第十章 幼くて不器用な僕たち
台湾出身の陸坡と申します。
この小説は、もともと中国語で執筆したものをAI翻訳を通じて日本語に変換しています。そのため、不自然な表現や誤った言葉遣いなどがあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。
バットをぶんっと思いきり振る!その勢いは、隣でトスしてる林友達にもちゃんと伝わってくるくらい。でも、打球は全然飛ばなくて、ただポトンと地面に落ちるだけ。南極のバッティング練習は空振りばっかで、しゃがんでトスしてる友達はちょっとイラついてた。でも、南極が打てないことがイラつく理由じゃなくて、実は他にあるんだ。
「コーチ、姿勢もっと低くしろって言ってたろ。こうやってさ。」
友達は立ち上がって、高橋コーチが南極に何度も言ってたフォームを再現してみせる。ちゃんと教科書通りのスイング。バットを下から上にすくい上げて、ボールを遠くまで飛ばすってやつ。でも正直、この打ち方は友達には合ってない。
だって友達、身長160センチちょいしかなくて、ストライクゾーンも狭いし、球を選ぶのが大事なんだ。中学の時から背の高い奴らとは違って、バントとか小技で勝負してきたタイプ。でもさ……本当は自分も、たまには思いきりホームラン狙ってみたいって思ってる。野球部なら、誰だって一回は憧れるもんだよな。
「大丈夫大丈夫!もっと打ってれば絶対当たるって!」
南極がニッと笑って励ましてくる。友達は「絶対ムリだし!」って即ツッコミ返して、またしゃがんでトスを続ける。案の定、次も空振り。ほら見ろって心の中で思う。でも何球かしてるうちに、南極のバットがちょっとだけボールの端にカスるようになった。本人も「あー、惜しい!」とか叫んでる。
なんだこいつ……。友達は南極をじっと見る。南極のフォーム、さっきよりちょっと変わった?
投げるたびに友達は「また重心高いし!」「急ぎすぎ!」ってつぶやきながらトスを投げる。「もっとボールちゃんと見てから振れって……」
そしてついにヒット!南極、今度は全部ちゃんとボールを打ち返し始めた。まだバッティング練習三回目なのに、マジかよ。天才?友達は信じられない目で南極を見た。正直、全部完璧なトスじゃないのに、南極はちゃんと球筋見て打ってきてるっぽい。
南極、ドヤ顔でまた一球打った。……と思ったら、ボールがネットの端に当たって、跳ね返って友達の股間を直撃!
「っぐあああ……!」友達は即座に股間を押さえてその場にうずくまる。南極を睨みつけると、南極はビビりながら、おそるおそる聞いてきた。
「友達、そっち……大丈夫……?」
「あるわけないだろっ!」友達は涙目で叫ぶ。
「ぷっ、寮のコンビほんとウケるわ~」
隣でバッティング練習していた流星が、友達の“急所”直撃事件を見てゲラゲラ笑いだす――が、その直後、今度は流星の顔にトスされたボールが直撃。柔らかく投げただけでも、硬式球は痛いもんは痛い。流星は大げさに「いってぇぇ!」と叫ぶ。
「ご、ごめん!」トスしてたのは友達の親友、蓮。
蓮はまるで読み上げるみたいな声で、「ちゃんとボール見てないと、本当に投手から顔面直撃されるかもよ。危ないんだから」と流星に注意。
「絶対ワザとだろ、お前!蓮!」流星は怒鳴り返す。
「他人のこと笑ってる余裕ある奴は、ボール見てないから言えたもんじゃないでしょ」と、横でスイングしてた宇治川が横槍を入れる。
流星は「お前ら全員グルだろ!」と小学生みたいに騒ぎ出し、蓮と宇治川が同時に「アホか?」と冷たく返す。
「なんかこの感じ、また中学の頃の三人組に戻ったみたいだな」
小林はメガネをクイっと上げて、手帳に何やら書き込む。「台湾からの留学生、林友達……本日、またしても同部屋の日空くんにより“急所”直撃。これで南極による台湾人の被害、今日だけで三度目」と、ブツブツ独り言。
「そんなの記録する必要あるかよ?」
同じグループの田中廉太が小林にツッコミ。
バッティング練習中の榮郎も、みんなの騒ぎ声につい気を取られてそちらを見てしまう。
