表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/33

第二一章 打ち上げてキャッチアウト

台湾出身の陸坡と申します。

それから、もう七年間、夏甲を見続けていますが、不思議と毎回新鮮に感じます。

ただ、暑さが厳しくてカレーライスがだんだん食べられなくなり、

水ばかり飲んでしまいます。笑


この小説は、もともと中国語で執筆したものをAI翻訳を通じて日本語に変換しています。そのため、不自然な表現や誤った言葉遣いなどがあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。

部活に熱中している学生にとって、夏休みにはこんな言い方がある――「部活で夏休みなんてなかった」。つまり四十日あまりの休暇も、ほとんど部活動に費やされるということで、運動部ではそれが当たり前になっている。


「……南極、あと五分だけな。」

すでに運動服に着替えて壁にもたれかかっていた林友達は、パンツ一丁で慌てふためいている日空南極をじっと見ていた。


登校日であろうと休みの日であろうと、部屋を散らかしては物を見つけられず、もたもたする南極の悪癖は変わらない。毎回それで友達が怒るのも、今ではすっかり日常の一コマになっていた。南極は慌ただしくジャージをかぶり、服の山や段ボールの中をあちこち探している。


「友達! 三分! いや五分! もう五分だけ!」


「ジャージ、ベッドに掛けてあるだろ。」


あまりに慌てた様子に、友達はつい南極のジャージを取って手渡した。南極はようやく気づいて、にかっと笑った。

「ここにあったのか! ありがとな、友達。」


「ほら、行くぞ。」

友達がそう言うと、ちょうど七時。二人の一日の朝ランが始まる。


一緒に暮らす時間が長くなるにつれ、友達は南極の生活習慣にだんだん慣れてきた。散らかった部屋も含めて、掃除は分担というより「気になった方がやる」というだけの話だとわかってきた。自分の服を畳んでいる時、南極の脱ぎ散らかした服が目に入れば、ついでに畳んだり洗濯かごに放り込んだりするのだ。


夏休みに入っても、野球部の活動は続く。今週、引退する三年生との引き継ぎ試合があり、今日は一・二年生のセレクション。三年生と対戦する混合チームを決める日だった。友達にとっては、初めて先輩たちと本気で勝負する場でもある。


チーム分けはくじ引きで、赤組と白組に分かれる。まず一・二年生のキャプテンを決めることになり、赤組は当然のように二年生のエース・藤田迅真が選ばれ、一年生側は最終的に宇治川が務めることになった。その後、他のメンバーが順にくじを引いていく。


友達は白井先生が用意したくじ箱に手を入れ、白い玉を引き当てた。手の中の白球を見下ろし、赤布を付けた藤田先輩を横目で見ると、ちょうど視線が合った。藤田は帽子のつばを指で押さえ、軽く合図を送ってくる。その目は「容赦はしない」と語っていたし、友達も同じ気持ちだった。崇拝の念はある。だが、藤田先輩と真正面から勝負できると思うと、胸の奥が高鳴った。


「友達、今日のピッチングどうだ?」

宇治川が声をかけてきた。


「特に変わりはない。カーブもスライダーもそこそこコントロールできてる。」友達は指を動かしながら答える。


宇治川は少し言いにくそうに口を開いた。

「悪いな、友達。キャプテンだから、俺が投げようと思ってる。俺の判断だけど、一年生打線なら自分で抑えられると思う。特に流星と蓮、あの二人の好むコースも打ち方も、よく知ってるからな。」


「うん、キャプテンの判断に任せるよ。」

友達はそう言った。投げたい気持ちはあった。だが勝つためなら、宇治川が先発を担い、自分が中継ぎや抑えに回る方が確実だと理解していた。


「宇治川が言うた通り、藤田先輩の赤チームには、一年の豊里流星と浅村蓮がおるし、二年の捕手・佐久間先輩も赤チームや。せやから、藤田先輩を中心としたバッテリーを崩すんは、正直かなり難しい。せやけど、打線をどうにか抑えんとアカンやろな。」


