第二四章 野球以外の部活動
台湾出身の陸坡と申します。
台湾全国高校野球大会「黒豹旗」も十月から始まります。
この小説は、もともと中国語で執筆したものをAI翻訳を通じて日本語に変換しています。そのため、不自然な表現や誤った言葉遣いなどがあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。
日本の夏休み中、台湾も同じく夏休みだが、台湾は二か月間休みになる。友達は毎日の野球部の自主練習のため、日本に残って仲間と練習を続けることにした。もう一つの理由は……たぶんだけど、もし自分が帰国したら南極が寮に一人残されるからだろう。せっかく南極があの軍事基地みたいな場所から大阪まで来たのに、また一人になるのは気の毒だ。
小学生の頃、日本と台湾を行き来しながら、親の事情で孤独を味わったことを思い出すと、南極が同じ思いをするのが妙に落ち着かない。
最初はそう考えていた友達だったが……
「友達! 頼む、助けてくれ!」
ノートパソコンを操作していた友達が振り向くと、南極が柔道部の石川先輩に見たこともない体勢で押さえ込まれているところだった。石川先輩の言葉によれば、これは「寝技」と呼ばれるらしい。床に転がってもつれるように組み合う二人の姿は、まるで熊同士のレスリングのようだ。
実は友達と南極のほかに、柔道部を引退した石川丸大も寮に残っていた。石川先輩いわく、実家に帰ると勉強しなくなるから、学校と親の許可を得て寮に残ったとのこと。明るくておしゃべりな性格もあって、静かなはずの夏休みの寮は一気に賑やか(というか騒がしい)になった。
「どうせ暇なんやろ?」と友達は言って再びパソコンに目を戻す。その横で南極は「なんでや! ひどすぎる!」と叫びながら床に押さえつけられ、ついには石川先輩にずるずると引きずられていく。
友達が助けに入らないのは、単純に石川先輩の体格が自分では太刀打ちできないからだ。坂海工の柔道部は決して強豪ではないが、柔道を知らない野球部員相手なら十分すぎるほど強い。
友達自身も以前、柔道着を着せられて道場に立ち、石川に押さえ込まれて身動きできず、さらに頭を撫でられて「可愛いなあ、まるで柔道始めたての小学生やん」と言われたことがあった。その場にいた柔道部員が笑う中、顔を真っ赤にした苦い記憶がある。
極めつけは、南極が石川に習った技を真似して自分を押さえ込み、道着がはだけて下着姿になりかけたことだ。――熊みたいな奴は、熊に任せるしかない! 友達は、足を持ち上げられた南極が今にも押さえ込まれそうなのを眺めながらそう思った。
ため息をついた友達は、石川に声をかけた。
「石川先輩、日空は夏休みの宿題をまだ全然やってませんよ。あと一週間で夏休み終わるのに。」
「やったもん!」と南極が反論する。
「絵の宿題にペンギンばっか描くのは、やったうちに入らんやろ。」と友達は突っ込みを入れる。とはいえ、テーマが「思い出の場所」だから、全くの的外れというわけでもない。
「マジかよ、お前もう小学生ちゃうねんぞ。」
石川先輩は渋々手を放した。南極はすぐさま部屋に逃げ込み、友達の後ろに隠れる。友達は「暑苦しい!」と押し返す。石川先輩は「しゃーないな……。南極、宿題ちゃんとやれよ」と呟いて自室へ戻っていった。南極は扉が閉まる音を確認してから、ようやく大声で「助かったー!」と叫ぶ。
「ほんま救いようがない奴やな。」友達は呆れて言う。宿題をやってないことが助け船になるなんて聞いたこともない。
「友達、ありがとう! 宿題のことを言ってくれたおかげで助かったわ!」
そう言って南極は感謝の勢いで友達に抱きつこうとする。
「うわっ、やめろ! 離せ! 南極、宿題やれって!」と必死に抵抗する友達だった。
宿題をやらされてしぶしぶ机に向かう南極。その横で、友達はようやくスマホの画面をパソコンに投影できるようになり、「やっとできた!」と上機嫌で何やらこそこそといじっていた。その様子が南極の注意を引く。
すぐに南極も画面を覗き込み、友達が何をしているのかに気づく。スマホから着信音が鳴り響き、画面には友達と同じく彫りの深い顔立ちで、ちょっと日焼けした坊主頭の少年が映し出された。台湾の友人とのビデオ通話だった。
「おーい!久しぶりだな──林友達! なんでそんなに黒くなったんだよ? それともあれか、占い師が言ってた“イン堂が黒い”ってやつか?」
「お前こそ顔だけじゃなく全身真っ黒だろ。」久しぶりに耳にした懐かしい言葉と、余馬耀の独特なユーモアに、友達は思わず笑いながら突っ込む。そして台湾で野球を続けている馬耀に尋ねた。
「鶯歌では元気にやってるか?」
「元気じゃない。」馬耀はわざと深刻な顔をして俯いた。
