第十一章 文武両道ってできるの?
台湾出身の陸坡と申します。
この小説は、もともと中国語で執筆したものをAI翻訳を通じて日本語に変換しています。そのため、不自然な表現や誤った言葉遣いなどがあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。
三年生がまもなく全国高校野球選手権大会の地区予選に出場するからか、もともと少なかった朝練参加メンバーも、最近は一年生の参加率がどんどん上がってきている。
林友達、日空南極、田中廉太といった常連の一年生メンバーに加え、宇治川も姿を見せるようになり、続いて蓮や流星も参加するようになった。流星はいつも眠そうな顔で、蓮に引きずられてきている。榮郎はいつの間にか現れるけど、誰も気にしていない。そして、朝練が暑いし疲れるしで、朝のメイクが崩れるからと嫌がっていたオネエ系男子、柴門玉里まで参加し始め、ほぼ全員集合の雰囲気だ。ただ、一人だけ一年生の朝練グループにほとんど加わらない奴がいる。
小林芝昭、ちょっと変わった一年生の野球部員だ。正式に野球部に入部した初日から、みんなが朝練している場所にはいつもいるのに、練習にはほとんど参加しない。代わりに高い場所に立って、一人でノートに何かをせっせと書き込んでいる。一体何を記録してるのか分からない。小林を見上げながら、田中が眉をひそめて言った。「あいつ、マジで変人だな。」
ある日、田中はついに朝ラン中に小林を捕まえて、一緒に練習に引っ張り込んだ。兄貴の真似をして説教し、「練習しないと野球の腕が一生上がらないぞ」と言い放つ。しかし小林はランニングしながらも、「上達しなくても別に困らないし。それに俺、元々は人手が足りなくてマネージャーから選手にされたんだし」と涼しい顔。
「そ、そりゃそうだけど、でも本気で野球やる方が絶対楽しいって!」
田中はどもりながらも説得を続ける。
「そう言うけど、今週だけでも田中はグラウンドで『バカヤロー』って何十回も叫んでるよね?自分のグローブとかバットにもキレてるし、それって楽しいの?」
小林は自分の手帳を見せながら、当然のように指摘する。
「うっ……」
田中は反論できずに黙り込む。そのやり取りを見ていた玉里が呆れて言う。「バカ三号、そんな言い方じゃ小林には全く効かないって。」
「だったらお前が言ってやれよ、オカマ!」
玉里にバカ扱いされて、田中はちょっとムキになって言い返す。
「金井はどう思う?……金井?聞いてる?」
玉里が振り返ると、前を走っていた金井榮郎は自分の名前を呼ばれ、少しボーっとした後、ようやく気が付いた。
「あ、はいっ!呼びました?」
前を行く玉里と廉太を見ながら、榮郎は慌てて返事する。玉里はにやっと笑って言った。
「小林をもっと野球にハマらせる、何かいい方法ないかな?」
「小林を練習にハマらせる?ぼ、僕が?無理だよ!」
榮郎は玉里に言われて思わず拒否してしまった。けれど、玉里は容赦なく食い下がる。「即答で断るなんて、金井くんってそんな冷たい人だったっけ?はぁ……私、金井くんはもっと優しいと思ってたのになぁ。」
「ち、違うんだよ!」
誤解されるのが怖くて慌てて否定する榮郎。でも玉里はさらに畳みかける。「じゃあ、お願いね金井くん。」
「は、はい……」
完全に情に訴えられて断れなかった。
後ろを走っていた流星と蓮は、玉里の“してやったり”な顔を見て「完全にやられたな……」と思っていたが、みんな内心どんな方法で目立たない榮郎が小林を動かすのか興味津々だった。
「えっと……小林くん、ちょっといい?」
榮郎はおそるおそる小林の隣に寄って声をかける。小林は変人だけど耳は普通なので、すぐ反応した。「さっきから全部聞こえてたよ。何を言っても無駄だってば……」
「実は台湾人の林友達くんについて、近くで一緒にいないと分からないこと、結構あるんだよ。」
「え?」
榮郎は小林の耳元でそっと囁いた。
「たとえば、林友達と同じ部屋の南極くんから、友達がグラウンドにいない時の、台湾人ならではの秘密の話とか……。きっと他の人は知らないようなネタも手に入るかもよ?」
「なるほど、現場第一主義の台湾留学生情報……」
小林は満足そうにメガネをクイっと上げて、妙に納得した顔で言った。「朝練に参加して観察するのも大事だね、ありがとう、英介くん。」