「オレの考えは、攻撃を主軸にして、赤チームの打線を弱めることや。友達はどう思う?」

宇治川が真剣に言うと、友達は少し考え込んだが、不思議そうに尋ねた。


「なんで宇治川、いちいちオレに意見聞くん?」


「だって、この中でまともに話できるん、あんたぐらいやと思うから。」

宇治川の顔は、冗談抜きで真剣だった。


白チームには、台湾好きの小林芝昭、女装が趣味の柴門玉里、二年でいつもあくびしてる村瀬智也、そしてお笑い好きの中西亮太先輩。みんな自分の世界が強すぎるタイプばっかりで、友達もなんとなく宇治川の気持ちが分かってきた。

その時、次に白チームへ呼ばれたのは――日空南極やった。


「おぉ! 一緒のチームやん、友達!」

南極が嬉しそうに、いきなり後ろから抱きついてきた。


「放せや、試合中やし真面目にせぇ!」

友達が振りほどくと、宇治川は南極を一瞥して、友達に小声で言った。


「……分かるやろ、友達?」


「……まぁ、なんとなく。」


「よし。ほな、捕手やってくれへんか?」


「捕手? オレが?」


宇治川はうなずき、続けた。

「経験あるやろ?」


「あるにはあるけど、ちょっとやっただけやしなぁ……。」

友達は頭をかきながら答えた。


捕手と言えば、友達は中学の時のチームメイト・福定を思い出した。

福定は、もう一人の仲間・馬耀と同じく打撃練習に熱心やったけど、同時に友達のバッテリーを組んでいた捕手でもある。


台湾の野球指導では、どのポジションも一通り経験させる傾向があった。特に投捕に関しては、投手に一度捕手をやらせる、いわゆる「立場を入れ替えて考える」練習を重視していた。投手は打者に立ち向かう一方、捕手は戦術を組み立て全体を見渡す。捕手はどう見てるのか? 投手はどう投げるのか? 相手の役割を理解すればするほど、バッテリーの呼吸は合っていくのだった。


「えっ? 友達ユウダ、ピッチャーせぇへんの?」

南極が首かしげて聞いた。彼は当然、白組では友達が投げると思っとった。


「うん、ピッチャーは宇治川で、オレはキャッチャーするわ。」友達が答える。


「南極、ボール受けんの大丈夫か?」宇治川が不安そうに言って、横目で友達を見る。友達はすぐに意味を察して、「日空はよう捕るで、スタミナもあるしな。」とフォローした。


「ほな……ん? 友達、うちらの打線、ちょっとは期待できるかもしれへんな。」


その時、二年生の強打者・田中龍二が白組に入った。一方で弟の田中廉太は紅組に。

龍二がニヤニヤしながら弟に言う。「おい、三番。ストレート三振だけはすんなよ?」


「兄ちゃんこそや! 二番が三振したら笑われんで!」

兄弟で舌戦を交わすと、勢いよくそれぞれのチームに走っていった。


白組の最後の一人は金井榮郎やった。俯きながら走ってきて、自分と同じチームに柴門玉里がいることに気づく。玉里はじっと見上げてきて、榮郎は少し居心地悪そうにしながらも、全員年上ばかりやないことにホッとして声をかけた。

「玉里くんも、白組やね。」


「せやけど、それが何や?」玉里がすぐ返す。


「いや……その、あんま迷惑かけんように頑張るわ、多分……」


「なぁ! あんた、まだ試合も始まってへんのに、そんなん言うてイラつかせんなや。」玉里は榮郎の猫背をぱしっと叩いた。「ほら、背ぇ伸ばしたらできるやん。なんでわざわざ縮こまんねん? なぁ、勝ちたい気持ちあんの?」


