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第四章 一年生・野球九人

台湾出身の陸坡(ルポ)と申します。

高校野球とカツ丼が好きです!(`・ω・´)b

鰻アレルギーやねん……(´;ω;`)


この小説は、もともと中国語で執筆したものをAI翻訳を通じて日本語に変換しています。そのため、不自然な表現や誤った言葉遣いなどがあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。

「南極ちゃん、いいもの持ってきたぞ!」


昨日はこっそり外に出てペンギンを脅かしたせいで、今日は基地の中で謹慎を命じられた南極。お母さんに他の動物をいじめちゃダメだと反省させられ、仕方なく基地の片隅で拾った数本の色鉛筆でお絵描きしていた。彼が描いているのは、嵐の中で寄り添う南極ペンギンたち。ぎゅっと固まっている様子は、基地の食堂で時々出される、底が焦げ付いた鍋ご飯にも見えてくる。


基地には生物学者、地質学者、気象研究員など様々な専門家がいる。南極には名前の分からない大人も多く、時々何語かわからない言葉で話しかけてくる。たまに基地の周りを散歩しながら、顕微鏡で水中の微生物を観察したり、染色して見分けたりする方法を教えてもらったりもする。


一方で、いつも分厚いコートや白い迷彩服を着ている「軍人のお兄さん」たちもいる。おばあちゃんや研究員たちは「この人たちは大事な役割がある」と言うけれど、南極にとっては、ただのちょっと大きなお兄ちゃんたち。やたら元気に走り回って、基地の外に新しいものを探しに行く。中でも、よくお母さんのそばにいる黒川軍曹とは特に仲がいい。今も「こっち来い」と手招きされている。


「いいものって、もしかしてマンモスの化石とか?」


南極は期待に目を輝かせて、手に持っていた色鉛筆をその場に放り出し黒川のもとへ駆け寄った。


「そんなすごいもの持ってるわけないだろ。ほら、これだ。」


黒川は背中から見たこともないものを取り出した。それは、二つの野球グローブと、汚れてシミだらけの白いボールだった。南極は「いいもの」と言われて手渡されたグローブを手に取り、その粗い質感やほつれた糸を指先で確かめながら、もう一方の手で白球をつかんだ。


「おっ、なかなか様になってるじゃないか!すぐに正しいはめ方が分かるとは、さすが南極ちゃん。」


黒川はそう言って、優しく南極の肩をポンポンと叩いた。


黒川が「南極ちゃん」と呼んではいるが、この時すでに小学生の南極は身長がほぼ150センチに達し、黒川とは頭一つ分くらいしか差がなかった。その黒川の隊員たちも、班長と南極がグローブを持っているのを見て面白がって近寄ってきた。野球の話題になると、長らく日本に帰っていない隊員たちも一気に盛り上がる。


「セ・リーグといえば、伝統の名門・読売ジャイアンツに、永遠のライバル阪神タイガース、鉄壁守備の中日ドラゴンズ、地元愛が強い広島カープ、打撃力で若手が躍動するベイスターズ、それに多彩な野球のヤクルトスワローズ……」


「パ・リーグは、何度も優勝してるソフトバンクホークス、堅い守りのロッテマリーンズ、最近台頭してきた楽天イーグルス、強打者揃いの西武ライオンズ、ダルビッシュ有や大谷翔平を輩出した日本ハムファイターズ、そして老舗のオリックス・バファローズも忘れちゃいけない。」


隊員たちがそれぞれ推しの球団を語りだすと、南極はその様子を不思議そうに見ていた。基地で生まれ育った彼にとって、野球はほぼ未知の世界だったし、日空博士(南極の母)も、野球にはまったく興味がなさそうだった。


「野球って、おもしろいの?」南極は、賑やかな軍服のお兄さんたちを見ながら素朴な疑問を投げかけた。


隊員たちはふと我に返り、「そうか、南極はまだボールを投げたこともないのかも」と気づく。今まで誰も彼に野球を教えていなかった。そういえば、この基地でキャッチボールなんて見たこともない。