そう言って小林はすぐに前の方へ走っていき、林友達たちの前に合流した。
「榮郎なんだけど……」
名前を間違われてちょっと苦笑いの榮郎だったが、変わり者の小林とちゃんと会話できたし、お礼まで言われて、少しは役に立てたかなと思った。でも……榮郎は南極の隣で小さく見える林友達を見て、ちょっとだけ罪悪感も感じていた。
田中は目を丸くして今のやりとりを見てから、玉里に尋ねた。「あいつ、どうやったんだ?」
「そんなの私が知るわけないでしょ?」
玉里はコンパクトミラーでメイク直ししながら言い、「そんなに気になるなら自分で聞けば?あ、もしかして三号って、相手の名前すら覚えてないんじゃない?だって三号だし、脳みそもちょっと足りなそう。」
「失礼だな!ちゃんと金井のことは知ってるって。中学の時は同じチームでやってたし。」
田中はそう言い返しながら、金井のところへ「どうやって小林を説得したんだ?」と聞きに行った。
……全く無視されてるわけじゃないんだな、と柴門玉里は思った。
でも、また気弱そうにオドオドしてる金井を見ると、なんかイライラしてしまう。
本当に、もっと普通に話せばいいのに、いつもビクビクして人に合わせてばっか。だから野球でも自信なさげになっちゃうんだよ。
「……ほんとムカつく」
玉里は小さくつぶやいた。
朝練が終わりかけのころ、みんなはいつものようにグラウンド倉庫横のスペースにある屋根付きの場所で着替えていた。林友達が制服に袖を通したとき、背後でなんだか騒がしい声が聞こえてきた。同じクラスの流星が、やたら興奮しながら手振り身振りで何かを訴えている。
「見たって見たって!本当に女子マネージャーだって!うちの野球部に本当にいるんだよ!本当だから!」
「お前、昨日のエロい夢からまだ覚めてないんじゃない?」
「はいはい、妄想は夢だけでやって。起きてるときは現実見な、流星。」
着替え終わった宇治川と蓮は、流星の言葉を全然信じていない。しかも流星はまだ制服の下半身だけ履いて、パンツすらまだの状態、丸出しだ。
蓮が「女のこと考える前に、さっさとパンツ履けや、この露出狂ガキが!」とツッコミを入れ、思いっきり流星のお尻を叩いた。流星は「痛ってぇー!」と叫ぶ。
女子マネージャー……か。
林友達は、クラスメイトたちのやり取りを聞きながら、ふとスポーツ漫画の定番シーンを思い出していた。
必死に試合する球児たちを、可愛い女子マネージャーがグラウンドの外から応援してくれて、時には誰かに恋心を抱いたりする。例えば、バスケ漫画の名作『スラムダンク』にも、マネージャーの女の子と男子部員がカップルになるエピソードがある。
その漫画が流行ってたのは明らかに友達の世代じゃないはずなのに、なぜか記憶に強く残っている。
それは、マネージャーと付き合う男子部員が、やっぱり背が低いタイプだったからだ。しかも試合では後ろのポジションで、全体の流れを見て動く役割。
その映画版アニメを見た時も、そのことが妙に印象的だった。
「女がいるくらいで大騒ぎして、ほんとガキねぇ。」
柴門玉里はそう言って、束ねていた茶色の長髪をほどき、女子の制服のプリーツスカートの裾を整えながら、「もし見たいんなら、特別にサービスしてあげてもいいよ、流星。オタクなら分かるでしょ?私だけの魅力、たっぷり堪能しなさいよ」とニヤリ。
「いやいや、男女関係なく、柴門がやったらもう犯罪だろ?」田中が突っ込む。
「安心しろって。柴門はそうやって言ってても、男に触らせる気なんて全くないから。流星が本気でどうこうしようとしたら、逆にボロクソに罵倒されるだけだし。」
小林はそう言いながらも、横で林友達の様子をじっと観察していた。「ボロクソに罵倒」の意味が分からずきょとんとしている林友達を見つけて、すぐに近寄ってきた。
「友達、“ボロクソに罵倒”ってのはね――」
小林が説明しようとすると、緊張気味の榮郎がすぐに割って入る。「こ、小林くん、そういう話は林くんにはしない方がいいよ!」
「え、何の話?」
話の流れについていけず、原住民らしいくりっとした大きな瞳で首をかしげる林友達。その様子を見て、榮郎は「なんか小動物みたいで、めっちゃ可愛い……」と一瞬思ってしまう。
「女の人のこと?俺もさっき見たよ。」
ゆっくり着替え終えた南極がその話題に乗っかり、指を球場の高橋監督のオフィスに向けて言った。「さっきその女子、あの部屋に入っていったと思う。」
