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第三章 学校案内と町のミニ新聞

台湾出身の陸坡(ルポ)と申します。

高校野球とカツ丼が好きです!(`・ω・´)b


この小説は、もともと中国語で執筆したものをAI翻訳を通じて日本語に変換しています。そのため、不自然な表現や誤った言葉遣いなどがあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。

「わぁ!なんか様になってるね。本物の日本の高校生みたい。」


「勘弁してよ。日本の高校に来させたの、そっちでしょ。」


姉の言葉に、日本の制服を着た友達はすかさずツッコミを入れる。

鈺雯はちょっと眉をひそめ、姉らしい口調で声を張り上げた。


「友達!もう何回言ったらわかるの?」


怒られるかと思いきや、続く言葉は――

「日本語で話せって言ったでしょ!また忘れたの?」


友達は「マジか……」と複雑な顔になったが、そのすぐ横からスマホのカメラで連写されてしまう。


朝早く起きて荷物とカバンを整え、制服に着替えた途端、姉の鈺雯にリビングで写真を撮られまくる。

その隣では、寝起きでボクサーパンツとTシャツ姿の川頼兄が、あくびをしながら友達のポーズを眺めている。友達が助けを求めて目配せしても、川頼は全く助ける気配なし。むしろ椅子を引き寄せて頬杖をつき、「懐かしいなあ。昔から阪海工の制服って全然変わってないんだよなあ……」としみじみ呟くだけ。


かつて男子校だった名残で、阪海工の男子制服は今も伝統的な学ラン――つまり立ち襟の詰襟タイプ。しかも漁業・海事学校らしく、深い紺色で胸には波と錨の校章が輝いている。

中は普通の白シャツだが、台湾ではあまり見ないスタイルに、友達は鏡を見ながら「コスプレみたいだな」と少し照れていた。


さらに学校指定のアイテムが、彼をますます恥ずかしくさせる。


「友達、早く帽子かぶって写真撮らせてよ!」

インスタ用のストーリーを撮りながら、鈺雯が日本語で急かす。

友達は顔を真っ赤にして「やだよ!絶対変だって」と拒否。


阪海工の制服には、校章入りの平らな海軍帽がついてくる。かぶるとまるで昭和時代の軍人みたいで、川頼も「俺たちの時もあの帽子、みんな嫌いだったなあ」と同調する。

結局、家を出る直前、友達はしぶしぶ玄関で帽子をかぶり、鈺雯に写真を撮られるとすぐ脱いだ。

そのまま川頼の車で商店街前まで送ってもらう。


今日は日本の高校の「入学式」だ。

鈺雯は本当は一緒に行きたかったが、どうしても仕事が休めず、友達に一人で行かせることになった。車中で鈺雯はこう言った。


「ママも本当は来たかったんだよ。」


「別に、来たくないなら。」

友達はわざと拗ねたように、強めの日本語で返す。


「友達、ママ本当はすごく心配してるんだからね?自分でもわかってるでしょ?」

姉らしい優しい声で言われると、友達は肩をすくめて、何を考えているのか分からない顔で「知ってるよ」とだけ返し、荷物を持って車を降りた。


「大丈夫かな……」


車が去っていく中、鈺雯がふと呟く。それは助手席の川頼に向けた独り言だった。

運転しながら川頼は「大丈夫、友達は大阪弁めっちゃ得意やから」と笑って答える。


「それ、全然慰めになってないよ!」


朝の商店街を歩きながら、友達は荷物を持つために帽子をかぶった。最初は「変に見られるかな」と少し恥ずかしかったが、道端で花に水をやっていたおばあさんが、にこやかに会釈してくれて、友達も思わずぺこりと頭を下げた。


ふと前を見ると、自分と同じ制服を着た学生たちがあちこちに見える。帽子をかぶっている生徒もいれば、家族と一緒に登校している子もいる。その様子に、なんだか安心して、自分も人の流れにまかせて坂道を登っていった。


