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第三二章 学園祭と秋季大会

台湾出身の陸坡と申します。


この小説は、もともと中国語で執筆したものをAI翻訳を通じて日本語に変換しています。そのため、不自然な表現や誤った言葉遣いなどがあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。

今年の秋は、どういうわけか妙に蒸し暑かった。まるで大阪秋季府大会のグラウンドみたいに、空気が重い。


九月末──大阪府大会ベスト8決定戦。

坂海工は堺市の関西創価に「2−0」で辛勝し、なんと六連勝。

ちょうど去年、主将兼エースだった田中央一が到達した成績に並んだことになる。


もっとも、秋の大会となれば世間の高校野球への注目度は、夏の甲子園に比べて目に見えて低い。

多くの人々は大学野球の名物「東京六大学野球」や、全日本高校サッカー選手権、長距離駅伝の出雲駅伝、そして高校ラグビーの予選へと関心を移してしまう。


それでも、高校野球を追い続ける雑誌やウェブ媒体は一定数存在していて、秋季大会を丁寧に追っているところもある。


「これで準決勝の顔ぶれが出そろったな。」


高校・大学野球を専門に取材するネット媒体『潜入!野球郎ジャーナル』。

谷口編集は自分のノートに今日の結果を書き込み、関西創価の名前を二重線で消し、坂海工の名前を赤ペンでぐるりと囲む。

そして四つの赤丸が並んだ──今年の大阪府大会ベスト4は以下のとおり。


■近畿大学附属高等学校

大学直結型の私立校。入試でも多くの生徒が推薦で大学へ進む。

「文武両道」を徹底する校風で、スポーツ推薦枠も充実。大阪の強豪校として常に名を連ねる。


■私立・興国高校

1926年創立の商業高校を前身とする、由緒あるスポーツ名門校。

独自の「体育進学コース」を持ち、数多くのアスリートを輩出。

野球部は専用寮・専属栄養士を備え、全国屈指の環境が整う。


■大阪桐蔭高校

もはや説明不要の「野球王国・大阪」の象徴。

短期間で甲子園出場・優勝を積み重ね、プロ入り選手も多数。

徹底した科学的トレーニングと厳格な寮生活で知られる、超強豪。


■岬阪高等海洋工業学校(=坂海工)