突然の表情に、林友達は慌てて「どうした、打撃が不調か?それとも監督に怒られた?」と心配する。
「俺が不調なんだ。友達が日本に残って帰ってこない。俺のこと忘れて、日本の“原住民”になるつもりなんだろ。」馬耀は涙を拭う真似をしながら、「Cikay ko mitaloay to buri na cingra.(あいつの尻を叩いてやる)」と母語でぼやく。
「馬耀、俺が“Mitaloay to buri(尻叩き)”って言葉わからないとでも思ったか?」友達が睨むと、馬耀は驚いたふりをして、寮にいた仲間に向かって叫んだ。
「みんな聞いてくれ!この日本人、俺たちアミ族の言葉しゃべれるぞ!」
周りの体育生たちがわっと集まってきて、次々に日本の野球のことを質問したり、フランクに話しかけたりする。
そこにもう一人、友達の知った顔が画面に現れた。福定だった。彼も加わって、わざとらしい原住民アクセントでこう紹介する。
「こいつは俺たちの“日本アミス”の仲間だぜ。」
「なんで福定までいるんだよ?」友達が驚くと、福定は「へへっ、夏休みに馬耀のとこ遊びに来てんだ。ついでに野球もしてる。あいつ、俺に三振されたからな!」と得意げに言う。
「朝は眠くて力が出なかっただけだ!午後はヒット何本も打ったんだぞ!」と馬耀が反論するが、福定は「でも三振は三振だろ」と言って三振ダンスを踊り、馬耀に罵声を浴びせられる。
画面の中は終始大騒ぎ。宿題をしていた南極もとうとう気になって立ち上がり、友達の横に寄ってきた。友達は小声で「宿題やれって!」と日本語で突っ込むが、南極は強引に割り込んで画面を覗き込み、自分と似た顔立ちの少年たちがたくさんいるのを見て目を丸くした。
「どこ見ても友達っぽい人ばっかりだ……!」
南極がそう言うと、友達に頭を小突かれた。
「ぜんぜん似てないし……」
「この人たち、友達の台湾の知り合い?」
聞き慣れない言葉が飛び交っているのが新鮮で、南極は興味津々で友達に絡む。
馬耀たちも初めて南極の大きな体を見て驚き、「そいつ誰だ?」と友達に尋ねた。
友達は南極を紹介し、南極はにこにこしながら画面の向こうの馬耀たちに手を振ると、急に標準的な中国語でこう言った。
「你好、我是日空南極です!」
「うわ、こいつ中国語しゃべれるぞ!」
馬耀や福定たちは一斉に騒ぎ出す。友達が横を見ると、南極もこちらを見ていて、どや顔をしている。
……その一言しか言えないくせに、見せびらかして。
友達は、以前南極が「中国語を教えてくれ!」としつこく頼んできたのを思い出す。仕方なく簡単な自己紹介だけ教えてやったのだ。久しぶりに馬耀や福定の顔を見て、南極の乱入も大して気にせず、南極は南極で彼らのわけのわからないやりとりを聞きながら、宿題を片手間に進めていた。とにかく友達のそばに居座りたいらしい。
友達は中学時代の仲間たちと近況を語り合う。この夏休みが終わる前に自分が何をしてきたか──。
坂海工のある岬阪町は大阪の最南端、和歌山との県境に面した海沿いの町だ。大阪市内へは往復で四時間近く、和歌山市内までも三時間半かかる。交通費は往復で四千円前後(台湾ドルで約八百元)。高校生の小遣いには重すぎる出費だった。
そのため、阪海工の生徒たちは夏休み中の選択肢が限られており、部活に所属している生徒は休みでも制服姿で学校に集まり、活動を続けるのが普通だった。そして自然と他の部活に顔を出す「冷やかし」も伝統のように行われていた。
野球部の活動場所である潮風球場は学校から離れている上、夏休みは午前中いっぱい練習をしても午後四時までには切り上げなければならない。特に一年生は午後三時で練習終了、秋季大会を控える二年生に球場を譲らなければならなかった。だから放課後の校舎にはまだ活動している部活が多く、友達と南極も他の部活を覗く機会ができた。
きっかけは、校門前で蓮・流星・宇治川の三人と出会ったこと。彼らによると、その日の練習で田中廉太の様子がおかしく、練習後すぐに球場を飛び出して行ったらしい。それで三人はこっそり跡をつけてきたという。
「でも校門まで来ても、田中がどこ行ったかなんてわからないだろ?」と友達。
「流行音楽部のやつらに聞いたら、“三号(田中廉太)を見た”って言ってたぜ。」と蓮。
一行は学校のクラブ棟へ足を踏み入れる。すると釣り道具と水の入った容器を抱えた集団がちょうど出てきて、宇治川に声をかけた。
「宇治川、本当に助かったよ。次のエサもまた君の家に頼むわ。」
釣り同好会の部長がにこやかに手を振り、宇治川も「こちらこそお願いします」と返す。そのまま少し海釣りの話で盛り上がったあと、流行音楽部の部室へと曲がって入っていった。
その様子を見て、南極と友達は初めて気づいた。
──もしかして、野球部の仲間たちは他の部活の連中とも結構交流してるのか?
