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第一章 あの灼熱の春

はじめまして、こんにちは。台湾出身の陸坡ルポと申します。

高校野球とカツ丼が好きです!(`・ω・´)b


この小説は、もともと中国語で執筆したものをAI翻訳を通じて日本語に変換しています。そのため、不自然な表現や誤った言葉遣いなどがあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。

春の終わり、まだ夏には早いはずなのに、すでに耐えがたいほどの暑さだった。野球グラウンドで林友達リン・ユウダは何度もユニフォームを引っ張って風を入れようとするが、額に滲む汗は止まらない。テレビで見たことのある眼鏡をかけた専門家が「地球温暖化」と呼んでいたが、それが実際どういう意味なのかは分からない。ただ、とにかく暑くて、少しでも涼しい風に当たりたかった。でも、台湾で吹く風もなぜか熱いのだ。


ここは台東県東河北源村。周囲にはアスファルトの道路といくつかの家があるだけで、あとは山と川に囲まれている。かつて記者が「青い山と緑の水、自然豊かな場所」と紹介したこともあるが、中学生の友達にとっては、ただ退屈な場所にすぎない。夜になると、祖父母がつけるテレビの音以外、何も聞こえない。


時々、何匹かの猿を見かけることがあり、友達は友人と一緒に猿を驚かせようとするが、逆にちょっと怖くて、結局は人も猿も逃げ出してしまうのが常だった。橋を渡り、いくつものカーブを抜けると「順那部落」が見えてくる。ここには大小さまざまな平屋が立ち並び、友達と祖父母の家もこの集落の中にある。集落の向かいには坂道があり、その坂を登ると目立つほど小さな野球場がある。そこが泰源中学校の野球場だ。


キャップを整え、友達は大きく息を吸って吐き、マウンドに立つ。捕手が股の間で出したサインをじっと見てうなずくと、捕手のミットが少しだけ内側に動くのが見えた。お尻を引き締めて、腰をグッと上げ、足を上げて全身を連動させながら腕を振り抜く。リリースの瞬間、少し角度をつけて投げた球は、ストライクゾーンの端ギリギリ、内角を突いて捕手のミットに収まった。友達はすぐさまスピードガンを持つチームメイトを振り返り、今の球速を確かめようとする。


「124キロ!」チームメイトが少し興奮気味に声を上げる。


仲間が笑顔で声をかけてくれるその様子に、友達もほっとする。台湾の中学校野球部の投手データによると、平均的な投手の球速は時速100キロから120キロ程度が多い。しかし、友達の球速はそれを明らかに上回っていた。基準を超えるスピードと優れたコントロールで、友達はいつもチームの先発投手を任されている。今年卒業すれば、高校の強豪チームから声がかかり、有名校で野球を続けられるだろうと、コーチも太鼓判を押していた。


彼らの学校の誇るOBについては、林友達リン・ユウダもよくコーチや周囲の人から聞かされていた。かつて台湾プロ野球の時報イーグルス、味全ドラゴンズ、興農ブルズ、さらに日本でも活躍した張泰山チャン・タイサン、兄弟エレファンツの王金勇ワン・ジンヨン、CPBL通算100本塁打・100盗塁を達成した阿魯更・ファヌ(張志豪/チャン・ジーハオ)。他にも、今も高校野球やプロで活躍している先輩たちがいる。彼らもまた、この“山と水ばかりで退屈な場所”で、一生懸命に練習してきたのだ。だからこそ、毎日グラウンドに立つ林友達や仲間たちも、いつか自分もプロになりたい、メジャーリーガーを目指したいと夢見ている。


林友達の中学校には一応野球部があるが、辺鄙な場所にあるため、若者はとても少ない。多くはアミ族の年配者ばかりで、少子化もあって、今では学校の半分以上が野球部員だという。台東のあちこちから野球好きな生徒を集めても、先生やコーチを入れても100人には満たない。


今年、中学3年の林友達はもうすぐ卒業だ。チームの友人たちともそれぞれ別の道を歩むことになる。練習後、彼らはユニフォームのまま自転車を押しながら、日が沈む前に家へ帰ろうと急ぐ。運がよければ、近くの雑貨屋でジュースやお菓子を買いに立ち寄れるかもしれない。