海事・海洋工学を学ぶ地方市立校。

夏の甲子園に数十年に一度出る程度で、特に目立った成績はない。

部員も少なく、設備は古い。さらに今年は長年指導してきた高橋監督が退任したばかり。

──そんな学校がここまで勝ち上がっていること自体が、まず驚きなのだ。


「こうして見ると……坂海工、正直かなり厳しいですよね、谷口先輩。」


カメラを抱えた安藤は、準決勝のカードを見て素直な感想を漏らした。


今日はいよいよ、大阪府大会準決勝。

相手は興国高校。


夏の甲子園ほどの熱気はなく、応援団の規模もまばらだ。

特に坂海工は一年生を学校に残してきたようで、球場入口には二年生だけが自分たちの荷物を抱えて歩いていた。

そして──いくら待っても、高橋監督の姿はどこにもない。


「やっぱり退任の噂、本当だったんですね……」


安藤の言葉に、谷口は少しだけ肩をすくめて答えた。


「まあね。でも去年の坂海工も、外から見れば“無理だろう”って雰囲気だった。

けど……今年の二年生、何というか……言葉にしにくいけど、空気が違うんだよ。」


谷口はそう言って、今日の試合前のウォームアップをじっと見つめる。


「強いわけじゃない。でも、一歩ずつ積み上げたチームの“匂い”がする。」


その視線の先にいるのは、坂海工──

名門でも、注目校でもない。

けれど、確かに何かが変わりつつある「海の町の工業高校」だった。


「おっ、お久しぶりです、野球郎ジャーナルのお二人。安藤さん、谷口編集。」


声を掛けてきたのは、配信者の 吉田珈啡よしだコーヒー

名前のとおり、今日も自作グッズの“コーヒー柄Tシャツ”を着て、片手には最近プロ野球とコラボした缶コーヒーを持っていた。


「わ、吉田さん!お久しぶりです!」

すぐに気づいたのは安藤だった。

隣の谷口は、吉田の顔をじっと見つめたまま眉をひそめ、明らかに誰だか思い出せていない。

それを見た安藤は小声で肘でつつく。


「先輩、ちゃんと挨拶してくださいよ! 偉そうに見えたらダメですって!」


「分かってるって、押すな……。」


当然、谷口も同業者には挨拶すべきだと分かっている。

しかし──どうしても名前が出てこない。


しばらくして、ハッと何かを思い出したように声を上げた。


「思い出した!君、あれだろ?あの配信者……

吉田“カレー”野球屋!」


その瞬間──

安藤と吉田、二人揃って昭和バラエティみたいに派手にズッコケた。


「吉田“珈琲”野球屋です!!」

安藤は半泣きで抗議する。


「……あ、そうだっけ?」

谷口は頭をかきながら、悪びれもせずに吉田へ向き直る。

「悪い悪い。普段、選手の名前しか覚えないもんで。気にしないでくれ。」


「いえいえ、谷口編集が高校野球に真剣なのは知ってますから。」

吉田は苦笑しながらも、柔らかい口調で返す。

名前を間違えられたのは少し残念だが、空気が打ち解けたのも事実だった。


吉田は谷口が見つめている方向──坂海工のベンチを見て、ふっと笑った。


「てっきり僕だけが坂海工を追ってるのかと思ってましたけど……

谷口編集も、かなり気にしてるんですね。」


「まあね。この学校、毎年どうにも気になるんだよ。」


谷口は目を細める。

「去年の府大会、そして春のセンバツ予選……藤田迅真のリリーフ登板で“おっ”と思ったが、正直、全国で期待される投手は山ほどいる。藤田は近畿の中で“楽しみな一人”って程度だった。

……でも、今年の秋は何かが違う。」


「“違う”って、もしかして……藤田選手、急成長してるってことですか?」

カメラを構えていた安藤が問いながら、連写シャッターを切る。

興国戦のマウンドに立つ藤田を、何枚も何枚も写真に収めていく。

その直後、主審の「ストライク!」の声が響いた。


吉田はニヤリとし、谷口に目を向ける。


「でも、藤田選手だけじゃないですよね?