「まさか……流星の言ってたの本当だったのか?」
「まじで昨日の妄想じゃなかったの?」
「お前ら、俺をどんなやつだと思ってんだよ!」
宇治川と蓮に突っ込まれ、流星は顔を真っ赤にして抗議する。まさか本当に女子マネがいるなんて――と、思ったその時、頭の回転が速い蓮がニヤッとしながら提案した。
「ねぇ、みんなで見に行ってみない?本当に女子マネなのか確かめようよ。」
そう言って、ちらっと宇治川の方を見た。
宇治川は蓮の「面白がり仲間」になるのをきっぱり断った。蓮は今度は田中をチラッと見たが、野球バカの田中はまんまと食いつき、顔を赤くして「ま、まあ……日空……南極が見間違えた可能性もあるしな!」と口走った。
「いや、俺は絶対見間違えてない。本当に女の子がいたんだって!」
南極は自信満々に言い張り、今度は友達の方を向いて「な、友達も見たよね?女の子いたでしょ?」と同意を求めてきた。
「俺は分かんないけど……ていうか、このままだと学校遅刻しない?」
友達がそう言うと、みんな一斉にスマホで時間を確認。まだ登校まで四十分残っていることが分かり、「今なら見に行っても間に合う!」と、蓮、流星、田中、小林、そして南極の五人は勢いよく外へ飛び出していった。
その様子を見て宇治川は「ほんとこいつらバカだな」と思わず呆れ顔。
「別にいいじゃん、なんか面白そうだし」
柴門玉里はリップクリームを塗りながら、メイク道具を片付けてその後をついていく。そして、みんなと一緒に行きたいけど迷っている榮郎に目を向けて、「頼むからさ、見たいのか見たくないのか、そういうのも他人の顔色気にしすぎ!ほんとキモいよ」と言い放つ。
「ご、ごめんなさい……」
榮郎は玉里の言葉にシュンとしながら頭を下げる。
「ねぇ、そんな言い方しちゃダメだよ。人のこと悪く言うのはよくない」
友達は全部をちゃんと理解してるわけじゃないけど、「キモい」という言葉だけはしっかりキャッチして、慌てて助け舟を出した。
玉里は友達のフォローを見て、今井榮郎と比べながら不思議そうな微笑みを浮かべて言った。「もしかして友達も見てみたいの?女子マネとか。」
「ぼ、僕はそういうの興味ないし……」
突然聞かれて、友達はちょっと顔を赤くした。
友達のその言葉を聞いた玉里は、「そうなんだ」とだけ答えて、そのまま歩き去った。
柴門玉里が去った後、林友達はほっと胸をなでおろした。正直、ああいう個性の強いタイプはちょっと苦手だ。しかも相手が日本人で、しかも同じチームメイトとなると、緊張してしまう。だけど、坂海工野球部にはそういうキャラの濃い人が多い。運動部ってやっぱり、元気で外向的な人たちが集まりやすいものなんだなと思う。
「金井をそんなにいじめる必要ないだろ?」
玉里の後ろを歩きながら宇治川が言う。「それに、友達は台湾人だし、もっと外国人にも優しくすべきじゃない?」
「なんで?」
宇治川の言葉に、玉里は答える。「金井の性格は昔からだよ。やりたいこと、言いたいことがあっても、なかなか素直に出さない。周りが悪者みたいになるのがムカつくんだよ。それに林友達のことだけど、宇治川――」
「最初に友達に対して冷たかったお前がそれ言う?」
宇治川が言い返す。
「ケンカしたいの、宇治川?」
玉里は腕を組んでため息をつき、「問題を指摘しただけでケンカ腰って言うの、今は私が悪いの?それとも宇治川が悪いの?」と言い捨てて、そのまま歩いて行った。
「おい!柴門!無視すんなよ!」
宇治川は怒って声を上げた。言ってから、さっきまで自分も流星たちに同じようなことを言われていたことを思い出す。ムカつく気持ちは残るけど、ちょっとだけ複雑だった。宇治川はそのまま柴門の横を走り抜けていった。
「えっと、柴門は悪い人じゃないよ。ただ、僕がいつもこうやってオドオドしてるのが好きじゃないだけなんだ。」
金井榮郎が友達に説明する。二人もなんとなくみんなの後をついて、コーチ室へ向かう。
金井は、柴門についてこう説明した。「みんな、だいたい小学校か中学校からの知り合いで、同じ野球部だったんだ。中学卒業後は部活を変えた人もいるし、強い高校にスカウトされた人もいる。柴門や佐久間なんかは中3の時、いろんな私立高校から声かかってたよ。僕なんかとは全然違う。」