玉里の真っ直ぐな視線に榮郎は言葉を詰まらせる。彼には昔からわからんかった。なんで玉里はこんなに自信に溢れとるんやろう? 男子校で唯一セーラー服を着て通学するやつやのに、陰口を叩かれても「でも似合ってるやろ?」と笑い返す。そんな強さはいったいどこから来るんや?榮郎は教室の片隅からずっとそう思ってきた。


「勝ちたい……けど……」


「“けど”はいらんねん! 中途半端やわ。」玉里が遮った。


「わ、わかった。ごめん……」榮郎がまた癖で謝る。


「それに、正直ウチらのチーム、あんま楽観できへんやろな。」玉里がぼそっと言う。


友達も宇治川も心の中で同じことを思っていた。白組には投手が二人いて、田中龍二という頼もしい打者もいる。けど、紅組は二年生が圧倒的に多く、経験の差は歴然や。特にキャプテンの藤田は三年生と一緒に何度も試合を経験してきた選手。対戦経験においては、間違いなく一番やった。


「田中先輩、すんません、ひとつ聞いてもええですか?」

白井先生が三十分のポジション会議の時間をくれたあと、宇治川がチームを集めて龍二に尋ねた。


「藤田先輩の、あのチェンジアップ気味のスライダーとカーブ……ウチのメンバーで、ほんまに打てるやつ、何人おるんですか?」


「ええ質問やな。」龍二はニヤッと笑い、白組の顔ぶれをざっと見渡した。

「これはオレの判断や。文句あったら言うてもええけどな。正直に言うと、藤田の球は“打てへん”んやなくて、打っても角度がいやらしいんや。」


藤田迅の内角スライダーとカーブは、ギリギリボールに見えるとこで落ちてくる。打者にとってはめちゃくちゃ嫌なコース。しかも試合の序盤はそういう球で威嚇してくるのが常やった。さらに外角に大きく逃げるカーブも持ち球。これを組み合わせられると、打者は簡単にリズム崩される。

「オレならなんとか対応できるかもしれんけど……他のメンバーがリズム掴むんは、かなり難しいと思うわ。」


「でも、そういう球ばっかり投げたら……藤田先輩、体力持ちますか?」

友達が口を挟んだ。


「おっ! そこ突っ込むんか、さすがやな、台湾トモダチ!」龍二はおどけて呼びながら笑った。

「せやから、藤田を攻略するカギはスタミナを削ることや。変化球の数を減らさせるんや。そのためにはヒットちゃうねん、必死でファウル打って粘るやつが要る。ほんでな、オレはちょうどええ人材おると思てんねん……」


龍二が視線をある方向へ向けると、チーム全員の目も同じ場所へ集まった。

そこにいたのは、南極だった。


「オレ?」南極が自分を指差し、少し驚きつつも嬉しそうに聞き返す。

「田中先輩、ほんまにオレでいけますか?」


「うん、やれるで。学弟、気合い入れてブンブン振れ! 藤田に球数投げさせたらええんや。ほかの一年も遠慮せんと、どんどん振っていけ。怖がらんでええ。」龍二が笑顔で言う。

「宇治川、ほな打順決めよか!」


――なんか、ちょっと変やな。

友達は心の中で引っかかった。龍二先輩の作戦は一理ある。確かに一年主体の白組に、藤田の球をまともに打ち返すのは難しいやろう。でも“消耗戦だけ”って……あまりにも単純すぎへんか? しかも宇治川まであっさり同意した。まるで藤田以外の投手を相手にせんでええ、って感じや。


「これ……ほんまに大丈夫なん?」

友達は小声でつぶやいた。


「どうやら龍二は主導権を握りたいらしいな。監督や白井先生がいないチームなら、たかが一年のキャプテンなんて二番にとっては扱いやすいんだろう。」


そう言ったのは友達の隣にいた村瀬先輩だった。他のメンバーに比べると、どうもこの先輩は紅白戦にあまりやる気がない様子だ。力なく喋る二年生、村瀬智也。いつもだるそうな村瀬先輩だが、友達がよく見るのは、やけに元気な中西先輩と一緒にいる姿。その二人のコントラストは妙に面白く、しかし並んでいると不思議としっくりくる。


