第三五章 じゃあ、もう一度やり直そう
台湾出身の陸坡と申します。
この小説は、もともと中国語で執筆したものをAI翻訳を通じて日本語に変換しています。そのため、不自然な表現や誤った言葉遣いなどがあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。
秋季の近畿大会が始まった。
大阪・京都・奈良・滋賀・和歌山の五府県から、
それぞれ予選を勝ち抜いた上位校が代表として選出される。
近畿大会にはちょっと変わった制度があり、
代表校数は「奇数年」「偶数年」で入れ替わる。
大阪と兵庫は高校野球部の数が群を抜いて多いため、
毎年必ず固定で 「3校枠」。
しかしその他の府県は以下のように変動する。
●奇数年:滋賀・奈良=3校、京都・和歌山=2校
●偶数年:京都・和歌山=3校、滋賀・奈良=2校
ただし最終的に大会全体で出場するのは、
毎年必ず 16校 に調整される。
どの府県の代表も強豪ぞろいとはいえ、
やはり地方大会の延長線にある大会であるため、
春・夏の甲子園のように観客が埋めつくすほどではない。
新聞もスポーツ欄の片隅に簡単な結果が載る程度で、
真剣に追っているのは高校野球ファンと、
高校野球専門のネットメディア、野球雑誌くらいだ。
「ハックション!!」
高校野球専門誌『野球郎ジャーナル』の谷口編集は、
盛大なくしゃみをしてしまい、
鼻水がそのままツーッと垂れ落ちた。
季節の変わり目で気温差が激しく、
今年の秋は特に、突然ぐっと冷え込んだ。
「うわ、前輩、キタナ……」
女カメラマンの安藤はあからさまに顔をしかめたが、
自分のバッグからティッシュを差し出した。
「悪い、助かる。」
谷口は礼もそこそこに、
ブォン!と豪快に鼻をかんだため、
周囲の観客が思わず振り返る。
「この気温じゃ、半袖はもう無理ですよ。」
スマホをスクロールしながら、
動画配信者《吉田珈啡》が言う。
「どうか身体には気をつけてください、谷口編集。」
「お前に言われたくねえよ!」
言い返しはするものの、どこか照れくさそうで、
谷口はすぐさま話題を本題へと移した。
「で、珈啡くん。
やっぱり今回も……あんまり話題になってないよな?
坂海工(阪海工)のこと……」
「うん、まあ確かに——今回みんなの注目は、やっぱり龍谷大平安の一年生天才選手・壬生公平ですよね。
左投げ左打ちで、エースなのに二刀流。名字も“壬生”でしょ? 新選組の武士っぽい浪漫があってさ。
ここ数年低迷していた名門・龍谷大平安を、京都大会決勝で五回無失点、しかも二本のタイムリーで京都国際をねじ伏せて優勝させた。あれはマジで衝撃的でしたよ。」
「だから今回の近畿大会の一番の見どころは——
もし龍谷大平安が滋賀学園に勝ち、京都国際が天理に勝てば、
同じブロックで再戦ってやつですよ!
京都国際の強打者・新家湊が、今度こそリベンジできるのか……めっちゃ楽しみじゃないですか?