「おい、投げるぞ」
一緒に練習してた柴門玉里が声をかける。視線が泳いでる榮郎に向かってだ。
「あ、あ、ごめん……」
慌てて体を戻す榮郎。でも次のスイングも空振り、つい溜息が出る。今日、自分まだ一本も当たってないし、まあどうせ誰も期待してないけど――と自虐していたら、玉里が突然立ち上がって、榮郎の目の前にズイっとやって来る。
自分のほうが背は高いはずなのに、玉里の勢いに押されて思わず聞く。「え、えっと……柴門、どうした?」
「猫背やめろ。それから脚はもっと開いて!前に踏み込む感じで大きく振れ、まったく……全然フォームきれいじゃないぞ!」
柴門玉里は金井先輩の意見なんてお構いなしに、いきなり榮郎のフォームを直し始める。なんでだか、この萎縮してる感じを見るとイライラしてくるんだよな――玉里は思わず溜息をつく。
「よく聞けよ、もう一回チャンスやるから。本気でスイングしろよ。」
玉里がそう言って、またマウンドに戻ってボールをトスした。
あ、ダメだ、この球は絶対無理……。榮郎はスイングのタイミングが遅れたと思ったけど、「前に振れ」って玉里が言ってたのをふと思い出して、思いきって前に踏み出した。その瞬間、バットがボールに当たって、球が前に飛んだ!榮郎は嬉しくなったけど、勢い余ってバランスを崩し、前のめりに倒れてしまった。
「え、当たった?今の打てたよな!」
榮郎が地面から慌てて立ち上がると、柴門玉里はホコリを払って立ち上がり、全然驚いた様子もなく「まあ、まだまだ下手だけど……一応合格ってことで」とクールに言った。
「え、あ、はい……」
榮郎が返事すると、玉里はちょっと首を振りながらボールを榮郎に渡し、自分はヘルメットをかぶってバットを持ち替える。その時、またあの事件が――友達がまた南極の犠牲に。南極がカッコつけてバットを回してたら、バットがすっぽ抜けて再び友達の股間を直撃!今度こそ南極は友達に殺されても文句言えないかもしれない。
「今日からもうお前なんて知らねーからな!日空南極、この大バカヤロー!」
教室でグループワークの時間、南極はガックリ肩を落として、机にアゴと両手を乗せながら、しょんぼりした顔で友達の台湾訛りを真似していた。
「なにそれ、ケンカ中のカップルの怒ったセリフみたいじゃん?」
吹奏楽部の陽奈が、冬眠中のクマみたいな南極を見て笑いながら言った。
坂海工は昔はヤンチャな男子校だったけど、今の校長夫人が有名な元声楽家で、女子生徒の受け入れや音楽系クラブの設立を進めたことで大きく変わった。男子合唱団や吹奏楽部もその一つで、創部して数年で近畿大会の金賞や全国大会代表に選ばれるほどの実績を上げている。
青木陽奈たち新入生女子も、それが理由で坂海工を選んだ子が多い。女子が工業高校を選ぶのは今でも珍しいけど、1年の青木陽奈は“超高校級”と言われるほどのトランペット奏者で、吹奏楽部のエース的存在だった。
「また南極くんが何かやらかして、友達くん怒らせたんじゃない?」
陽奈がそう言ってきた。
「でも、わざとじゃないし……」南極はしょんぼりと答える。
「わざとじゃないのに失敗する方が、余計ムカつくんだよ、南極。」
青木陽奈は一切同情の色も見せずに、別のグループで古文の現代語訳に苦戦している友達の方をちらっと見た。
「言われてみればそうだけど、ちゃんと謝ったし……」南極がボソッとつぶやく。
「謝って済むなら警察いらないでしょ?」
陽奈が呆れたように言うと、南極は小声で「南極には警察なんていないもん」と、まるで子供のようにむくれてみせた。
「僕、日空くんとケンカしちゃった。また日空くんが変なことして僕を怒らせるんだよ。練習のときも、授業中も……僕、別に彼の保護者じゃないし、ただのルームメイトなのに、コーチや先生はすぐ二人セットで扱うし、本当に困る……」
「でも、日空くんが嫌いなわけじゃない。毎回彼を見るたびに、なんか心臓がバクバクするし、あんなに背が高くて、肩も胸板もすごいし。腹筋は食いしん坊だからないけど、それでも毎晩一緒に寝たいし、ギュッと抱きしめたりキスしたり、えっちなこともしたい。どうしよう、まだ怒ってていいのかな?ほんと困っちゃう……」
