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ACT7 帰れない場所

 目覚めると、見慣れぬ白い天井が最初に映った。


(あれ……ここ、どこだっけ?)


 しばらくぼんやりとするうち、着たままの制服と無機質なベッドが視界に入り、昨日のことを徐々に思い出す。海が出て行った経緯と不意のキスのこと。深刻な部分が薄まったとはいえ、非現実的な事象に巻き込まれていることは間違いなかった。


(腹減ったな……)


 手を付けなかったトレイをチラ見して、夕飯を食べていなかったなとぼんやり考えていると扉が開いて朝食が運び込まれた。出来立てのオムレツとトーストの香ばしい匂いにつられて、蓮は難しいことは忘れて食事に没頭した。

 それでも添えられていたコーンスープを飲んで一息つくと、急に不安が押し寄せてくる。しかし海の言った通りここが法治国家に所属する公的な機関であるなら、まだ選択肢は残されているのではないかと、蓮はこの時まだ淡い希望を抱いていた。


***


 それが本当に儚い望みだったと悟るのに、大して時間は掛からなかった。

 朝食が運ばれて1時間ほど経った頃、黒のスーツを着た男女ペアが部屋を訪れた。


「あ……」


 先に入ってきた女性の方に、蓮は釘付けになった。それは海の母親――晴香だと、ずっと信じていた女性だった。いつもふわりとサイドでまとめていた髪をきっちり後ろで束ね、柔和な笑顔は影を潜めてビジネスライクに会釈をした。


「既に水沼から聞かされているでしょうから、今さら言い訳も謝罪もしません。本名を本郷由真ほんごうゆまと言います……改めてよろしく、柴田くん」


 声の調子まで別人のようだった。元々、思っていたよりずっと若い女性なのかもしれない。今の彼女は、母親の美里と同年代には到底思えなかった。それからよく眠れたかだの食事はあまり摂っていないようだが、など当たり障りのない会話をした後に部屋の外に誘導された。最初の印象通り施設全体が無機質で、経験はなかったがまるで自分が囚人にでもなったような気がした。

「あの……俺、家には帰れないんですか?」

 彼女のことは即座に割り切り、ひとまずそれだけはと訊いてみたが、二人は困ったように顔を見合わせて即答しなかった。やがて由真が蓮の隣に下がりながら、遠慮がちに口を開く。

「ごめんなさいね、私たちが今あなたに答えてあげられることは何もないの。でもこの後、今後あなたの直属の上司になる人から説明があります。そこで、自分が納得できるまで話を聞くといいわ」

 「帰さない」と言われて、話し合ったところで納得できるラインが見えてくるとも思えない。そうは思っ たが、ここで反論しても埒が明かないので蓮は黙って頷いた。

 それからまるで大学病院の検査室のような部屋に連れて行かれ、医師の診察や採血、MRI、脳波などを測定された。それから今度は打って変わってオフィスエリアのような所に連れて行かれて、机や椅子がデザイン的に並ぶその奥の「室長室」と書かれたドアの前に立たされた。由真がノックをし、中から短い応えがあると彼女はドアを開けた。


「失礼します、柴田蓮をお連れしました」


 すると部屋の正面奥、デスクに座っていた男性がその場で顔を上げる。四十代くらいの、品の良いスーツを着た目線の鋭い男性で、蓮はその顔にも見覚えがあった。


「ご苦労だった。きみは下がっていい、柴田くんはこちらへ」


 由真が一礼して扉を閉めると、彼は扉の近くにあるテーブルとソファを手で示し、デスクのマイクで秘書室にコーヒーを頼んでから自分が先にソファにかけた。つられるように蓮も反対側に座ると、男性は単刀直入に切り出した。

「一度会っているが、覚えているかな?」

「あ、はい。あの路地で、車に……」

「私が現場に赴くことは珍しいのだが、あの時は水沼が随分と暴走してくれたからな」

 苦々しくため息をつくと、改めて彼は蓮に名乗った。

「室長の如月と言う、以後見知りおいてもらいたい。水沼からある程度は聞いていると思うが、ここは日本政府の管理する、内閣直下の組織――『内閣情報調査室付特別調査部保安管理室』と呼ばれる部署となっている。きみはさきほど、『ノン・リミッター』であることが正式に確認された。故に、今後は正式に当室の保護下に置かれ、職員として所属することになる……ここまでで何か質問は?」

