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ACT42 東都大学教授殺害事件3

「動機なら片桐にも見当がつかないんだろう。本人が亡くなっている以上、真相は闇の中というやつじゃないのか?」

「それでも真相に近づくことは可能だろ。特に橙子サンにとっては、知りたかった要の部分じゃないの? ねえ、橙子サン」

「……」

「片桐?」

「……あ、すまない。動機の話だったな、続けてくれ」

 そう答えたものの、橙子はひどく浮かない顔をしていた。それを見て取り、平山が助け舟を出す様に声をかけた。

「片桐、気が進まないなら無理をすることもない。特調に責任がないことが分かっただけでも十分だろう。ここでやめておくか?」

「いや、大丈夫だ」

「本当にか?」

「うん、ありがとう。水沼、頼む」

「俺は構わないけど」

 珍しく気を遣うように橙子を眺めた後、再度急かされて海は再び口を開いた。

「動機について当時警察でも色々調べたようだったけど、最終的に被疑者が妄想の挙句に殺人を犯したという説で落ち着いたようだった。事件直後の様子があまりにも異常だったからだとは思うけど、橙子サンはどう思う?」

「不平不満から子供じみた態度を取ることはあっても、常人の範囲内だったと思う。そもそもそこまで言動に問題があれば、さすがに父も放ってはおかなかったろう。ただ取り調べでの態度を考えれば、父の死がきっかけで精神を病んだのは間違いないのかも」

「つまり、事件前までは普通だった。だったら尚更、現場に行った理由が分からないね」

 一度言葉を切ると、海は少し考えてからもう一度疑問を呈した。

「どうしてわざわざ、普段行きもしない職場まで足を運んだのか。家族なんだから家で待っていれば帰って来るのは分かっていた筈なのに」

「それは私も考えたが、二人きりで出掛けたことに嫉妬したんじゃないかな。馬鹿馬鹿しいとも思うが、出向いた理由としてはそれくらいしか考えられない」

「成程、そもそも付いて行きたかったわけだからね。場合によっては殺してしまおうと思うくらい、妬んだ」

「……」

「でもそれで、教授の方を刺すかね?」

「!!」

 びくりと肩を震わせる橙子を庇うように、平山が横から身を乗り出した。

「何が言いたい、水沼」

「そんな威嚇されると怖いなー。今度こそマジで殴られそうだ」

 おどけた物言いをしながらも、海は笑ってはいないことに蓮は気づいた。何か核心に切り込もうとしている海を黙って見守った。


「でも俺を殴るのは筋違い。だってそれは俺の考えじゃなくて、長年この事件のことを考え続けた橙子サンが辿り着いた一つの答えだから。それとも俺の勘違いだろうか、橙子サン?」


「……それは……」


 口の中はカラカラに乾いていたが、目の前の炭酸水に口をつける気にはなれなかった。今まで何度も自問自答した答えが、現実に目の前に現れようとしている。そのことがこんなにも怖いと思えることに、橙子は愕然とした。


(今さら……何を恐れる)


 膝の上で握り締めていた手が小刻みに震えてた。任務中、どんな相手を目の前にしてもあれだけ平常心を保っている自分に、こんなに脆い部分があったなんて知らなかった。自嘲しかけた彼女の両の手を、左右から別々の手が支えるように添えられる。


「平山……吾妻」


 びっくりしたように交互に二人を見ると、二対の温かい眼差しが橙子を見つめていた。橙子はさきほどとはまったく違う笑みが口元に浮かぶのを感じながら、添えられた手を握り返す。そうして大きく深呼吸すると、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「そうだ、水沼。おまえの言う通りだよ……ずっと考えていたことがある。母に父を殺す動機はなくても、私を殺したい思いはあったに違いない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 今まで心の中でだけ呟いていた疑念を、彼女はようやく言葉にした。


***


 自分の名前を呼ぶ時の、父の優しい声が大好きだった。

 でもそれが母に向けられる時、まるで違う響きを持っていることにも気づいていた。

 最初は戸惑ったけれど、父の価値観は自分にとって絶対だったから、賢くない母を下に見ることに徐々に慣れてしまった。

 それでもあの日、玄関に一人佇む姿に罪悪感を覚えたのも事実だった。『お母さんも一緒に行こう』と、自分にしか言えない一言を言ってやれなかったことを、橙子はずっと悔やんでいた。


 しばらく室内はシンと静まり返っていたが、その中で口火を切ったのはやはり海だった。


「大方想像通りだったな。これまで頑なに記憶が戻らなかったのは、その考えがストッパーになって思い出すことを拒否していたからだろうね。自分のせいで父親が殺されることも、母親にそこまで憎まれていたと認めることも、どっちも橙子サンにとっては地獄だ。でもそれを直視したからこそ、その先の真相にたどり着ける」

「真相?」

「要するに橙子サンの疑念はあくまでも疑念てこと。事実じゃない」

「!? 本当なのか水沼?」

「だったら、さっさとそう言え。わざわざ片桐の口からこんな……」

 海のやり方に再びキレた平山がつかつかと歩み寄ると、海の目の前に立ち上がった蓮が二人の間に入った。

「蓮?」

「柴田……」

「今回のこと海に頼んだのは俺だから。腹が立つなら、代わりに俺を殴っていいよ」

 蓮の言葉に海は歓喜し平山は苦笑した。

「嬉しい……蓮が俺を守ってくれるなんて。大好き、蓮」

「冗談言うな、おまえを殴ったりしたら俺が逆に水沼に殺される」

「言っとくけど、柴田に手を出せば私も殴るぞ」

 庇ったはずの橙子にまで睨まれてしまい、立つ瀬がなくなった平山は肩を落とすとすごすごと席に戻った。

「やーいやーい」

「小学生みたいな煽りやめろ、続き」

 蓮にぴしゃりと叱られ、海もしゅんとなって席に着いた。

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