「やってみる?南極」と黒川が誘うと、南極は目を輝かせて「やる!やってみたい、野球ってどうやるの?」と元気よく答えた。


「うーん……まずはボールを投げてみようか。」


黒川は南極を部屋の端っこに立たせ、自分も少し離れた場所に立つ。「今からボールをオレのグローブめがけて思いっきり投げてみて。速ければ速いほどいいぞ!」


「雪合戦みたいに投げるの?」


「そうそう、そんな感じでいいよ。」


南極は初めてのキャッチボールにワクワクしながら、白球をギュッと握り、黒川軍曹が構えるキャッチャーミットをじっと見据えた。


「黒川、軍校時代は野球部だったんだっけ?」


「そうらしいな。見ろよ、小南極より本人の方がやる気満々だぞ。」


「南極!ナイスな変化球を黒川に見せてやれ!ほら、こんな感じ、手首をひねって!」


わいわい賑やかな隊員たちに見守られ、南極は小さな体を目いっぱい使って腕を振り抜いた。白いボールは、思いのほか勢いよく黒川のミットへ――


「ナイスボール!」




***




南極はパチッと目を開けて、時計を見やると、もう五時半や。部隊の起床時間やから、身体がもう慣れとんやなあ。昨日も、結局十時過ぎまでゴソゴソして、荷物抱えてやっとこさ寮に戻ったんや。なんやあの古い木の床、ギーギー鳴るから、隣のやつ起こしたらどないしようって、めっちゃヒヤヒヤしたわ。


岬阪海工の男子寮は狭いし、泊まってる奴も少ないさかい、二人部屋や。迷彩柄のTシャツ着て、そっとベッドから降りてみたけど、もう一人の奴、見当たらへん。ベッドはきれいに布団だけたたんであったわ。


「んん……誰もおらんのか?」

南極はちょっと首ひねってみたけど、昨日の夜、電気点けんと入ったときは、確か誰か寝とった気がすんねんけどなあ。見間違えたんやろか?


「ま、ええわ。荷物片付けるで!」


そのころ、運動服着た林友達は外でジョギング中や。これは野球部入ってから身に着いたクセや。台湾の中学野球部いうたら、ほとんど部活というより、毎日きっちり決められたメニューがあって、朝は必ず球場の周りを走るんや。ここやったら、車も少ないし、道も広いし、朝ランにはうってつけやで。


昨日やっと、野球部の二年、藤田先輩に会えたんやけど、あの人めっちゃイカつい顔しとるから、最初ちょっとビビったわ。でも後で「佐久間は面白そうなやつ見つけたら、ついイジりたくなんねん。気にせんでええよ」とか、頭掻きながら優しゅう言うてくれてん。ほんでまた佐久間先輩がすぐ横から現れて、藤田先輩を無理やり引っ張ってどっか行くんや。「あんたら、めっちゃ仲ええやん」って心の中でツッコみながら見てたわ。藤田先輩、後ろ向きで「ごめんなー」って手振って、でもすぐに佐久間に連れてかれてしもた。


それにしても、先輩らどこで練習しとるんやろ?この学校のグラウンド、どこにあんねや?


そんなこと思いながら、友達はまたペース上げて、寮の朝ごはんに間に合うように走っていったんや。


「なんや、あいつ……誰や?」

同じくジャージ姿の男が、遠ざかる友達の背中見ながら、ちょっと驚いた顔。「うちの野球部のやつしか、あんな朝っぱらから走らん思うてたけど……あれ、ちゃうみたいやな。兄貴のチームのやつでもなさそうやし。」


この運動服の男子は田中濂太っちゅうて、友達と同じく、今年入学したばっかの一年生や。

お兄ちゃん二人は、一人が卒業したばっかの阪海工主将、もう一人は現役の三年部長や。小さい時からずーっと兄貴らの背中見て野球やってきたんやけどな、正直、自分もいつかは高校で主将になれるかなんて、よう分からん。

けどな、濂太は思うんや、「もっと強なりたかったら、バッティングもピッチングも、体力作りも、全部キッチリやっとかんとアカンわ」て。高校野球は中学野球と違て、しんどさも全然ちゃうからな、タフでないと話にならんわ。

