呂から上がった後も、石川先輩に股間を掴まれたことに腹を立てていた。友達は石川の行動が行き過ぎだとは思いつつも、あまりに長く怒り続けている南極がおかしくなり、なだめるように言った。
「いいじゃないか、先輩も冗談でやったんだし」
「分かってるよ! でも、でも! でも! あのクソ熊の手が……!」
南極が憤慨しているのは、実は自分のことではなかった。柔道部の石川先輩が、あんなゴツい手で、何の断りもなく友達の「そこ」を無遠慮に触ったことが、許せなくて仕方がなかったのだ。
藤田先輩や野球部の流星たちならまだしも(いや、それでも嫌だが)、今まで誰も触れたことのない友達の「そこ」を、石川先輩なんかが平然と触るなんて!
(僕だって、僕だって……まだ触ったことないのに! なんであの先輩が先に触るんだよ!)
「もういいだろ、触られたもんは仕方ないし」
友達はそう言いながら、股間を触られたことでここまで怒る南極の意外な一面を、面白そうに眺めていた。
「石川先輩なりに、僕たちをリラックスさせようとしてくれたのかもしれないよ?」
「……そんなわけある? あの石川熊が……」
南極が石川先輩を本物の熊のように扱っている様子を見て、友達は苦笑した。
数日後には冬休みが始まる。その前に、年に一度の保護者・担任による「三者面談」が行われることになっていた。友達にとっては、パソコンの画面越しではなく、母・李麗華と対面で顔を合わせる久しぶりの機会だった。
成績に厳しい麗華を完全に満足させるのは至難の業だが、それでも成績は向上しており、赤点もなかった。そのため、彼女もあえて多くを語ることはなかった。
教室に保護者たちが集まるこの時期は、普段お調子者の流星たちでさえ、どこか神妙な面持ちで過ごしていた。やはり大人たちの前では、学校での馬鹿騒ぎは封印し、借りてきた猫のようにおとなしく振る舞うものなのだ。
だが、中には少し毛色の違う親子もいた。
「親父、忘れてるかと思ったよ。その方が面談もなくて楽だったんだけどな」
「自分の息子の面談を忘れるほど、落ちぶれちゃいないさ。……それよりお前、その野球バッグ、面談が終わったらまたグラウンドへ行くのか?」
浅村蓮の父親が尋ねると、蓮は冷淡に「ほっといてくれよ」とだけ返した。父親は短く「ふん」と鼻を鳴らした。
蓮がトイレに立つと、父親はその場で彼を待つことにした。無意識にタバコを取り出そうとしたその時、廊下の角から現れた人物が声をかけた。
「すみません、校内は全面禁煙ですよ」
「おっと、悪い。癖でな……」
そこが仕事場ではなく息子の学校であることを思い出し、父親は苦笑した。注意をしてきたのは、隣のクラスの田中廉太の父親だった。田中の父は、蓮の父の顔をまじまじと見つめ、驚きに目を見開いた。
「浅村……浅村先輩ですか?」
「ん? あんたは……」
見知らぬ男に「先輩」と呼ばれ、蓮の父は不審そうに眉を寄せた。
「あ、失礼しました。田中です。昔、阪海工の野球部にいた……」
「……人違いだ」
浅村の父は、有無を言わさない口調でそう言い放った。
「えっ……あ、ああ、そうですか。これは失礼しました」
否定された田中の父は、気まずそうに謝罪してその場を去った。
(どこの誰だか知らんが、これだから母校ってのは面倒なんだ。名前も思い出せない奴に話しかけられるのは、反吐が出る……)
「おい親父、学校は禁煙だって常識もないのかよ」
トイレから戻ってきた蓮が、口にタバコを咥えようとしている父親を見て呆れたようにツッコんだ。
「ん? ああ、ついな……」
「ねえ、南極。友達のお母さんって、すごく厳しそうに見えない?」
クラスメイトの陽奈が尋ねた。
三者面談は数日に分けて行われる。阪海工は女子生徒が少ないため一日で終わるが、男子は少なくとも三回に分けて実施される。青木陽奈はこの日、友達が母親の隣で何やら真剣な表情で話し込んでいるのを見かけていた。
交わされていたのは日本語ではなかったため、内容は分からなかったが、どこかピリついた空気を感じて陽奈はそっと教室に戻ったのだった。
一方、南極は手持ち無沙汰そうに、ペンケースからペンギンのフィギュアを取り出し、「ペンギン戦士 vs 鉛筆外星人」という、小学生のような遊びに興じていた。