ラップ好きの蓮は流行音楽部と仲がよく、部員の話では時々柴門玉里を呼んで手伝わせているらしい。蓮によれば、柴門は卒業した大学の先輩とつながりがあって、その先輩はいまオンライン歌手に楽曲を提供しているのだとか。
「まあ、たしかにそういう時もあるけど、実際は玉里に“助っ人”してもらうことのほうが多いんだよな……」
練習中の流行音楽部の部長は頭をかきながら苦笑した。詳しいことははぐらかしたが、田中廉太については「さっき文芸部か音楽棟の方へ行ったみたい」と教えてくれた。
柴門玉里のことは気になったが、その答えを知ったのは後のことだ。友達たちが吹奏楽部の練習をこっそり覗いたとき──。最初、ピアノを弾いている人物に見覚えがある気がして目を凝らしたら、なんと柴門玉里本人だった。男でありながら、違和感なく女子の多い吹奏楽部に混ざり、見事なピアノを弾きこなしている。
「すごいな……」
音楽教師に頼まれて、欠席した伴奏者の代わりをしている柴門を見て、友達は思わず感嘆の声を漏らす。
「女子を覗くなんて感心しないわよ、野球部。」
「うわっ!? ち、違うって!陽奈!?」
廊下から現れた青木陽奈に、こっそり見ていた一同はあわてて言い訳する。吹奏楽部は大阪府大会で金賞を獲り、次は関西大会を目指す大事な時期。金賞を取れば全日本吹奏楽コンクールの代表に選ばれる。陽奈はその補欠首席として、今は先輩たちと猛練習の真っ最中だった。
「正々堂々と見ればいいじゃない。なんでコソコソしてんの?」
陽奈は不思議そうに野球部を見やる。すると流星が妙に気取って口を開いた。
「女の子をこっそり覗く──これぞ青春ってやつだ!」
「なるほどねぇ。」
陽奈の表情を見て、彼女に慣れている友達と南極は「あ、これ絶対なんか企んでる」と直感する。そして案の定、陽奈は自分のスマホを取り出し、流星が女子を覗いている決定的写真を見せつけた。そこにはにやけ顔で覗き込む流星がばっちり写っていた。
「な、な、な……お前それどうする気だ!」流星は真っ赤になって叫ぶ。
「漫画同好会の川端さんでしょ? 流星くん、あの子と仲いいんだよね。うちの部にも同じクラスの子がいるから知ってるわよ。そういえばこの前、本屋に一緒に行ってたんじゃない?」
「な、なんでそれ知ってんだよ!」流星の顔はさらに真っ赤に。横を見ると宇治川と蓮、南極はすぐに顔を逸らした。友達だけが初耳らしく、ぽかんとして「えっ、流星、彼女できたの?」と素直に驚く。
「ち、違ぇよ!」流星は慌てて否定し、陽奈に向かって「その写真消せ!」と怒鳴る。
「こわ〜い。友達、流星が私に怒鳴ってるよ〜。」
わざとらしい演技で友達の後ろに隠れる陽奈。
「女の子同士の修羅場だって青春の一部でしょ?流星くん。」
「そうかもしれねぇけど、俺はそんな青春いらねぇ!」
流星は写真を奪おうとするが、蓮と宇治川に押さえ込まれ、陽奈はするりと音楽室へ逃げ込む。振り返りざま、ニヤリと笑って一言。
「好きな子がいるなら、ほかの女子を覗いちゃダメだよ、流星くん。」
「ちくしょう!青木のやつ、どうして知ってるんだよ!」
流星がぷりぷり怒って言う。
「どうしても何も、お前が全然隠してないからだろ、流星。」
蓮が冷静にツッコむ。流星という男は、そもそも“こそこそする”って概念を知らない。
宇治川も頷いて追い打ちをかけた。
「毎日ニヤニヤしながらメール打ってるし、わざわざ川端の教室の前を通ってるし、部活終わったら二人で本屋直行。これでバレないわけないだろ。」
「日空、お前も知ってたのか?」
友達が驚いて南極を見る。印象では、この夏休みほとんど南極と一緒に行動していたのに、自分だけ気づいていなかったのが不思議だった。
南極は友達を見て、にこっと笑って言った。
「だって友達は野球ばっかり集中してるから、こういうことに鈍いんだよ。」
「ああ……まぁ、そうかもな。」
友達も苦笑しながら認める。
そのとき、ピアノを弾いていた柴門玉里が部屋から出てきて、一同を見回した。
「先生から言われてるんだ。見るのは構わないけど、吹奏楽部の練習の邪魔はするなよ。」
音楽室の中では、顧問の音楽教師が優しそうな顔のまま、しかしどこかにじむ殺気を宿した目で野球部を睨んでいる。その視線を浴び、友達たちは慌てて頭を下げて謝り、足早にその場を離れた。
阪海工には、写真同好会・放送同好会・工芸同好会・文芸部など、小規模な部活や同好会がいくつもある。野球部の面々は文芸部で小林芝昭の姿を見つけた。彼は吉田修一の小説『ルウ』を読んでおり、柴門がちらっと書影を見ると「いかにも小林が好みそうな本だ」と納得した。