せやから、あの人が誰か知らんけど、負ける気はさらさらないで。

ストレッチしながら、濂太も朝ランを始めたわ。


岬阪海の商店街、阪海工の目の前で唯一にぎやかな通りやけど、朝の時間帯はみんな店開ける準備で忙しそうや。

一番海側に近いとこには、ちょっと古びた小さな漁船が止まっとって、その横の木造の平屋建て、まるで『はじめの一歩』で幕之内くんが働いてる釣り宿みたいやな。

けど、中から出てきたのは日本拳王ちゃうで、フツーの高校生や。


この少年の名は宇志川翔二、朝から客の海釣り用の釣具と餌をせっせと船に運んどる。

細い木の板道を、ひょいひょいとバランス良う渡って船に荷物を積んで、終わったらサッと家戻って簡単に朝飯作って、制服に着替える。

古いテレビをつけたら、賑やかなニュースの声が部屋に響くんや。


「翔二、朝やで~。この二箱、船まで持っていってくれへん?」

「ほい、分かった。……ほな、ママ、朝ごはんは?」

「あとで食べるわ!今から漁協に顔出しに行くさかい!」


母ちゃんは防風ジャンパー引っかけて、バタバタと出ていくとこやったけど、玄関でふと立ち止まって、振り返った。


「あんた、グローブ部屋に置きっぱなしやで?昔は毎日肌身離さず持っとったのにな。今年の阪海工、夏の甲子園もしかしたら出るかもやって、漁協の人も言うとったわ」


「考えとくわ……あ、ママ、車のキー忘れてるで」

翔二は、玄関脇の棚からカギ取って母ちゃんに渡す。母ちゃんは一瞬、翔二の顔を見つめて、「翔二、ごめんな。ほんまに……」と呟く。


「なんや、そんなこと言うてる場合ちゃうで。早よ行かな遅れるで、ホンマに」

翔二は苦笑いで母親をせかして、母ちゃんは慌てて車に乗って行った。


母ちゃんの車が見えんようになってから、制服を着た翔二はため息ついて、スマホのメールを見た。そこには大阪桐蔭高校からの招待状のメールが残っとる。

中学野球部時代は、岬阪中の強打者として、監督にも期待されてた。誰もが「私立の強豪校に野球留学して、プロ目指すんやろ?」て言うてたわ。


けどなぁ……もう選んでもうたもんはしゃーない。後悔なんか、今さら言うても始まらん。


「なぁ翔二、お前が選んだ道や、グズグズ言わんと前だけ見ときや!」


自分で自分にそう言い聞かせて、翔二は小さく頷いた。


翔二は制服に着替えて、自分の机の上に置いてあるグローブをじっと見つめた。野球バッグには、中学時代に使ってたバットとユニフォーム。机の隅には、入学式の時にもらった阪海工が春の甲子園出場を決めた、あの地方新聞のチラシもまだある。


「ウチみたいな公立の弱小校、ホンマにいけるんやろか……」

翔二は小さくつぶやいてみる。でもな――


「やっぱり、一回は行きたいな、甲子園……」

そう呟きながら、グローブをカバンに詰め込む。

テレビのアナウンサーは変わらずニュースを流しとる――


「続いてスポーツニュースです。日本高等学校野球連盟によりますと、近年の猛暑を受けて、甲子園などの高校野球大会において、従来の9回制から7回制への変更が検討されています。」



「榮郎お兄ちゃん、これ、めっちゃ綺麗やん。ホンマにくれるん?」

「大したことあらへんわ。嫌やなかったら、ランドセルに付けといたるわ。」


テレビで野球ニュース流れる中、金井榮郎は和室で正座しながら、中学生になる妹のカバンに自作の花モチーフのキーホルダーをつけてあげている。キーホルダーには妹の誕生花が丁寧に編み込まれてて、百貨店の売りもんみたいや。