友達ユウダ、卒業したらどこで野球やるつもり?」


隣で自転車を押していたマヤオがそう尋ねてきた。マヤオも幼い頃から野球を続けていて、小学校は別だったが、中学ではチームメイトになった。しかもマヤオの実力も友達に負けていない。過去にはU12台湾代表に選ばれ、各校のスカウトからも注目されていた。


「たぶん、ピンチェン(平鎮)かグーバオ(穀保)じゃないかな?コーチによると、うちの先輩たちもたくさん行ってるって。」


後ろを歩いていたフディンがそう答え、さらにマヤオの進路についても言及した。「マヤオはもう学校から声がかかってるんだ。インガー高商(鶯歌高商)のコーチが訪ねてきたって。」


「ちょ、お前、なんで俺のことまで話すんだよ!」


マヤオはフディンの“おしゃべり”に少し不満そうだった。自分で友達に伝えたかったのに、先に言われてしまったのだ。しかし、フディンは全く気にした様子もなく、


「だって、声がかかるなんてすごいじゃん。俺たち普通の奴らは君たちみたいに誰かが取り合うことなんてないし。コーチだって、君と友達には絶対学校が決まるって言ってたし。」と言い返す。


「そういうことじゃなくてさ、自分で友達に話したかったんだよ!」


マヤオは少しむくれながらも、友達の肩を軽く叩いた。


友達は、二人のチームメイトがじゃれ合っているのを見ていた。彼らはみんな近くの集落に住む先住民の子供たちだが、友達は“ハーフ”で、母親は平地人(白浪)の血を引いている。父親が亡くなってから、母は日本人と再婚し、友達はずっと台東の村で祖父母と暮らしている。母親から「日本で一緒に住まない?」と誘われたこともあったが、母の新しい夫も反対しなかった。


それでも友達は、台湾に残り、気心の知れた仲間たちと一緒に野球をしたかった。


「俺は分かんないな。前にイナ(アミ族の年長女性)が言ってたけど、高校から家に電話があったって。それからコーチも電話を受けて、平鎮高校からの特別入試に来てほしいって言われたらしい。」


台湾では、平鎮高校や穀保家商といった野球の強豪校に入るために、毎年多くの中学生選手が選抜試験や推薦を受ける。特に優秀な選手は、中学のコーチから推薦されたり、姉妹校との連携で声がかかったりもする。野球を本格的に続けられる学校は多くないので、強豪校に進めれば、プロ野球選手への道もぐっと近づく。


林友達の中学での活躍は誰の目にも明らかだったが、平鎮は即決でスカウトせず、「テストを受けてから」と条件を出してきた。それには、何かしらの不安要素があるからだと友達自身も感じていた。実は、野球の実力以外に“弱点”があることを、本人も分かっていたのだ。


「身長のこと?」


中学生とは思えないほど背が高い(170センチ台)マヤオが、アイスをかじりながら友達を上から下までじっくり見てくる。そして最後にニヤリと笑って、「でも小さくてかわいいじゃん」と一言。


「かわいいって何だよ、バカ!」


友達は思わずマヤオを蹴ろうとしたが、空振りに終わった。マヤオは悪戯っぽく笑っている。後ろから身長180センチ近いフディンが友達の頭を撫で、いきなり後ろから抱き上げた。「下ろせってば!」


「本当に可愛いなぁ」と、フディンは友達の首に頬をすり寄せる。マヤオもその隙に友達の短い坊主頭を撫でる。友達が怒って文句を言う、その表情さえも二人には可愛く見えてしまう――これが、彼ら小さな野球選手たちの日常だった。


マヤオもフディンも、友達より頭ひとつ分は背が高い。中学野球部の中でも、友達の体は筋肉質で引き締まっているが、小柄なその体格は「ミニチュアホース」とあだ名されるほど。しかし、そんな友達を二人はちょっと“かわいい”と思っているようだ。


「もう、すぐ怒るよね。俺の顔にパンチしないで。俺は顔で飯食ってるんだから。」


「コーチに言おうかなぁ、友達にいじめられて手が脱臼しそうだったって。」


「絶対ウソだろ、それ!」


友達は二人の拙い演技に、呆れ顔を浮かべながらもつい笑ってしまうのだった。


これは三人の中学時代の日常だった。友達は自分が学校のすぐ下に住んでいることを少しありがたく思っていた。遠くに住むチームメイトたちは、休日にならないとコーチや両親が車で迎えに来られないことが多い。野球が好きでも、家を離れて寂しさに耐えきれず、こっそり泣いてしまう一年生もいる。自分はもう家族のことで感情をあらわにすることがほとんどなくなった、と友達は思う。たぶん、少しずつ大人になって、いわゆる「普通の幸せな家庭」とは違う自分の家庭を受け入れるようになったのかもしれない。