部室には小林ひとりだけで、眼鏡をかけて本を読みつつノートを取る姿は、まさに“文芸青年”というステレオタイプそのものだった。野球部の一団に気づくと、小林は手を止めて言った。
「珍しいな。夏休みにもこうやって集まってるとは思わなかった。」
「俺たちは午前中、毎日一緒に練習してるけどな。」
蓮がすかさずツッコむ。
「…………友達も来てるんだな。ようこそ。」
小林は本を閉じ、蓮の言葉を完全にスルーして椅子を引き、友達を歓迎する。
「おい、俺には何もなしで台湾人だけかよ! 台湾小林!」
無視された蓮は思わず声を荒げた。
小林は蓮を相手にする気はなく、視線はまっすぐ後ろを歩いていた友達と南極に向けられていた。
友達が軽く手を振ると、小林はふと南極に言われた言葉を思い出す。──「友達と仲良くなればいいじゃないか」。
台湾人なら、日本人みたいに複雑じゃなくて、もっと気軽に友達になれるのかもしれない。だが小林は、どうしても迷ってしまう。気づけば友達との距離が近すぎると、一歩後ろに下がって“観察できる距離”に戻ってしまうのだった。
試してみるべきか──?
小林は決意を固め、他の声を無視して友達に向かって言った。
「友達、君……入部しないか?」
「え? で、でも俺は野球部だよ。」
野球部の人間が、同じ野球部員を別の部に誘う。
なんとも奇妙な場面だった。
「じゃあ小林は、野球部と文芸部の掛け持ちなのか?」
南極が不思議そうに尋ねる。
だが小林は首を横に振り、はっきりと答えた。
「俺は文芸部じゃない。」
「ええっ!」
その場の全員が一斉に声を上げた。
「じゃあ、どうして文芸部の部室にいるんだ?」
宇治川が訊ねる。
そのとき柴門が、部室の看板の小さな文字に気づいた。確かに大きくは「文芸部」と書かれていたが、その下に小さな文字でこう刻まれていた。
『台湾研究同好会』
「つまり“入部”ってのは、これのことか?」
柴門が看板の小字を指さす。
「そうだ。」小林がうなずく。
柴門は眉をひそめ、「友達、この台湾人を台湾研究会に入れたいって? なんだそれ、意味わからん。そもそも、この同好会って何人いるんだよ?」
「俺一人。」小林はためらわず言い切った。
全員、言葉を失った。
それでも小林は友達に視線を戻し、もう一度問いかけた。
「どうだ? 入ってくれないか。台湾人がいるなら、台湾研究同好会の存在に説得力が増す。」
「え、そういうものなの?」
友達は首をかしげるばかりだった。
一方、南極はその言葉を聞いて別の想像をしていた。南極基地で見た、細菌や微生物を培養皿に閉じ込めて顕微鏡でじっくり観察する光景。──もし友達という“台湾人”が、培養皿に乗せられて研究対象にされるなら……?
「ダメだ! 友達は野球部だけだ!」
南極は友達をぐいっと自分のそばに引き寄せ、小林に向かって叫んだ。
「なんでお前が決めるんだよ……」
友達は呆れて突っ込む。
そのとき、流星がふいに口を開いた。
「ところで小林、三番(田中廉太)を見てないか?」
マンガを探すのに夢中で、今日の本題を忘れていた流星の一言に、全員がはっと気づく。
そうだ──廉太の様子がおかしいから、こうして学校に来たのだった。普段なら誰より熱心な彼が、今日は練習中ずっと上の空。
「練習が終わった途端、着替えて一人で走って行ったよ。」
「やっぱ怪しいな……」
流星たちは田中廉太の妙な行動を気にして学校まで探しに来たはずなのに、気づけばいつの間にか社団巡りになっていた。
小林は眼鏡を押し上げて一言。
「もちろん、田中がどこにいるか知ってるよ。言ってあげてもいいけど……条件がある。」
「条件って?」
蓮が眉をひそめる。
小林は机の引き出しから何枚かの用紙を取り出した。それは「入部申請書」だった。
「『台湾研究同好会』に入ってくれるなら、教えてあげる。」
「お前、それは不公平だろ!」
蓮と流星が同時に抗議する。
「じゃあいい。お前ら二人のバカには答えを教えない。」
小林が二人を指差す。
「流星がバカなのはいいけど、なんで俺まで!」
蓮が反発する。
「ちょっと待て、なんで俺だけ“バカ”呼ばわり確定なんだよ!」
流星も不満げに叫ぶ。
「二人とも、ちょっと黙れない?」
宇治川が頭を押さえ、うんざりした顔で言う。
「さっさと見つけて終わらせよう。見つからなくてもいいけど、晩飯過ぎたら面倒だし。」
「同感。」柴門もため息まじりに同意し、二人は部室を出ようとした。