榮郎はテレビの方へ一瞬目をやりつつ、立ち上がって台所へ。昨晩作っておいたおかずを、可愛らしい野球モチーフの弁当箱に詰め始める。


「榮郎は料理もうまいし、縫い物も絵もできるし、ホンマにばあちゃんにそっくりやな。そりゃ和歌山のじいちゃんもあんたのことばっかり気にしてるわ。」

お父さんが、ちょっとおどけた感じで榮郎を褒める。


「ほんまやな。この子は体もええし、性格も悪ないし、ただちょっと引っ込み思案なとこが……。教えることももうあらへんわ~」

お母さんも、榮郎が詰めた弁当に思わず感嘆の声。


「もう、二人とも……」

榮郎は照れながら、弁当箱のフタを閉じてカバンにしまい、「行ってきます!」と早めに家を出る準備。


「えらい早いこと出ていくやん。褒めすぎて気ぃ悪うしたんちゃうか?」

「ちがうって。榮郎な、ああ見えて、あの夢まだ諦めてへんのやろなぁ。」

榮郎の母親は少し心配しながらも、優しく言う。

「応援したい気持ちは山々やけど……やっぱ野球は、まだ難しいかもしれへんね。」


「お兄ちゃん、今年は試合出れるんかなぁ?」

妹がぽつりとつぶやいた。


榮郎の両親は顔を見合わせて、結局答えは出せへんかった。最後にお父さんが言うた。「まあ、兄ちゃんの応援しとこか」――そうやって、この話は終わった。


恥ずかしがりで、性格もおとなしい榮郎。自己主張も苦手で、正直、野球部みたいなアピール強い部活とは、どうも合わんタイプ。でも子どもの頃から野球が大好きで、中学でも野球部に入った。三年間――試合に出るどころか、三年生になってもずっとベンチの補欠。でもな、ベンチで仲間を応援してるだけでも、十分に楽しかった。


榮郎はそう思いながら、今日はちょっと早めに阪海工のグラウンドに寄って、先輩らの野球練習を見てみようと思ってる。もうちょっと自信あったら、もうちょっとだけ強気で行けたら、自分もあのグラウンドに立てるやろか……そんな夢を描きながら、いつか自分もバットを振ってヒット打つんや、って想像する。


榮郎は人混みの中、商店街を歩いていく。阪海工の制服を着てるけど、中にはパーカーを着てる男の子が岬阪書店の前に立ってた。でも店はまだ開いてへん。彼はフルカバーヘッドホンで音楽を聴いて、周りには全然興味なさそう。


「おー!待たせたな、蓮!」


書店から出てきたのは同じく阪海工の制服やけど、シャツはだらしなく出してて、袖もズボンの裾もまくってる、ラフな感じの男の子や。どうやら暑かったんやろな、カバンを肩にひょいっと乗せて、ニカッと笑って蓮に近づく。


「遅いで、流星。何買うてたん?まさかグラビアアイドルの写真集ちゃうやろな?」

蓮が名前を呼びながら流星のカバンをひったくろうとする。流星はかわして反撃。


「アホか!ちゃうわ!見てみぃ!じゃじゃーん!」


流星はカバンから雑誌の特集号を取り出した。表紙には大人っぽい女性、「声優・水屋奈奈子が語る!役者としての成長と夢」って書いてある。流星は得意げにニヤついて、蓮はよく分からん顔。


「お前、こういう系好きなん?熟女?」

「アホ!これは奈奈子様やで!ナルト侍もやってたし、黒のアルバムも主役やし、東京ドームライブまでやってる!アニメ界の女王様やぞ、奈奈子は!」


蓮はヒートアップしてく流星を見て、呆れた顔して言う。


「またオタク話かいな。俺、興味あれへんわ。流星もたまにはオタク以外の話せぇや。」


「ほな、最新話の野球マンガ《ダイヤモンド・ビッグスイングの功罪》、主人公チーム、逆転勝ちしたで。」


「うわっ、それネタバレやろ!コラ流星、お前ワザとやろ!」


「お前もや!ヒップホップオタクなくせに、プロ野球のテーマソング全部ダサい言うて、ラッパーに歌わせろとか言うてたやん。全国のプロ野球ファンに謝らなあかんで、ヒップホップオタク!ヒップホップ油オタク!」


「うるさい!」「なんやて!」「俺の雑誌返せや、蓮!」


取っ組み合いになって、蓮が雑誌を奪い返す。流星は焦って追いかける。「返せ言うてるやろ、蓮!お前それ、奈奈子様の雑誌になんかしたら許さんぞ!俺、何するかわからんで!」


「例えば……また数学赤点取るとか?37点やったっけ?流星。」


「うっさい!成績の話すな!捕まえたらシバくぞ!蓮!浅村このヤロー、雑誌返せや!」


浅村蓮と豊里流星、2人は商店街をドタバタと駆け抜けて学校へ向かう。通りがかりの生徒たちもその光景を見て笑い、「高校生なんやから、もうちょっと落ち着きぃや!」と過去の同級生の女子も茶化す。流星は「うるさいわ!」と返しながら、追いかけっこは続く。


彼らのカバンにはヒップホップやアニメのキーホルダーと一緒に、黒い「必勝」お守りが揺れている。そこには「心体技・必勝」と書かれ、小さな野球バットのチャームも付いている。2人がふざけながら走るたび、それも一緒に揺れていた。