「えっと……正直、突っ込みどころ満載で何から訊いていいのか……」

「優先順に、最初から最後まで要領よく訊きたまえ。これは今後、きみが生きて行く上で必須となるスキルだ」

「じゃあ一番気になってることから。俺、とにかく家に帰りたいんですけど」

「それは無理だ」

 きっぱりと即答され、その速さに蓮は一瞬理解が遅れたほどだった。

「水沼がとうに話していると思うが、『ノン・リミッター』は公式には存在していないことになっている。故にきみはこの後、世間では死亡者として扱われ、ご両親はきみとよく似た世代の若者の遺体を引き渡され、それを自分の我が子と信じて葬式を出すことになる……残酷なようだが、それがルールだ」

「ルールって、何の? 一体どんな権利があって、こんな理不尽な……!」

「失礼いたします」

 ノックと共に制服の女性がお盆を持って現れ、蓮は思わず言葉を飲み込んだ。ヒールの音を響かせながらテーブルの上にコーヒーを置くと、女性は「失礼いたしました」と丁寧に頭を下げて優雅に退室した。

「まあ、飲みたまえ」

 促されて、蓮は湯気の立つコーヒーを一口飲んだ。熱く香り高いその液体は、ぐちゃぐちゃになった蓮の感情を少し静めてくれた。それを見届けて、如月は再び口を開く。

「そもそも何故、いつ『ノン・リミッター』が生まれたのか。正確な記録は把握できていない。しかし『ロスト・リミット』から派生したものであることだけは想定されている。突然変異なのか、亜種なのか……どちらにしても、後者が治療を要する明らかに疾患であるのに対し、前者は全くの対局にある。正直力の制御云々を除けば、個体としてこれと言った欠点は見つからない。それどころか、まるで人類の超越種であり、進化した姿のようだ」

「だったら……」

「だからこそ、だ。人間というものは、明らかに自分たちより優れたものや異なるものを絶対に認めない。学校における「いじめ」がなくならないことは、正に世間の縮図だ。『ロスリミ』は同情を誘うだけだが、『ノンリミ』は世間に置けば恐れや妬みを抱いた一般人により必ず迫害され、人類の危険因子だと無責任に騒ぐ世論によって確実に自由を奪われる。それならばといっそ人類に対し反逆するかね? きみたちはどれだけ優越種であったとしても少数だ。徒党を組んだところで、元々の体のつくりは人間だ。生物兵器や、大量殺戮兵器を使えば、いずれ駆逐される運命にある。我々は、少なくともその未来だけは避けたいと考えている」

「……」

 如月の話を、蓮は真向から否定できなかった。自身の中でも、ぼんやりとではあるが想定したことがあったから。しかし、更に話の続きを聞くうちに愕然とした。

「自分だけの問題ではない。いずれ、影響はきみの家族にも及ぶだろう。迫害される以前に、『ノンリミ』は世界中のありとあらゆる機関がそれぞれ秘匿し、かつ狙っている最大の財源でもある。手に入れるためなら、手段を選ばない輩も多い……私の話を極端だと思うかね? だが現に、それが原因で家族を亡くし、孤児になった者もここにはいる」

「そんな……」

 或いは、両親が殺されていたかもしれない。さすがにその可能性は蓮を激しく打ちのめした。しかし蓮が離れることで、今後両親に危険が及ぶことはないだろうと如月は請け負った。

「きみのかかりつけが私立の大学病院だったことで、思うようにデータを手に入れられず、このような形で見守るしかなかった。だが、あの一件がなくとも、正直もう潮時ではあった。そしてここまで来たら、きみが納得しようがしまいが、強制的に保護下に置かせてもらう他ないのだが……できれば私はきみに自分の意思で決めてもらいたい。今までの自分を捨て、ここで第二の人生を歩む覚悟はあるかね?」

 目の前の少年が泣くか、取り乱すかと予測していたが、こちらに向けられた瞳は意外なほどの力強さに満ちていて、どうやらこの一瞬で腹が座ったようだった。


「はい。よろしくお願いします」


 嘆くより前に進もうとする少年の姿に、如月は満足そうに笑い、自ら握手のために右手を差し出した。

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