平鎮高校の特別選抜試験に関しても、友達は逃げるつもりなどなかった。むしろ、自分の実力を正面から試す機会が楽しみだった。


友達はさっきのマヤオとフディンの悪戯に仕返ししようと、二人のアイスキャンディーにいきなりかじりついた。突然アイスを奪われた二人は驚いて、「俺のアイス!おい、友達、お前は本当に子供だな!」と声をあげた。


三人は雑貨店の前のベンチでまたじゃれ合いを始めた。そこへ誰かが近づいてきて、三人を一目見て、真ん中にいる友達に声をかけた。


「友達、まだここにいたの?家で大事件が起きてるよ!」


「大事件?どんな?」


小さな部落で、顔見知りばかりの場所だ。友達は「大事件」と言われても大して驚かなかった。やって来たのは、近所や向かいに住むおばさんで、サンダルとジーンズの短パン、染め損なったような髪、元気な声でこう言った。「大事件だよ、誰かが車で家に来て、あんたのおばあちゃんに“友達に会いたい”って言ってたよ。あんた、悪いことでもしたの?早く行きな!」


「悪いことって、そんなに大げさな……。俺たちまだ十六歳だし。」


「俺たちが悪いことすると、すぐコーチにバレるからな。前に学校の犬の毛を剃ったときも、お尻叩かれて犬に謝らされたし。」


捕まえた友達にマヤオとフディンも、わけのわからないことを言って笑い合う。


ともかく、おばさんの話では、村の人ではなく見知らぬ誰かが家に来たらしい。友達は二人の手を振りほどき、「ちょっと家に戻るわ。あとでまたな」と言って自転車を押して帰路についた。


マヤオとフディンは、友達が自転車で家に向かっていくのを見送る。


「誰なんだろうな?」とマヤオがつぶやくが、二人とも答えはわからない。おばさんの方を振り返ると、もう何事もなかったかのように店で栄養ドリンクを二本買っていた。


舗装の悪い道を汗だくになって自転車で急いで帰ると、家の前には日本車が停まっていて、玄関の半分をふさいでいる。友達は自転車をそのまま放り出し、野球バッグを背負ったまま家に入った。


扉を開けると、狭いリビングに祖父母が座っていて、もう一人、おばさんが言っていた「誰か」と目が合った。見知らぬ人だが、友達は一目でその人が誰かわかった。


「……お母さん?」


きちんとしたスカートに、バッグとお揃いのジャケット、つま先の丸いフラットシューズ。母親はソファで自分の持参したカップの熱いお茶を飲んでいて、友達が入ってきたことで祖父母との会話が中断された。


母親は、着替えていない汗と泥だらけの野球ユニフォーム姿の友達を見て、目線を下げて少し眉をひそめた。咳払いをしてから、笑顔で言った。


「久しぶりね、友達。おばあちゃんから、あなたの学校の成績がちょっと……イマイチって聞いたけど?」

 

「成績悪いって言うなら、ちゃんとそう言えばいいじゃん。」友達はぼそっと返す。


こういうとき、なんとなく母さんと話すのはいつも気まずい。沈黙が続いて、やっとおばあちゃんが口を開いた。「麗華、先生が言ってたけど、友達の成績は悪くないんだって。平均くらいはあるってさ。でもね、コーチは“野球はすごく上手だよ”って褒めてたよ。台湾の大会でもチームが優勝したし、奨学金の話も来てるんだよ。」


おばあちゃんの言葉を、今度はおじいちゃんがそっと止めようとする。でも間に合わず、母さんがにこにこしながら言う。


「分かってるよ、友達が野球うまいの。でも今は昔と違うし、野球だけやっても、プロになるのは本当に一握り。もっと広い世界も見てほしいし、第二言語も勉強してくれたらなって思うの。」