「まったく!二番(田中龍二)のやつ、また勝手に決めやがって。」中西先輩は不満そうに言った。「あいつの頭の中は藤田、藤田ばっかりで、俺たちのことなんか眼中にねぇんだよ。」


「だから三年の試合では代打なんだよ。正レギュラーじゃなくてな。」村瀬智也は笑いながら言った。「高橋監督も前から何度も注意してたろ?打撃は良くても調子に乗るなって。でも結局こういう性格なんだな。」

まるで龍二先輩に聞かせるように、欠点を遠慮なく口にする。その調子に友達は少し苦笑した。


結局、宇治川は龍二先輩の案を参考に打順を決め、防御のポジションも決まった。友達は捕手、南極は外野。玉里はショートを任され、他の一年生も内野が中心。龍二先輩は外野のポジションだった。


三十分のミーティングが終わり、白井先生が両チームを集合させる。呼ばれると皆すぐに大声で返事をして、本塁方向へ走っていく。赤白の布をつけ、先生がコイントスで先攻後攻を決めた。結果は赤組が先攻、白組が後攻に。友達は久しぶりに捕手の防具を着け始めたが、一人では少し手間取っていた。


「友達!俺が手伝うよ。」南極が近づいてきたが、実際に防具を持った瞬間、捕手の装着方法が全く分からないことに気づいた。


「えっと、日空くん。俺も手伝うよ。」声を掛けてきたのは榮郎だった。彼は友達の股間部分がすでにプロテクターで覆われているのを見て、さらに胸当ても肩から掛けているのを確認する。阪海工の胸当ては昔ながらの両肩二本のベルト式で、着脱がやや面倒だ。榮郎は南極に胸当ての紐を結ばせ、自分は膝当てを固定していった。


友達は捕手ミットを手に取る。普通のグラブよりも厚く、投球の衝撃を受け止めるために作られている。そして最後に分離式のマスクを装着する。ヘルメットを被り、マスクを付け終えると、南極と榮郎に礼を言い、三人はフィールドへ向かった。友達はキャッチャーボックスにしゃがみ、足を踏ん張り、股を開き、マスク越しに宇治川へ「投げていい」と合図する。


その横で赤組の佐久間は、キャッチャー姿の林友達をじっと見つめていた。なぜか視線がそこに固定され、味方のスイングや先頭打者の準備にはまるで目を向けていない。


「先輩、友友のこと気になってるっすね。ずっと見てる。」笑いながら言ったのは流星だった。彼は二番打者として、ネクストバッターズサークルに向かうところだった。


「友達ってキャッチャー経験あったのか?」佐久間が呟く。


「うん。本人の話だと、台湾でピッチャーやってたとき同時にキャッチャーも経験したらしいよ。バッテリーの呼吸を合わせるためとか、キャッチャーの視点を知るために。すごいよね?ピッチャーもできて、キャッチャーもできるなんて。」流星が言う。


「ふん、大したことない。」佐久間はわざと素っ気なく返し、流星を睨みつけた。「お前、もうすぐ打席に立つんだろ?さっさと行け!」


「わ、わかったってば!」流星は慌ててグラウンドへ駆け出す。その間に一番打者の蓮は、すでにバットを構えていた……。


やはり結果は友達の予想どおりで、龍二先輩の思っていたほど簡単ではなかった。自分と宇治川の判断も外れていたが、相手も同じ状況だったのかもしれない。現在四回の時点で、白組は0対2で赤組にリードを許している。


「このままじゃ負けるぞ。」友達はマウンドでミットで口を覆いながら宇治川に言った。「俺たち、力を全部藤田先輩に集中させすぎて、他のもっと大事なことを見落としてる気がする。」