こういう抽選の妙って、本当にドラマがありますよね! ねっ、谷口前輩。」
「俺が言ってるのはそこじゃねえ。そんな情報は当然知ってるよ、珈琲くん……。
問題は——阪海工が“2年連続”で近畿大会に来てるってことだ。
今の阪海工のレベルは、もう普通の公立校の域じゃねえんだよ。
もし他校が“壬生公平”みたいな天才ばかりを見ているなら——」
阪海工と当たった時、痛い目を見るぞ。
「……谷口編集、今年の阪海工(二年主体のチーム)をかなり買ってますね?」
吉田はそう感じた。
自分も密かに阪海工を追っている身として、その評価は嬉しかった。
だが動画配信者として、冷静さも必要だ。
「でも、今の阪海工って……結局“藤田迅真中心”のチームでしょ。
強豪校相手には、まだ脅威にはならないと思いますけど。」
「まあ、その分析も正しい。——だがな、珈琲くん。
お前、一つ気づいてないことがある。」
ニヤリ、と谷口が不敵に笑った。
その顔を見て、吉田は一瞬「え、俺なんか見落としてる?」と思った。
谷口が指差した先では、藤田が一塁ランナーを牽制し、
二塁へのリードを縮めようとしていた。
相変わらず、あの顔はちょっと怖い。
「牽制の頻度、首振りの回数、投球モーションの速さ……全部変わってきてる。
一見まだ藤田頼みのチームに見えるが——」
打球が内野へ転がり、
二塁の川原慎が素早く捕球→ベースを踏んでアウト→一塁送球、
しかし一歩届かず、打者走者は一塁へ。
返球を受けた藤田は、佐久間に“問題ない”の合図を送り、
二死を示す指を高く上げた。
「——藤田は“仲間に頼る”ようになってきてる。」
それこそが、強豪校相手に最も怖い変化だ。
個のスターに依存しないチーム。
その予測不能さ、伸びしろ。
だから高校野球はおもしろい。
吉田は、谷口編集がなぜそこまで阪海工を評価するのか分からなかった。
だが——野球の大先輩が言うなら、何か理由があるのだろう。
……とはいえ。
自分の動画の再生数が跳ねるのは、
どうやっても“龍谷大平安の壬生公平”の話題。
配信者として、流れには逆らえない。
「ストライク!」
審判が拳を握りしめ、力強くコールした。
阪海工のエース・藤田迅真は、東洋大姫路の三番打者を三振に仕留め、
四番のランナーを一塁に残したまま、この回を無失点で切り抜けた。
——もし自分が指導者じゃなかったら、とても気づかないだろう。
数日前、藤田と佐久間があんなに激しく言い合い、挙句“行方不明騒ぎ”まで起こしたなんて。
白井は打席へ向かう藤田の背中を見ながら、今の高校生のメンタルの強さに内心舌を巻いていた。
近畿大会一回戦。
阪海工の最初の試合で、藤田迅真はまさに“エースらしいエース”。
ここまで大きな乱れもなく、ピッチングはキレキレ。
そして捕手・佐久間もまた、藤田とのコンビネーションをさらに磨き上げていた。
「ほんと、大したもんだよ……今どきの高校球児は。」
ランナーコーチとして木村を送り出した片岡が、白井の横でぼそりと言う。
二人は一瞬だけ視線を交わし、
すぐにまたグラウンドへ目を戻したが——
互いに「何か話したいことがある」ことは、明らかだった。
白井は、プロ女子野球出身らしい引き締まった体つきの片岡が横に立つと、
なぜか落ち着かなくなる。
だから先に口を開いた。
「……で、何を言いたいの? 片岡先生。」
「結局、あんた——藤田のキャプテンを辞めさせなかったね。」
実際、阪海工野球部のキャプテンは今も“藤田迅真”の名前のままになっている。
「生徒たちの意見、あなたも見たでしょ。
別に、“辞めさせなかった”わけじゃないのよ……」
—辞めさせたあと、もう一度みんなに“選ばれた”だけ。
白井はため息まじりに、そう付け加えた。
** ** ** **
「藤田は、練習中に無断でグラウンドを離れ、宿舎へも戻らず、制服のまま夜間に外をうろつき、さらに二人乗りで自転車に乗るという校則違反までした。
本人に反省の色は見られるものの、キャプテンとしての責任は重い。よって藤田迅真を主将から解任し、佐久間圭一、一年の林友達も連帯責任として、二週間の倉庫・球場整備、さらに休日練習では体力メニューを二周追加——以上を処分とする。」
球場に戻った藤田は、キャプテンを解かれたあと、
一・二年生の前で深々と頭を下げ、自分の非をはっきりと謝罪した。