そのとき、友達が口を開く。
「小林、なんでそんなに俺たちを入部させたいんだ?」
友達の問いに、小林は一瞬たじろぎ、友達が近くに寄ってきたことで思わず顔をそらす。
「……同好会は三人いないと、解散になるから。」
「なるほどね。」
友達は納得したようにうなずき、机の上のペンを取り、迷わず入部届を書き始めた。
周りのメンバーが「マジで?」「ちょっと考えろよ」とざわめく中、友達は書き終えた紙を小林に差し出し、にっと笑う。
「ほら。学校だって、複数の部に入っていいって言ってたし。」
「……あ、ありがと。」
小林は思わず声が小さくなる。
やっぱり、台湾人だからだろうか。いや、それだけじゃないかもしれない──。
「俺も書いた!」
いつの間にか南極も入部届を完成させ、笑顔で小林に渡す。
そして首をかしげながら問う。
「でもさ、小林って台湾大好きなのに、なんで野球部にいるんだ? 台湾が好きなら、台湾に行けばいいのに。」
南極の素朴で直球な問いに、場の空気が少し止まる。小林は眼鏡を外し、布で丁寧に拭きながら答えた。
「別に変じゃないだろ。俺は台湾が好きだし──野球も好きなんだ。」
球場でプレーすることも、好きだから。
眼鏡をかけ直した小林の言葉に、流星が思わず振り向く。
「好きなものが二つあって、両方に熱を入れるのは……別に変じゃないか。」
「……そうなのか。変じゃないんだな。」
流星はつぶやき、蓮と宇治川も顔を見合わせてうなずいた。
「で、肝心の三番はどこ行ったんだ?」蓮が訊ねる。
だが小林は、またも蓮を完全に無視して友達と南極に向き直った。
「あと数人仲間が増えれば、この部室は台湾研究同好会のものになるんだ。頑張ろうな!」
「だから無視すんなって!」
蓮の抗議も空しく、小林はようやく「田中なら三階の視聴覚教室にいるはずだ」と教え、一行と合流することにした。
柴門玉里は思った。──これで一年の野球部員、ほとんどそろったな。あとはアイツだけ。
そうして彼らは視聴覚教室へ向かったが、そこには田中の姿はなく、教室そのものが固く施錠されていた。
「なんだ、ここにもいないのか。」
「おかしいな……」
またも空振りに終わり、小林まで首をかしげてノートをめくる。その様子は、まるで田中廉太の行動座標が全部書き込まれているかのようだった。
そんな中、玉里が前方の美術室に灯りがついているのを見て言う。
「隣の部員に聞けばいいだろ。視聴覚室の連中がどこに行ったか、分かるかもしれない。」
柴門を先頭に廊下を進むと、人数が多すぎたせいで逆に美術部の部員たちを驚かせてしまった。窓越しに野球部の男たちがずらっと並んでいる光景に、女子部員が思わず悲鳴をあげ、数人が慌てて画板や筆を構える。友達たちもその過剰な反応にビクッとして後ずさる。
そんな緊張した空気を破ったのは──野球部の仲間の姿だった。
「小林くん? 柴門? 日空?……え、みんな何してるの?」
野球ユニフォームのままの金井榮郎だった。汗と土で汚れたユニフォームに対し、顔まわりはきちんと整えていて、練習帰りの友達たちとは対照的だった。手には水彩筆を持ち、まるで美術部に溶け込もうとしているように見えたが、身長一八〇センチの大柄な体格は、繊細な美術部の空気の中でひときわ浮いていた。
「榮郎が……絵を?」
驚く友達たちに、美術部員へ「野球部の仲間なんだ」と榮郎が説明し、ようやく緊張が和らぐ。とはいえ、野球部と美術部という交わらない二つの世界が向かい合う空気は、どこかぎこちない。
だが、その場で空気を一変させたのはやはり南極だった。
「すごいなぁ!」
彼は他の生徒の絵をのぞき込み、目を輝かせて笑う。ぎこちなさをまるで気にせず、心から楽しんでいる様子で。
「榮郎、これ描いたの? 前の人の顔のやつ。」
「え、あ、うん。石膏像だよ。ここにいる全員が練習で描いてるやつだ。……日空くんも絵、好きなの?」
「好き! 南極基地ではクレヨンでペンギンばっか描いてたんだ!」
無邪気に笑う南極。
その瞬間、榮郎の頭に情景が浮かぶ──雪原の上でクレヨンを走らせる日空、その周りを歩き回る無数のペンギン。……どう考えても可愛すぎる。
「か、可愛い……」
思わず口から漏れた声に、南極が首をかしげる。
「ん? 榮郎、今なんて?」
「い、いや! 何でもない!」
慌てて否定する榮郎。その後、美術部員たちが次々と「南極ってあの南極から来た子?」と集まってきて、教室は一気ににぎやかになった。社長や副社長まで輪に加わり、南極はすっかり人気者に。