「うん、俺も感じてた。それに、あの蓮のやつ、盗塁までしてきやがった!クソッ。」宇治川は睨みつけた。蓮は一回にゴロと栄郎の二塁でのエラーを足がかりに一塁へ出塁、そのまま盗塁で三塁まで進み赤組の先制点を奪った。そのとき蓮は余裕の表情でバッティンググローブを外し、次に控える流星を待っていた。


「いつからあの二人、俺のリズムを読めるようになったんだ?」宇治川が言う。

「いや、俺は佐久間先輩の仕業だと思う。」友達は答えた。


友達は気づいていた。自分たちは藤田先輩というエースだけを見すぎて、捕手の佐久間先輩を軽視していた。佐久間先輩は捕手として試合全体を把握し、藤田とのコンビネーションで白組を崩そうとしていた。栄郎の二塁方向という守備の弱点を狙うのもその一例だ。


「たぶん佐久間先輩が、お前の投球パターンを蓮と流星に伝えてるんだろうな。」友達が推測する。

「ちくしょう……でも確かに佐久間先輩ならやりそうだ。」


「しかも藤田先輩の投げ方、田中先輩の言ってたほど変化球を多用してない。だから俺は……」

「田中先輩の読みが外れたってことか?」宇治川が言ったが、友達は首を振る。「いや、むしろ田中先輩と同じように誤算を抱えてるのかもな。」


タイムを取ったため、他のメンバーもマウンドに集まってきた。友達は捕手として見えていた分析をチーム全員に伝える。


「つまり佐久間が俺たちをなめて、藤田にあんな配球をさせてるってことか?あの野郎!」田中龍二はグラブの中で低く唸るように怒鳴った。だが彼も馬鹿ではない。藤田の投球に違和感を覚えていたからこそ、気づいたことを口にする。「なるほどな!だから俺と南極にだけ、えげつない変化球を投げてくるのか!」


実際、藤田は龍二と南極に対してだけ鋭く大きく曲がる変化球を投げていた。友達や玉里のように直球を打てる打者にも時折変化を混ぜるが、それは佐久間が藤田のスタミナを温存させるための配慮だった。


「代打もいないし、打順も変えられない以上、防守から立て直すしかないな。」宇治川はそう言ったが、明確な策は浮かばない。本来なら投手交代が最も有効だが……


林友達は無理だ。

彼の投球はオーソドックスすぎて、もっと早くリズムを読まれるだろう。


南極なら速球の威力はあるが、四球が多すぎる。


どちらも決め手に欠ける。キャプテンの宇治川は判断に苦しんでいた。だが、その肩を友達が軽く叩いた。

「宇治川、ちょっとやり方を変えてみない?」

「少しは試す価値があると思う。」友達が言う。


会話が一区切りつき、白組は再び守備へ戻る。二塁エラーで落ち込む栄郎に、玉里が声をかけた。

「そんなに落ち込むなって。まだ2点差だ、逆転のチャンスはある。」

「で、でも……またミスしたら……」

「だから何?」玉里はまっすぐに言った。「もう起きたことを悔やむより、この試合を守り抜く方が大事だろ。」


「とはいえ、宇治川の球が読まれてる以上、無失点で抑えるのは難しい。」小林が眼鏡を押し上げた。彼は今、スポーツ用のサングラスをかけていて、妙に機械じみた印象を漂わせていた。


「一番ええのは投手交代やけど、宇治川のヤツが人にマウンド譲ると思うか?」

玉里が言った。目つきからして、宇治川翔二が投手の座を手放すなんて信じられへん、という顔だった。


「うーん……宇治川くんはそういう人やないと思うよ。好きやないにしても、田中龍二先輩みたいな自己中とは違うから。」

榮郎が答える。それを聞いた玉里は「何でアイツをかばうねん」と言いかけたけど、言い換えてこう続けた。

「でも今、うちのチームで投げられるのは友達しか残ってへんやろ? けど白組には、友達ほど捕手経験豊富な人間がおらんやん。」


「…………」

三人は走りながら黙り込んだ。けど小林の沈黙は違った。彼はお尻のポケットからノートを取り出し、パラパラっとめくってから二人を見て言った。

「多分な、白組は友達と南極だけやなくて、まだ投手を助けられる人がおると思うで。」


「やっぱりなぁ。佐久間のヤツ、ずっと捕手に向いとるわ。」

白組の三塁手・村瀨智也があくびしながら言った。グラウンドではみんなやたら真剣やけど、なんや全然おもろない。野球は好きやけど、もっと笑いとか欲しいやん?