まったく巻き込まれただけの林友達も、同じく処分に含まれることになった。
友達本人は藤田を責める気などないし、藤田の表情もどこか晴れやかだったが——
それでも、一年生の仲間たちにとっては格好のネタである。
「おいおい、友友がグレちまったよ。」
「反抗期デビュー? 友友がこんなんなるなんて……泣きそう。」
「お前ら……友達に殴られても知らねえぞ……」
宇治川は、蓮と流星が友達の頭を撫でたり肩を揉んだりして
ちゃちゃを入れているのを眺めながら、
(本当にこいつらは遠慮というものを知らない……)とため息をついた。
もっとも自分も慣れてしまっているのだが。
友達は二人の悪ふざけにうんざりして、
手をひらひら振ってハエでも追うように二人をどかす。
蓮と流星は「ぎゃあーやられたー」などと大げさに騒いでみせ、
友達は呆れながらも笑ってしまう。
「友達、俺、掃除手伝ってあげるよ!」
南極がにっこり笑いながら言った。
「ありがと。でもさ……朝のグラウンド整備、絶対お前起きられないよ。
あ、ていうかさ、もし俺が早く球場行ったら、日空お前、起きられるの?」
友達が言って初めて、南極はハッと「しまった」という顔になる。
彼はいつも、友達に起こされて床の上をごろごろ転がりながら、
パンイチのまま洗面所へ向かうタイプだ。
「ど、どうしよう……! 遅刻しちゃう……!」
「知らんよ。日空も起きる練習しなよ。」
友達は肩をすくめた。
「豊里くん!」
野球部のいつもの会話がグラウンドに響く中、
突然、阪海工の制服を着たメガネの女子が球場外から顔を出した。
潮風球場は学校から近いとはいえ、坂を上った神社の中腹にあり、
わざわざ来る生徒はめったにいない。
まして女子生徒などほぼ皆無。
友達と南極は「え、女の子?」と目を丸くする。
すると豊里流星が真っ先に飛んでいき、
心配と喜びが混ざったような顔で言った。
「校門で待ち合わせだっただろ? ここ、分かりにくかっただろ?」
「でも、一度見てみたかったんだ。学校の野球場。
なんか……青春って感じがして。」
彼女は笑顔で答えた。
「彼女、川端紬って言うんだ。流星の彼女。」
蓮がひそひそ声で友達と南極に耳打ちする。
「まさかあの流星に彼女がいるなんて、
……不公平だと思わない?」
「蓮、それは言い過ぎ。」
宇治川は流星を庇おうとしたが——
川端が楽しそうに笑い、流星がバカみたいに嬉しそうにしているのを見て
気持ちが変わった。
「……いや、やっぱりあいつは調子に乗ってる。
野球部員はもっと野球に集中すべきだ!」
「だよな!」蓮も即同意。
(どっちが見苦しいんだよ……)
友達は内心つっこむ。
それにしても、流星に彼女がいるという事実は衝撃だった。
男ばかりの野球部クラスで育った友達は、
周りの誰かが「彼女をつくる」という概念そのものにピンと来ていなかった。
「……いいなぁ。」
「ん? 日空?」
南極のつぶやきに気づいた友達が、からかうようにのぞき込む。
「もしかして、日空も彼女ほしいとか?」
「彼女? いらないよ。俺には友達がいるから。」
南極はいつもの笑顔で、さらりと答えた。
「ほらね、絶対そう言うと思ったよ。はいはい、分かった分かった。
放して、俺もうグラウンド戻るから。」
友達は、正面からがばっと抱きついてきた南極の
自分より太い腕をぽんぽん叩いて、離れるよう促した。
南極は「夕飯、戻ったら教えるからなー!」と背中に向かって叫び、
友達は振り返って親指を立てた。
男子寮で一緒に暮らす唯一の一年生同士、
二人の間にはいつの間にか、自然な呼吸のような距離感が生まれている。
友達が球桶を抱えて打撃練習のボールを拾っていると、
教員室前で白井と片岡が二年生を集めているのが見えた。
新しい主将を選び直すらしい。
キャプテンを解かれた藤田も、みんなと同じ輪にしゃがみ込んでおり、
隣では佐久間が藤田のうなじにそっと手を置き、
「大丈夫だ」とでも言うように気持ちを落ち着かせている。
「では、新しい野球部キャプテンを選出する。
立候補、あるいは推薦はあるか?」
「はい!」
声を上げたのは、チームの強打者・田中龍二。
視線が一斉に彼へ向かう。
白井が問う。
「田中、自薦か?」
「いえ、推薦です。」
田中は隣の木村をちらりと見た。
木村は「本当にやるのか……?」という顔をしている。