“坂海工の変化”って、もっと別のところにあるんじゃないですか?」


谷口はしばらく沈黙し──やがて、うなずいた。


「……ああ。

藤田の成長ももちろんあるが──

それ以上に、“他の選手たち”のレベルが一気に上がってる。」


谷口は下あごを触りながら、まるで自分でもまだ整理できてないような顔で続けた。


「坂海工全体の“野球力”が、明らかに変わった。

それが、気になるんだ。」


「ええ、谷口編集がおっしゃったとおりです。守備が以前よりずっと堅実になっていますし……それに、打線も明らかに手強くなっていませんか? 谷口さんは、どう見ます?」


安藤にそう聞かれ、谷口は無言で頷いた。


確かに吉田の言うとおり、今年の坂海工は“打つ”面でも明確な変化があった。

出塁率が目に見えて上がり、粘りのある攻撃も目立つ。


これまでの坂海工は、典型的な“エース依存型”――

少人数・公立校がとりがちな戦い方で、エースさえ崩れなければ競れるが、

逆に打ち込まれた瞬間、試合が壊れる。


だからこそ、公立校は私学に大差で敗れる試合が多い。

後ろの投手層が薄く、立て直しが効かないのだ。


坂海工も、長い間まさにそのタイプだった。


だが──今年は違う。

打線が明らかに“試合を支えて”いる。


とくに六番を打つ 田中龍二。

あの選球眼と打撃の質は「無名の公立校」という枠から大きく外れていた。


「坂海工の強打者……去年のエース、田中央一の弟、でしたね。」

谷口は独り言のように呟いた。


強打者をあえて“四番”ではなく“六番”に置く采配。

これは古い公立校らしくない、かなり踏み込んだ打線運用だ。


その指導をしているのは──

坂海工の監督、白井修吾。


“PL学園出身”という経歴はたしかに名門だが……

谷口はふと、嫌な記憶を思い出す。


——PL学園 いじめ・暴行問題

——部活動停止

——当時の選手たち


「……白井修吾って、あの時期の選手か。」


彼の“指導力”がどうなのか判断しにくい。

だが、白井と長年坂海工を支えた高橋監督。

その二人が束になっても、ここまでチームカラーが変わるだろうか?


谷口が考え込んでいると、吉田がふっと笑った。


「谷口さん、気づいてますよね?

あなた、たぶん……ひとつ、“知りかけて”ます。」


「吉田……お前、何か掴んでるな。」

谷口は目を細めて問い詰める。


「ええ、坂海工にはずっと注目してましたから。」

吉田は缶コーヒーを軽く振りながら、楽しそうに言う。


近畿地方には、野球部のある高校が約600校。


大阪 180校/兵庫 155校/京都 90校/奈良 50校/和歌山 45校/滋賀 60校


『潜入!野球郎ジャーナル』のような媒体でも、

全校を把握することなど到底不可能。


基本的には“名門校”を中心に取材を行い、

私学の強豪は取材許可も取りにくい。


だからこそ誌面を支えるのは、

「弱小校の奇跡」

「特別支援学校のチーム」

「部員数ギリギリの公立校」


そんな“人間ドラマ”の方が多い。


坂海工も、つい最近まで“その枠”に近かった。


だが──

二年連続の成長。

秋季大会ベスト4。


完全に無視できない存在になってきた。


とはいえ、名門の多い近畿を担当する谷口にとって、

坂海工はまだまだ“情報不足”の学校だった。


だからこそ、吉田の言葉に重みがあった。


谷口は深く息を吸い、静かに口を開いた。


「……これは俺のただの推測だ。

間違ってるかもしれん。だが、吉田……」


そして、はっきりと言う。


「坂海工には──白井以外にも“もう一人”、指導者がいるんじゃないか?」


谷口編集の推論を聞いた瞬間、吉田はふっと微笑んだ。

ふつう、彼のような“地方野球系の配信者”は、

老舗雑誌やネットニュースの編集者から軽く見られがちだ。


「素人の外野」

「数字だけの配信屋」


そういう扱いを受けることは珍しくない。


だが──谷口編集は違った。


確かに配信にはやや抵抗感があるようだが、

人の話を素直に聞く姿勢、

そして自分の視点で物事を見ようとする独特の感性。


吉田にとって、それは

“プロ野球界でもそう多くないタイプの編集者”に見えた。


だから惹かれるのだろう。

名前を覚えていなくても真っ直ぐに謝ってくれた、

あの不器用な高校野球編集・谷口という男に。


吉田は静かに口を開いた。


片岡かたおか 里子さとこ。」


「片岡里子!」


撮影中だった安藤が、条件反射のように振り向いた。

そして谷口のぽかんとした顔を見て、

吉田と安藤の耳に飛び込んできたのは──


「……誰?」


思わず昭和のコントみたいに転びそうになる二人。


「前輩、片岡里子ですよ! 片岡里子!