一方で「台湾から来た林友達」という話題も自然と出てきたが、南極の天然スター性に比べ、友達は居心地が悪そうに頬を赤らめていた。
「ずいぶん人気者だな。」
横から声をかけてきたのは、柴門玉里だった。
制服姿ではあるものの、明らかに女装で、普段より念入りに仕上げている。薄化粧に香水の香り、桃色のソックスに淡いピンクのスニーカー、グレーの大人っぽいヘアピンまで。まるで読者モデルのようで、野球部で泥まみれになる彼女(彼)とはまるで別人だった。
榮郎は思う。これが同じ部の仲間でなければ、絶対に野球をやっているとは思えない。目の前の石膏像より、今の柴門の方がよほど画布に収めたい存在に見えた。
「なに、さっきからじっと見てるの、金井。」
「い、いや……ち、違う! ご、ごめん!」
また謝る榮郎に、柴門は呆れたように眉をひそめる。
「だから謝るなっての。理由くらい正直に言えばいいじゃない。せいぜい白い目で見られるくらいだろ?」
「……白い目で見られるくらいなら。」榮郎は苦笑しつつ、小さな声で試すように言った。
「柴門さん、絵のモデルに向いてるんじゃないかって。」
「は? はっきり言いなさいよ。何に向いてるって?」
「……こんなに綺麗なんだから、デッサンモデルにぴったりだと思って。」
思いがけない言葉に、柴門は一瞬言葉を失う。榮郎は照れながらも真っ直ぐに見つめていた。
「そ、そう……?」と、柴門はわざとそっけなく答えたが、頬にほんのり赤みが差していた。
気まずさを誤魔化すように、柴門は榮郎のスケッチブックを覗き込む。
「静物画、上手いじゃない。これ、夏休みの課題に出すの?」
「いや、まだ決めてない。……野球に関わるものを描きたいんだ。」
その返事に柴門は何か言いかけて飲み込み、代わりに話題を切った。
「……で、三番(田中廉太)を見なかった?」
「田中くん? さっき視聴覚室にいたけど……今は体育館にいるはず。」
榮郎が案内して一行は体育館へ向かう。だが外にはバスケ部もバレー部もいて、中には誰も入っていないはずなのに、不思議と音が漏れてくる。
扉を開けて入った瞬間──
舞台の上に立っていた田中廉太が、真っ赤になって固まった。数秒後、我に返ると全速力で逃げ出す。
「お、おい!」
蓮と流星がすかさず両脇から捕まえ、田中は観念したように肩を落とした。
「おい!田中、何してんだよ!」
「俺たち見た途端に逃げるって、どういうことだ?」
「離せよ!なんでお前らまでここに!放せってば!」田中は必死にもがく。突然現れた野球部の仲間たちに、舞台上の生徒たちもざわめき始めた。
「やや、君たちは……野球部の生徒だね?」
舞台から年配の坂海工の先生が降りてきた。友達たちは慌てて挨拶し、先生はにこやかに頷くと、舞台の合唱部員たちに「各パートで自主練を続けて」と指示を出す。そして野球部の生徒たちに向かってこう言った。
「野球部が元気なのは結構だが、今日は体育館は男子合唱部の使用日だ。他の生徒は入れないんだよ。」
坂海工男子合唱団。吹奏楽部とほぼ同じ時期に創設され、府大会で金賞を獲得するほどの実力を持つ。今年は支部大会で惜しくも全国大会を逃したが、指導の先生は生徒を落ち込ませないため、夏休みにも先輩を呼んで下級生を指導させていた。
合唱部の先生は柔らかくも規律を守る口調で説明し、友達たちは素直に謝った。実際、彼らは裏口からこっそり入ってきたのだ。そしてそこで目にしたのが──田中が歌っている姿。田中が気づいて、今の騒ぎになったのだった。
「もちろん、興味があるなら歓迎するよ。田中くんのようにね。」先生が微笑みながら言うと、田中は耳まで赤くして俯いた。
「田中くん?怒っていても、先生の問いには答えよう。」促され、廉太は小さな声で「わかりました、すみません」と返し、蓮と流星の手を振り払った。
「つまり今日の練習で集中してなかったのも、終わったら姿を消したのも……合唱団で歌うため?なんだよ、それだけで怒るなよ。」流星が軽口を叩くと──
「どけよ!」田中は鋭い眼差しで睨みつけ、吐き捨てるように言った。
「な、なんだよお前!そんなキレ方すんな!」流星は初めて見る廉太の剣幕に言葉を失う。
「流星、少し黙れ。」蓮が流星を引き離す。宇治川も声をかけようとしたが、廉太は「来るな」と拒み、仲間たちを見回して言った。
「どうせお前ら、俺が歌ってるのを笑うために来たんだろ……」
そう言い残し、廉太はゆっくり歩き出す。だが数歩で走りに変わり、そのまま体育館を飛び出して行った。
