第十六章 高校での二度目の勝負
台湾出身の陸坡と申します。
この小説は、もともと中国語で執筆したものをAI翻訳を通じて日本語に変換しています。そのため、不自然な表現や誤った言葉遣いなどがあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。
日本全国高等学校野球選手権、大阪地区予選第二試合。坂海工業は佐野高校と対戦した。どちらも中堅クラスの野球部で、近年は甲子園出場もなく、正直なところ特筆すべき見どころは少ない。
球場の両サイドには空席が目立ち、観客は林友達たちのような部活動の後輩、そして選手たちの保護者応援団がほとんどだった。
「がんばれー!央一!」
田中廉太の兄がバッターボックスに立つと、田中の母親が観客席で声援を送る。三兄弟全員が野球部メンバーなので、田中家のお母さんは来年も保護者会のリーダーをやることが決まっているようなもの。他の選手の母親たちも、坂海工三年のキャプテン・田中を応援していた。日焼け防止のため、全員帽子や日傘、アームカバーで完全防備。遠くからだと誰が誰だかわからないほどだった。
「友達、準備できたか?」
二年の応援担当・中西亮太が声をかけてきた。
横に立つ友達は、坂海工カラーの深い青の応援バットを手に持ち、中西先輩にうなずいて「うん」と返事する。
「よし、始めるぞ!」
中西が皆に声をかけ、プラカードを掲げて全員でキャプテン田中央一の応援を始めた。
中西が両手を広げて拍手を打ち始めると、そのリズムに他の部員たちも続く。前方にいた友達もタイミングを合わせ、少し耳を赤くしながらも大きく息を吸い込んで叫ぶ。
「全員、3・2・1!スタート!」
「がんばれ!田中ーー!坂海のキャプテン!
打て、打て、田中!
一球入魂!かっとばせー!
た・な・かっーー!」
皆の声の中でも、南極には友達の声がしっかりと聞き取れた。もう以前のような緊張や恐怖は感じられず、前回の応援の経験もあって、友達の動きや声は明らかに自然で堂々としていた。
皆の応援の中、カキーンと鋭い打球音が響く。田中央一がピッチャーの球を弾き返し、一・二塁間を抜ける外野ヒット!佐野高校のショートが必死に手を伸ばすも届かず、坂海工の歓声の中、ボールは外野の芝生を跳ねて転がっていった。
二塁ランナーが一気に三塁を回ってホームインし、坂海工は試合の2点目を獲得。場面は七回裏、田中央一は二塁ベース上に立ち、脱いだバッティンググローブを隣の二年生に渡しながら、相手投手の背中をじっと見つめている。
(田中先輩、盗塁を狙っているのかな?)
そんな考えが友達の頭をよぎった。同じピッチャーとして遠くからでも感じる。田中央一は序盤から相手投手の動きを細かく観察し、時にはバントの構えをしたり、わざとボール球を振ったりして、相手の投球パターンやクセを探っていた。
さっき二塁ランナーがピッチャーの投球モーションに合わせてスタートを切ったのを見て、田中先輩たちはもう佐野高校投手のクセを見抜いているのだろう。こうしたクセを利用すれば、ランナーは確実に次の塁を狙える。
「さすが先輩だな……」
分かってはいても、自分にはまだそのクセを見抜く力がないと痛感し、友達は自分の未熟さを思う。
「友達!ぼーっとするなよ、次のバッターが出るぞ!」
中西先輩の声で、友達は分析から我に返り、再び応援に戻った。
そのころ、南極も何かに気づいたようで、隣の宇治川に声をかけた。