プロ野球選手・片岡和義の妹で、

元・女子野球日本代表の正捕手。

女子W杯で日本を世界一に導いた、あの片岡里子!」


「なるほど……。すまん、女子野球は追っていなかった。」


安藤の必死さとは対照的に、谷口は本気で知らなかった。

その素っ気ない表情が、吉田には逆に微笑ましく見えた。


吉田は少し意地悪く尋ねた。


「谷口さん……まさか“野球は男のスポーツだ”っていうタイプですか?」


「いや、そういうわけじゃない。

単純に昔から高校野球専門でね。

女子野球については野球郎の別チームが担当してるはずだ。

だから、片岡里子が有名かどうか──正直、分からない。」


谷口はそこで一度区切り、真剣な目で言い切った。


「ただ……

もし坂海工の変化が、彼女の指導によるものだとしたら……

それは無視できない。」


谷口は吉田に向き直る。


「吉田、彼女について少し教えてもらえないか?」


「もちろん。喜んでお話ししますよ、谷口編集。」


「ありがたい! 本当に助かる。

じゃあ連絡先を交換しよう、吉田カレー君。」


「だから谷口さん、僕は“吉田コーヒー”ですってば。」


観客席でのメディア同士のやり取りとは対照的に、

グラウンドの阪海工はまさに“危機の真っ只中”にいた。


捕手・佐久間は、七回表を終えたスコアボードを睨みつける。

三回以降、連打を浴びて一気に3失点。

四回、五回に1点ずつ返したものの、七回裏に入ってもなお 2−3。

一点ビハインドのまま試合は終盤に差し掛かっていた。


だが本当に深刻なのは点差ではない。


──藤田の状態だ。


この時点で藤田の投球数は 113球。

試合前のミーティングで話した

「120球以内に抑える」という目標は、

すでに現実的ではなくなっていた。


どれほど阪海工が“エース藤田”に頼っていようと、

藤田迅真にも限界がある。


しかも取られた3点のうち、

1点は佐久間自身のリードミス、

さらに外野の送球エラーが絡んだ失点でもあった。


その後、白井先生のサインで

藤田の得意とする“内外角を交互に使う高速スライダー”を

予定より早く解禁してなんとか試合を立て直したが──


今の投球数で、あの大きく腕を振る低めスライダーを

これ以上投げさせるのは正直こわい。


効くのは分かっている。

だが肩肘への負担も、リスクもあまりに大きい。


──投げさせるか?

──それとも変えるか?


決断は、捕手である自分に委ねられている。


汗を拭い、マウンドからこちらを見つめる藤田。

その顔を見て、佐久間圭一は覚悟を決めた。


暗号サインを出す。


藤田は小さく頷いた。

片足を高く上げ、しなやかに体をしならせ──

白球を思い切り投じた!


「……いける!」


興国の四番打者は球筋を読み、フルスイング。

だが──球は予想よりさらに低く滑り落ちた。


「くっ……低っ!?」


興国の打者は驚愕する。

事前のミーティングでも共有されていた。

**“阪海工のエース・藤田のスライダーとカーブは反則級”**だと。

ボールとストライクの境界が恐ろしく曖昧で、

攻略するには“ボール球を打つ練習”が必要だと。


しかし──


それでも届かないほど低い。


「ストライーーク!」


空を切るバット。

四番は空振り三振。


これは、佐久間の選択だった。


(行け、迅真……! まだ投げられる──頼む……)


スコアボードの数字が更新される。


藤田迅真、投球数 114球。


準決勝が行われているこの日、

阪海工野球部の一年生たちは応援にも行かず、

ましてやグラウンドで練習する姿もない。

代わりに、なぜか体育館に集められ、

試合や練習とは一切関係のない小道具を黙々と作っていた。


「うああああーー! つまんなぁい!!」


作業の途中で、日空南極が体育館の床に大の字で潰れた。


「ほら南極、サボってないで起きろって。寝転ぶなっつーの。」


隣で作業していた蓮が、

南極のデカい尻を軽くキックしながら言う。


「だってこれ退屈すぎるって〜。俺、投げたり振ったりしたいんだよ……」


南極が文句を言う。

その横では、南極と同じく工作系が苦手な豊里流星も、

自分のつくった“謎の物体”を見てため息をついていた。


「つーかさ、クラスの学園祭準備はまだ分かるよ?