「お前ら、ほんとヒマだな……」
同じグループの宇治川が、友達に勝手にアフレコしてる蓮と流星を見てあきれ顔で言った。
そして、わざと少し距離を取っている友達がチラッとこっちを見て、また黙って教科書に視線を戻すのが見えた。南極のバットでやられた件で、みんなが爆笑してたのが相当頭にきてるらしい。
……まあ、宇治川自身も内心めっちゃ笑ってたんだけどね。
「ま、怒ってる時は俺らがどうこうできるもんじゃないし、全部南極がバカすぎるのが悪いんだよな~」
流星が言うと、蓮と宇治川は「お前がそれ言う?」って顔で流星をじっと見つめた。
「大丈夫だよ、友達は大人だから。」
蓮は頬杖をつきながら、「俺たちみたいなガキとは違うって、先輩や監督と話してるの見てたらわかるし。たまに“宇治川ウイルス”にはかかるけどな」と笑う。
「お、宇治川ウイルス感染か~」
「ぶっ飛ばすぞお前ら、それ何だよそのウイルス?」
宇治川が不機嫌そうに言う。
「なんかさ、どうでもいいことにイライラして、意味わかんないタイミングでキレるやつ?」
蓮が皮肉っぽく返す。
宇治川はじっと蓮を見つめたまま黙り込み、冷たく言い返した。「そういうの、マジで乗り越えられない奴よりマシだろ?」
その言葉に、蓮は一瞬ピクッと口元が引きつる。表情は変わらないけど、拳がぎゅっと握られるのが分かった。
「な、なぁ、その話はもうやめとこうぜ!」
流星が慌てて二人の間に割って入り、ケンカになりそうな空気を無理やり断ち切る。三人は普段からこうやって軽口を叩き合ってるけど、時々本気で地雷を踏んじゃう瞬間がある。宇治川はしばらくしたらケロッとするけど、蓮の場合はちょっと厄介だ。流星は蓮の腕を引っ張って、必死に話題を変えようとする。
「ほら、友達手伝おうぜ!台湾の高校生が日本の古文とか絶対無理だって、そうだそうだ、な?蓮、もういいって蓮!」
「ごめん、そのセリフどういう意味?」
突然声をかけてきたのは友達本人。教科書を手に、そこには清少納言の『枕草子』の文章が書かれている。友達は現代日本語はなんとか理解できても、こういう日本の古典なんて全くのお手上げ状態。
彼がみんなと距離を置いて黙っていたのは、南極の件で怒ってたからじゃなくて、実は全然古文が分からなくて頭が真っ白になっていたからだった。
「なーんだ、そんなの俺が教えてやるって!」
流星は自信満々に言った。
その自信に、蓮と宇治川は呆れ顔で「お前、本気で言ってんのか?」とツッコミ。
「友達、こいつな、中学の時国語のテスト5点だったんだぜ?100点満点で5点。あの時はさすがにコーチも絶句してたからな、豊里流星!」
「全部の成績ヤバすぎて、一時は出場停止になりかけて、コーチに泣きついて補習してもらってた豊里流星な!」
「ひどっ!俺、泣いてねーし!」
流星は顔を真っ赤にして抗議した。
三人がそんなやりとりをしてる横で、友達はふっと息を吐いて、さっきの微妙な空気が少しだけ和らいだ気がした。日本人がよく言う「空気を読む」ってこういうことかもしれない、となんとなく思った。
「へえ……やるじゃん、台湾の野球バカ。」
近くで様子を見ていた青木陽奈がクスッと笑う。その時ふと見たら、さっきまでいた南極の姿が消えていた。
「僕が教えてあげるよ、友達!」
突然肩に手を乗せられて振り返ると、そこには南極の顔。友達は一瞬顔をしかめ、「お前、こっちのグループじゃないだろ、日空」とそっけなく返した。
「えっ……、ま、待ってよ友達、どこ行くの?」
「先生、すみません、ちょっとトイレ行ってきます。」
友達は先生に声をかけて、教室を出て行った。
――まだ怒ってるんだな。
南極のがっかりした様子に、周りの皆も「ちゃんと友達に本気で謝った方がいいぞ」と口々に言うのだった。
トイレに行った林友達は、正直、前に南極にズボンを下ろされた時と同じで、しばらくすれば怒りもだいたいおさまるってわかってる。でも、なんでだろう、今回は簡単に南極を許したくなかった。というか、ほぼ三日に二日は南極のせいで何か巻き込まれてる気がする。