高校生になっても、野球続けるんやろか――。


あくびをしながら、小林芝昭こばやし ししょうは昨日の入学式からずっと考えてた。「野球部、入るかどうか……」

昔は9年一貫の私立校やったし、野球部は結構有名で、クラスの友達も入りたがってて、なんとなく一緒にやってた。野球自体、好きでも嫌いでもない――言うてみれば、正直自分の中で野球がなくても全然困らんって感じやねん。


ほんま、もし「台湾研究会」でも入ったら、うちの親はもっと喜ぶやろな?小林はふと思う。

今朝は親から連絡があって、「今関空やで~」言うて、テーブルの上には2週間分の食費と小遣いが置かれてた。…足の裏で考えても分かるわ、自分の台湾オタクな親2人、また台湾行ってディープな旅してるやん。


ええなぁ、大人は毎日遊んでばっかりや。

そんなことを心の中でツッコむ小林やけど、親の影響もあって台湾にはそれなりに興味ある。ネットで調べては色んな断片的な知識を得てて、あの島に面白い人がいっぱい住んでるのはなんとなく分かる気がする。そういえば、この学期には台湾からの留学生が来るって親が言うてたな。川頼造船の推薦生らしい?


うわ、生の台湾人やで!想像するだけで、なんかワクワクするやん。


気づいたら、野球部入るかどうかよりも、「学校で台湾人に会えるかな?」って話に頭が切り替わってた。


そのとき、規則正しい足音が聞こえて、男子寮の坂道でふと振り返る。

そこには坊主頭の男の子が坂の下から駆け上がってきて、男子寮の方へ走り去っていった。その短髪スタイル、まさに野球部やな、ってすぐ分かる。やっぱりこっちでも野球部は朝練なんやな……正直、あんなのようやらんわ。


ぼーっと考えてたら、なんか背中のジャージに違和感あるなって気づく。目を凝らしてよく見たら――

「泰…源…国中?え、なにこれ?意味わからん……」


その変な漢字の並びが気になって、走り去る男の子を見送ってたら、突然「ハッ!」と気づく。


「まさか……あいつがウワサの台湾の留学生なんや!」


同じタイミングで林友達リン・ユウダイを見かけてたのは、すでに音楽室に来てたクラスメートの青木陽奈あおき ような。陽奈はトランペットの調整をしてたけど、窓の外で息を切らせてる林友達の姿を一瞥、いつもの無表情やけど。


「やっぱり野球バカはどこにでもおるんやな~。顔がそう言うてるで、青木~」

隣で勝手に机の上に座り込むのは、阪海工の制服に身を包んだ柴門さいもん。茶色の長髪が風に揺れて、整った顔立ちにはうっすらメイクもしてる。男子でも女子でも目を引くやろ、って感じや。


「高校でもその格好でいくつもり?」陽奈は淡々と問う。「柴門」


「これが一番似合うんやから仕方ないやろ」柴門は脚を伸ばして机に座り、膝小僧まで見せて言う。「これ、あとちょっと短かったら、もっと可愛くなるのに」


「野球場やと、ユニフォームで何も見えへんけど?」陽奈がサラッと返すと、柴門は自信満々にニヤリ。


「球場では、実力勝負やで」


「そっか、じゃあ実力派野球少年さん、練習の邪魔はご遠慮ください」

「阪海工の監督がそんな格好、許すとは思えへんけど?」


「俺が何着るかは監督やのうて、校則が決めることや」柴門は机から軽やかに降りて、長い髪を手早く結ぶ。「阪海工の校則に、男が女子の制服着たらあかん、なんて書いてへんで?見てな、先輩も監督も俺の姿見たら絶対『柴門玉里、女装似合いすぎ!』って言うわ」


言いたいこと言い切ると、柴門玉里さいもん・たまさとはさっさと音楽室を出ていく。

陽奈は残された音楽部の仲間たちに軽く会釈して、勝手な行動を謝る。自分もまた窓の外に目をやれば、林友達が男子寮の方へ歩いていくところだった。


「野球バカ、どこにでもいるわ……」


――朝ランニングの後、体はやっぱりスッキリするなぁ。


林友達は昔の中学校のジャージ姿でランニングを終え、爽やかな汗を流して気分がすごく良かった。

「ちょっとストレッチもしたいけど…」と思いながら、なぜかもう朝7時すぎにはたくさんの生徒が学校に集まり始めていることに気づく。「あれ?授業は8時半からちゃうん?しかも、寮の朝ごはんも7時からって…」と疑問だらけだった。