「そうかな? 僕が挨拶した時は、ニコニコして返してくれたけど」
「南極、友達のお母さんに会ったことあるの?」
「ううん、今日が初めて。でも友達が、これ以上あそこにいてほしくなさそうな顔をしてたから、戻ってきたんだ」
物怖じしないというか、何というか。陽奈は、これこそが南極の長所なのだろうと内心で思った。
「そういえば……」
陽奈はふと思い出し、南極に尋ねた。
「南極、あんたも今日が面談の日でしょ?」
「そうだよ。やった! コウテイペンギンかアデリーペンギンかよく分からない謎のペンギンが、エイリアンに勝ったぞー!」
「遊んでないで。……あんたの面談ってことは、お母さんの『日空博士』が来るの?」
陽奈は面談の後、自分の母親と友達や南極の話をしていた。音楽教師である彼女の母でさえ「日空博士」の名を聞いたことがあると言っていた。親の世代にとって、南極の母親はそれほど有名な、伝説的な南極観測隊員だったのだ。
陽奈自身、南極の母親がどんな人物なのか、興味を抱かずにはいられなかった。
「来ないよ」
南極は、ペンギンと鉛筆の第ニラウンドを始めようとしていた。
「え? 自分の子供の面談なのに? ……ちょっと、南極、遊びをやめなさい。日空博士は本当に来ないの?」
陽奈はペンギンのフィギュアを没収し、無理やり南極を自分の方へ向かせた。
「ああっ! ペンギン戦士、不測の事態により死亡。ゲームオーバー」
南極は奇妙な効果音を口で鳴らした。
「ふざけないの。お母さんが来ないなら、誰が来るのよ?」
「黒川の兄ちゃんが来るんだ。この前、南極から大阪の駐屯地に異動になったから」
「クロカワ? 誰、それ」
「おーい、小南極!」
教室の入り口から、野太く朗らかな声が響いた。
陽奈が振り返ると、そこには肌が浅黒く、短く刈り込んだ髪に、いかにも尼崎のヤンキー上がりのような格好をした男が立っていた。
「久しぶり! 黒川二曹!」
「おう、久しぶりだな! 野球部に入ったんだって? いいじゃねえか! 甲子園、絶対行けよな、南極!」
「当たり前だよ! 僕、今すごく強いんだから!」
黒川中士は南極の元へ歩み寄ると、頭を撫で回し、頬を抓りながら、陽奈がついていけないようなスピードで喋りまくった。
陽奈はその二人のやり取りを見て確信した。
(……南極が、なんでこんな性格になったのか。……誰に甘やかされて育ったのか、分かった気がするわ)
廊下では、友達が母親の李麗華と並んで歩きながら話をしていた。
話をしているとは言っても、実態は麗華によるお説教だ。私生活の態度から、日本でのルールに早く馴染むこと、そして台湾での悪い習慣を持ち込まないことなど、延々と小言が続いていた。
その中で最大の争点は、一月末から二月にかけての「台湾の旧正月(春節)」の過ごし方についてだった。
「友達,不是我要說你,連寒假、過年都不回台灣要留在日本。說是為了學校上課這種話,你覺得媽媽會相信嗎(友達、お母さんはあなたの言うことなんてお見通しよ。冬休みも旧正月も台湾に帰らず日本に残るなんて……。学校の授業のためだなんて言って、私が信じるとでも思ってるの)?」
麗華の疑いの眼差しに、友達は言葉に詰まった。勉強嫌いな自分の口から出たその理屈に、説得力が皆無であることは自覚していた。「日本の学校には旧正月休みがないから、一週間も休めば授業についていけなくなる」というのは、もちろん建前に過ぎない。
本音は、二年生になる前のこの大事な時期に、一週間も練習を休んで仲間から取り残されたくない――ただそれだけだった。
「只要等到三月,學校放春假(三月の春休みになれば、ちゃんと)……」
「友達,雖然媽媽很少跟你直接見面,但是我知道即便到了三月或四月,你也會有其他理由,來跟我說你想繼續留在這邊(友達、めったに会えないお母さんだけどね、分かっているのよ。三月になっても四月になっても、あなたは何かしら理由をつけて、ここに残りたいって言うんでしょうね)。」
友達が言い切る前に、麗華にすべてを見透かされた。
麗華は、自分を完璧な母親だとは思っていない。仕事のために子供を放り出してきたという負い目もある。それでも、思春期の息子がこれほどまでに頑なに理由をつけて残ろうとする動機が、「野球」以外にないことくらいは分かっていた。
「また野球のため? 図星でしょう、友達」