たとえば、ランニングベースの練習で何回も「盗塁すんな」って言ってるのに、南極は「盗塁ってカッコいいから!」とか言って結局やらかして、佐久間先輩に呼び出されて説教される羽目に。で、俺まで「同じ部屋なら南極にちゃんと常識教えろよ、友達!」って一緒に怒られる。
「はい……」しかも、毎回わざと俺の名前間違えて呼ぶし。
あと、キャッチボールの時も南極がカッコつけて無理な送球して、甲子園練習中の三年生の先輩たちの所にボールぶっ飛ばしかけて、一年全員で謝りに行く羽目に。
でも三年の田中キャプテンは優しい人で、「大丈夫だよ」って言ってくれた。でも結局、俺の方を見て「友達、お前同室なんだし、野球の経験もあるからちゃんと南極に教えてやれよ」ってまた頼まれる。
「はい……」
南極のせいで先輩にまで何度もお願いされてばっかだ。
南極が何かやらかすたびに、最後は俺が「同室」ってだけで、南極を見張ったり指導したりって役目が回ってくる。南極が言うこと聞けばまだいいけど、どうせすぐ忘れて、次もまた「カッコいい野球」でやらかして、そのたびにまた俺が怒られるかお願いされる。
「俺、南極の保護者じゃないんだけどな……」
正直、みんなの視線はいつも“天才野球少年”みたいな南極だけに向いてて、俺のプレーなんて誰も見てない気がする。
――たぶん、そのせいでもムカついてる。
教室に戻ると、自分のグループの流星たちが南極と楽しそうに盛り上がってる。
俺が日本人じゃないってのもあるし、みんなの紀州弁もよく分からないし、教科書も正直さっぱりだ。
南極も昔は別の場所で暮らしてたはずなのに、今じゃあんなにすごいプレーして、みんなに認められてて……。
……俺、ちょっとだけ――
嫉妬してるのかもしれない。
「よっ!」
標準的なピッチングフォームで、夜ご飯を食べてお風呂も済ませた林友達は、南極に会わないようにこっそりとピッチングタオルを持ち、男子寮の誰もいない部屋で全身鏡に向かって投球練習をしていた。
誰が置いていったのかわからないけど、バランスボードと全身鏡があるこの部屋は、投手がフォームを確認するのにぴったりだった。
ピッチングタオルは普通のスポーツタオルをちょっと加工したものだ。長いタオルの端を結んで「打撃点」にし、途中にグリップの印をつけて固定する。投球動作やリリースポイントを確認したり、腕と体の連動を調整したり、フォームの確認に使う。
タオルを振ることで肩や肘への負担も少なくなる。
「まさか君がこの場所見つけるとはね。」
「えっ……あ、ああっ!すみません、藤田先輩!」
「いやいや……謝らなくていいよ……」
藤田は友達の謝罪にちょっと困った表情。鏡を見て「やっぱこの怖い顔のせいかな」と苦笑いする。
本人もこんな強面になりたかったわけじゃない。どっかのドラマに出てくるヤクザの兄貴みたいな顔だなと自虐している。
ドアを開けたのは二年の藤田迅真。
友達が見れば、藤田先輩はスポーツ用の短パンとタンクトップ姿、手にも同じようなピッチングタオルを持っている。どうりで投手向きの部屋だと思った。でも、藤田先輩の耳についている謎のアイテムが何なのか、友達には分からないけど、あえて聞かなかった。
藤田迅真はウォームアップをしながら、「気にしないで続けて」と声をかけてくれた。
友達も練習を続けるが、鏡越しに藤田先輩が後ろにいるのを感じて、やっぱり少し緊張する。
藤田先輩は二年生にして三年生の試合に帯同する準エース。地元の野球系ネット番組や雑誌にも出たことがあって、期待の星だ。
毛巾での練習とはいえ、ユニフォームじゃなくても藤田迅真の投球フォームはまるで侍の抜刀術みたいに鋭く、無駄な動きがなく一瞬でリリース。
林友達は「こんな先輩の投球、そりゃ憧れるよな」と思いながら、藤田先輩の全身鏡を使った調整姿に感化され、自分ももっと上達しようとタオル練習に打ち込む。
「君、日空とケンカした?」
「え、いや、ち、違います……あの、その……」