そのまま男子寮の引き戸を開けると、朝の食堂がめちゃくちゃにぎやかやった。ちょうど体育会系のクラブが一斉に朝ごはんを食べる時間で、和式の食堂は知らん顔ばっかりでぎゅうぎゅう。「うわっ、ここで動けへん…」と玄関口で固まる。


「おい、邪魔やで」

「えっ、すみません……あっ、佐久間先輩?おはようございます!」


佐久間先輩が後ろに現れて、苦笑しつつ食堂の中へ入っていく。林友達はまだ玄関で戸惑っていた。その時、きちんと制服を着た藤田先輩が階段を下りてくるのを目撃し、ちょっとドキドキする。


2年の藤田が下まで降りてくると、3年の田中主将たちに声をかけられ、一団となって林友達の近くまでやってきた。林友達は慌てて道を譲ると、彼らは野球の配球やバッティング、変化球の話を早口で続けていた。内容が速すぎて全くついていけない。通り過ぎる先輩たちに、「おはようございます!」と元気よく挨拶する。皆うなずいて返してくれるが、なぜか藤田先輩だけはそのままスルーしていった。


(えっ…藤田先輩、聞こえてなかったのかな?)


朝食を食べ終わった林友達は、部屋へ戻るため運動着を脱ぎ、汗で濡れたシャツを見下ろした。部屋に入ると、床がなぜか衣類で埋め尽くされていた。「え?朝はきれいだったやん?なんで急に…」と混乱しつつ、足元の服を拾い上げてみる。普通の上着やズボンじゃなくて、でっかい野球ユニフォームだった。


(こんなでかいの誰のや…?朝、隣のベッドに寝てる人影が見えたけど……まさか?)


タグを見ると「2XL」――自分はMでも大きいのに、人生初の超巨大ユニフォームや。「誰やこんな巨人サイズの……」


その時、部屋の奥から声が聞こえた。


「あ、ごめんごめん、それ俺のやねん!」


天井すれすれの巨漢、しかも上半身裸の男子が林友達の前に現れた。2人は同時にびっくりした顔を見合わせた。


「えっと……あなたは?」と林友達が恐る恐る尋ねる。


「うわ、君…めっちゃ小さいやん!」

(わ、君、すごく小さいね!)


え?「小さい」ってどういう意味やねん、と思う暇もなく、巨人は両手で林友達の手をつかみ、さらに――

「わ、ほんまに小さいわ!手も足も顔もちっちゃ!…うわ~、かわいすぎやろ、君!」


「ちょ、ちょっと!なにしてんの?」と林友達は慌てて手を振り払って後ずさりする。


――日本では初対面はとても大事にしなさい、相手をよく観察して、礼儀正しく振る舞うんだよ、と母や姉に散々言われてきたのに!


林友達は「さすが礼儀正しい民族」と聞かされてきたが、目の前の大男は「かわいい」とか「ちっちゃい」とか…この人、めっちゃ無礼ちゃうん?しかも今、明らかに怒ってるのに、なんでこの日本人は頭かきながらニコニコしてんねん。

(心の声:「これ絶対、日本人やなくて宇宙人ちゃうか?」)


そう思いながら後ずさりすると、手に持った超特大の野球ユニフォームを踏んづけて、バランスを崩してしまう。


「危ない!」


恥ずかしい瞬間、目の前の大男がさっと体を支えてくれて、そのまま胸の中に飛び込んでしまう。汗の混じった男臭にドキッとし、思わず顔が赤くなった。大きな顔が目の前に来て、太眉の笑顔でこう言う。


「ごめん、今部屋を片付けててんけど、なんかどんどん物増えてるねん。」


「お前、誰やねんマジで!!」

(※つい関西弁で)


「あ、俺は日空。日空南極や。」


南極は笑いながら、まだ林友達を抱きしめていた。まるで大人が子どもを抱っこするみたいに。それに気付いて、「あっ」と友達をそっと床に戻す。改めて地面に立つと、やっぱり肩までしか背がない。


南極はそこで自分が上半身裸なのに気付き、急いで制服の上を着る。さらに校服ズボンがないことにも気付き、そのまま友達の前でパンツ一丁になり、慌ててズボンを探し始めた。