なんで野球部まで出し物やらされんの?」


「そうだよな! 俺も兄ちゃんからそんな話聞いたことねえし!」

田中廉太も愚痴に便乗する。


実際、廉太の言う通りだった。

例年、秋季大会中の野球部は学園祭には不参加。

合唱部や吹奏楽部のような“学校の常勝軍団”も

学園祭より次の大会を優先するため、ほぼ準備には出ない。


ところが今年に限って白井先生が突然


「野球部も学園祭に参加します。屋台も出すぞ」


と言い出したのだ。


訓練から逃げられるのは嬉しい。

……嬉しいのだが。


その直後、片岡先生が満面の笑みで


「出し物の企画は〜、一年生に任せまーす♪」


と宣告。


「えええええええっ!?」


驚きの声を出した一年生全員が、

“声を出した罪”でグラウンド2周の追加ランニングを食らった。


――そして今に至る。


野球しか考えてない一年生に

“野球部の屋台企画を考えろ”というのは、

ツーアウト満塁フルカウントより難しい。


さらに企画のクオリティが低いと先生に“ボツ”にされる。

ボツならまだいい。

流星の出した企画──

『参加費1000円・野球ゲーム大会(※ほぼ賭博)』 は

白井先生にこってり怒られ、トイレ掃除の刑が下った。


「えっと……その、俺の意見なんだけど。

もし“夏祭りっぽい屋台”とかできたら……

ちょっと楽しいんじゃないかなって……」


おずおずと榮郎が提案すると、

その場の視線が一斉に集まった。

注目されてビクッと縮こまる榮郎。


すかさず隣の柴門玉里が、わざとらしく言う。


「いいんじゃない? 少なくとも“食べ放題対決”とか

“ゲーム大会”よりはよっぽどマシでしょ?」


言いながら、

じぃーっと流星と南極を見つめる。


「おお、なんか良さそうだなー。

……でも俺は俺の案の方が好きだけどね。」


小林芝昭が自信満々に言う。

彼は、自分の完璧な企画がなぜ白井先生・片岡先生を

同時に苦笑いさせたのか、全く理解していなかった。


「おかしいな……俺の問題が簡単すぎたのか?」


小林は、力作の企画書

『台湾人在日プロ野球選手の歴代成績クイズ大会』

を見つめる。


昭和から令和まで日本でプレーした

台湾選手の成績データを網羅した超ド本気の内容。


「いや小林……そのクイズ答えられる奴いねーだろ普通に」

宇治川が顔をしかめる。


「てか答えられるの友達しかいねぇじゃん! 優遇しすぎ!」

流星も呆れる。


「い、いやいや! 俺も分かんないから!!」


林友達が慌てて否定する。


その瞬間、小林が衝撃の表情を浮かべた。


(なんで驚くんだよ!!

台湾人だからって全員プロ野球データ詳しいわけあるかーーっ!!)