「まぁ、それも分かるけどさ……でも、友達はまだ高校生だし、友達のことはちゃんと考えてあげないと……」


おばあちゃんが言いかけると、母さんが「大丈夫、大丈夫。ちゃんと考えてるから」と優しく返す。


「……でも、俺は野球続けたい。」


友達がぽつりと言うと、部屋がしんと静まり返った。


「高校でも野球やるよ。平鎮高校もテストに来てほしいって言ってるし。俺、本気でプロ目指したい。」


ちょっと声が上ずったけど、目は真剣だった。


母さんはため息をついて、「でもね、もう平鎮高校には断りの連絡しちゃったんだ。」


「え?なんで?」


「コーチにも、他の学校にも全部伝えてあるよ。」


「なんで勝手に決めるの?!」


友達はカバンをガンと床に置き、声を上げた。


「俺、自分で言いに行くし!なんで毎回、母さんが決めちゃうの?俺は野球がしたいんだよ!」


「落ち着いてよ、友達。お母さんだって心配してるの。」


「毎回、野球の話になるとそうじゃん!日本にいたときも、結局ちゃんとやらせてくれなかったし。」


「そんな言い方しなくても……」


「もういいよ!俺、外行ってくる!」


麗華は日本から帰国し、本来は林友達の将来のために話し合うつもりだったのに、またしても家族の衝突になってしまった。友達が家を飛び出していった後、家の中はしんと静まり返ったが、すぐにもう一人の姿が彼を追いかけて外へ出て行った。


「麗華、友達には高校のこと、ちゃんと言ってないだろう?」

「お父さん、直接言っても、あの子は全然聞いてくれないのよ。毎日野球、野球ばっかりで、将来のことなんて全然考えてないじゃない。野球にどれだけ未来があるっていうの?あなたたちも友達に何か言ってあげてるの?私がこれだけ考えて行動して、どこが悪いのよ……本当に。」


意外にも、麗華が「野球」の話をしても、祖父母はあまり口を挟まなかった。でも、母と子の衝突はやはり気がかりなようで、二人もつい何か言いたくなった。友達はまだ十六歳、もうすぐ大人だとはいえ、やっぱり子どもなのだ。祖父母は麗華に、「これからのことは、よく話し合って決めなさい」と優しく諭すのだった。


林友達は家を飛び出すと、汚れたユニフォームの袖で涙を拭った。泣いて物を投げて、家族の前で子どもみたいに怒って泣いてしまった自分が恥ずかしかった。格好いい野球選手になるなら、みっともないところを見せるわけにはいかないのに。


鼻をすすりながら、指で涙と鼻水を拭ったその時、誰かがティッシュを差し出してくれた。顔を上げると、微笑んでいる女の子がいた。

「トイレで全部聞いちゃったよ。またママとケンカしたんでしょ?」


「……先に怒ったのはママだし。」

友達がぼそっと答えると、その女の子は友達の短い坊主頭を優しく撫でて言った。

「姉ちゃんには分かるよ。ママは友達が野球やるの嫌がってるし、友達は負けず嫌いで絶対やめたくないし。なんだか、パパにそっくりだよ。」


林友達の姉・林鈺雯リン・ユイウェンは母親と一緒に日本に住んでいるが、よく台湾で野球をしている弟とビデオ通話で話していた。姉弟の距離は遠くても、とても仲が良い。今、姉ちゃんも日本から一緒に帰国していたことを、友達は知らなかった。


「姉ちゃん、ママの味方なの?」


友達は一見しっかりしているようでも、こういう時はやっぱり十代の子どもだと姉ちゃんは思う。


「どっちの味方ってことじゃないよ。友達はまだ未成年だから、ママが決める権利があるんだ。でもね、ママはママなりに友達のことを考えてるんだよ。たしかに、やり方はちょっと強引だけど。でも、野球を続ける方法は絶対あるから。」


「どんな方法?もうママが学校に断ったのに……」

友達が泣きそうな顔でそう言うと、姉ちゃんはやさしく微笑み、しゃがみこんで友達の顔を覗き込んだ。


「友達……甲子園って聞いたことがある?」


林友達の母・李麗華リー・リーファは、強いキャリア志向を持つ女性だ。台湾にいた頃から日本と取引のある貿易企業で働いており、その後は日本企業に招かれ、アジア部門のマネージャーとして勤務している。姉の林鈺雯リン・ユイウェンも母の影響で日本の学校を卒業し、そのまま日本企業で働いている。二人とも日本語がとても堪能だ。


幼い頃、林友達も母に連れられて日本で数年間暮らしたことがある。しかし、「野球がやりたい」と母と激しくぶつかった末、当時まだ存命だった父親に連れられて台湾へ戻り、台東の実家で暮らすようになった。それが、友達が中学三年間野球を続けるきっかけとなった。