「笑う?俺たちが?何言ってんだ、あいつ……」蓮は眉をひそめ、去っていく背中を見送った。
友達は、逃げていく廉太を見ながら考えていた。クラスは同じだが、そこまで親しいわけではない。それでも初めて見る廉太の怒りに、何かできることはないかと思わずにはいられなかった。
「友達、何考えてんの?」南極が声をかける。
「……廉太くんは、歌が好きなことを恥ずかしいって思ってるのかも。誰にも知られたくなかったんじゃないかな。なんとなくわかる気がする。」
「夜、友達がホームシックで泣いてるのと同じ?」南極が無邪気に言うと、友達は無言で彼の頬をつねり上げた。
「だから言うなって言ってんだろ!廉太くんも、そんな気持ちなんじゃないのか?」
「わかった、わかった!ごめん!もう言わないから、放してぇ!」
南極の情けない声に、友達はやっと手を離した。
その後、合唱部の先生は野球部の面々に向かってにこりと笑った。
「彼が歌うことを気にする必要はないよ。むしろ──聴いてみないか?」
そう言って先生はスマホを取り出し、さっきの田中廉太の歌声を再生した。体育館に、澄んだテノールが流れ出した──。
田中廉太は家に駆け込むと、挨拶もせずそのまま二階へ上がり、自分の部屋に飛び込んだ。顔を枕に押し付け、ベッドに突っ伏す。
──合唱部で歌っている姿を仲間に見られたくらい、大したことじゃない。本当は分かっている。野球部の連中に冷やかされるだけのことだ。
けれど、恥ずかしさに耐えられず、流星や蓮の手を振り払ってしまった。
明日の朝練、何事もなかったように振る舞うべきか、それとも謝るべきか。いや、逆にあっちから何か言ってくるのだろうか。
枕に顔を埋めたまま、廉太は「子供じみた駄々をこねただけだ」と自己嫌悪に沈んでいた。
本当にすごい野球選手なら、こんな風に感情を爆発させたりはしないはずだ──。
「お前、また何やってんだよ、バカ。」
「入ってくんな!」
「ここ、俺の部屋でもあるんだけど?」
ずかずかと入ってきたのは兄の田中龍二だった。球場から練習を終えて帰宅したばかりで、母に「廉太の様子を見てきて」と頼まれたらしい。
「俺は行かねぇよ、大兄貴に行かせろ」などと口では突っぱねたが、結局足は二階へ向かっていた。ドアを押し開ければ、弟はベッドに突っ伏していた。
夏休みで寮を出た兄が戻ってきたせいで、龍二は廉太と同じ部屋で二段ベッドを使う羽目になっていた。龍二は床に腰を下ろし、スマホをいじりながら言う。
「ケンカでもしたか?それとも好きな子に告ってフラれて泣いてんのか。……あ、そっか。お前に好きな女なんかいねぇよな。」
「うっせぇ!お前こそモテねぇだろ!」廉太は顔を赤くして怒鳴る。「ほっとけ!出てけよ!」
「母さんに頼まれたんだよ。もう高校生なんだから、家族を心配させるなって。」
「うるさい!」
「説教なんか聞きたくねぇ!何も分かんねぇくせに、出てけ!」廉太は顔を上げ、兄を睨みつけた。
龍二も険しい顔になる。「どうせ合唱部にいるのがバレたんだろ?歌うのが好きなら別にいいじゃねぇか。意地張ってんじゃねぇ!さっさと降りてこい!」
「イヤだ!出てけって!」
気がつけば、兄弟の間で枕の奪い合いになっていた。
年上の龍二の方が力は強い。あっという間に押さえ込まれ、焦った廉太は思わず兄の腹を蹴り飛ばした。
「いってぇ!この野郎、蹴りやがったな!」龍二は腹を押さえながら怒鳴る。
「だからほっとけって言ってんだ!どうせお前も、あいつらと同じで笑うだけだろ!」
「……やっぱバカだなお前。」
痛みに顔をしかめつつ立ち上がり、龍二は廉太の頭を軽く小突いた。殴られると思って身を固くした廉太は、拍子抜けして目を瞬かせる。
「からかうくらい、野球部の連中が構いたいだけだろ。嫌なら嫌ってはっきり言えばいい。……バカだな。」
「いってぇ!」廉太が頭を押さえると、龍二は続けた。
「それに──お前の歌、結構良かったぞ。」
「……え?」廉太は目を見開いた。
あの龍二が、自分を褒めるなんて。信じられない気持ちで兄を見つめる。
だが龍二はそんな弟の顔に苛立ち、わざとそっぽを向いた。ちょうどそのとき、廉太のスマホに通知音が立て続けに鳴り響いた。
「ほら、さっさと返事しろよ。三番のバカ。」
そう言い残して部屋を出ると、廊下で長兄の田中央一が腕を組んで立っていた。にやにやと半笑いの顔。
龍二はそ知らぬ顔で階下へ向かおうとするが、央一は後をついてきて、首筋をがしっと掴み、わざとらしく笑った。
「立派に“お兄ちゃん”してんじゃんか。」