友達は心の中で全力ツッコミを入れた。


みんなで話し合った結果、

最終的に榮郎の「夏祭り風の屋台」という案が採用された。


しかし、いざ“夏祭りのゲーム”を考えようとすると──

なぜか全員の頭に浮かぶのは


「スーパーボールすくい」

「金魚すくい」

「くじ引き」


などなど……

野球とまったく関係のない屋台ばかりだった。


「射的とか楽しそうじゃね? 友達、やったことある?」

蓮が言う。


「えっ、台湾の夜市にも似たようなのあるよ。」

友達が答える。


友達の地元では毎日夜市があるわけではないが、

日本の祭り遊びはどこか台湾と似ていて妙に懐かしい。


それにしても──

日本の祭りに行ったことのない南極は、

ゲームの名前を聞くたびに目を輝かせていた。

まるで初めて遊園地に連れてこられた子どもみたいに。


友達自身も、考えてみれば

アニメでしか“日本の祭り”を知らない。

本物を見たことはなかった。


「……っていうかさ、どれが面白いとかじゃなくて」

柴門が腕を組む。


「野球部とまっっっっっっったく関係ないんだけど。」


その場の全員が「それな」とうなずく。


榮郎も苦笑いしながら言う。


「本当は『輪投げ』とか可愛い景品を用意したかったんだけど……

たしかに野球部とは関係ないよね……」


一年生たちは、

学園祭の屋台を考えることがここまで難しいとは思っていなかった。


そのとき──


「じゃあさ、俺たちで“野球のゲーム”作ればいいんじゃね?」

南極が無邪気に笑いながら言った。


「野球のゲーム?」

友達が聞き返すと、南極は胸を張って続ける。


「俺たち野球部がボール投げて、

キャッチできた人は景品ゲット!!」


「日空、それ……一般人ケガするだろ。」

周りは一斉に白い目になる。


榮郎が補足する。

「野球やってない人が急に硬球受けたら、

手首とか腕、簡単に捻挫しちゃうよ……」


南極は「えぇ〜〜……」としょんぼり。


だがその瞬間、友達が手を叩いた。


「──あっ、ある! 南極が言ったゲーム!!」


「えっ?」

全員がそろって「え?」と声を上げる。


すると友達はドヤ顔で言った。


「台湾の夜市にね、こういう“ボール投げのゲーム”があるんだよ……!」


「できたーっ!」

友達が嬉しそうに声を上げ、自分たちで作った道具を立てて見せた。


それは、1〜9の数字が書かれた木製の九宮格パネル。

数字の板は一枚ずつ倒れる仕組みになっていて、

友達・榮郎・小林の三人で協力して仕上げたものだ。


みんなが集まると、友達は早速ゲームの実演を始めた。


まずパネルを投球ラインから離れた位置に置き、

その後ろには野球部の練習用ネットを設置する。

プレイヤーは決められたラインからボールを9球投げ、

倒したパネルの数が多いほど景品が豪華になる。


「台湾の夜市にある『九宮格投球』ってゲームなんだ。」


説明し終わると、友達は勢いよく1球目を投げた。

ボールは真ん中の“5”を直撃──

カシャンと金具が外れて板が後ろに倒れ、ネットへ落ちる。


「おお〜〜〜!」

野球部のメンバーが一斉にどよめいた。


「すげぇ!」

「面白そう!」

「めっちゃ楽しそうじゃん!」


周りで見ていた他の生徒も声を上げる。


さっきまで床に寝転がって文句を言っていた南極は、

目をキラキラさせて飛び起き、

「友達!俺もやりたい!」と駆け寄る。


しかし友達に首根っこをつかまれ、引き戻された。


「南極、今は遊んでる場合じゃないって。

 学園祭まであと二週間しかないんだぞ。

 藤田学長たちが秋季大会終わって戻ってくる前に

 全部仕上げないとヤバいって。」


「えええ〜……でも……やりたい……」

南極は大型犬みたいな、悲しげなウルウル顔を向けてくる。


その顔に、友達は「うっ……」と耐えきれなくなり、

結局折れてしまった。


「……一回だけだぞ。」


南極はパッと花が咲いたように喜び、走っていった。


つられて流星と蓮も投げに走り、

それを見た宇治川が怒りの顔で飛んでくる。


「お前らバカか!今遊んでる場合じゃねぇよ!

 仕事残ってんだよ!」

宇治川は二人の頭を軽く叩くと、友達のほうに向き直る。


「友友!南極のバカも捕まえてこい!」


「お、おう……」

友達は返事しながら南極のほうへ向かった。


** ** ** **


「林くんってすごいね。

 まさか“ボール投げ”を野球仕様にするなんて。

 俺、祭りにこんなゲームあったの忘れてたよ。

 台湾にも似たのあるんだね〜。」

榮郎は笑いながら針を動かし続ける。


「まあ……でも榮郎、本当にこれ欲しがる人いるの?」

柴門が冷静にツッコむ。


彼の手には“景品用”の試作品──

野球ボール柄のペンギンぬいぐるみ。


なぜペンギンかというと──

会議のとき、南極が突然

「俺、これ好き!」と自分の部屋から持ってきた

ペンギンのぬいぐるみを掲げたからである。


その「南極基準」で「絶対人気出る!」と断言した結果、

景品案は“ペンギン”で決定。

(もちろん南極の縫った試作品はあまりにもひどく、

 本製作からは外され、九宮格の制作班に回されたのだが。)