呆然とその様子を見ていた林友達は、足元に転がっている巨大なズボンを見つけて声をかける。


「これ……」

「おお!見つかった!」南極は友達の手からズボンを受け取り、目の前で素早く履く。


そして何気なく聞く。「それで、君の名前は?」

あまりにラフな口調に少し戸惑いつつも、今さら怒る気力もなく、正しく名乗る。


「りん ゆうだい(林友達)」

「林 友達?」と南極は繰り返し、友達がうなずくと、さっき自分を抱きしめた大きな手をまた差し出す。

「俺、日空南極。よろしくな、林友達。初めまして。」


「……は、初めまして、どうぞよろしくお願いします。」


自分より頭二つ分も背が高い南極に手を差し出されて、林友達はその大きな手を握った。南極は嬉しそうに、ぐっと強く握り返す。友達は南極の手のひらの厚いタコに少し驚いた――この人もしかして……


「友達、野球やってるん?」


「え?あ、はい……やってます。」


友達が心の中で悶々としているのに対し、南極は思ったことをすぐ口にするタイプ。握手した瞬間から、友達の手のあちこちに練習でできた痕があるのを感じ取っていた。さっき抱き上げたときも、小柄に見えて筋肉がしっかりしているのに気づいていた。特に……お尻のあたりが。


(なんで急にそんな変な顔してるんやろ、この人……)


友達は、南極に部屋の唯一“安全地帯”――自分のベッドの方に戻り、阪海工の制服に着替える。もうそろそろ登校時間だ。


「友達、このあと何するん?」


服を着て出かけようとしたところで、南極に声をかけられる。いきなり下の名前で呼ばれて、友達は少し戸惑う。


「日空くん、学校に行かなくていいの?」


南極はきょとんとした顔で「え?」と声をあげる。その瞬間、友達は(あれ、このルームメイト大丈夫かな……?)と内心で思った。


「忘れてた!学校行くんやったわ!ええっ、友達、ちょっとだけ待ってて、一分、三分、五分!五分で準備するわ!」


南極は山積みの服の中から靴下、ベルト、ローファーを慌てて探し出す。


「先に行くね、お疲れさま。」


「えええ!ちょ、ちょっと待ってや!友――達――!」


バタン!

友達は部屋のドアを閉めて、大きく深呼吸した。リュックを背負って階段へ向かいながら、部屋に残したあの背の高い「日空南極」というルームメイトのことを考える。初対面でいきなり「小さいな」「可愛いな」なんて言われて、しかも名前も気軽に呼ばれるし……。


小さいからって、男に「可愛い」って言われるのは挑発にしか聞こえへんやろ!佐久間先輩もやけど、もしかして阪海工の人たちってみんなこんな感じなん?テレビやネットで見た「日本人」って、もっと人見知りで、礼儀正しくて、初対面から距離感守って――そんなイメージやったのに。どこ行ったんや、その「日本人」たち。


階段を降りようとしたそのとき、部屋の中からドーンという大きな音と「いてて!」という声が聞こえた。

振り返ると、南極がドア枠の上に頭をぶつけて、痛そうにかがんでいる。


(あいつ、やっぱり背高すぎるやろ……)


南極は自分が何か変なことしたかな、と少し不安になる。基地でみんなから「日本の学校は全然違うから気をつけてな」と言われてきたし、できればもう失敗したくない。

それでも――

「オレは日本で野球をして、甲子園に出て、プロにドラフト1位で指名されて、メジャーで活躍するんや! 全世界にオレのカッコいいプレーを見せてやる!」


……そう思いながらも、今はルームメイトに置いていかれたことにちょっとだけしょんぼり。


「遅刻するで!」


「えっ?」


ふと顔を上げると、友達がドアの外に立っていた。南極はびっくりして顔を上げる。

なぜか自分のことを待っててくれてる――


友達は特に何も言わず、さっさと前を歩き出した。南極はその後ろ姿を見て、顔がパッと明るくなる。


(ええやん、なんか……!)


でっかい足でその後ろをパタパタ追いかけていく南極。この二人の一歩一歩が、いずれマウンドとホームベースで向かい合う「バッテリー」への第一歩だった。


林友達と日空南極。

阪海工、地方公立の新しい伝説が、いま動き始める――

そしてバッテリー以上の、不思議な絆の物語も、ここから始まる。

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