やがて、校門には大きな花の輪で「入学式」「阪海工へようこそ!」と書かれた看板が飾られているのが見えた。

――まるでアニメのワンシーンみたいだ、と友達は思いながら、スーツケースとバッグを抱えて校門をくぐった。


新入生の集合場所を探して右往左往していると、そんな友達の姿を、すでに何人かの生徒たちがじっと見ていた。


その時、背後から声がかかった。


「おい、君。」


「はい!」


思わず本能的に返事をして振り向くと、自分と同じ制服を着た、ひときわ大きな男子が立っていた。

短髪で、鋭い目つき。どこか怒っているような表情に、友達は「何かまずいことでもしたかな」と一瞬びくっとした。


その先輩は、友達の大量の荷物を見てこう言った。


「もしかして、寮に入る新入生か?」


「え?あ、はい、そうです。今日から寮に入るんです。」


返事を聞いた途端、その人は眉をしかめて顔色を変えた。その変化に、友達はますます不安になる。「もしかして、荷物は前もって送っておくべきだった?それとも今日持ってきてよかった?」とパニック寸前。


しかしその大きな先輩は、「こっちだ。ついてきな」と言いながらスタスタ歩き出した。友達がまだ立ち尽くしていると、また戻ってきて、じっと荷物を見てから、一つをさっと持ち上げてこう言った。


「ついてきな。急がないと間に合わなくなるぞ。」


「は、はい!」


自分の荷物を藤田がさっと持ち上げ、歩くスピードも速い。友達は小走りでその後をついて行き、やがて校舎の脇に設営された仮設テントに到着した。


そこでは制服姿の生徒たちが腕まくりして、次々と大きなスーツケースやバッグを運んでいる。その傍らで、髪型がどこかドラマの俳優みたいな男の子が、チェックリストを片手に何やら人数や荷物の管理をしていた。


「佐久間!」


荷物を運んできた藤田が、そのチェックリストを持つ男子に呼びかける。

「どうした、藤田?」


「こっち、新入生一人漏れてた。さっき校門で見つけた」


そう言って、藤田は友達のバッグをテントの机の上に置いた。


佐久間と藤田は、どちらも友達より頭ひとつ分背が高い。

友達は、ただおとなしく自分のバッグを抱えたまま立っていることしかできなかった。


佐久間は友達の荷物をちらりと見て、ため息まじりに言う。

「またか……結局何人、連絡がちゃんと行ってないんだよ。僕、人数確認まで任されてるなんて聞いてないんだけどな……」


「仕方ないだろ、佐久間は上級生だし――」


「分かってるよ、分かってる。ちょっと愚痴りたかっただけ、藤田」


藤田は説明しようとしたが、佐久間は「愚痴だから気にしなくていい」と軽く流した。


その後、藤田がいかつい顔で友達に問いかけた。

「名前は?」


突然聞かれて、友達は一瞬固まった。じっと見られて緊張していると、藤田がぐっと近寄ってきて、思わず「す、すみません!」と謝ってしまう。


「ん?どうした?」


藤田は急な謝罪に少しきょとんとし、「もう一回、ちゃんと聞こえなかった」と言った。


そのやりとりを見ていた佐久間は、「ほら、それだよ藤田、お前のその顔、毎回新入生をビビらせてるんだって。もっと笑えって」と軽口を叩きながら藤田の頬を指でつまんだ。


「いいから、こいつの名前チェックしてやって。俺、そろそろグラウンド行かないと上の先輩に怒られるから」


佐久間のいたずらを払いのけて、藤田はもう一度友達を見てから歩き出したが、すぐまた戻ってきてポケットから紙を取り出し、友達に手渡した。それは新入生のクラス割表だった。


