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ACT22 カルテット・ライン2

 公安の施設の地下駐車場に車を着け、運転していた職員が身分証を示すとすぐに駐車場横の扉が開いた。警察署と違って一見、何の建物か分からないほど無機質で、何かの実験施設のようだった。エレベーターで三階に上がりながら、蓮が思わずきょろきょろ見回していると橙子に注意された。

「物珍しいのは分かるがな、あまり不審な動きをすると痛くもない腹を探られることになるぞ。ここは特調以上にお近づきになりたくない人種が揃っているから、注目されない方が得策だ」

「あ、うん」

 素直に頷いて真っすぐ前を見て歩く。案内の人間はおらず、床の明かりが矢印のように動き、それを目印に一行は進んだ。やがて廊下の端にある部屋の床が点灯し、カチャリと鍵の外れる音がすると同時にアナウンスが入った。

『その部屋をお使いください。何かあれば中の内線で連絡を』

 慣れた様子で橙子と海が先に中に入り、吾妻と蓮もそれに続いた。室内は椅子と机が用意されたシンプルな部屋で、会議室と言うよりはドラマに出てくる取り調べ室のようだった。そして実際、今の目的もそれに似ていた。

「で――こいつ結局、何したの?」

 口元のガムテープだけを剥がして中央の椅子に座らせると、それを囲むように着席した後橙子が改めて口を開いた。

「今回、吾妻と私は敢えて別口の転入という形で全くの他人を装っていた。だから敢えて制服も用意せず、私は震災地からの被災者ということになっていたんだが……そのせいだろうな、この同じクラスのこいつが初日に『被災のトラウマで眠れないなら、いい薬がある』といかにも怪しい話を持ち掛けてきた。そもそも『本命』に関わることではなさそうだし、あまりにうさん臭いので普通の反応としてその場では一応断った。だが事件性があるなら放ってはおけないので、多少注意して動向を探っていたところ、わりと軽率に事を起こしてくれてな」


 さきほど閉じ込めていた用具入れのある教室で、その例の薬とやらを使って女生徒に猥褻な行為を働いている現場を取り押さえたのだと言う。女生徒は意識が朦朧としており、呼び出した吾妻に保険室まで連れて行かせ、この男は暴力的に意識を失わせた上で夜になるまで身柄を拘束しておいたというのが事の顛末だった。


「ちょっと待った、学生なら帰宅しないとさすがに家族が騒ぐんじゃないの?」

「尤もな疑問だが、今は便利な世の中でな。メッセージアプリ普及のおかげで個人が簡単に本人を装えるようになったわけだ。しばらく友人の家に泊まると連絡を入れておいたが、既読になっても親は電話ひとつかけてこない。ま、元々そういう人間だからこその素行だと言えなくもないがな」

「それなら、心置きなく拘束できるってもんだね。始める?」

「ああ、遠慮なく叩き起こせ。言うまでもなく防音については徹底している」

 にやりと微笑を浮かべる二人を、吾妻と蓮は思わず目を見合わせながら互いに妙な連帯感でもって眺めていた。


 視界が遮られている、という状況は人間にとって想像を絶する恐怖とストレスを感じさせるものだ。ここがどこで、質問している相手が誰なのかも分からずにその男子学生はスラスラと訊かれたことを容易に吐いた。薬は覚せい剤の類ではなく、所謂「脱法ハーブ」のようなもので常習性はないと本人は強く主張した。ただ、元々本人も買ったものを転売しているだけで製作者ではない。ポケットに隠し持っていた分は全て取り上げたが、家にもまだ在庫はあると素直に答えた。

「危険度については現物の分析をしてみないと何とも言えないが……目的が自分で使うのではなく他人に捌いて利鞘を稼ぐというのは少々悪質だな。それで、その薬は誰から仕入れている?」

 自分以外に責任が派生することに話が及んだせいか、そこで少しばかり黙ったが海に椅子ごと後ろに蹴り飛ばされてあっさり口を割った。

「ほ、保健の、松下先生……っ」

「相手は教師か? 全くもって世も末だな」

 インターネットでも繁華街の路地裏でもなく、学校で薬物を堂々と売買している事実に改めて落胆する。それからそれ以上引き出す情報もないと判断し、一時預かりという形で身柄を公安に委ねて彼らはその場で今後の作戦会議を始めた。