「なあ、気づいた?相手のピッチャーの……」
「球速のこと?確かに、さっきからちょっと落ちてる気がするな。」
「何かあったのかな……球速が落ちてるし、変化球も減ってるし、フォアボールも減ってる……やっぱり、相手ピッチャーに何かトラブルが起きてる?」
そう言いながら、南極はふと「あ、タイムだ」と呟いた。
突然、佐野高校のベンチから監督がタイムをコール。伝令がブルペンからマウンドへ走り、守備陣もマウンドに集まる。全員がグローブで口を隠し、円陣になって何やら話し込んでいる。
「友達、気づいた?相手ピッチャーの調子。」
南極が水を飲みに戻ってきた友達に聞いた。友達はうなずき、
「うん、さっきから球速が落ちてる。今はもう120kmも出てないと思う。」
「だから、兄貴のあの打球があんなに打ちやすかったのか。」田中廉太が言い、流星も同意する。「確かに、あの得点の球はあまりにも打ちやすかったし、トラップボールかと思った。」
一年生たちはさっきのプレーについて議論している。柴門は髪を束ね直しながら、ぼそっと「本当にそうかな?」と呟いた。
「ん?柴門……」金井が聞き返したが、柴門は無言で髪を結び終えるだけ。だが、林友達の言葉を聞いて、柴門の視線が一瞬友達に向いた。
「罠だったんだ。」
林友達が、小さくピッチングの動作をしながら真剣な顔で言う。
「きっと、相手はもともとチェンジアップ(変化球)で田中先輩のタイミングを崩そうとしたんだと思う。でも、先輩はそれを打ち返してヒットにした。要するに、罠は失敗だった。たぶん、相手はゴロを打たせてダブルプレーにしたかったけど……」
「田中はやっぱり手を出しちゃったな。あれだけ罠に気をつけろって言ったのに……」
白井先生は眉をひそめた。
やっと田中や藤田たちが何度も打席に立ち、ピッチャーのクセを見抜いたばかりだった。しかも、相手投手の腕にトラブルがあった可能性も高い。もしこちらがあえて罠にかかったふりをして一・三塁のチャンスを作れば、後続の打者で満塁、逆転の可能性もあったはず。
「我が道を行くタイプだね……(本当に自分のやり方を貫くタイプだ)」
これで指示を聞かずに自分の判断で動くのは初めてじゃない。田中が出塁したとき、白井先生は彼にサインを送り、この回が終わったら自分のところに来るように指示した。先生は、このタイミングで相手投手が交代するだろうと見ていた。
案の定、先発投手が降板し、場内アナウンスで新しいピッチャーの名前が告げられる。二年生の新投手のようだ。藤田は真剣な表情で佐野高校の新しい投手を観察している。その姿に佐久間が声をかけた。
「まだ出番もないのに、先に威圧してどうするんだよ?」
「来年も対戦するかもしれないから、しっかり見ておきたいだけだ。」
藤田の目はまるでヤクザがターゲットを狙っているようで、三年生たちも思わず「うわ、怖……」とざわつく。
そんな空気の中、佐久間だけが軽口を叩く。「その顔で女の子を睨むのはやめろよ、彼女できなくなるぞ、藤田。」
試合は、坂海工が佐野高校に6-2で勝利し、無事に三回戦進出を決めた。新しい二年生投手は、やはりまだ公式戦の空気に慣れていないようで、ミスが続いた。
試合後、荷物を背負って球場を出るとき、林友達は佐野高校のピッチャーが泣いている姿を見かけた。ピッチャーだけでなく、他の選手たちも大粒の涙と鼻水で、まるでドラマのワンシーンのように泣きじゃくっていた。
(ちょっと大げさなんじゃ……?)