「早くしろよ、遅刻すんなよ」と藤田は一言残し、佐久間にも「お前もサボるなよ」と念を押してから立ち去った。


「ほんと、怖いよねあの顔。君もそう思うでしょ?」


佐久間はにこにこと笑いながら聞き、友達もつられてうなずく。

「じゃあ、荷物はここに置いて、これに名前を書いて。あとで寮まで運ぶから」


佐久間に言われて、友達は指定の札に自分の名前を書く。


「林……ともだち?えっ、『ともだち』?」


佐久間は思わず札を二度見し、珍しい名前に興味津々の表情になった。


佐久間は名札を見ながら、変わった顔をして名前を読み上げる。

それを見て、友達はすぐに正しい読み方を伝えた。


「ゆうだい(友達)、林 ゆうだいです。」


「林 友達? 外国の子? どこから来たの?」

佐久間がそう尋ねると、友達は即座に「台湾です」と答えた。


「へえ、台湾かあ。」

佐久間は特に驚いた様子もなく、「はい、これ名札。寮に行ったら荷物も受け取ってね。――それより、そろそろ時間、やばくない?」


にこやかにそう言われて、友達は慌ててスマホを確認し、目を見開いて急いでリュックを背負った。


「ありがとうございます!すみません、先に行きます!」


何度も頭を下げながら、慌てて走り出した友達は、危うくつまずきそうになりながらも体勢を立て直し、そのまま急ぎ足で去っていった。


「なかなか運動神経いいな。もしかして、うちの部活に来るかもな」


佐久間が友達の背中を見送りながら、そんなことを呟く。

その隣では仲間たちが不満げに「佐久間、あと何人?もう一時間も荷物運びやってるよ」と愚痴をこぼす。


「これでラスト。文句言うなよ、去年も先輩たちがやってたんだから。……てか、またユニフォームのまま来てるし」


佐久間が一人の制服の下をめくると、野球のユニフォームが覗く。


「しょうがないだろ、朝練の後すぐ呼ばれたんだから。ほら、品川もユニ着てるし」


「お前、それ言わなきゃバレないのに!」


みんながわいわい言い合う中、佐久間は「やっぱり、うちのチームはおバカばっかだな」と笑った。




***




案内された紙の地図を頼りに、自分のクラスをやっと見つけた友達は、チャイムと同時に教室に滑り込んだ。

他の生徒や先生たちはすでに席についていて、友達が座るや否や担任がこう声をかける。


「ギリギリセーフだね」


「ごめ……」

友達は小さな声で謝った。


「さあ、それじゃあ体育館へ移動します。机の上の書類と持ち物を忘れずに」


担任の声で全員が立ち上がり、三々五々廊下へと向かう。友達も慌てて書類をまとめて後ろからついていく。


「その帽子、邪魔じゃない?」


ふいに声をかけられ、気づけばまだ学校の海軍帽をかぶっていた。慌てて脱いだ瞬間、声をかけたのは長い髪の、整った顔立ちの女子生徒だった。

彼女はじっと友達を見て「へえ――」と意味深な声を出し、そのまま通り過ぎていった。


「え?」


何が言いたかったのか分からないまま、友達はクラスメイトとともに体育館へと進む。


阪海工の全クラスが体育館に集まり、会場は一気に賑やかになった。

クラス内でも、地元の中学から進学してきた生徒同士が楽しそうに話している声が響く。


――もし中学時代の友達と一緒に高校に来ていたら、俺もこんなふうだったのかな。


ふとそんな思いが胸をよぎり、少しだけ寂しさを感じる。

だが司会や校長の挨拶が始まると、体育館のざわめきは一気に静まり、友達も気持ちを切り替えて、前を向いた。


入学式では、新入生の入場のあと、校長先生と担当教師による挨拶があり、そのまま学校の紹介や今後三年間の教育方針について説明が続く。

――だが、正直なところ十代の生徒たちの多くは、ほとんど話なんか聞いていない。特に上級生たちはあからさまに退屈そうだ。それでも生徒会長が壇上で新入生への歓迎の言葉を読み上げると、拍手が起きた。


そして新入生代表の挨拶――


「工業デザイン科一年、青木あおき 陽奈ような。」

「はい!」


友達のすぐそばから、さっき帽子のことを教えてくれた女子の声が響いた。彼女は颯爽とステージに歩いて行く。

その瞬間、あちこちでざわめきが起きる。


「女の子だ!」「あれが青木陽奈?」「本当に女子生徒がいるんだ…」「阪海工って女子いるって噂だけかと思ってた…」


低学年だけじゃなく、二年生・三年生の男子たちからもひそひそ声が飛び交い、司会の先生が「静かに!」と注意する。


――代表挨拶ってことは、成績一番なのか。


友達はそう思いながら、校歌の時間になると配られた楽譜を見つめて必死に歌おうとするが、どうしても音程が合わず、自分でもガッカリするような声しか出ない。

「やっぱり、俺には歌の才能ないよな……。誰だよ、原住民はみんな歌が上手いなんて言ったの。きっと祖霊さまも、これ以上欲張るなって野球と歌の両方の才能を与えなかったんだな……」


