表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/44

ACT37 非公式調査1

 成人組と学生組およびそれ以下の言わば未成年主体で構成されるチームとの居住区や活動エリアは、棟の中で西と東に分かれている。分かれていると言っても別に行き来できないわけでないし、当然ショッピングストリートや医療棟、その他の共有スペースで偶然出会うこともあるわけだが、暗黙の了解で互いの個領域には踏み込まないことが普通だった。

 なので敢えて今、西側の通路をスーツではない制服姿で歩んでいる海の姿は珍しいものと言えた。迷う素振りもなく角を曲がると、休憩エリアの奥にある東側にはない奥まった自動ドアの中に入って行った。

 すると途端に集まった視線と共に、馴染のある声がした。

「よう、水沼じゃん。久しぶりだな」

 正に目当ての相手の姿を左手奥に認めて、海は機嫌良くそちらに近づいて行った。成人組のエージェントである三島司みしまつかさは、くゆらせていた煙草を海から遠ざけて排気口の近くに寄せた。

「やっぱりここにいた。久しぶり、三島さん。ストレートに見つけられてラッキーだな」

「何だ、俺目当てかよ。だったらここじゃ何だから、外で」

「ううん、平気。その代わり、俺にも一本ちょうだい?」

 飴でもねだるような海の態度に、三島は周囲の視線を気にしながらわざと大き目の声を出した。

「バカ、こんな公然の場で堂々と違反させんな。後で俺が如月さんにどやされるだろうが。さっさと出るぞ、未成年」

 手早く灰皿で煙草をもみ消すと、海の頭を軽く小突いた。

「何だよ、案外固いなぁ……」

 つまらなそうにぼやきつつ、海は先に出口に向かった三島の後を追った。


***


「で? また裏ルートのDVDでも調達してほしいのか?」

 自販機で買った缶コーヒーを海に渡しながら、ボックス席に着いた三島は開口一番あっけらかんととんでもない単語を口にした。

「煙草よりヤバイこと、平気で言うし。あれはもう必要ないよ。趣味で見てたわけじゃなくて、ただ参考にしたかっただけだから」

「そういや、お相手と上手く行ったんだってな。噂ばっかりで見かけたことないけど。今度連れて来いよ、まとめて飯奢ってやるから」

「それはお断り、蓮が汚れる」

「どーゆーイミだ?」

「そのまんまの意味。とにかく、今日は情報収集だけ。それ以上の目的はないから」

「情報ねぇ……何が知りたい?」

 缶コーヒーを傾けながら警戒するような目線を向けてくる三島に、海は持ち前の最大の武器である虫も殺さぬような笑みを浮かべて応じた。

「八年前の、東都大学教授殺害事件――について。新聞や資料に載っていること以外で、特調内での噂とか当時の動きとか、どんな些細なことでも構わないから教えて欲しい」

「八年前? 東都大……って、おまえそれ、片桐橙子の父親の事件だろ? 今さらつーか、他人に興味ない筈のおまえが何だってそんなこと調べてんだ?」

「まあ、ちょっと頼まれちゃったもんでね。それに今さらってわけでもない。当時の容疑者として唯一名前の挙がった教授の妻が、最近になって自殺したんだけど、知らなかった?」

 探るような海の目線の前で、三島は表情を全く変えずに受け答える。

「知らね。管轄全然違うし、多分緘口令も敷かれてんだろ。何せエージェントの身内に関わる事件だ、室内部でおかしな騒ぎにでもなったら、本人にとってやり辛いなんてもんじゃねぇだろ。しかしおまえがその話を知ってるってことは、少なくとも片桐とはそれなりに親しいわけか。恋人もいるくせに、おまえも中々隅に置けないやつだな」

 このこの、と肘で突つかれ海は氷柱のような視線を無遠慮に向けながらため息を吐いた。

「まったく、おっさんて人種はすぐそういう方向に話を持って行きたがるから気持ち悪い」

「おっさん言うな! 俺はまだ二十五だぞ!! あとその可愛い顔で気持ち悪い言うな、普通に傷つくだろうが」

 実際傷ついた表情で反論する三島に、海は益々不快そうに眉を顰めた。

「……可愛いとか、更にキモ。とにかく、橙子サンと俺はそういう関係じゃないよ。寧ろ蓮の方が仲が良くて、今回のことも放っとけないのは蓮なんだ。だから俺が動いてるのは、あくまで蓮のため」

「えー、おまえそんな手助けしてもし二人が急接近……何でもないです」

 身の危険を感じて口を噤むと、三島は強引に話題を元に戻した。

「そんで放っとけない蓮くんのために、おまえは何がしたいの?」

「あんたが蓮の名前、気安く呼ぶな」

「や、だっておまえが名前しか言わないから」

「柴田だよ、柴田」

「はいはい、柴田くんね。面倒くさい奴……そんで?」

「結局、自殺した母親は殺害の動機について何も語らなかった。あるのは状況証拠ばかりだけど、それまで夫の職場は一度も訪れたことのない彼女が、何故その日に限って研究室に行き、その場で夫を殺害したのか――そこに至った経緯や事情を、家族ならせめてそれだけでも知りたいだろうってさ。事件当日現場にいたとされる橙子サンが、そもそも何も覚えてないもんで」

 橙子が保護された当時のことは、三島も何となく記憶している。自身まだ現役の学生組であり、如月の直下だったため今よりも情報源に近かった。特異状況だったにも拘らず、数日後に廊下ですれ違った橙子の様子にそうした陰りは一切感じられなかったことを、不思議に思ったことは確かだった。

「後で聞いた話じゃ、父親の事件のことはすっかり抜け落ちてて、ノンリミの話と室に保護されたことだけ理解してたみたいだな。事実を聞かされたのは、それから半年は後だったとか」