水を飲んでいる時、急に藤田先輩が質問してきた。友達はとっさに否定しようと思ったけど、藤田先輩の真剣な表情を見て、なんだか誤魔化しきれなくて、結局ちょっと気まずそうに「いや、ただ俺が一人で拗ねてるだけです……」と答えた。
「みんなが南極のこと好きだから?それとも、南極が初心者なのに強いってとこ?」
藤田がさらに聞いてくる。友達は即答できず、よく考えてみると「両方……かな?」と、ぼそっと答える。本当は認めたくない。そう言ったら先輩に自分が嫉妬してるってバレるから。南極のほうが自分より凄い、格好いい、それが悔しいのだ。
「みんなが南極に期待してるのは否定しないよ。コーチも先輩たちも、やっぱり南極みたいな“強い存在”が現れるのを望んでる。人間、強い奴を応援したくなるのは普通のことだし。」
そう言いながら、藤田先輩は友達のフォームを見て、腰や太ももに手を添えて調整してくれた。重心がちょっとズレてたらしい。その動きに友達は顔が少し赤くなった。藤田先輩は思ったより近くて、シャワー上がりの銭湯みたいな木の香りがふんわりした。
「でもさ、南極をどう思うかは君次第だよ。実は君だけじゃなくて、他の皆も南極に対して多少なりとも妬みとか感じてると思うよ。ただ、君ほど素直に出さないだけでさ。」
そう言うと、藤田は自分のピッチングフォームを鏡の前で一度見せる。友達と違って全く重心がブレていない。「この感覚でやってみて」と言われ、友達もマネしてみるけど、やっぱりまだ何かしっくりこない。
リリースのタイミングが違うのか?藤田は「誰でも140キロ以上投げられるわけじゃない」と笑う。
「でも南極ってやつ、いつも暴投ばっかで、言っても全然直さないし!バッティングも、走塁も、守備も、毎回毎回、結局俺が面倒見るハメになるんだよ……!」
友達は少しイラついてタオルを振り回し、重心を崩して前のめりに転びそうになった。その拍子に、藤田が手を伸ばして支えようとしたが、逆に一緒に倒れてしまい、藤田が友達の上に覆いかぶさる形になった。
「ここってさ、エロいことする場所じゃないよな?」
ドアを開けて入ってきたのは佐久間先輩。
入った瞬間、藤田が友達を押し倒して、しかも手が友達の腰にあって――
佐久間はすかさず引き戸を閉めるふりをして、「あ、ごめん、お邪魔だった?」とわざとらしく言った。
「えっ、藤田ってそんな趣味あったんだ?マジか~♡」
「さっきから盗み聞きしてる奴に演技力なんていらないだろ」
藤田は苦笑しながら立ち上がり、佐久間に「ミーティング?」と確認した。
「俺との二人会議だよ。コーチがさ、バッテリーの作戦について相談し始めろって。田中先輩たちの次の候補になるためにもな。
で、藤田、お前が台湾人の恋人くんも出したいなら止めはしないぜ?な?友友君。」
「いい加減にしろよ。」
藤田は佐久間の頭を軽く叩き、引き戸を開けて佐久間を部屋から引っ張り出そうとする。そして振り返って友達にこう言った。
「友達、本当に伝えたいことがあるなら、ちゃんと本人に直接言った方がいいよ。話せば、お互いもっと分かり合えるし。俺だって、頭が痛くなるけど付き合っていかなきゃいけないヤツがいるんだ。」
「おいおい、俺は自分の“嫁”(バッテリーの相方って夫婦みたいなもんだろ)が浮気してたんじゃないかって心配してんだぞ!」
佐久間はそう言いながら藤田のお尻をつまみ、藤田は「やめろって、ホントにもう……」と困った顔で体をよじる。
友達はその様子を見て、思わず顔が赤くなった。
自分の部屋に戻ってドアを開けると、何かが違うのにすぐ気づいた。
今まで南極が散らかしまくってた部屋が、なぜか異様にきれいに片付いている。むしろきれいすぎて逆に落ち着かない。
南極は、友達が入ってくるのを見て何か言いたそうだったが、気まずそうに視線を逸らして体を小さくした。
いや、小さくないな、こいつはどう見ても大型犬……。
友達は自分が南極に嫉妬していることを、だんだんと実感し始めていた。昔、中学時代にマヤオやフクサダの身長をうらやましく思ったのと同じ。でも結局、みんな友達のままで、一緒に何年も野球をやってきた。