入学式が終わると、一年生たちは担任や上級生に引率され、校舎や施設の案内ツアーが始まる。途中で友達は、荷物受付で会った先輩・佐久間を再び見かけたが、人数も多く向こうは気づかなかった。


教室に戻ると、担任が必要な道具や教科書、翌日の注意事項や部活動の案内、提出書類について簡単に説明をした。

「寮生は指定時間に集合場所へ。遅れないように」

先生がそう言いながら、なぜか少しだけ友達の方を見る。


地方の公立校らしく、この学校は地域出身の生徒が多く、小中からずっと同じ顔ぶれの仲間たちがクラスに多い。みんな家族や友達と連れ立って校舎を出ていく。


友達も深呼吸して席を立ち、一人で教室を出ようとする。


――もう日本で暮らすって決めたんだ。いつまでも落ち込んでるわけにもいかない。

十代にもなって、一人で行動するくらいでくよくよしない。

そう思って、荷物を背負う肩に少しでも負担がかからないように工夫してみる。

その様子を、教室の出口ですれ違った陽奈がちらりと見ていた。


「友達。」


その時、廊下の向こうから見慣れたスーツ姿の女性が小走りでやってきて――

振り返ると、思いがけない人だった。


化粧もばっちり決めて、スーツ姿の母・李麗華。

「ママ?」


予想外の母の登場に、友達は思わず目を見開く。


麗華は日本の制服姿の息子を見つけて、ほっとしたように赤い口紅で笑みを浮かべ、日本語で言った。


「よかった、間に合った……!」


「東京で仕事してるんじゃなかったの?」

友達は少し驚いて尋ねた。


「休みを取って来たのよ。」

そう言って、麗華は友達の隣まで歩み寄った。

突然現れた母に、友達は少し気まずくなったが、麗華も特に何も言わず、母子はしばらく沈黙のままだった。

他の親子たちは楽しそうに会話しているのに、自分たちだけが静かで――どう切り出していいか分からない。


小学生の時、家の事情で母に連れられ日本の小学校に通った友達は、五年生の途中で台東に戻り、そのまま父親のもとで暮らすようになった。

学年の都合もあってすぐ六年生になり、本格的にリトルリーグで野球を始めた。

父と過ごした短くも楽しい日々――

仕事から帰った父が、時々野球の話をしてくれる。それが何より嬉しかった。


だがその幸せは数年で終わり、父の死後、母は――意図的なのか、ただ忙しかったのか――友達の中学時代にはほとんど姿を見せず、たまにビデオ通話や電話で近況を聞くだけだった。


「学校から親向けのプリント、もらってるわよね?持ち物とか、注意事項とか。」

麗華が先に沈黙を破る。やっぱり話題は勉強のことだ。


友達は何も考えずに、持っていた一式の書類をそのまま母に渡した。

大ホールの片隅で、母はそれをじっと見ながら小さくつぶやいた。


「やっぱり……そうだと思った。」


――何が「そう」なんだよ、と友達は心の中で反発する。

どこか反抗的に無愛想な表情を見せてみせるが、

母はプリントを見つめたまま言った。


「ほんと、あなたたち姉弟は、私の目の届かないところで何か勝手にやるのよね……。鈺雯がどうしてこの学校を勧めたのか、これで分かった気がする。」


――何の話だよ?


友達が黙って母から書類を受け取ると、プリントの間に挟まれた一枚の地域ミニ新聞が目に留まった。

「阪海工、春の甲子園出場決定!地域の誇りに」


阪海工業高校が堅実な守備と果敢な攻撃を武器に、初めて春の甲子園出場を決めました。野球部の主将である田中氏は「努力が実を結んだ。全力で甲子園に挑む」と語り、選手たちも士気を高めています――


