ACT6 告白の行方
「ちょっ……何してんの、おまえ。て言うか、家族ってなんだよ?」
「まあ、蓮が女の子だったらプロポーズってことになるんだろうけど。男同士だと、明確な定義がないよね?」
「は……? 意味がわからない。とにかく、いい加減どけ」
胸を押しのけようとした手を、逆に取られて左右共に五指を絡めてシーツの上に押し付けられる。引き抜こうとしてもびくともしない現状に、蓮はようやく本当の力の差を実感してヒヤリとした。今日の今日まで、海に抑え込まれる日が来るなんて、想像したこともなかった。表情を固くした蓮に、海がふっと穏やかに笑って見せる。
「意味なんて、大抵のことには意外になかったりするものじゃない? 肩書を必要とする人間が必要に迫られて後付けしたりしてね。でも意味があろうがなかろうが、することはそんなに変わらないから大丈夫」
そう言って顔を近づけると、海は視線を合わせながら、蓮の唇を自分のそれで塞いだ。
「!!」
ファーストキスをあっさり奪われた蓮は、そのショックから抜けきらないうちに続けて口内に舌が入ってきたことで勢いよく起き上がって海を突き飛ばした。
「ひどっ……蓮がまさか俺を突き飛ばすなんて。あの優しい蓮が」
ベッドの隅に転がされた海のぼやきを、蓮は思い切り打ち返した。
「仮病の奴に、遠慮なんかしねーよ! それよりお前、どういうつもりだ!! なっ、何でいきなりキスなんて……」
「分からないの? 好きだからだよ」
「す……き?」
好きがゲシュタルト崩壊を起こしている蓮に、少し苛立ったように海が畳みかけた。
「だから、俺は蓮が好きなの。もうずっと前から、片想い中です。蓮は鈍いから、全然まったくこれっぽっちも気づいてもらえなかったけど」
「だ、だっておまえ、そんな素振り少しも」
「本当に?」
「……」
熱っぽい眼差しに、何だか急に自信がなくなってくる。本当に自分が鈍いだけかもとの懸念が頭をよぎったところで、それどころではない状況を思い出した。
「そっ、そもそも今そういう話じゃないだろ。好きとかなんとかじゃなくて――」
「蓮の人生が、大きく根底から変わった瞬間だよね。それは分かってるけど、俺も前から決めてたから」
「決めてたって何を?」
「だから蓮が正式にここに来て俺の真実を知ることになったら、その日のうちに蓮を俺のものにしようって」
「……おまえのものって?」
「やだなぁ、さすがに分かるでしょ?」
「まったく、分からん」
「えー? 仕方ないなあ、だから蓮とセッ……」
「わー!!」
際どいところで海の口を両手で塞ぐと、指を舌で舐められた。
「ひえっ……」
ぞっとしながら手を引っ込めると、海がにこにこしながら距離を詰めて来た。
「やっぱり、察してたくせに」
「き、気づきたくなかった……て言うか、順序がおかしいだろ!」
「順序って?」
「本気で分からない、みたいな顔すんなよ。おまえ俺のこと好きなんだよな?」
「うん、好き。大好き。ずっと好き」
真顔でそう言われて手にキスされると、蓮は否応なしに赤くなった。
「だ、だったら! まずはそうやって好きとか、付き合って欲しいとか言葉で伝えるのが先じゃないか? 相手の了承もなくいきなり押し倒すって、どうなんだよ」
「え……」
「そんな驚いたような顔すんな、こっちがびっくりだわ」
「だっ……て、そんな。蓮が俺のこと受け入れてくれるなんて、そんな可能性考えもしなかったから」
「何で考えないんだよ」
「だ、だって……騙してた俺のことなんて、蓮はもう嫌いになると思ったから。痛くても、憎まれても……俺はもっと絶対的な、確かなものが欲しいって。そう思って――」
「何だそりゃ……極端なやつだな。あれだけ一緒に居たおまえのこと、急に嫌いになれるわけないだろ」
「嫌いじゃないんだ」
あんなに強気の姿勢から一転しておろおろしたりほっとしたりしているのを、蓮は不思議そうに見つめていた。やっぱり海は海で、いきなり別人になってしまったわけではないのだと安堵する。
「とにかく、告白のことはいったん考えるから。返事は保留でいいよな?」
「う、うん。考える……の?」
「そりゃそうだろ。おまえがどんだけ拗らせてたのかは知らないけど、こっちだって時間は必要なんだよ」
「そうだね……それはそうだよね。それじゃ、また」
ぼうっとしながらふらりとベッドから立ち上がった海を、蓮は慌てて引き留めた。
「え、ちょっと待て。そのことは置いといて、俺まだ何も肝心なこと聞いてない。ここはどこで、おまえはいったいどういう立ち位置で、俺はどういう理屈でここに連れて来られたのか」
「ごめん、そういうの話せる余裕なくなった。明日、スタッフから聞いて」
「何でだよ!」
「だって、蓮が考えるって言うから。この場でフラれるとか、無理だし」
「いやそんなすぐって話じゃ」
「とにかく、俺は戻るから。ゆっくり考えて」
「ちょ、おい!」
海がバタバタと出て行ってしまったので、気が抜けた蓮はそのままベッドに倒れ込み電池が切れたように眠ってしまった。