負けた悔しさは分かるけど、これからだって野球は続けられる。そんなに泣かなくても……と思いながらも、「もし自分が野球をできなくなったら、やっぱり泣くかもしれないな」と友達は思う。自分も日本に来て、一時は野球を続けられないかもしれないと悩んでいたことを思い出す。
「お、友達。」
「藤田先輩!お疲れ様でした!」
「いや、応援のほうが大変だったろ。一年のとき、俺もやったからな。」
藤田先輩はユニフォームを脱ぎ、鍛えられた体と、日焼けでツートーンになった腕をタオルで拭く。その姿を見て、友達は思わず水を差し出し、藤田は微笑みながら礼を言った。恐い顔も、この時ばかりは優しく見えて、友達の心臓がドキリと跳ねた。
休日ということもあり、多くの家族が子供たちの試合を観戦に来ていた。試合後には球場の脇で、親子で会話する姿があちこちで見られる。
南極も友達を見つけ、思わず抱きつこうとしたが、ちょうど友達が藤田先輩と一緒にいるのを見て、その手を引っ込める。代わりに大きな体をぐっと伸ばし、わざと偉そうに歩いて近づいた。南極自身も「ちょっとカッコつけすぎかな」と思いつつ、なぜか友達と藤田先輩が一緒にいると、自分も負けじと堂々とした態度を取りたくなる。
――黒川中尉に言われたことを思い出す。
「気迫で負けたら、全部負けるぞ。男は度胸だ。」
その言葉が幼いころから南極の心に刻まれている。けれど、ペンギン相手に気迫を見せても全く効果はなく、結局マイペースで歩き回るペンギンたちには全然通じなかった。
「友達!見つけた!」
南極は友達の小さな姿を見つけると、つい我慢できずに抱きついた。友達は「うるさいなぁ」とぶつぶつ言ったが、どうやらもう南極のこういう行動には慣れてきたらしく、昔のように強く拒否することもなく、そのまま抱かれていた。
「二人、仲がいいね。」
藤田は学校のジャージに着替えながら、南極と同じように友達をじっと見つめた。
「藤田先輩、体すごくいいですね?友達も腹筋があるし。」
そう言って南極は友達の服をめくり上げ、藤田は友達の腹筋がうっすら見えるのを確認した。友達は「ばか!やめろよ!」と恥ずかしがりながら南極の手を掴んで止める。
「いいなぁ、僕も先輩や友達みたいに腹筋がほしいな。」
南極は羨ましそうに言った。
「実は僕、ちょっと痩せすぎなんだよ。」
藤田はそう言いながら、自分のジャージをめくって見事なシックスパックを見せた。
「ピッチャーは腹部のコアが大事なんだけど、こんなふうに割れて見える腹筋は、むしろ痩せすぎなだけで、実力とは全然関係ないよ。高橋監督や白井先生にも、もっと体重を増やすように言われてるし。自分の体型より、むしろ南極や友達の方が羨ましいくらい。」
「ほんとに!? 先輩、僕の体を褒めてくれるんですか?」
南極は嬉しそうに目を輝かせた。
「いやいや、藤田先輩は本当にすごいですよ。僕も南極も、監督にそんなこと言われたことありませんし。」
友達は藤田先輩に逆に褒められて、ちょっと照れていた。
「まだ一年生だからね。高橋監督からも言われたと思うけど、野球部の一年生の役割は……」
野球だけじゃなく、他にもいろんな面白いことにチャレンジすること。学校のクラブ活動中、高橋監督は優しい笑顔で、グラウンドの一年生たちにこう語りかけていた。台湾では毎日野球漬けだった友達にとっては、ちょっと理解できない話だった。
「野球や勉強以外にも、高校生活には面白いことがたくさんある。一度きりの青春だから、思いっきり楽しんでほしい。そうじゃないと、自分に失礼だよ。」
ベンチに座る高橋監督がそう言うと、誰かが手を挙げた。手を挙げたのは豊里流星だった。流星は笑いながら監督に言った。「監督!恋愛もしていいですか~!」
すぐに周りから笑い声が上がる。
「豊里……」
白井先生が何か言いかけたが、高橋監督はニコニコしながら続けた。「もちろんだよ。彼女を作りたいなら、それもいい経験になるさ。」
「本当ですか!やったー!」
流星は監督に認めてもらって、ガッツポーズを取った。
「でも、その前に相手がいないとね?流星。」
隣の蓮がツッコミを入れる。「また二次元とか、妄想彼女はダメだぞ。」
「うるさいな、いちいち言わなくていいから!」