田中は小さくうなずき、名前を口にした。
「藤田迅真を、推薦します。」
「え……?」
自分の名が出て、藤田はぽかんと固まった。
まったく予想していなかったという顔だった。
だが周りの二年生たちは、驚きもしない。
むしろ「やっぱりね」という空気すらある。
佐久間が全体の表情を素早く見回すと、
あくびをしている村瀬と目が合い、
村瀬はにやりと口角を上げてからそっと視線をそらした。
(……やっぱりな。)
佐久間は小さくつぶやく。
中学時代から変わらない。
田中と中西が勢いよく先陣を切り、
木村と吉岡が「まぁそうなるよな」と後ろから支え、
最後に日下と川原が冷静さと責任感で判断し、
そして「関係ないよー」という顔をしながら
実は村瀬が裏でちょこちょこ風向きを調整する——
そんな構図は昔から変わらない。
日下が村瀬を苦手にする理由もよく分かる。
だが今回だけは、佐久間は村瀬の「裏の働き」を歓迎していた。
「田中、藤田はついこの間、キャプテンを外されたばかりだぞ。
それをまた推すのはどうなんだ?」
白井が眉をひそめる。
だが田中龍二は一歩も引かない。
「白井先生。俺は、藤田がキャプテンに一番向いていると思っています。
もし他にふさわしい人がいるなら、その意見も尊重します。」
「座れ。誰が立っていいと言った。
田中、何度言えば分かるんだ、
人に指摘されるたびに衝動的になるな。
試合ではあんなに冷静なくせに……普段からその落ち着きを出せ!」
「はい、すみません!」
田中は素直に頭を下げる。
木村が肩で小突き、「言っちゃったなぁ」と笑い、
田中も照れくさそうに笑った。
「ほかに候補は?……いないか?
いるなら早く言えよ!」
白井が何度促しても、二年生は誰一人口を開かない。
——全員、決めているのだ。
藤田をもう一度、キャプテンにする、と。
白井にはお見通しだ。
だが“競争”だけは形として必要。
そこで白井はあえて指名した。
「藤田。お前が一人、推薦を挙げろ。」
「えっ……あ、はいっ……
え、自分が、ですか……?」
自分が推薦されたことだけでも頭が真っ白なのに、
さらに推薦を求められ、藤田はますます混乱しながら、
それでも必死に考えて——
もう一人「キャプテンにふさわしい」と思う人物の名前を、ゆっくりと口にした。
** ** ** **
「8対1。こんなの、結果が決まってたようなもんだよ。」
片岡が投票の場面を思い出しながら言う。
「藤田迅真と佐久間圭一。どっちがキャプテン候補に相応しいかなんて、数か月しか一緒にいない私でも分かる。」
「分かっているなら、それがこの子たちの“選択”なんだよ。」
白井が答える。
「藤田が失敗したとしても、彼らはなお藤田を“隊長に相応しい”と思っている。」
「まあ、そうなんだけどね。」
片岡は肩をすくめつつ、藤田が1日で犯した違反行為を挙げた。
無断離脱、寮への未帰還、制服着用のまま夜間外出、二人乗り自転車。
そのどれか一つだけで十分「厳重注意・出場停止・退部」級の違反。
最悪、野球部全体が活動停止になるような案件だ。
「これ、私立の強豪だったら確実にアウトでしょ。
柔軟性があるというか……こういう時、公立でよかったって思うよね。」
「じゃあ、藤田が退部になってもいいっていうのか?」
白井の冷ややかな返しに、片岡は即答した。
「なるわけないでしょ。」
片岡はきっぱり言う。
「藤田が抜けたら、坂海工は近畿大会どころか、府大会通過も危うい。
でもね――白井先生、あんたも結局“情”で動いてるじゃない。」
「お互い様だよ。」
白井はため息交じりに言う。
「君は勝利のため、私は生徒の意思のため。
コーチっていうのはね、理屈じゃ割り切れない時、選手と一緒に立つもんなんだ。」
――だから高橋監督は、この人にチームを託したのだろう。
過去の苦い経験があっても、根っこは昭和の熱血野球バカ。
片岡はそう心の中で毒づいたが、嫌いではなかった。
** ** ** **
その頃。
藤田は東洋大姫路の投手の球に苦戦していた。
(やっぱり強豪校の投手、球が重い……)
二度空振り、一度ファウル。
次の球は低め、バットを止めてボール。
藤田はほっと息をつく。
打撃は得意じゃない。
(もっと龍二さんや木村に聞いとけばよかった……)
次の球。変化球。
だが藤田の感覚が「行ける」と告げた。
カーン!