「でも、だからって人を悪く言っちゃだめだよ。台湾の中学じゃさ、ケンカや口論したら、絶対にコーチに怒られた。ひどいときは、机の上でお互い抱きしめ合って、顔を向けて『俺たちはいいチームメイトです、ケンカしません』ってみんなの前で10分間やらされるんだ。」
林友達は思い返す。マヤオたちと一緒に野球をしていた頃、もちろん毎回仲良くできるわけじゃなくて、ケンカや取っ組み合いもよくあった。マヤオたちはみんな体が大きくて、友達にとっては分が悪い。でもその時は、本気でぶつかって、そのまま全員一緒に先生に怒られていた。
数日間はお互い口をきかなかったり、目を合わせなかったりする。でも結局、何日か経つとまた遊びに誘ったり、普通に話し出したりする。
部落(村)はそんなに大きくないから、ずっと怒ったままなんて無理なんだ。
「えー、それって、めっちゃ気まずくない?」
友達の昔話を聞いた金井は、やっぱり友達は優しいなと思った。自分のような陰キャに声をかけてくれる人なんて、これまでほとんどいなかった。玉里や流星みたいな自己中心的な“チームの中心”にいるような人たちにずっと憧れてきたけど、自分は身長だけはあるくせに野球の力になれず、性格も優柔不断。
昔からのチームメイトで、今でも名前を呼んでくれる玉里だって、本当はそういう自分に呆れているんだろうか。
「……きっと、僕のことにもううんざりしてるよね?」榮郎がつぶやく。
「いや、むしろ助けたいって思ってるんじゃない?」
友達は首をかしげながら言った。
「え、そうなの?僕が何かしでかしたから、優柔不断なせいでみんなをイラつかせてるだけかと思ってた。」
榮郎は自分よりだいぶ背が低い友達を見下ろしながら、まるで妹か女の子の友達と話してるみたいな、どこか気楽な気持ちになる。だから友達には少し本音が言えるのかもしれない。
「台湾にはそういう人、結構多いよ。みんな、ちょっと不器用でも自分なりの“優しさ”で心配してくれる。ときどき変なこともされるけど、悪気はないし、だからこそ……」
「Kiso ko ko'oma to 'orip no kiso!」
“お前もちゃんとやり返せ!”
中学の時のコーチがアミ族の言葉で、よく友達にこう言っていた。
それが仲間同士のコミュニケーションの形。
子どもたちは、最初から人とうまくやれるわけじゃない。相手の“優しさ”がちょっと不器用でも、きちんと自分のやり方で返してやれ。
コーチは友達とマヤオの首根っこをつかんで、痛いけどくすぐったい感じで笑いながら、「アミ族は“お返し”の部族なんだぞ」って教えてくれた。
「自分のやり方でやればいいんだよ。」
本で読むような、絶対ダメとか絶対OKみたいなルールじゃなくて。友達の率直な言葉が、榮郎にはとても新鮮に響いた。
ここから新しく始まる高校生活、このチームで自分はどう向き合うべきだろうか――そう考えながら、半開きのコーチ室から聞こえる賑やかな声に、榮郎は深呼吸して、ドアを押して中に入っていった。
「今のままの榮郎で十分だと思うよ。」
昔、親友の白石堇子がそう言ってくれた。でも、ごめんね堇子。やっぱり僕は……もう少しだけ、貪欲に“もっといい自分”を目指したいんだ。自分なりのやり方で。
――
みんなでコソコソしながらコーチ室までやってきた。案の定、中からは女性の声が聞こえてくる。それだけで一年生たちはドキドキ。
中を覗くと、女マネージャーの顔は資料や器材に隠れて見えない。なんとか顔を確かめようと、みんなで少しずつドアを開けていった。
すると、その女の子がふいにこちらに向かって歩いてきて、次の瞬間、いきなりドアをガバッと開けた。
隙間からのぞいていた一年生たちは、ギャグみたいにドドドッと床に倒れ込み、「ヤバい!これは女マネだけじゃなくてコーチにも怒られるぞ」と顔を見合わせた。
宇治川や柴門たち後から来たメンバーもちょうどその場面を目撃してしまう。
倒れたままの友達が、書類を抱えた女子生徒を見上げる――
流星が騒いでいた“女マネージャー”は、まさかの、クラスメイトでよく知ってるあの人だった。
「青木さん?」
友達が声をかけると、吹奏楽部の青木陽奈は、転がった野球部員たちを軽く避けながら、落ち着いた様子で前を通り過ぎた。
そして床に転がる日空南極たちを見下ろし、友達に言った。「知らなかったなぁ、野球部の朝練って“のぞき”も練習に入ってるんだ?面白い部活だね。」