流星は不機嫌そうに返し、みんなが大笑いした。
一日が終わり、球場での藤田先輩の言葉が心に残っていた友達は、寮の部屋で、床に寝転がっておもしろ動画を見て笑っている南極をふと見ながら、何気なく尋ねた。
「日空、野球してないときって普段何してるの?」
友達が聞くと、南極はスマホを置いてベッドに座っている友達を見上げながら答えた。
「俺たち野球してない時は、いつも勉強してるじゃん?そういえば最近、友達の成績もずっと合格してて、すごく伸びてるよ。」
「う、うん、ありがとう……いや、そういうことじゃなくてさ、高橋監督が言ってた『野球と勉強以外にも、高校生活をちゃんと楽しめ』って話、南極はどう思う?」
「言われてみればそうだね。でも、今が高校生活を楽しんでるって気がするけどな。」
南極はそう言って、床で大きく伸びをした。大きな身体が部屋の畳をほとんど占領してしまいそうだった。
友達は、南極が自分のペンギンのぬいぐるみを抱きしめるのを見て、もう一つの小さいぬいぐるみを友達にも投げてきた。それを見て友達は、南極にとって今の学校生活はきっと新鮮なんだろうなと思った。今まで南極は大人ばかりの南極基地で育ってきたから、こういうことを相談するのはちょっと変かもしれない。でも南極はぬいぐるみを抱えながら、「高校生活を楽しむ」ということについて一生懸命考えていた。
「やっぱり、それしかないよ!」
南極が突然起き上がって言った。
「それって?」
友達が首をかしげると、南極は友達の隣に座ってこう言った。
「恋愛だよ、やっぱり高校生活といえば恋愛!アニメみたいに、野球もして恋もして、二人がお互いに好きになる――それが青春ってもんだろ?ね?」
南極はにこにこしながら言う。
「こ、恋愛なんて、そ、そんな簡単なものじゃ……」
そんな、自分の生活からは遠い恋愛の話題になり、友達の日本語は一気にたどたどしくなった。恋愛なんてまずは好きな相手がいないと始まらないはずだし、つまりドキドキする人がいないと……と考えると、友達の頭はぐるぐるしてしまった。そんな人、どうやったら思い浮かぶんだろう?
「友達、学校に好きな人いるの?」
南極は逆に質問してきた。
「なんで急にそんなこと聞くのさ?」
友達はその話題だけで体がむずむずしてきて、これ以上聞かれたくなくて今度は逆に南極に聞き返した。
「じゃあ、南極は好きな人いる?」
「俺、友達のこと好きだよ。」
「…………」
「だって、友達はすごく可愛いもん。」
南極が無邪気な笑顔で「可愛い」と言ってくるのを見て、友達はどう返していいかわからず、きっと今自分の顔がすごく変なことになっているんだろうと感じた。そんな自分をこれ以上さらけ出したくなくて、友達は立ち上がって言った。
「オレ、走りに行ってくる!」
「えーっ、友達、好きな人のことまだ答えてないよ!」
南極が言う。
「答えない!この話は終わり!」
そう言うと、友達は逃げようとしたが、南極が腰をつかんで離さなかった。
「友達、それずるいよ。いつも僕ばっかり答えて、友達は全然答えてくれない。毎回、毎回、毎回、毎回、毎回そうじゃん!不公平だよ!」
「ずるくないし!だって南極が変なことばっかり言うから、どう返したらいいかわかんないんだよ!」
南極に腰を抱きつかれた友達はなんとか逃げ出そうとしたが、南極がさらに引っ張り戻してベッドの上に引きずり込まれ、二人はベッドの上でじゃれ合うように転げ回った。その時、友達のスマホが振動してベッドの下に落ち、たまたまスピーカーがオンになり、流星の声が部屋に響いた。
「友達、友達?おーい!誰かいる?」
流星からの電話だった。スマホのアプリ通話で、友達と南極を釣りに誘っていた。もともと流星・宇治川・蓮の三人で時間をつぶす予定だったが、ふと「台湾から来た友達や、今まで日本にいなかった南極って釣りの経験あるのかな?」という話題になり、電話してみたのだ。
「釣りか……。オレ、台湾の夜市で金魚すくいしたことしかないや。」
南極は意外にも「南極で釣りしたことあるよ」と答えた。
「日空博士……っていうか、オレの母さんが南極の研究者でさ。あれは南極の生物調査のためだったんだ。確か昭和基地で釣ったやつで、めっちゃでかかったんだよ!名前は南極魚って言うんだ。これくらいでかい!」