ただ南極は、それだけじゃなく、なぜかやたらと自分に懐いてくる。不思議だけど、これが南極なりの距離の取り方なんだろうな。
「ごめん、オレ……わざと無視してた。」
友達がちょっと恥ずかしそうに謝ると、南極は「え、なんで友達が謝るの?」と不思議そうな顔をしつつも、先に声をかけてもらえたのが嬉しいようだった。そして、
「ついに部屋きれいにしたよ、友達!」と笑顔で報告した。
南極は、ずっと友達が戻ってくるのを部屋で待っていた。みんなから「ちゃんと謝った方がいいよ」と言われ、考え直していた。でも、毎回友達に小言を言われるこの部屋を見て、「何か変わらなきゃ」と思い立ち、まずは行動で誠意を見せようとしたのだった。
「ごめん、わざとじゃなかったんだ。だって、ああやってバット振るのカッコいいし、ピッチングも動画で見たみたいにやりたかったし、盗塁も超クールじゃん!試合の映像で見て、俺もやってみたくなっただけなんだ。」
南極も素直に頭を下げた。
「日空、オレ……いや、日空はなんで野球やりたいの?」
友達は、本当は自分がどれだけ南極のことを羨ましく思っているか――身長や、野球を始めたばかりなのにすぐ追いつく才能、速い球、絶妙なタイミングのバッティング……
そういった嫉妬や劣等感を打ち明けようとしたが、最後まで言葉にはできなかった。もし言ってしまったら、自分が南極に負けを認めることになる気がして――。
まるで中学の時のチームメイト、マヤオたちを褒めると、すぐ調子に乗って「俺すげーだろ!」って自慢してきたあの感じだ。
あの時の友達は本気でイラついて、マヤオを中学の裏の川に放り投げて、そのまま太平洋まで流してやろうかと思ったことすらある。
そんな自分の元チームメイトよりも、もっと自分勝手で自分大好きな南極相手には、なかなか本音を言いたくなかった。
「自分に野球の才能があるって分かってたから?」
友達は思わず聞いた。自分も昔、そうやってコーチに言われて頑張ってきたからだ。いつかプロになりたいって夢見て、みんなと同じように、朝から晩まで吐きそうになりながらも練習して、いい成績を目指してきた。
たぶん、このチームの全員がそうやって毎日やってる。
「まさか~、俺なんて南極基地だぞ?」
トランクス一丁の南極が、にかっと笑う。
友達は意外だった。てっきり誰かが南極の才能を見抜いて、日本に連れてきたんだと思っていたから。
「日空博士――っていうか、俺の母ちゃん。
あとは軍人のお兄さんたちとか、研究してるおじさんたちが、ずっと母ちゃんに『日本に戻して野球させてあげなよ』って言い続けてくれて。
その軍人のお兄さんたちが、『お前のピッチングフォームはすごい』とか『球がめっちゃ速い、日本一かもな』なんて言ってくれて、ちょっとその気になってさ。
『じゃあ日本帰って、野球好きな人たちと一緒に優勝して、テレビで母ちゃんに自分を見せたい!』みたいな、そんな感じ。」
南極が嬉しそうに、南極基地で褒められた話をしているのを見て、
本当にただ「日本で野球がしたい」ってだけの、子どもみたいな理由なんだなと思った。
他の人なら絶対信じないけど、南極と二ヶ月一緒にいて、
こいつが普通の日本人じゃない、めっちゃ素直でいつもニコニコしてるヤツだって分かってきた。
「友達はどうして野球やりたいの?」
南極も逆に聞いてきた。
「俺は……プロ野球選手になりたくて。あと、子どもの頃、親父が――」
ここで言葉が詰まった。昔のことは複雑で、自分でもよく分かってないし、南極にどう説明すればいいか迷った。
「……俺の父さん、昔は野球選手だった。」
「野球選手!?すっげー!!」
南極はキラキラした目で、今までで一番テンション高くなっていた。
初めて自分の父親のことをそんなにストレートに褒められて、なんだか不思議な気分だ。
南極がどんどん近づいてきて、友達はちょっと戸惑った。
「それで、今は?お父さん、もう野球やってないの?」
「……もう亡くなった。俺が小さい時に。」
「……あ、ご、ごめん……」
南極は一気にテンションが下がって、しょんぼりと謝った。