三月、阪海工が秋季大会での活躍を受け、選抜に選ばれたという記事だ。


――甲子園。


その三文字を見つけた瞬間、今日一日ずっと張り詰めていた緊張が一気に吹き飛び、友達の目が輝いた。

配られた書類にも全然目を通していなかった自分を少し悔やみつつ、

――けど、まさか最初に気づいたのが、一番自分の野球を認めてくれなかった母親だなんて。


これは……ちょっとまずいかも。


母親・麗華は眼鏡越しに「今にも説教が始まりそうな」顔でじっと友達を見つめていた。

また野球禁止を言い渡されるかと、友達は身構えたが――


「まあ、いいわよ。やりたいなら野球、続けなさい。」


「……え? 本当に?」

まさかの言葉に目を丸くする友達。


麗華はバッグからペンを取り出し、書類にサインしながらつぶやく。

「ここまで来ちゃったら、もう止めても無駄でしょ。……ほんと、頑固な性格は誰に似たんだか。社会に出たら絶対苦労するわよ。」


愚痴をこぼしつつも、母は妥協したらしい。

それを信じきれない友達は、不審げな顔で尋ねた。


「……ママ、もしかして何か裏がある?急に許すなんて変すぎる。」


「この子、一日でもケンカしないと気がすまないのかしら? 言っとくけど、勉強も手を抜いたらダメだからね。成績が平均以下になったら、すぐに先生と相談して野球部やめさせるから。分かった?」


「えーっ! ここ日本だし、台湾より点数低くなるの普通だよ!」


「友達、よーく聞きなさい。」

母はピシッと顔を引き締めて言う。


「本当に野球がしたいなら、ママの条件ぐらい守りなさい。できなかったら、それだけしか野球に本気じゃないってことよ。……はい、こっち来て。写真撮るから。」


渋々従う友達は、入学式の大きな看板の前に立たされ、制服姿でカバンを背負いながら、ちょっと恥ずかしそうな顔をして母に写真を撮られた。

――まるで他の日本の新入生みたいだな、と心の中で思った。





***





午後、寮へと向かう新入生のグループに混ざって歩く友達。

驚いたことに、並んでいるのはほとんどが女子生徒で、男子は自分ひとりくらい。

場の空気に馴染めず、手持ち無沙汰に学校パンフの甲子園記事を見直していた。


写真には、朝、荷物を運んでくれたあの先輩が投手として映っていた。


――あの人、やっぱり野球部の先輩なんだ。


写真下の説明には「阪海工野球部二年主将・藤田迅真」とある。

投球フォームも表情も、朝よりずっと鋭く、鷲が羽ばたくような力強さとカッコ良さに、友達は思わず見とれてしまう。


「藤田……かっこいいよね?」


「うん、すごい……えっ、えええ!」


つい本音で「かっこいい」と呟いた自分に気づき、後ろから声をかけてきたのが、朝、荷物確認をしてくれた上級生だと気付いて、顔が真っ赤になる。


「あっ、せ、先輩?」


「佐久間、佐久間 圭一。ほら、もう一回呼んでみて?」


「さ、佐久間先輩……?」


「いいねぇ、先輩って呼ばれるの、ちょっと気分いいかも!」

佐久間はニコニコしながら名簿を確認し、「たしか、台湾から来た……えーっと……ともだち?」と名前を読み上げる。


佐久間先輩はすぐに友達の名前を間違えて呼んだ。

内心「またか……」と少し呆れながらも、友達は正しい読み方をはっきり伝える。


「ゆうだい(友達)です、前輩。僕の名前は林友達。」


「ああ、ごめんごめん、林くんね。宿舎に行きたいんだろ?ついてきて、男子寮の場所教えてあげる。」


そう言って笑う佐久間は、謝っているようでどこか悪戯っぽい――

明らかに「ワザと」間違えた雰囲気さえある。


「他に男子は待たなくていいの?」と友達が聞くと、


「ああ、今日は君だけだよ。」


驚いた顔の友達を、佐久間は相変わらずのニコニコ顔で導く。

並んでいる女の子の列を横切るとき、先頭で点呼を取っている女性の先輩に小さく会釈する友達。


「あれは吹奏楽部の子たちだよ」と佐久間が解説する。「今のうちによく見ときな。あれが阪海工の今年の女子新入生の全員かもよ。最近、吹奏楽や合唱が関西大会で優勝して女子が増えてきたけど、男女比は9対1だから。」


「9対1って、そんなに多いの?」と友達。


「阪海工は元々男子校だったからね。こうやって女子がいるのは、ありがたいと思わなきゃ、ともだち。」


「ゆうだいです、先輩……」


「あ、ごめんごめん、また間違えた?ほんとごめん、ともだち。」


――絶対わざとだよな……

(心の中でため息をつく友達)