南極は手を大きく広げて、南極魚の大きさを表現した。
(南極って名前が付くものは何でも大きいのかも?)と友達は思った。
南極は、流星たちが言っていた海釣りにすごく興味津々だった。南極基地では勝手に釣りはできず、氷に穴を開けて釣る氷上釣りだけ許されていた。母である日空博士の許可と自衛隊員の協力があって、ようやく参加できたという。しかも、まだ中学生だった南極が野球のトレーニングで力持ちになっているのを、そのとき自衛隊員たちが発見したのだという。
「申請、記録、報告。釣りだけじゃなく、ペンギン見学だって全部記録しなきゃいけない。南極はめっちゃ面倒くさい場所なんだよ!」
南極はそう愚痴りながら、友達と一緒に服とリュックを準備して釣りに出かけることにした。
玄関で──
「息子がお世話になりますが、どうぞよろしくお願いいたします。」
「どうぞご安心くださいませ。」
友達と南極が下へ降りて玄関まで行くと、藤田先輩が立っていた。その隣には、見慣れない中年の男女が数人。中でも一人の女性は本格的な和服姿で、髪もきれいにまとめ、上品なメイクで立ち居振る舞いも優雅。その光景はまるで時代劇のワンシーンのようで、友達も南極も思わず動きを止めてしまった。
「お二人をお見送りしましょう。」
藤田先輩がスーツやロングドレス姿の中年男女にそう声をかけていた。どうやら、彼らは藤田を外まで送ろうとしたが、逆に藤田には「宿舎でしっかり勉強して、投手としての練習もやり過ぎないように、ご飯もちゃんと食べなさい」など、温かい言葉をかけていた。
「どうぞご安心ください。この岬阪旅館の寮の食事は、料理亭『山・海』と同じ食材や調理法を用いていて、生徒たちの健康を第一に考えて作られています。この点は白井先生からも色々とアドバイスをいただいておりますので、ご安心ください。もしよければ、私が外までお見送りいたします。」
着物姿の女性は優雅にうなずき、三人の大人は外へと歩いていった。
玄関には藤田先輩だけが残った。
「藤田先輩?」
「おっ、友達、南極。」
藤田先輩は声を聞いて振り向いた。二人が出かける支度をしているのを見て、「どこ行くんだ?」と尋ねた。友達は「野球部の流星たちと一緒に海釣りに行くんです。港とか岩場でアジとかチヌ、小さいサバが釣れるって聞いて。」と答えた。
「さっき玄関にいた人たちは誰?」と南極が聞く。
「スーツとオフィススカートの人がうちの両親で、着物の人は佐久間の叔母さんだよ。」と藤田が言う。
佐久間の叔母さん?もしかして……?
二人の推測に気づいた藤田迅真は、ストレートに言った。「佐久間の叔母さんは佐久間の母親だよ。父親は婿養子で、母方の姓を名乗っているんだ。」
「へえ、そうなんだ。」友達は驚く様子もなく頷いた。もともと母系社会を知っている南極も特に気にしていない。藤田は続けて、「佐久間はよく『普通はお母さんが父方の姓になるのに、うちは逆でちょっと変わってるんだ』って言ってたよ。」と話した。
「台湾の先住民族のアミ族なんです。うちはちょっと普通の台湾人とは文化が違ってて、アミ族は母系社会だから、家のことは大体お母さんが決めるんですよ。」
友達は思わずそう口にし、藤田と南極が自分を見つめているのに気づき、急に自分の日本語が変じゃなかったか不安になった。
「すみません、つい話しすぎました……すみません、先に行きます。」
友達はちょっと恥ずかしそうに玄関のドアを開けて出て行った。
「友達、どうしたの?」
藤田は友達が突然逃げるように出ていったことが不思議だった。
「自分のことを話すのが恥ずかしかったんじゃない?」南極は笑って藤田に言った。「もしかしたら、藤田先輩に自分のこと聞かれて恥ずかしくなったのかも。」
「そうなのかな?」
藤田は南極の言葉に顎をさすりながら応えた。
「藤田先輩、友達のこと好きなんですか?」
南極がそう訊ねると、藤田迅真は自分より背の高い後輩を見上げ、コクンと頷いてこう言った。
「友達もそうだし、君もそうだし、他の後輩たちも、野球部のみんなと一緒に野球ができるのがすごく好きなんだ。先輩たちのことも尊敬してるし。」
「いや、私が聞きたかったのは……」
――藤田迅真という人間は、林友達のことが「好き」なのか?