「ふーん。俺はその頃、他人に一切興味がなかったから知らない。話しかけてきたのも、向こうからだったしね。室長から話を聞いた後、自分で新聞記事とか調べたらしいけど全く思い出せなかったみたいだよ」

「……それは、要するに自衛なんじゃないのか?」

 解離性健忘――精神疾患の一つで、精神的ショックやストレスにより、過去の記憶の一部を失う症状のことである。自己防衛本能の一種であり、心理的な負担を軽減させる作用がある。橙子の症状が、正にそれなのではないかと三島は言っている。その指摘を、海も最初から分かっていた様子で頷いた。

「多分ね。そして本人も薄々気付いてる」

「だったら、そこを敢えて掘り返すのは危険だろう」

「エージェントとして使い物にならなくなるかも? んなこと、俺の知ったことじゃない」

「おいおい。Aクラスのエージェントを潰しでもしたら、いくらおまえでもお咎めなしってわけには行かないぜ?」

「そう? 今度こそ特S、外されちゃうかなー」

 海の笑みを含んだ言葉に、三島はぎょっとなって食いついた。

「特……っておまえ、マジか!? 噂で聞いた隠しステータスって、本当にあるんだ……」

「正ステータスはSだけどね。給与明細には特S手当って項目で表示されてる」

「何だよ、おまえこそ俺に奢れよ」

「やだね。それより、他に覚えてることないの? だったら無駄足だったな」

 使えないと言わんばかりの海の声音に、三島は先輩の意地で再度記憶と異動後の知識を辿った。

「あー、そう言えばあの時の片桐の保護は、緊急的なものではなく元々予定していたことだったらしい」

「予定してた? じゃあ観察の終わりと同時に偶然事件が起こったってこと?」

「形的にはそうなるが、俺はあんまりそういう偶然は簡単に信じないな」

「それは同感、何かしら必然があったのかもね。ありがと、三島さん」

 僅かな情報でも何かしら思うところがあったのか、海は飲み干したコーヒーの缶を片手に立ち上がった。

「水沼、本当にあんまり無茶すんなよ? おまえにとってメリットがあるとも思えねーし」

「あれ、心配してくれるの?」

「おお。おまえが処罰された後で俺が情報源だなんてバレたら、如月さんにどんな目に遭うか分からん。あの人、おまえが絡むと特に厳しいから」

「…気のせいだよ。俺なんて、使い勝手が良いから便利に使われてるだけだ」

「冷たいねぇ。親の心子知らずってやつか」

「誰が親だ! 第一、親ならあんなこと……」

「ん?」

「俺と蓮のプライベートだってあいつは室長権限で利用したんだ。あの時のこと、俺は未だ許してない」

 任務でペアを組んだ時、カメラの前で蓮を抱くよう指示されたことを話すと、三島は真摯に聞いた後で感慨深げに頷いた。

「はー……なるほどね。まあ、おまえが許せなく思う気持ちも分かるが、俺としてはさすが如月さんと言う他ないね」

「何でだよ」

「だってもし采配者が成人組を仕切る京藤さんだったなら、その状況でおまえたち二人は使わない。周囲や本人からどう言われようと、容赦なく男女のペアを投入しただろうな。ターゲットがノーマル嗜好だった以上、その方が確実性が高いから。でも如月さんはそうしなかった……それがどういうことか分かるか?」

「分からない、どういうこと?」

「仕事とは言え、女子にその役は相当キツイよな。相手がただの同僚なら尚更だ。柴田くんにとっても負担はあったろうが、相手が恋人のおまえなら割り切ることは難くない。如月さんはおまえたち二人の力量を信じた上で、確実性には劣るが最もリスクの少ない判断を下した。そういうことだと思うがな。簡単なようだが、案外それができる上司は少ない」

「何だよ、それ」

 愕然としている海の肩を、三島は手を伸ばしてぽんぽんと軽く叩いた。

「ま、京藤さんが悪いと言ってるわけじゃない。あの人の判断で現場が滞りなく回っているのも事実だ。成人組にはあの人くらいの方が丁度いいのかもな。ただ俺は、今そうやって如月さんの下にいられるおまえがほんの少しだけ羨ましくもある」

 現在の直属の上司である室長補佐、京藤重行きょうどうしげゆきの率直な感想を言い残して、三島は手を振ってその場を去って行った。


***


 最後の最後で予想外のことを聞かされてしまった海は、ごちゃごちゃした気分のまま自エリアに戻った。三島の話を思い出しながら通路を歩いていると、講義が終わった学生の群れが流れて行くのに遭遇した。

「あ、蓮」

 目ざとく見つけた蓮の姿に思わず声を上げると、それに気づいた蓮がこちらに駆け寄って来た。

「海、おまえどこ行ってたんだ?」

「ちょっとね、情報収集」

「情報収集?」

「蓮に頼まれた件だよ」

「ああ……」

 納得しつつも蓮は何やら海の肩口に顔を近づけ、顔を埋めた。

「え、なに? 蓮てば外で大胆……」

「煙草の臭いする。おまえまさか」

「え、違う違う! 俺、吸ってないよ。喫煙室に入ったから、移っちゃったかな」

 実際吸おうとしたことなどおくびにも出さず海は全力で否定する。蓮はさらに海の袖口や髪にも鼻を近づけるが、これが副流煙による匂い移りなのかははっきりと分からなかった。

「そんなに疑うなら直接確認してみる?」

 言いながら自身の唇を指すと、蓮は辟易して身を引いた。

「分かった、信じる」

「えー、遠慮しなくていいのに」

 しつこくまとわりついた海は、最終的に蓮の部屋のドアに阻まれて強制的にシャットアウトされた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