だが今、父親は亡くなり、友達ももうすぐ中学を卒業する。母の李麗華は、友達を日本の学校に進学させ、日本の教育を受けさせたいと強く望んでいた。第二言語や専門スキルを広げることは、将来の仕事に必ず役立つと信じている。この日、台湾に来たのも、学校や祖父母とそのことを話し合うためだった。当然ながら、彼女の頭の中に「野球」の二文字はほとんどなかった。むしろ、友達には野球から少し離れてほしいと思っている。だからこそ、野球に夢中な友達をしばしば怒らせてしまうのだった。


姉の鈺雯は、そんな母と弟の間に立って、いつも仲裁役を務めている。今回も、母が強く友達を日本へ進学させようとしても、鈺雯には止めることができなかった。それでも彼女は、できる限り弟の気持ちを尊重したいと思っている。日本と台湾の時差はわずか一時間。弟が携帯を使える時はよくビデオ通話で話し、野球の話を楽しそうに語る友達の目はいつも輝いている。野球の細かいことは分からなくても、母がどんなに反対しても、鈺雯は弟が野球を続けてほしいと心から思っている。


数日後、友達が素振りの練習をしていると、チームメイトのマヤオが駆け寄ってきた。いつもは冗談交じりで話しかけてくるのに、今日はどこか真剣な表情だ。その様子を見て、友達もなんとなく察した。


「さっき職員室で、先生とコーチが“友達は平鎮に行かないらしい”って話してるのを、たまたま聞いちゃった。」


マヤオはそう言いながら、バットを振る友達の反応をうかがう。返事がないので、不思議そうに続けた。

「え、なんで行かないの?本当は行きたくないの?それとも穀保とか高苑、普門のほうが好き?」


「どっちでもないよ。あんまり聞かないでよ、マヤオ。別に君には関係ないでしょ。」

最近いろいろあってイライラしている友達は、友達の追及にちょっと冷たい口調になってしまった。


「うわ、怒ってる~。まるで山のイカつい奴みたいだな。」

マヤオはふざけた口調で言う。「僕たちアミ族が付き合いづらいって思われるの、全部お前のせいだからな、林友達!」


「マサマ、クワ・イティラ(何を言ってるんだよ、変なやつ)」

友達はバットをまたに挟み、グローブを直しながら部落の言葉で返す。その表情はさっきまでの険しさが和らぎ、思わず笑みがこぼれる。


「友達、お前は野球やるんだよな?」


「当たり前だろ。」


「じゃあ、なんで平鎮行かないの?」


「平鎮に行かなくても野球はやれるさ。」


「ホントに?お前、どこで野球やるつもりなんだよ、なんでそんなに秘密主義なんだ。ねぇ、俺たち約束したじゃん、一緒にプロ行こうって。絶対勝負しようってさ、どっちが先にMVP獲るかって。ウソつくなよ、アディナ・ド・シノ・ク・サ!(絶対ウソつくなよ!)」


「俺、日本に行くよ。」友達はぽつりと言った。


「……え、え、ええええ!?日本に!?マジかよ!?」

マヤオが驚いて叫びそうになったので、友達は慌てて彼の口を塞いだ。


「声でかすぎだって、ユ・マヤオ。」


二人は打撃練習場の片隅で取っ組み合いになり、すぐにコーチの怒鳴り声が飛んできた。二人は驚いてその場に座り込むが、すぐにコーチから「グラウンド一周!」と走らされる羽目に。走りながら友達は不満げに言った。


「お前のせいで怒られたじゃん。」


「俺のせい?日本だぞ、日本!俺なんて台北にも行ったことないのに。」


「鶯歌に進学すれば行けるじゃん、台北。」


「鶯歌は新北市だよ。地理苦手すぎでしょ、そりゃ60点しか取れないわけだ。」


「お前こそ45点だっただろ、よく言うよ。」


二人は息を切らしながらも、ふざけ合い、ランニングを終えた後は水道ホースで体を冷やす。しばらく卒業した先輩たちの話や、台湾プロ野球のこと、最近観た試合のことなんかで盛り上がった。


顔の水を拭きながら、マヤオがふと聞いた。


「友達、お前日本語しゃべれるの?」


「うん、ママと姉ちゃんが昔、無理やり日検受けさせてさ。一応一級取ったし、証明書もあるよ。」


「じゃあ、甲子園行くの?」

マヤオは真剣な顔で友達を見つめる。


「……どうかな。」

友達は少しうつむきながら答えた。


野球をやっているかどうかに関わらず、日本の高校野球の最高の舞台「甲子園」は誰もが知っている。野球好きの友達ももちろん甲子園の存在は知っていた。テレビの野球アニメを見ているとき、主人公たちが必死に甲子園の切符を手に入れようとし、グラウンドで熱い試合を繰り広げる姿に、思わず胸が熱くなったものだ。そして今、台湾で野球を続けようと思っていた友達も、気がつけばあのアニメの主人公たちのように「日本に行く」「野球をやる」立場にいることに驚いていた。しかし――甲子園?自分の実力で本当にそんな場所に立てるのか?