「青木、君って野球部のマネージャーだったの?」
友達が聞くと、陽奈は呆れた顔で「私は白井先生の英語プリントを取りに来ただけだよ」と即答。
白井修吾先生は、坂海工全学年の英語担当で、野球部の実質的な顧問でもある。
高橋監督は外部から招かれている非常勤の指導者。公立の野球部はたいていこのパターンで、顧問の先生は名目だけで、実際は生徒たちが自分たちで工夫して練習している場合が多い。
高橋監督は、坂海工野球部ができたころからずっと若い選手たちを見守り続けてきたベテラン。昔、坂海工が“ヤンキー高校”と呼ばれていた時代に甲子園出場を果たした名指導者だ。今もチームの成長をそばで見守っている。
白井先生も野球に詳しいからこそ、顧問の仕事を引き受けたのだ。
「まったく……君たちは何をやってるんだ。学校に行かず、こんなバカなことして……」
白井先生は苦笑しながら一年生たちを見て、陽奈に「先にプリントを学校へ持って行って」と声をかけた。
結局、女マネージャーなんていなかった。
ただ白井先生が青木陽奈に、前回の英語の小テストのプリントを取りに来てもらっていただけだった。
そして、現在野球部のマネージャーの主な仕事を担当しているのは――
「そう、先生の僕です。」
白井修吾がそう言うと、みんなが「えぇ~……」という微妙な顔になる。すぐに高校生たちの頭の中でどんな妄想が渦巻いていたか察した白井先生は、「残念だけど、今のところ君たち“猿”の野球部に可愛い女子マネージャーが応募してくる予定はないよ」とバッサリ。
「ひどいっすよ、白井先生!俺たちを猿呼ばわりするなんて!」
流星が抗議するが、坊主頭に真っ黒に日焼けした肌、夏の日差しで赤くなったほっぺ、普段はグラブをお尻のポケットに挟んで歩いている姿は、どう見ても小猿っぽい。
「先生だって昔は生徒だったから、君らが何を考えてるかくらい分かるよ、豊里……」
白井先生はコーチ室の鍵をかけ、一年生たちと一緒に学校に向かって歩き始めた。この時期、三年生たちは大会前の調整で早めにグラウンドを引き上げている。
「女の子のことばかり考えてないで、もっと練習に励むか、成績を上げること考えなさい。二年生になれば後輩の女の子からモテるかもしれないし、カップルだって夢じゃないぞ。」
そう言って、白井先生はみんなの顔を見渡すと、「それはそうと、最近みんな英語の成績がイマイチみたいだな」と話題を変える。
英語の話になると、途端にみんなが白井先生から視線を外す。
ただ一人、先生と目が合ってしまったのが――
「林友達。」
「あ、はいっ!先生。」
背の高い白井先生に声をかけられ、背の低い友達はちょっと緊張気味。
「野球の練習は真面目に頑張っているし、コーチや先輩たちからの評価も高い。でも、成績が基準に達していなければ試合に出られないからな。ギリギリでもいいから、ちゃんとクリアしておくんだぞ、分かったか?」
「は、はい!分かりました、白井先生。」
そう答えると、白井先生が友達の頭をポンと撫でてくれた。
――
教室へ向かう廊下で、金井榮郎は女装姿の柴門に声をかける。「あの、柴門さん、ちょっと話があるんだけど……」
柴門は金井をチラリと見て、気にせず「なに?」と返した。
「さっき君が言ったことなんだけど、僕……」
「“キモい”って言ったこと?ごめんね、ただ君のいつものグズグズした感じ、どうしても苦手でついキツく言っちゃった。ごめん。」
柴門玉里はそう言うが、謝っているようで全然謝っている感じがしない。
「い、いや、別に……それより、あの……」
「これからはなるべく言わないようにするから、君もあんまり……」
「待って!柴門、少しだけ僕の話もちゃんと聞いてくれる?」
教室の前で、今まで言い出せなかった榮郎が、少し大きめの声を出した。その声に、クラス全体が一瞬シーンと静まり、田中や小林も驚いて彼の方を見た。席に座っていた親友の白石堇子も、教室のドア前に立つ今井榮郎と柴門玉里の方を振り返った。
その時、柴門は髪をかき上げて榮郎の方をしっかりと向いた。依然として無関心そうな顔つきだけど、今度は榮郎の目をしっかり見つめて尋ねる。「金井、何が言いたいの?」