村瀨はつい隣を見る。でも中西は外野に立ってて、ここにはおらん。


──中西をちょっとイジって、突っ込ませたいわ。

それが村瀨智也のグラウンドでの妙な「お笑い魂」だった。


打席に立ったのは流星。審判役の白井先生に挨拶して、マスク姿の友達にニッと笑いかけ、それから真剣に構えた。普段は大雑把でマイペースな流星やけど、バッターボックスでは別人。選球眼が抜群で、しかもストライクゾーンが広い、なかなか厄介なタイプや。


幼なじみとして宇治川の投球の癖をよく知っとる流星は、最初の球を見送った。

カシャン。

キャッチャーミットに収まったその球は、低すぎるボール。宇治川は大体、初球をボールにしてバッターの反応を見て、次の球を組み立てる。ほな、二球目は……


カキーン!


打ち返した!

佐久間先輩が言ってた通り、宇治川の得意なスライダーはモーションに癖が出る。流星と蓮みたいに長年一緒にやってきた奴には、それが分かるんや。二球目もそうやった。足の上げ方がちょっと高い──それがスライダーのサイン。案の定、打球は飛んだけど……ファウル。


危なっ……。あれが外野に抜けてたら、ランナー二、三塁になっとった。

友達は胸をなで下ろした。でも同時に、自分の読みが正しいと確認できた。サインを出すと宇治川がうなずく。


打席の流星は三球目を待つ。さっき打たれたことで、宇治川も警戒してるはず。友達もそうや。せやから、この球は内角のスライダーやなく、外角のスライダーかフォーク。外野に抜けんようにするための球。


果然、来た!


流星は宇治川の動きを見て、球が沈むのを予想した──


ん?ちがう!