打った瞬間、藤田は球の行方を見ずに一塁へ走り出す。
不規則に跳ねた打球は三塁手の反応を遅らせ、外野へ抜けた。
「ナイスバッティング、藤田!」
一塁上で息を整える藤田。
その肩を叩いたのが、今日は走塁コーチに入っている村瀬だった。
――村瀬が田中を動かした。
佐久間が昨日、そう言っていた。
「村瀬。どうして俺なんかを隊長に推薦したんだ……?」
勇気を出して聞くと、村瀬はニッと笑い、
「相変わらず顔コワいなぁ、藤田。」
と先に茶化し、耳元で小声で言った。
「お前さ、自分が誰を推薦したか覚えてる?
佐久間だよ? あの御曹司をキャプテンにしたら、俺らの生活どうなんの? 地獄だろ?」
「は……?」
村瀬は藤田の尻をパンと叩き、
「反省してんなら、キャプテンやって償えよ。頼んだぜ、藤田“組長”。」
「お、オイ、なめとんのかコラ〜!」
「うわ〜似てる似てる! やっぱ藤田組長だわ〜」
村瀬はゲラゲラ笑いながら走り去った。
試合は接戦のまま終盤へ。
最終回、阪海工のエラーで追いつかれ、延長で勝ち越され――
それでも最後は「4対3」で辛勝した。
「ありがとうございました!」
整列後、藤田が戻ろうとすると、東洋大姫路の投手が声をかけてきた。
「名前、聞いてもいい?」
「藤田迅真です。」
「藤田迅真……いい球投げるんだな。
俺は片山翔大。」
「そっちもすごかったよ。」
互いに短く言葉を交わし、すぐチームに戻っていった。
――藤田学長、今日はどんな試合したんだろう?
数日前、佐久間と険悪だったことを思い出しながら、林友達は少し不安だった。
朝一番の試合だったため、白井も片岡も会場にはいない。
代わりに、引退したはずの高橋監督が一年生の面倒を見に来てくれていた。
「友達、南極……ちょっと、その格好なに?」
いつも練習の関係で、野球部と吹奏楽部は一般生徒より遅れて教室に入ってくる。
席に着こうとした青木陽奈は、教室の扉を開けて入ってきた林友達の服装を見て、思わず声を上げた。
「え? どこか変?」
友達と南極は自分の服を見下ろしながら首をかしげる。何が変なのか全く分かっていない。
陽奈はため息をつきながら言った。
「もう十月末だよ? 冬服に衣替えしてるの、分かってる?」
陽奈に言われ、友達と南極はようやく周囲を見渡す。
クラスの男子はみんな紺色の冬用学ラン。
一方、自分たちだけ半袖の白シャツ。
どう見ても浮いている。
「制服の衣替え、すっかり忘れてた……」友達が肩を落とす。
「だってさ、まだ全然暑いじゃん!」南極は朗らかに笑う。
「今日の平均気温18度だよ。
絶対、野球のことしか考えてないから話聞いてないんでしょ……ほんとに。」
陽奈が呆れていると、そこへ野球部の流星や他のメンバーも同じく白シャツ姿で教室に入ってきた。
学ランの中に白シャツが五本だけ混じって目立ちまくりで、そりゃ homeroom の先生に怒られるわけで……
その結果、昼休みにトイレ掃除が決定。
** ** ** **
「ほい、お弁当ね。お茶は一人150円だから、ちゃんと払ってよ。」
「おお!? 俺たちの分?」
「さすがトランペット姫!助かる~!」
「流星、またその呼び方したらお弁当あげないから。」
「えっ、そんな……俺めっちゃ腹減ってるのに……って、おい蓮! なんで俺の肉取るんだよ!」
まるで動物園に餌をやるみたいに、陽奈はぎゅうぎゅうに詰めた野球部員たちのお弁当を抱え、
男子トイレの前でトイレ掃除中の彼らに配っていく。
袖をまくり、ズボンの裾を濡らし、裸足で床を磨いたり小便器を洗ったりしている野球部の男子たち。
陽奈はふと思う。
――この子たち、寒くないの……?体温バグってるの?