榮郎は、女子よりも綺麗なその顔を見つめながら思った。柴門は流星や蓮みたいに部活の中心ではないけれど、彼だけの個性的な魅力がある。だからこそ、あれだけ自分に自信を持ち、女装で堂々と登校し、誰からも受け入れられている。そんな柴門が羨ましい。でも――
「僕は、ただ……僕の性格はこうだから、君には嫌われたり、見ててイライラするかもしれない。でも、それが僕なんだ。」
「だから、これからもよろしくお願いします。」
女装の柴門玉里でも、台湾から来た林友達でも、南極で暮らしていた日空南極でもない。
自分は自分なりのやり方で、少しだけでも変わりたい――金井榮郎の“今”を、ちゃんと見せたかった。
ほんの少しでも、進めたら――
「ふーん、やっぱりちょっとイラつくわ。」
柴門はそう言って立ち去ろうとしたが、去り際、榮郎の耳元で小さな声で囁いた。
「でも、さっきよりはちょっとマシかも。」
チャイムが鳴り、榮郎は自分の席に戻った。まさか自分が柴門みたいな人に、こんなことを言えるなんて――心の中で、そっと息を吐いた。
その時、後ろの席から肩を軽く叩かれた。振り返ると親友の白石堇子がにっこり微笑んで、「今の榮郎、かっこよかったよ」と言ってくれた。
「やめてよ、からかわないで……」
そう言いながらも、榮郎は嬉しそうに笑った。
先生が教室に入ってきて、クラス委員が「起立!」と声を上げた。
昼休み、学生たちは大きく二つのグループに分かれる。お弁当派と購買(売店)派だ。
友達たち野球部は、入部時に二年生の佐久間先輩から「野球部は全員お弁当派だよ」と説明を受けていた。みんなで別途お弁当代を集めて、部で用意する弁当を食べる。こうすることで、全員の栄養バランスをしっかり守っているのだ。
しかも、そのお弁当は男子寮の調理スタッフ――もともとは旅館の料理人たちが、高橋監督や白井先生と相談しながら作ってくれている。
友達は弁当箱を開ける。旅館クオリティの料理だけあって、見た目も味も悪くない。でも今日は、なんだか箸が進まない。
朝練後、白井先生が言ったあの言葉。もちろん一年生みんなに向けて言ったんだろうけど、実はかなり自分の心に刺さっていた――
「成績が悪すぎる」という現実。
学期が始まったばかりとはいえ、すでに小テストや課題がちょこちょこ出ている。
台湾出身の友達にとって、これは本当に辛いことだった。というのも、台湾時代は体育クラス(スポーツ特進クラス)で、野球部員=勉強が苦手という自己認識もあったし、むしろ普通。
けれど日本の高校には「体育クラス」なんてない。公立の野球部に入っても、みんなと同じように授業を受け、宿題や試験勉強も当たり前。バットを振ったり球を投げるだけじゃなく、ちゃんと勉強しなきゃいけない。
「毎日コツコツ勉強する」「復習をきちんとする」――
そんなこと、これまでの友達には到底無理な話で、当然のように成績にはっきり出てしまう。
今日の部活後は、大会前で三年生以外は過度な練習禁止。一・二年生は早めに活動終了となり、同じクラスの野球部五人組は男子寮の自室で勉強の話題に。
南極が友達のカバンからテストの答案用紙を何枚か引っ張り出して、「友達、ほんとに勉強できないんだな」とストレートに言う。
「やめろって!見ないで!」
友達は慌てて答案を取り返すが、みんな興味津々。他のメンバーも「ちょっと見せて」と寄ってきて、結局四対一の形で押し切られ、友達の成績をあれこれチェックされてしまう。
「ともゆ、そこまで悪くないと思うけど?」
流星が成績を見て言う。すかさず宇治川が「お前は自分も成績悪いからそう言うだけだろ。でも、友達……これはちょっとヤバいぞ。お前の点数、流星といい勝負じゃん」と突っ込む。
「他の科目はギリギリ合格ライン頑張ればいけるけど、英語はちょっと……もう少し頑張った方がいいかもね」
蓮も気を使ってなるべく傷つけないように言ってくれるけど、英語のテストは20点。これではどうフォローしても厳しい。
蓮と宇治川も、決して“勉強が得意”というわけではないが、成績はなんとかほぼ合格点をキープしている。
浅村蓮は、普段から勉強に困ることはほとんどなく、学校の成績は基本問題なし。
宇治川翔二も、たまに苦手な科目が一、二個出てくるくらいだが、それも少し頑張ればクリアできる範囲だ。
一番ヤバいのはやっぱり流星。
ほとんどの科目で友達と同じく赤点ギリギリだが、あと10点くらい足せば何とかなるレベル。これも蓮が「勉強しろ」とうるさく言ってくれるおかげで、野球バカの流星も何とか成績を保っている。