男子寮は商店街の近く、昔ながらの小さな旅館をそのまま使っている。

入口は木の香りがして、カウンターの横には番号札がぶら下がった鍵が並び、少し古びたソファやテーブルがある。

「寮」と言うよりも、どこか懐かしい小旅館そのもの。


「着いたよ。ほら、君の荷物はここ。」


佐久間が指さす先には、朝持ってきた友達の荷物がちゃんと置かれている。

鍵を受け取り、部屋へ案内されながら佐久間が色々と寮のルールや設備を説明してくれる。


部屋に入ったタイミングで、友達はどうしても気になっていたことを口にした。


「佐久間先輩……どうしてわざと僕の名前、間違えるんですか?」


佐久間は一瞬「うーん」と考えるふりをし――


「なんでだろうな?」とニヤリ。


そして、からかうようにこう言った。


「だって、君、なんか“いじりやすそう”なんだもん。」


「……えっ?」

想定外の答えに、友達はポカンとするしかなかった。


佐久間は、友達の表情を見てクスクスと笑い出した。


「ごめんごめん、冗談だって。そんなに気にしないで、後輩。……ああ、ほんと、君、かわいいな。ちょっとからかいたくなっただけなんだ。さっき藤田の写真をじーっと見てたでしょ?あれ見て、つい。」


今度は「友達」と、ちゃんと名前を呼ぶ佐久間。

思わず友達も素直に返事してしまう。


「はい?」


「野球部に入りたいんだよね?」

佐久間の表情は、ふざけた笑みから一転、まじめな雰囲気に変わった。


「……はい、入ります。」


「君、強いの?」

「……弱くは、ないです!」


真剣な顔で答える友達に、佐久間はふっと笑って、こんな質問を投げた。


「じゃあ、俺より強い?」


「え、それは……あの……」


「今日はおつかれ、もう休んで。じゃ、また明日な、友達くん。」


「えっ、ちょ、先輩!?」


返事もそこそこに、佐久間は部屋のドアを閉めてしまう。

突然話を切られて、ポカンとする友達。

――この佐久間先輩、からかってるのか、本気なのか、全然分からない。


しばらくぼんやりドアを見つめていたが、ようやく我に返り、制服を脱いで運動着に着替え始める。


そのとき――

「そうそう、言い忘れたことがあった!」


ガチャ、とドアが再び開き、佐久間が顔を出した。

ちょうどズボンを脱いでいるところだった友達は、慌てて体を隠す。


「晩ご飯は五時から七時だよ、忘れずに食堂に行ってね。……それと、そのパンツ、似合ってるな。」


ニヤリと笑ってドアを閉める佐久間。

「うわっ、ぜったいワザとだ!!」

顔を真っ赤にして運動着をはく友達――


……日本人って、もっと距離感あると思ってたのに。

なんか、思ってたよりずっと“近い”じゃん。


一方で、階下に降りた佐久間は、練習帰りの先輩たち――藤田も混じる――に気軽に声をかけていた。


「お疲れさまです、今日は早く終わったんですね?」


「よく言うよ、佐久間。」水を飲みながら汗を拭く三年生の先輩が言った。「俺たちはただ、前にここに置いてたバッティングネットを取りに戻っただけだぞ。この前のやつ壊れちゃったし。それより、お前、今日はグラウンドに全然顔出してなかったじゃないか?」


先輩の口調は少し叱るようだったが、表情には全く怒っている様子はなかった。


「しょうがないですよ、今日は入学式だったんで。一日中、先輩たちがやりたくない雑用を全部やってましたから。」

佐久間はそう言い、ため息混じりに手に持ったリストをひらひらさせた。


三年生の先輩たちはその様子を見て、「お前なぁ、よく言うわ」「ほんと、生意気になったなぁ」と口々に笑ってツッコミを入れる。どうやら、佐久間のこの感じにはすっかり慣れているようだ。