最後に友達が弁当を受け取ったが、ふと気づく。
陽奈本人は、メロンパンとお茶だけしか持っていない。
「それだけで足りるの? 友達。」
「うん……これ、おやつだから。お弁当はもう食べちゃった。」
陽奈はあっさり答える。
友達は弁当を開けながら、ふと顔を上げた。
「この前の件……ほんとにありがとう。」
商店街で自分と藤田学長を見つけ、南極へ連絡してくれたこと。
それがなければ、もっと大ごとになっていたかもしれない。
「たまたま見かけただけだよ。」
陽奈はパンをちぎりながら肩を竦めた。
「夜に女の子だけで外にいたら危ないから、っていう理由で、何人かのお姉さんたちに同行してもらったって先生たちには言っておいたけど……多分、完全には信じてなかったわね。でもまあ、通ったからいいでしょ。」
吹奏楽部の女子が「一緒にいた」と証言してくれたおかげで、
本来なら厳罰でもおかしくない野球部は、ほぼ無傷で済んだ。
指導教諭ですら深く追及しなかったのは、陽奈たちのおかげだった。
「嘘はよくないけど、人のためになる嘘なら……まあ多少は許されるでしょ?」
陽奈は軽く笑った。
友達はなんとも言えず、頬をかきかきしていると、
陽奈の次の一言で、ほぼ噴き出しかけた。
「で? 友達と南極、どこまで進んでるの?」
「ぶっ……! げほっ! なっ、なにそれ!?」
思わずお茶をあおる友達。
「だから、南極のことどう見てるの?
クラスメイト? チームメイト? 友達? それとも――別の“関係”?」
南極が流星や蓮とふざけている隙に、陽奈が鋭い視線で聞き出す。
友達の顔色と反応は……彼女の期待にはちょっと届かなかったらしい。
だが「完全に可能性ゼロ」でもない、と判断したようだ。
「わ、分かんないよ……日空は……ああいうやつだし。」
友達は耳まで赤くなる。
「そう?」
陽奈はにやりとしながら、ふと思い出したというように言った。
「前にさ、友達が私に聞いたよね。大阪桐蔭のこと、どう思うかって。」
友達は数秒考え、ああそうだ、と頷く。
「本当はね、私、大阪桐蔭の吹奏楽部に行こうと思ってたの。」
「じゃあ……どうして最終的に阪海工を選んだの?」
逆に質問され、友達は戸惑う。
陽奈は少し微笑んだまま、問いを重ねた。
「友達って台湾出身なんでしょ?
だったらどうして、わざわざ阪海工みたいな地味で遠い公立校を選んだの?
野球名門校の方が、台湾の選手との交流も多いはずなのに。」
「なんでって……家族が決めたから。だから僕には選ぶ権利なくて……」
と、母親を思い出したのか、友達は困った顔で言う。
「じゃあ青木、君は……?」
陽奈は友達の目をまっすぐ見て、あっけらかんと言い放った。
「私は“男”のためだよ。」
「えっ?」
友達は固まった。
聞き間違いかと思い、瞬きを何度もする。
だが陽奈はまったく悪びれもせず、もう一度、はっきりと告げた。
「阪海工を選んだのは――男のため。
それ以外に理由なんてないよ。」