世界ランキングで見ても、日本の野球の実力は台湾よりはるかに高く、ずっと1位か2位を争うレベルだ。台湾がまだ一度も届いたことのない高さ。ネットで「台湾の選手が日本に行った」という記事を見かけても、その後は話題にならないことも多い。自分も結局そうやって、誰にも知られず終わってしまうんじゃないか――そんな不安もよぎる。


日本の高校って、どんな場所なんだろう?アニメやマンガでしか見たことがなくて、実際の姿なんて想像もつかない。


本当は、まだ日本に行く覚悟も、ましてや日本で野球をやる準備なんて全然できていない。


友達は、正直なところ「日本で野球をやるのは嫌だ」と思った。


「アディカカ、ミシャワス・ド・アニト・ク・クワ。」


そんなふうにぼんやり突っ立っていると、背の高いマヤオが後ろからやってきて、友達の肩を叩きながら、そして顔を軽くぽんぽんと叩きながら、この言葉を繰り返した。友達が彼を見ると、マヤオは太陽みたいな笑顔でもう一度言う。


「アディカカ、ミシャワス・ド・アニト・ク・クワ。」


「どういう意味?」

友達は自分の部族の言葉がそこまで得意じゃない。そう聞くと、マヤオは友達の頭をなでながら、まるで小さい子を励ますように言った。


「小さい頃、怖くて泣きそうなとき、お母さんがよくこう言ってくれたんだ。

アディカカ、ミシャワス・ド・アニト・ク・クワ。」


「怖がらなくていい。ご先祖様が見守ってくれてるから。」


アミ族の男は昔から戦士であり、狩人だった。山でも、海でも、今は野球場でも。


「先に歩けよ、俺のこと見ないで。見たらマジで怒るからな、マヤオ。」

帰り道、友達はわざと強い口調で言う。


「誰も見てないって、早くしろよ!……ほんと、お前、可愛すぎるんだよ、友達。」


友達はマヤオの隣に寄りかかっていた。マヤオは、自分より背が低いけれど、チームのエースである友達のしっかりとした肩の重みを感じていた。マヤオには分かっている――このピッチャーの友達は、誰よりも一生懸命練習しているし、これから高校生活が台湾じゃなくなっても、きっと日本のどこかのグラウンドで白球を追いかけているだろう、と。


一方、台東のホテルの一室で、林友達の母・李麗華は娘が用意した資料を手にして、不思議そうな顔で訊ねた。


「鈺雯、私は前から友達を日本の高校に通わせたいって言ってるでしょ?実際に学校も見学してきたの。静かな環境だし、寮もあって先生の管理も行き届いてて。友達の勉強にもきっと役立つと思ったの。でも、あなたが今渡してきたこの資料は……?」


ベッドの上に広げられた資料。李麗華が見ていたのは、大阪府立岬高等学校という、進学校としても評判が良く、パンフレットには制服姿の生徒たちが明るく微笑んでいる写真が載っていた。「これぞ理想の高校生」というイメージだ。しかし、林鈺雯が準備していた入学案内は、岬高等学校ではなく、その近くにある別の学校――


市立岬阪みさかさか高等海洋工業学校だった。


李麗華は眉をひそめたが、鈺雯はすでに母が何を気にしているのか分かっていたようで、はっきり言った。


「お母さん、友達の成績はちゃんと見てるでしょ?」


「分かってるよ、友達の成績はあまり良くない。」


「でも、実際には今年の中学卒業試験の平均点より上なんだよ?」


「そんなの全然良くないわよ。これからは世界を相手にしなきゃいけないのよ。だから岬高校の入試を受けさせようと思ってたのに……」


「でも、お母さん本当に友達が合格できると思ってる?岬高校は進学校じゃないけど、府立高校の中じゃ上のほうだよ。日本の高校生活を送ってほしいんでしょ?だったら“合格できる学校”を選ぶべきで、理想だけで選ぶのは違うと思う。」