榮郎は、柴門が縫い上げた“野球ペンギンぬいぐるみ”を手に取り、思わず目を丸くした。

柴門は「俺、手先は器用じゃないぞ」と言っていたはずなのに──


「すごい……柴門くん、手、めっちゃ器用なんだね。まだ数日しか練習してないのに、こんなに可愛く縫えるなんて……」


思わず頬が赤くなり、榮郎はぽつりと呟いた。


「別に俺一人で作ったわけじゃない。白石と家政部の子に教えてもらったし、そこまで難しくもないよ。」

柴門は淡々と言いながら、続けて榮郎を横目で見た。


「それにしても、よく気づいたよな。あの野球バカ共じゃ絶対に作れないって。

 家政部と組むって発想、普通出ないだろ。企画書も一発で白井先生に通ったし……

 ほんと、お前って時々よく分かんない奴だよ。」


「え、えへへ……そ、そうかな。ありがと……」


柴門から珍しく褒められ、榮郎は途端に口ごもり、縫い目に視線を落とした。

二人のあいだに、ふっと小さな沈黙が落ちる。


その沈黙を破るように、柴門が唐突に言った。


「……俺、何か変なこと言ったか?」


「えっ!? ち、違うよ!全然変じゃない。ただ……柴門くんに褒められるなんて、珍しくて……」


「そりゃそうだろ。普段のお前の野球部での出来じゃ、褒めるところ無いし。」


「言い方ぁ……!」

榮郎は苦笑して肩を落とした。


胸の奥が、少しだけきゅっとした。

やっぱり──自分は“野球のことで”褒められたい。


学園祭で褒められるのも、もちろん嬉しい。

でも、野球はもっと嬉しいはずなのに。

自分の頑張りが少しでも届いているのか、分からない。


そんな榮郎の気配に気づいたように、柴門がぽつりと言った。


「最近、お前。体力トレーニングで置いてかれる回数、減ったよな?」


「え、うん……できるだけ、ついていこうと思って。」


「それは普通に偉い。だけど──そんなの“当たり前”すぎて、褒めるのも変だろ?」


淡々とした声。

でも、芯はちゃんとある声。


柴門は続ける。

目線は縫い物のまま、言葉はまっすぐだった。


「……あの“おにぎり”さ、聞いた話だと、高橋監督が毎朝4時に起きて作ってるらしいぞ。」


「え……」


「情けで食わせたいわけじゃない。体を作るために必要だからだ。

 学長たちだって、腹に入らなくても無理やり食ってる。」


針を置いて、柴門は榮郎を真正面から見た。


「みんな、努力してる。

 だから、自分が頑張ったからって、誰かが褒めてくれるのを期待すんな。

 その気持ちは分かるけど……“努力しただけじゃ評価されない”のが野球部だ。」


そう言い残して、できあがった野球ペンギンをカゴに入れ、席を立った。


体育館にはミシンと針の音だけが残る。


榮郎は、手の中の針を見つめながら、ぽつりと呟いた。


「……分かってるよ……」


頑張ったら褒めてもらえる。


そんなふうに期待してしまうのは、ただの子どもだ。

野球部では通用しない。頭では分かってる。


でも──


「……せめて……

 本当に……本当にダメになりそうなときだけでも……

 誰かに、ちょっとだけ……“頑張ってるよ”って……言ってほしいんだ……」


その声は針の音に紛れ、榮郎自身にしか聞こえなかった。


** ** ** **


大阪府秋季大会・準決勝、坂海工 vs 興国高校。

最終結果は――


『2-3』。


坂海工はわずか1点差で興国に敗れ、決勝進出を逃した。

これにより、坂海工は三位決定戦(4位決定戦)に回ることとなった。


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