「でも友達は、お父さんのこと好きなんだろ?じゃなきゃ野球やってないと思うし。」
南極はそう言うと、突然ごろんと横になって、ペンギンの抱き枕を抱きしめながら言った。「変な話だけど、実は俺、自分の父親が誰か知らないんだよね。」
「え?南極の父さんって、南極で働いてるんじゃなかったの?」
「違うよ。南極にいたのは母さんだけ。母さんが一人で俺を産んだんだ。父親はいない。」
「え、どういうこと?亡くなったとか?」
「詳しくは俺もよく分からないんだけど、母さんがこう言ってたんだ。」
――私は子どもが欲しくて、自分が母親としての本能とか母性を持てるかどうか確かめたかった。
それでアメリカの精子バンクで手続きをして、いいと思った男の人の精子を買って、あなたを妊娠して産んだの。
実際、“母親”の意味を自分で確かめるために個人的なケースになっちゃったけど、これで分かった?南極。
そう言いながら、日空博士は自分で描いた、ペンギンのヒナが卵から出てくる絵を南極に見せた。まだ七歳にもなっていなかった南極は、よく分からずにすぐ母さんに質問した。「えっ、じゃあ俺には卵がなかったの?残念だなぁ、ペンギンの卵から生まれたかったのに!」
「人間が卵生だと、お母さんの体から素早く栄養を吸収したり、老廃物を排出することができないから、もし実現できても、胚から赤ちゃんになるまで何百年もかかるかもしれない。でも、『外部孵化技術』みたいな、女性の子宮の機能を人工的に再現する『人工子宮卵生化』や、オスの疑似陰茎による精液の大量生産なんかも……」
「ストップストップ!日空博士、その話ここまで!」
研究員たちが日空博士を慌てて引き離し、黒川軍曹や兵士たちが急いで南極の耳を塞いで、騒がしい基地の食事タイムはあっという間に終了した。
「じゃあ、精子って買えるのか?」
友達は自分が今何を聞いたのか信じられず、頭の中が野球部男子にはちょっと刺激が強すぎて混乱していた。南極も半分くらいしか分かっていない感じで、「たぶん……そうなんじゃない?」とあっけらかん。
「友達も買う?精子とか。」
南極が無邪気に聞いてくる。
「誰が買うかよ、そんなもん!……でもさ」
友達は地べたに寝転んでいる南極を見て、南極が昔「ペンギンの卵から生まれたかった」って言ってたのを思い出し、思わず吹き出してしまった。
「日空、お前さ、もしペンギンの卵から生まれたかったって言っても、そのサイズじゃ絶対入らないだろ!」
「俺だって、子どものころはこんなにデカくなるなんて思わなかったし!」
友達の笑顔を見て、南極はなんだかよく分からないけどちょっと恥ずかしくなり、ムキになって言い返す。「友達もなんか昔の変な妄想話してよ!俺だけズルい!」
「やだよ、それはお前が勝手に話したんだろ!わ、日空、何やってんだよ!おい、やめろって!ダメ、南極、ストップ!やめろ!」
南極が友達の足をつかんで、力任せにぐいっと引っ張って自分の布団の中に引きずり込む。下着とTシャツ姿の友達と、短パン一丁の南極が床の上で取っ組み合いを始めた。
南極が大きな体で友達をがっちり抱きしめて動けなくしたと思ったら、今度はくすぐり攻撃。友達は大笑いしながら反撃で南極の腹の肉をつまんで、まるで小学生みたいに転げ回る。
たしかに、友達はまだ南極にちょっと嫉妬してる。でも、南極のプライベートなことを少し知って、なんていうか――今はそんなに嫌いじゃない、そう思えていた。
「そうだ、下の階で藤田先輩が使ってる秘密の練習部屋見つけたんだけど、今度一緒に行ってみる?タオルでピッチング練習するやつ。」
「え、なにそれ?」
野球の練習って聞いて興味津々の南極だけど、「タオルピッチング」って言われてもピンとこない。友達は南極の隣に寝転んだまま、肩や肘に負担をかけずにフォームを調整できるこの練習法について、ゆっくり説明し始めた。
南極は、横になって動作しながら野球のことを楽しそうに語る友達を、ふと見つめた。
その原住民の血が入った小さな顔、やっぱりかわいいな――特に野球の話をしている時の友達は、なんか無性に可愛く見える。