「そんなことしたら、友達を追い詰めるだけじゃないの?」

――母のこの性格を、鈺雯は小さい頃から分かっていた。


市立岬阪高等海洋工業学校、通称・阪海工さかかいこうは、大阪最南端にある海洋技術専門の工業高校だ。和歌山県に隣接し、普通の進学校とは違う専門性がある。勉強だけじゃなくて、もっと“手を動かす”のが好きな友達には、こういう学校のほうが向いているんじゃないかと思った。


鈺雯は母に資料の要点を示しながら説明した。「この学校、近年は吹奏楽部と合唱部が大阪でも有名で、何度も金賞を取ってるんだよ。普通科もあって、もし進学したくなれば普通科への転科もできるし。それにね、私の地元の彼氏も言ってたけど、阪海工の校長先生は台湾からの生徒をすごく歓迎してくれるんだって。」


――日本で閉鎖的な学校が多いのはお母さんも知ってるでしょ?少しでも台湾の子に理解のある学校のほうが、友達にはいいと思う。


「まあ、言いたいことは分かるけど……工業高校なんて、友達がちゃんとやれるの?」


母の不安に、鈺雯はにっこり笑って答えた。「大丈夫、私は友達ならきっとやれると思う。」


「ええ……それはどうなのかしら!」


六月、中学の卒業式の日。林友達は、日本からわざわざ来てくれた姉・林鈺雯から渡された学校のパンフレットを眺め、どうしていいかわからずにいた。

「海洋工学」――聞いたこともない分野だし、学校は市街地から遠く、海沿いにあるという。全く想像がつかない場所だ。


「姉ちゃん、本当に俺の味方してくれるんじゃなかったの?」友達は不安げに聞く。「てっきり大阪の有名校に行けるよう、ママに話してくれると思ってた。」


「どこに行きたいの?」

「桐蔭(大阪桐蔭高校、甲子園の名門)」


弟の無邪気な希望を聞いて、鈺雯は優しい表情を浮かべながら言った。「私立の進学校なんて、友達の点数じゃ到底ムリだよ。でもちゃんと調べたよ。阪海工の野球部だって、過去に甲子園に出場したことがあるんだよ。」


「マジで?!」友達は驚いた様子。


「うん、色々頑張ってママを説得して、友達が合格できて、しかも野球ができる学校を選んだの。ここ数年、チームの成績もどんどん良くなってるって。」


野球ができると分かった瞬間、弟の表情がパッと明るくなった。

その笑顔を見て、鈺雯は「これまで色々頑張った甲斐があった」と心から思った。離れて暮らす姉として、時々「何もしてあげられなかった」負い目も感じてきた。でも今だけは、「姉として弟の背中を押せたかもしれない」と感じた。


友達はパンフレットのクラブ活動欄――野球部の写真をじっと見て、卒業式の胸花をつけたまま姉の方を振り返り、無邪気な笑顔で「ありがとう、鈺雯姉ちゃん」と言った。


その飾らない、スポーツ少年らしい笑顔――

「うちの弟、本当にかわいいな」と鈺雯は心の中で思った。


「それで、いつ日本に行くの?9月から新学期だよね。色々準備しないと。手袋も修理したいし、寮生活の持ち物とかも揃えないと。それと、日本に行く前に、マヤオたちと毎日練習するって決めたから、2ヶ月で全部間に合うかな……」


数ヶ月前、母と大喧嘩して玄関で泣いていたあの弟が、今は新しい目標に向かって準備を始めている――その変化が、鈺雯にはとてもまぶしく見えた。


「準備は大事だけどね、友達。実はね、ママが日本の先生に頼んで、日本語と日本の中学レベルの科目をしばらく補習することになったよ。ママは“日本語1級でも現地生活は大変”って心配してるみたい。」


「えっ、半年も?でも9月から新学期じゃないの?」


友達の言葉に、鈺雯は思わず笑って「友達、日本の新学期は“4月”からだよ」と優しく教えた。


「……あ、そっか。」

学校の鐘が鳴り響き、周囲のざわめきの中で、友達はぼんやりと昔、日本の小学校に通っていた頃の桜が散る春の日を思い出していた。


日本の入学シーズン――それは、桜の花びらが舞い散る四月なのだ。

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