バットがボールをとらえる。


「まさか来てすぐ、こんなおもろい場面見れるとはな。」

「やっぱり思ったわ。お前も勉強する気なんかなくて、学弟の試合見に来とるんやろ。」


自転車に乗って坂海工の制服姿で球場外にやって来たのは、田中央一。

先に同じ制服で外から一年・二年の紅白戦を見ていた相棒捕手、佐島真晴と鉢合わせた。


「おっ、真晴。腹の具合はもう大丈夫か?」央一が笑いながら、佐島の腹を軽く揉む。

佐島はその手をつかんで央一の頬をぎゅっと押しながら言った。

「おかしいんや。野球やめたら腹痛も消えよってな。ほんま、俺に野球やらせた誰かのせいやと思うわ。」


「はははっ、結局は俺が原因やったんか?」央一は笑って、話題を切り替える。

「けどさっきの状況、やばかったやろ?」


「うん、遠くからやから顔までは分からんけど……あの捕手は誰や?一年か、二年か。」


──打球が少し変な回転をした。流星も違和感に気づいたが、もうスイングは終わっていた。


ゴンッ。

ボールは地面に弾む。流星が一塁へ走り出そうとしたその瞬間、友達がすでにマスクを外して前に飛び込み、素早く捕球。

それを宇治川が受けて、即座に二塁へ送球。


「榮郎、どけ!」


玉里の声に反応して榮郎はポジションを空け、玉里が素早くベースを踏んで一塁へ送る。

小林のミットが音を立て、二人の走者──蓮と流星が一瞬でアウト。華麗なダブルプレー。


「ちっ、一軍返しされたな。」ベンチの佐久間は、紅組が一気に二死になった光景を見てつぶやく。


まさに友達の読みどおりだった。佐久間の狙いは「一年には一年で、二年には二年で」相手を潰すこと。さらに藤田の体力を温存し、後半で爆発させる作戦だ。

しかし当の藤田は、そのやり方に納得していない。目の前のダブルプレーを見て低く言った。


「お前はあいつらを甘く見すぎや、佐久間。」

「この先、何言われても……俺は全力で行くで、圭一。」


「どうせ俺の狙いなんてそのうちバレる。全力でやるんもええけどな……ちょっと予定外や。」

佐久間は不気味な笑みを浮かべて、マスクをかけ直す林友達を見つめる。

「龍二が先に気づいて仕掛けると思ってたんやけどな。まさか一年が先に守備で仕掛けてくるとは。」


「今のダブルプレーは一度きりや。流星の油断もあった。」藤田は言った。


「せやな。──ほな、お前は思うか? もう一回、あいつらに驚かされることがあるって?」


佐久間は、まるで相手が反撃してくることをあらかじめ分かっていたかのように動いていた。四回表、佐久間は順調に赤組を三振に切って取り、ランナーを一人も出さなかった。だが、彼も友達も分かっていた。さっきの戦術は一度きりの奇襲にすぎず、二度目はもう効かない。これからは流星たちが佐久間の癖をもっと警戒するだろう。しかし今は、赤組打線に通用する別の手立てが見つからなかった。


「南極に投げさせてみる?」友達が言った。

「南極?」「え、え、え、オレが投げんの!?」


佐久間だけでなく、当の南極本人も耳を疑った。友達はうなずいたが、顔はどうにも微妙だった。

「最近ちょっとだけボール率減ったし……まあ、ね。」


「しゃあないわな。」佐久間は肩をすくめる。「赤組からしたら奇襲になるかもしれん。」


「奇襲なら、もっとええ手あるんちゃう?」


横で玉里が口をはさみ、小林もノートを見ながら頷いた。ちょうど打席には中西先輩。だが彼は藤田先輩からなかなかヒットを打てず、二球目はファウル、最後はキャッチャーフライに倒れた。


「言うたら、二年には藤田先輩以外の投手もおるやろ?」小林はノートをめくり、二年の田中龍二を見ながら言った。「田中先輩も分かってるはずや。まだ投げられる人間おるって。」


「投げられるっちゅうてもなぁ……」田中龍二は頭をかき、「あいつ、多分『めんどい』って言うで。」と苦笑した。


「ストライク!」


中西が三振に倒れると、次は村瀬の番だった。彼も藤田のボールには手が出ず、すぐに空振り。一ストライク、ノーボール。


(ほんま、いやらしいボールやな……才能ってこういうことなんやろか。)


村瀬はバットを握り直し、藤田のヤクザみたいな鋭い目線にギョッとした。けど、ふと藤田が毎回いやいやヤクザポーズをやってくれる姿を思い出し、怖いはずの眼光がどこか笑えてきた。さっき一年二人をダブルプレーに仕留めた時の顔もおもろかった。野球はこうじゃなきゃな、と心の中で苦笑した。


「村瀬先輩が投げるん?」


友達は思わず聞き返した。入部してからというもの、村瀬がまともにピッチング練習するのをほとんど見たことがなかったからだ。むしろ、サボろうとしては毎回失敗していた姿ばかりが記憶にある。けど、もし本当に村瀬が投げるなら……。


「ストライク!」


やはり空振り三振。村瀬智也はため息をついてベンチに戻る。次の打席は南極だった。


ベンチに戻ると、なぜか林友達たち一年全員が自分を見ている。村瀬はグラブを外しながら「ん?なんや俺、打席でやる気なかったんバレたんか?」と首をかしげた。すると中西がニヤッと笑い、肩をバンと叩いた。


「おい村瀬!次の回、お前ピッチャーな!」


「はぁあああ!?」村瀬智也の脳みそは一瞬真っ白になった。


その時、背後で「カーン!」と球が打ち返される乾いた音が響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