南極はつい手を伸ばして、友達の短い坊主頭をなでた。
「……な、何?」
友達は怪訝な顔で南極を見た。
「いや、友達ってほんと可愛いなーって思ってさ。」
南極は真剣な顔でそう言ったが、友達は呆れて「今オレが説明してたのちゃんと聞いてた?毎回それなんだよな。もう南極は連れてかないぞ!」とそっぽを向いた。
「ちゃ、ちゃんと聞いてたって!置いてかないでよ~!」
南極は必死に言い返す。
――朝。商店街と学校の間に建つ新しい三階建ての坂海工女子寮は、町一番の岬阪旅館のオーナーであり学校の大株主でもある人が土地を寄付して建てられた。
岬阪に通う地方出身の女子生徒たちのために建てられ、24時間管理人常駐、カードキーや門限などで安全もしっかり守られている。
ここには主に吹奏楽部の生徒が住んでいて、みんな同じタイミングで集団登校・下校、合宿の時も行動は一緒だ。
青木陽奈は朝練の前に運動着に着替えて、簡単な肺活量トレーニングをしていた。吹奏楽部は運動部じゃないけど、楽器をしっかり吹くには体力も重要だ。体調管理・運動・基礎練習・課題曲の反復……毎日がルーティン。
一年生で入部した陽奈は、既に部内のスター的存在。卒業したトランペット首席の穴を自然に埋め、基礎練習の時点で顧問も先輩も強烈な印象を残した。外見はクールに見えるが、本当は温厚で協調性も高い。
「そりゃ、あれだけ完璧なら新入生代表スピーチも任されるよね」
「ほんとそれ……」
先輩たちはトイレでそんな「完璧な後輩」陽奈について話していた。
ただ一つ気になる小ネタは、「中学時代に彼氏がいたらしい?」という噂だけ。これは友人が東京の卒業校をリサーチした時の伝聞らしい。
「青木がそういうの、なんかイメージ湧かないなあ」
「それに、東京って言っても私たち田舎とは違うし、小学生から付き合ってる子もいるって話だし」
「ウソでしょ?私なんて十何年生きてて一度も彼氏できたことないのに……」
「坂海工ならいくらでも出会いあるじゃん?漫画みたいに、野球部の先輩と吹奏楽部の後輩とか」
「うーん……でも、うちの野球部って、佐久間先輩以外だと田中先輩には彼女いるし、藤田先輩は正直犯罪者顔で無理だし、イケてる人いないよね」
「それは言えてる……」
女子トイレで制服に着替え、学校へ吹奏楽の朝練に向かう陽奈は、偶然二年生の先輩たちの会話を耳にしたが、特に気にせず寮を出た。
坂海工の吹奏楽部は朝練を強制していない。朝の授業に間に合えばどこで練習してもOKだが、結局みんな同じ楽器の仲間で集まることが多い。
陽奈は音楽室の隅に座り、春の終わり、初夏の陽射しが強くなり、桜の桃色が新緑に変わる景色をぼんやり眺めていた。
ラスト10分でみんな「お疲れ」と声をかけあい、それぞれ教室へ戻る。
その時、音楽室の窓際から外を見ていた陽奈は、ちょっと面白い光景を見つけた。
同じクラスの台湾からの留学生・林友達が、校門に向かってダッシュしている。その横を並走しているのは、背の高い日空南極。何を言い合っているかは分からないが、見ている限りまた南極が何かやらかして友達を怒らせた結果、二人して遅刻しそうになっているのは間違いない。
「……また仲直りしたんだな。」
陽奈はそう呟き、どうせ今日もまた授業中、友達が南極に呆れたり怒ったりしている表情を眺めることになるんだろうな、と思った。そんな顔を眺めるのも、授業のちょっとした楽しみだ。
教室に戻ると、授業ギリギリで飛び込んできた二人にみんなが軽く挨拶をする。
自分も座席に着いて、近くの林友達に小声で声をかけた。
「セーフだね(セーフ=アウトにならずにベースに到達した時の掛け声)。」
「こいつ……ほんとに!南極のバカヤロー!」
友達は本気で怒っているけど、南極はニコニコしていて、何が悪かったのか分かっていない様子。
アニメやドラマじゃない限り、こんな言い方で人を怒るやつ、現実にいないよな……と陽奈は心の中でツッコミつつ、
やっぱり自分の読みは当たってたなと小さく微笑んだ。
――まるでケンカするほど仲がいい、バカップルみたいな野球コンビだな。