「成績が一番いいのは金井だよな。東京の進学校でも余裕でやってけるレベルらしいぜ」
制服のシャツをはだけて腹筋を見せながら、床に寝転がっていた蓮が言う。「昔は“県外の高校に進学するか、このまま地元に残るか”が金井の悩みだったんだってさ。俺らみたいな“進学できる学校があるかどうか”って悩みとは、次元が違うわ」
「マジかよ、アイツだけは本当に心配いらねーな」
「柴門も、本気でやれば普通に高得点取れるタイプだし。田中三号は兄貴二人がいるから、成績落ちたら即スパルタ補習。小林は何かミステリアスだけど、数学が得意で国語系は苦手。でも成績自体は全然ヤバくないレベルだとか。」
「……ってことは、もう残ってるのは……」
宇治川が言うと、三人同時に林友達をじっと見つめる。
そして、その50点に届かない答案用紙を見て、しばらく沈黙が流れる。
「……これ、救えるか?」宇治川が言う。
「うーん、無理かも。もう諦めるか……」蓮が冗談っぽく言った。
「分かったって!ちゃんと勉強するから!」
林友達はみんなの手からテストの答案を一気に奪い返し、耳まで真っ赤にしながらそれを急いで自分のカバンに押し込んだ。
そして、流星たちがまたイジってくるのを恐れて、そのまま自分のベッドの中に答案を隠す。
さらに話題をそらそうと、台湾から持ってきた「イーメイ小パフ(小泡芙)」や「可樂果」を取り出してみせた。
この作戦は見事に成功。
流星たちは日本で見たことのないそのお菓子に興味津々になり、みんなでパッケージの漢字を読めるかどうかのゲームを始めて盛り上がった。
「でもさ、友達ってこんなに勉強苦手だったんだな」
南極が床に大の字で寝転がりながら言った。
「じゃあ南極、お前は何点だったの?」
ベッドの上から不満そうに友達が聞くと、南極は自分のリュックからあっさりと答案を出して見せた。
見てみると、南極の成績は特別優秀というわけではないが、友達に比べれば完全に“できる子”レベル。
いつもおバカなことばかりしている南極が、まさかこんなに勉強できるとは――
友達は正直ショックだった。
「結局、俺だけがバカなんだな……」
そうつぶやいて、ゴロンと天井を見上げて寝返りを打つ。
すると突然、南極の顔が至近距離に現れる。
南極がベッドに乗っかってきたので、友達は押し返しながら言った。
「もう、じゃまなんだわ、でっかいアンタさ~」
「おっ、出た!友達の台湾なまり日本語!」
「ほんとだ、妙におかしいけど意味は分かる、めっちゃ面白い!」
「いや、わざとだから。普段はこんな日本語使わないし!」と友達。
みんな、友達の“変な日本語”は台湾訛りだと思っているが、実は友達がわざと原住民っぽい話し方を日本語にのせているだけ。
独特のリズムとイントネーションが、まるで漫才みたいで、関西人の蓮たちにはたまらなくツボなのだった。
「南極、お前、南極基地にいた時は試験なんてなかっただろ? いいなぁ……」
友達のその言葉に、南極はちょっと拗ねたような友達の表情を見て、思わず微笑んだ。二人は向かい合って横になり、南極の足がベッドからはみ出ている。友達が勉強のことで困った顔をしているのを見て、南極はつい頭をなでてあげた。「よしよし、えらいぞ~」
「答えてないってば」
友達は南極の手を払いのける。
「えーとね、日本の高校に戻る時だけ三回試験があった。教育委員会の日本語能力テスト、学力認定テスト、それと高校の入試。あと、面接で学習計画書を書いたり、家庭訪問があったり。だって日空博士、つまり俺の母さんは南極から動けなかったから、軍人さんが俺を一番近い国まで連れて行ってくれて、面接受けて……結局、試験より国籍の問題の方が面倒だった気がする。」
聞いていた友達は「なんか……俺、変なこと聞いちゃったかも」と思った。南極基地で育った南極の人生は、そもそも普通の人と全然違う。
でも、どこに行っても試験からは逃げられないんだと、ちょっと笑えてしまう。
「友達、お前、台湾にいた頃もこんな成績だったの?」
南極が尋ねる。隣では流星たちがイーメイ小パフはプレーン味かチョコ味かで盛り上がっている。
友達は何も考えずに「前はちゃんとできてたよ。満点取ることもあったし」と口にした。
「えっ?」「うそだろ!?」「まじかよ!」
みんなが驚く。