「うるせぇ、央一兄ちゃんが家にいるんだから、自分であいつ宥めればいいじゃん。」
「俺?何があったかなんて知らねぇよ。」央一はわざとらしく無邪気な顔をする。
「嘘つけ。廉太が合唱部に行くことくらい、とっくに知ってただろ。夏休みは部活体験で出入り自由なんだから。野球だろうが歌だろうが、とにかくあいつは見栄っ張りなんだよ。あーあ、面倒くせぇ。」
龍二は肩を落とす。山の上のグラウンドから自転車で帰る途中、弟が学校から飛び出してくるのを偶然見て、野球部の奴らから事情を聞いたのだ。本当は関わりたくなかった。
「ははっ、龍二も可愛いじゃん。」央一が笑う。
「うるせぇ!ぶん殴るぞ!」龍二は兄の手を振り払い、顔をそむける。
「龍二!兄に向かってなんて口の利き方だの。失礼だろ。子供じゃないんだから、どんな言葉を言っていいか悪いか、いい加減わかりなさい!」
母に叱られ、龍二は「わかってるよ……」と渋々答える。次男の彼には、廉太の気持ちが少し理解できるのかもしれない。
そのころ廉太は、一年の野球部グループにメッセージを送っていた。「歌のこと」でやり取りするうちに、顔はもうさっきほど赤くなってはいなかった。
――
「すげぇな、部活体験か!台湾の高校にはないからさ。毎日練習だけだし。」
友達が日本での学校生活を語ると、画面の向こうで馬耀は嬉しそうに笑った。
「よかったな、日本の生活に馴染んでるみたいで。」
「馴染んでるってほどでもないよ。納豆とかマジで無理だし。」
「えっ?そんなにまずい?」
「腐った何かにしか思えない。」
友達は苦笑する。寮の朝食で納豆が出ると、周りはみんなご飯にかけて食べる。南極まで平気な顔で食べるから、自分だけ残すのも悪くて、一口で流し込み、味噌汁で無理やり流すのが習慣になっていた。
「友達、中国語わかんないし、つまんなーい!」
横から覗き込んできた南極が、わざと不満げに言う。
「夏休みの宿題やってろ!こっち覗くな!」
友達が日本語で叱りつける。
「福定、見ろよ。友達、日本人とイチャイチャしてんぞ。」馬耀が茶化す。
巨大な日本人の南極と友達が、言い合ってるのかじゃれ合ってるのか分からない姿に、馬耀も福定も昔一緒に練習した日々を思い出す。
「だめだろ、そんなの送ったら、日本人に“原住民ってみんな小さい”って思われるじゃん。」
「おいおい、背が伸びないのは友達のせいじゃないだろ。無茶言うなよ。」
「またコソコソ俺の悪口言ってるだろ!」
友達は福定と馬耀の会話に耳をとがらせ、抗議の声を上げた。
南極は宿題を続けながら、友達が台湾の友人とビデオ通話している様子を横目で見ていた。表情だけで、友達がとても嬉しそうなのがわかる。南極はその顔を見るのが好きだったけれど、同時に考えてしまう。――自分と一緒にいる時は、いつも怒らせてばかり。もしかして日本での友達は、本当はあまり楽しくないんじゃないか?
南極が基地を離れて日本に帰る時、自衛隊の人や研究員たちは口を揃えて言った。「同じ年頃の友達を作れ。喧嘩したり仲直りしたり、いろいろあるけど、大事なのはみんなで楽しく何かをやることだ」って。
友達の作り方なんて習ったことはなかった。でも、最初に林友達を見た瞬間――
想像以上に小さくて驚いた。
だからこそ、一生懸命になった。初めてできた同年代の友達になりたい。
そして、好きになってもらいたい。自分も好きだと伝えたい。
――
「一日経ってないのに、もうほとんど宿題終わってるし。」
友達は呆れ顔で言う。さっきまでふざけていたのに、気づけば南極の夏休みの宿題はほぼ完成していた。やっぱりこの男は、自分よりずっと頭がいい。
南極が顔を上げると、こちらを見ている友達と目が合った。
「友達、台湾の友達ともっと話さなくていいの?」
「もう話したよ。大したことないし。あいつらも明日は俺たちみたいに野球だ。」
口ではそう言うけど、本当は嬉しかったはず――南極には表情でわかる。
次の瞬間、友達が野球ボールを放り投げてきた。グローブをはめ直しながら言う。
「キャッチボール、行く?」
「うん、ちょっと待って。着替えるから。」
南極は慌てて服の山をひっくり返す。
「日空、早くしろよ。俺、先に玄関で待ってるから。」
「わかった!待ってて、友達!」
南極はシャツを鼻に近づけ、匂いを嗅ぐ――大丈夫、臭くない。急いでかぶり、グローブを掴んで階段を駆け下りる。
林友達が自分のことをどう思っているかは分からない。けれど――一緒にいる時は、ただ楽しい。それだけで十分だと南極は思った。