「それはね……」
「日空!何してるの、早く来て!」
外で南極を待ちきれずに戻ってきた友達が、再び二人に声をかけた。藤田と南極は振り返り、南極は笑いながら「はいはい、今行くよ」と言い、運動靴を履いて友達の後を追って外へ出て行った。
もともと、彼ら(南極と友達)は単なるクラスメートで、同じ寮のルームメイトだからいつも一緒にいるんだろうと思っていた。けれど、日空(南極)の友達に対するあの強い独占欲には驚かされた。
さっき、自分のことを“先輩”と呼ばず名前で呼び捨てにし、「友達のことが好きですか?」とストレートに聞いてきた南極。そのときの眼差しや話し方は、普段の無邪気に笑う南極とはまったく違っていた。
むしろ――
まるで自分の大事な人を誰にも渡したくない、そう宣言するかのような、真剣な表情だった。
この感じ……誰かに似ている気がする。
藤田がそんなことを考えていると、玄関のほうから騒がしい声が聞こえてきた。着物姿の佐久間の母親と、佐久間圭一が一緒に男子寮へ入ってくる。どうやら母子で言い合いをしているらしい。
「それは俺と迅真の問題だから、お母さんには関係ないでしょ!」
「あなた、そうやって甘えた態度ばっかり取るからよ。おじいちゃんとおばあちゃんに甘やかされて……全くもう。ん?藤田くん、部屋に戻ってきたの?」
「ええ、さっき出かける後輩たちと少し話してて。」
藤田はふと、あの感覚が誰に似ているか気づいた。さっきの日空南極の表情――それは、誰かに自分のバッテリーを奪われたくない、まさに佐久間圭一が見せる、あの独占欲に満ちた目つきとそっくりだった。
まるで自分が先輩だろうが関係なく、強くぶつかってくるような――そんな対抗心と競争心。けれど……
「佐久間……」
藤田は何かを聞きかけて、結局やめた。
「何?」
「いや、今日はここでご飯食べていくのかと思って。」
「うん、ダメ?」
「圭一!」
さっき自分に向けていた不機嫌を、藤田にまでぶつけようとする圭一を見て、佐久間の母親はすかさず息子の頭をぺしりと叩く。母子の言い争いがまた始まった。
林友達も日空南極も、どちらもピッチャーになりたいんだよな――藤田はそう思った。
それにしても、南極が自分に向けてくるあの敵意。なぜか佐久間がバッテリーにこだわる時の執着と、どこか似ている気がする。
藤田にはその理由がよくわからなかったが、結局それは南極と友達――二人の間の問題なのだろう。
今の自分には、やらなければならない大切なことがある。
ふてくされている佐久間を見て、藤田は話を切り出した。
「ご飯食べた後、時間ある?今日の佐野高校戦、反省会しないか?」
藤田がそう言うと、佐久間は一瞬で静かになった。
やはり、自分と佐久間をつなぐ言葉は、結局“野球”なんだ。
藤田は、佐久間がこう言うのを聞いた。
「じゃあ、まずはお前の今日のピッチングからだな?言いたいこと、山ほどあるぞ、迅真。」
「うん、楽しみにしてる。」
—
友達と南極は男子寮の横にある中古のシェア自転車を借りて、流星たちと合流するために出発した。
赤信号で止まったとき、友達が南極に聞いた。
「さっきなかなか出てこなかったけど、藤田先輩と何話してたの?」
「別に、なんでもないよ。」南極はそっけなく答えた。
「佐久間先輩のこと?それとも今日の試合?どっちでもないなら、何を話してたの?」
しつこく尋ねる友達に、南極は首を振るばかり。
友達の困った顔を面白がっているようで、信号が青に変わる直前、にやりと笑って言った。
「藤田先輩に、“友達のこと好きですか”って聞いたんだよ。」
「えっ!あ……」
思わず大声を出してしまい、気づいたときには南極が青信号に合わせて自転車を漕ぎ出していた。
振り返りながら、「友達、怒った?」とからかう。
「怒ってない!それは誤解!日空、おい!急にスピード出さないで、南極!なんでそんなこと聞いたの!?ああ、もう、僕は怒ってないって!」
顔を真っ赤にして息を切らしながら南極を追いかける友達。
河川敷に差しかかり、もうすぐ黄昏――水面も空も淡い紫と青に染まる時間、二人は無邪気にふざけ合って自転車を走らせる。
さっきまで悩んでいた藤田や、青春や恋愛の話題なんて、もうどうでもよくなっていた。