「本当だってば!」
友達はちょっと照れくさそうに言い返した。
南極が反応するよりも先に、イーメイ小パフを食べていた三人組がまるで衝撃の事実を聞いたかのように、一斉に振り向いて友達を見た。
友達は「本当だってば」と言い張る。昔は成績の心配なんて一度もなかった。中学時代は毎日野球漬けで、授業中は教室に入るとすぐ寝てばかり。
台湾の体育クラスには「A・Bテスト制」っていう制度がある。
体育クラスの生徒は普通クラスと同じ難易度のA問題を受けるか、体育クラス向けに簡単に作られたB問題を受けるか選べるんだ。
Bテストは内容が超簡単で、問題集の内容を丸暗記していれば満点も取れる。
友達の所属していた野球部も全員体育クラスで、強豪校だったこともあり、その空気は一層強かった。
だから仲間たちはみんな、こういう制度を利用して推薦や特待生枠で高校の体育クラスに進んでいた。
「テストの時は、先生がまず問題を配ってきて、毎日同じやつをやるんだ。だから本番でも満点取れるんだよ」
友達が説明する。
「それって、ほとんどカンニングじゃね?」
流星が茶化すが、その目はどこか羨ましそうだ。
そんな“台湾式体育クラス”の受験制度にどっぷり慣れていたから、日本で普通にテストを受けて、しかも全て日本語の環境になったことで、友達の成績は一気にどん底まで落ちた。
まさか「成績が悪すぎて野球ができない」なんてことがあるとは――
友達は本気で勉強しなきゃと思い始める。
でも、中学三年間をずっと“ラクして”乗り切ってきた自分が、日本の工業高校一年で今さら追いつけるのか……?
そんな不安を感じていると、正面で誰かがじっとこっちを見て、ニコニコしている。ずっと見られている気がして、思わず背中を向けると、その人がまた顔をこっちに向ける。再びそっぽを向くと、また正面から見つめ返される。何度繰り返しても、同じ。
イラっとして友達が「自分で勉強するから、手伝わなくていい!」と南極に言うと、
「別にいいじゃん」
そう言って、南極はぐいっと友達を自分の腕の中に引き寄せて抱きしめた。
「ほんとにうざいよ、どいてってば!」
友達は日空南極の抱擁をふりほどき、リュックを持って自分の机へ向かった。雑で汚いノートと、見るも無残な成績の答案用紙。英語のテストはバツ印だらけで、思い出したくもない。
その一方、南極のほぼ満点の英語答案が頭に浮かび、友達は心の中でぐるぐる悩み続けていた。
ふと南極を見ると、友達のベッドをほぼ占領するほど大の字で寝転び、まるで子供のように拗ねている。
なぜだか、どうしても南極に勉強を教えてもらうのは本能的に恥ずかしい気がして、助けを求めることができなかった。
「そうだ、友達、たぶん知らないと思うけど……」
蓮がニヤニヤしながら話しかけてきた。間をとって、いたずらっぽい笑顔で続ける。
「もし期中テストで赤点取って、期末もダメだったら、学校から家族呼び出されるからね。で、夏休み全部補習と補講に参加。もし補習でも合格できなかったら、部活完全禁止だよ。どうして俺がそんなこと知ってるか?それは――補習のプロに聞いてみて!」
そう言って蓮は流星を引き寄せ、「ジャジャーン!」と効果音までつけて紹介。
流星は「俺はちゃんと補習受かったし、部活禁止なんかなったことないわ!蓮のバカ!」と騒ぎながら、二人は犬みたいに床でじゃれあい始める。
宇治川は台湾のお菓子を全部抱えて、「ほら、ここ人の部屋なんだからそろそろやめろ」と呆れ気味。
「家族呼び出し、夏休みなし」なんて聞いて、友達は一気に顔が真っ青に。
もしお母さんやお姉ちゃん、あるいは姉の婚約者・川頼さんが来ることになったら、めちゃくちゃ恥ずかしい。
それに野球部の活動ができなくなったら……本当に意味がない。
友達がため息をついたその時、何かが頭に乗った。
見ると、それは白井先生が配った英語のプリント。
振り返ると、南極がそのプリントを持ってニコニコしている。
友達は複雑な表情で、顔を赤らめながら南極を見上げる。
南極は、何か言いたげだけど言い出せない友達の表情を見て、イタズラっぽくその短髪を撫でながら、いつもの明るい声で言った。
「じゃ、友達が一番苦手な英語から始めよっか!」
「……よろしくな」
恥ずかしそうに、でも小さくうなずく友達。
今度は南極の手を払いのけず、そのまま頭を撫でさせた。