「すみません田中先輩、佐久間って昔からこういう性格なんです。」

三年のキャプテンと一緒にネットを運びながら藤田が苦笑い。田中先輩は「いいって、みんな楽しそうで何よりだろ」と返し、藤田に向き直る。「お疲れさん、藤田。」


今の阪海工の野球部には昔みたいな厳しい上下関係はなくなっていて、むしろ公立校らしい和やかさが部の強み。大事なのは練習よりもチームワークだという意見も多い。


「田中先輩、すみません。練習後、グラウンドの倉庫のカギ、僕に任せてもいいですか?」


藤田が三年生キャプテン田中に訊くと、田中は即座に鍵を渡しながら言った。

「藤田、練習するのは良いことだが、甲子園の試合もあるし、自主練ばっかりじゃダメだぞ。監督も言ってただろ?ちゃんと飯食って休むのも大事。キャプテンとして、全員が万全な状態で六月の地方大会に臨んでほしいんだ。」


「了解です、田中先輩。でも今日は佐久間とバッテリーの練習を少しだけ約束してるんです。」


「え?今日俺?」

佐久間がきょとんとした顔をすると、藤田がにらむので、しぶしぶ「…わかったよ。あとでユニフォームに着替えるから」と折れた。


藤田が部屋に荷物を取りに行こうとすると、横で佐久間がぼそっと言う。

「お前ほんと、練習バカだよな。俺みたいにたまには休む理由作ったらどうだよ。」


「むしろお前はちょっとだらけすぎなんだよ、佐久間。あの時の約束、忘れたとは言わせないぞ?今さら反故にしたら、俺は許さないからな。」


「反故にするって言うなよ!俺だって今日はサボってたわけじゃないし……」

佐久間が妙な顔で言うと、藤田はその顔をじっと見つめて、やれやれといった感じで尋ねた。

「また誰かにイタズラしてないだろうな、佐久間?」


「なんでそうなるんだよ!」

藤田の鋭さに舌を巻きつつ、観念して白状した。

「……今朝、お前が連れてきた新入生、覚えてるだろ?」


「新入生がどうかしたのか?」

藤田が問い返した。


「今日、あいつの体つき、特に下半身をしっかり観察してみたんだよね……」

佐久間はさっき友達の部屋のドアを開けたとき、ちょうど友達がズボンを脱いで、かわいいキャラもののブリーフ姿で、ぷりっとしたお尻としっかりした太ももの筋肉を思い出していた。明らかにトレーニングを積んだ選手の下半身だ。


「実は、前に職員室に行った時、先生たちの話をちょっと聞いちゃったんだけど、台湾で有名な野球名門校から誘われてた生徒が、家庭の事情でうちの学校に入ったらしい。中学時代はかなりの剛腕だったって噂だよ。興味ない?藤田。」


佐久間は挑発的な笑みを浮かべる。

藤田は少し考えてから、二階の野球部宿舎の方を見て、佐久間に尋ねた。


「その新入生、今は上にいるんだろ?」


「気になる?部屋はちょうどお前の真向かいだよ。」


「じゃあ、挨拶しに行くわ。それと佐久間、ひとつ聞いてもいいか……」


藤田は階段を数段上ったところで立ち止まり、下にいる佐久間をじっと見て尋ねた。

「まさか、また面白半分で新入生にちょっかい出したんじゃないだろうな?」


「なんで毎回俺のこと疑うの?藤田、お前はもうちょっと俺を信じてくれよ。」


「……もし何かあったら、俺からその台湾の後輩に謝っておく。」


「おい、藤田!お前、それだけはやめろよ!絶対に俺の代わりに謝るなって!藤田!藤田迅真!ほんとに!いっつも勝手に謝るなよ!」


藤田が階段を上がっていくのを、佐久間は急いで追いかける。


「この二年コンビ、ほんと仲いいなあ。」

三年のキャプテン田中が感心しながら言い、その時ふと一階のカウンターにまだ荷物が残っているのに気付いた。


「もうこんな時間なのに、まだ今日入る新入生がいるのか?」


・・・


「これだよ!動画で見てからずっと食べてみたかった、メガ盛りいちごサンデー!」


商店街のカフェで、大柄な男子がキラキラした目で巨大なストロベリーサンデーを見つめている。

その体格は店内でもひときわ目立つ存在だ。

テーブルには学校の生徒手帳が置かれていて、そこから少しだけ「日空 南極」の文字がのぞいている。


南極はサンデーを豪快に食べながら、甘さに幸せを感じつつ、ふと何か大事なことを忘れている気がした。


……サンデーを食べ終えたとき、ようやく思い出す。

「やばい、今日って入学式だったんじゃないか!?」

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