「…………うん」
友達は小さく頷いた。
「真是,打棒球打到不回台灣過年,都不知道當初誰哭著說不要來日本,現在來了就不回去台灣(全く……。旧正月も帰らないほど野球にのめり込むなんて。あんなに泣いて『日本になんて行きたくない』って言っていたのはどこの誰かしら。今じゃ台湾に帰りたくないなんてね)。」
「那、那是因為(そ、それは)……!」
「隨便你,不回台灣過年的事情記得要跟爺爺奶奶說一聲(勝手にしなさい。その代わり、旧正月に帰らないことはおじいちゃんとおばあちゃんにちゃんと伝えなさいよ)。」
「え?」
友達は、母が意外にもあっさりと認めたことに驚いた。
「我聽鈺雯說你一次都沒打電話回家,就算功課太忙、不能用手機什麼的,也不可以這樣吧?爺爺、奶奶都很擔心你在日本的狀況,有沒有吃飽?適不適應?連通電話都不打回家,這樣對嗎?林友達,不要不說話,回話(鈺雯から聞いたわよ。あなた、家に一度も電話してないんですって? 宿題が忙しいとかスマホが使えないとか、そんなのは言い訳にならないわ。おじいちゃんもおばあちゃんも、あなたが日本でちゃんと食べていけてるのか、馴染めているのか、すごく心配してるのよ。一本の電話もよこさないなんて、それが人の子のすること? 林友達、黙ってないで返事しなさい)。」
「……我知道了啦!」
「還有偶爾也要跟媽媽和姊姊報平安,都多大了,嫌媽媽唸你,就主動一點去做(たまにはお母さんやお姉ちゃんにも元気だって伝えなさい。もう子供じゃないんだから。小言を言われるのが嫌なら、自分から進んでやりなさい)。」
「好啦!不要再唸我了(分かったってば! もう言わないでよ)。」
面談が終わってから続く母の説教に、友達はしだいに耐えられなくなってきた。学校にはもう顔見知りのクラスメイトも部活の仲間もいる。母親に子供扱いされてガミガミ言われている格好悪い姿を、誰かに見られたくなかったのだ。
最後は「これから部活があるから」と理由をつけて逃げ出した息子を見送り、麗華は「全く、あの子ったら……」と独り言をこぼしながら校門へと向かった。
校門前では、長女の林鈺雯と婚約者の川頼さんが車で待っていた。三人で一緒に来ていたのだ。
「お母さん、友達と喧嘩しなかった?」
車内で鈺雯が尋ねた。
「喧嘩なんてしないわよ。ただ、あの子ったら頭の中が野球のことばかりで……将来のことをちっとも考えてないの。野球なんてあと何年できるっていうのよ。日本でも台湾でも、野球をやってる子なんて五万といるのに。今しっかり勉強しなきゃ、大学はどうするつもりかしら」
「あら、そんなに心配しなくていいわよ。私だって昔はお母さんの言うことなんてちっとも聞かなかったけど、今はこうして日本で仕事をして、結婚の準備もしてるんだから」
鈺雯がさらりと「結婚」という言葉を混ぜると、それまで喋り続けていた麗華の口が止まり、驚愕の表情に変わった。
「結婚!? 川頼さん、本当なの? 日取りやホテルはもう決まったの? ちょっと、なんで先に教えてくれなかったのよ、鈺雯!」
「お母さん、鈺雯さんと数日前に決めたばかりなんです。今日、友達君の面談に送るついでにお話ししようと思っていました」
川頼が穏やかに答えると、麗華は胸を撫で下ろした。
「ああ、よかった……。延期ばかりしてたから、何かあったんじゃないかと心配してたのよ。決まって本当によかったわ」
「もう、私と川頼さんが忙しかっただけよ。式の内容を決める時間がなかっただけ。少しは娘と、娘が選んだ人を信じなさいよ」
母親の性格を熟知している鈺雯は、呆れながらも釘を刺した。
「友達のことだってそうよ。本人が野球をやりたいなら、やらせてあげればいいじゃない。今しかできないことをしなかったら、後で一生後悔することになるわ」
「そうですよ、お義母さん。友達君、野球の才能は相当なものだって聞いていますし」
「……分かってるわよ。中学の頃からエースで、スカウトも来ていたのは知ってる。でもね……」
(後悔させたくないからこそ、野球なんてやってほしくないのよ)
その言葉だけは、麗華は胸の奥にしまい込んだまま、口にすることはなかった。
台湾にいる両親にも、娘の鈺雯にも、そして野球に打ち込む息子・林友達にも、決して言えない本心だった。