「まず初めに、ペアを組み換える」


 開口一番そう切り出し、『別件』を橙子と蓮、『本命』を海と吾妻で継続すると提言した橙子に対し、海が当然のように反対した。

「は、何で? わざわざ組み換える必要ある? 順当に蓮と俺がペアでいいじゃん。ただでさえイレギュラーなのに、これ以上ややこしくする理由が分からない」

「別口として転入した私と吾妻がこのままペアを組むよりも、明日から転入してくる形になるおまえたちと出身を同じということにして組み換えた方が何かと都合がいい。校内の知識も先行している私と吾妻が分かれてそれぞれ共有した方が効率もいい。そして吾妻と柴田はキャリア的に考えてお互いフォローが難しい以上、当然この組み合わせ以外ありえない――まだ反論はあるか?」

 橙子の意見には私的な感情が一切ないため、理屈的に完璧だった。それでも海は最後に食い下がった。

「ペアの決定は室長権限だけど、このこと室長は了承済み?」

「当然だ。現場の判断に任せるとさ」

「くそ……あのおっさん、この間からろくなことしねぇな。そのうち覚えとけよ」

 ぶつぶつと文句を言いながらも海が折れたので、後は明日からの行動について話を進めた。


***


(でもって今日から海さんとこうしてるわけだけど……マジでやる気ないっぽいな)


 昼食を済ませた後、再び寝ようとしている海を吾妻は揺り起こした。

「寝ちゃダメですって。この後、どうするんですか?」

「ぐぅ……」

「ええー……」

 絶望しかけた時、目を閉じて項垂れていた海が急に顔を上げて立ち上がった。

「え、う、海さん?」

「俺、ちょっと寄るとこできた。あづ、一応これ聞いといて。一番怪しいのは五番のチャンネルかな。録音も同時進行だけど、情報は早いに越したことないから。それっぽい会話が入ったら連絡して」

 小さな掌サイズの機械とイヤホンを渡され、面食らっているうちに海はさっさと目の前から消えていた。首を傾げながらイヤホンを耳に差し込むと、ざわざわと人の話し声が聞こえてくる。

「これ、盗聴器? 朝からずっとこれ聞いて……」

 場所がスイッチで複数切り替えられるようになっていて、チャンネルは十か所あるようだった。自分が何も知らないうちに、午前中に一人でこれだけの場所に仕掛けていた海の手腕に吾妻は瞠目した。

「やっぱり、海さんすごい……」

 託された盗聴器を大切そうに握って、吾妻は海に対する尊敬の念を新たにした。


***


「うわ、おまえ……どっから」


「しーっ……図書室では静かにしないと」


 さきほどの件で吾妻の中の海の株は急上昇していたが、急いで立ち去った理由を知れば再び急落したかもしれない。チャンネルを切り替えるうち、聞き間違える筈のない最愛の相手の声を拾った海は、仕事も何も一瞬忘れて図書室に辿り着いていた。自分が仕掛けた発信機とは反対側の目立たない書架の陰に引きずり込んで、海は蓮を抱きしめた。蓮のいつもの制服の匂いを肺まで吸い込むように、胸の辺りで大きく呼吸した。

「はー……癒される」

「あのな、俺とおまえはここじゃ他人なんだから、こんな……」

「分かってるけど、ちょっとだけ。せめてあと一分、蓮を充電させて」

 蓮は周囲を気にしたものの、そもそも昼休みの図書室は係りの図書委員も不在で無人だった。さきほど声をかけても奥から誰も出てくる様子がなかったことを思い出して、蓮はため息をつくと諦めたように自分からも海を抱きしめた。

「蓮、いいの?」

「充電だろ、早くチャージしろ」

「んー……あと一時間」

「調子に乗るな」

 きりが無さそうなのではい終わり、と海の胸を押して身を離すと実際海はたったそれだけで回復したような表情をしていた。

「ありがと、元気出た」

「頑張れよ、先輩」

「何その呼び方、めっちゃ興奮する」

「実際エージェントとしては先輩だろ、どうせなら恰好いいところ見せてくれ」

「了解」

 その言葉でさらに気力を回復した海は、吾妻に丸投げしてきたことを思い出し慌てて図書室を出て行った。


 海と分かれて教室に戻る途中、携帯に橙子から着信が入ったので廊下の隅で電話に出た。

「はい。うん、やっぱりPCの貸し出し履歴には残ってなかった。何でもググるのが当たり前のご時世で、どうせ辞書なんて今時誰も借りやしないから、持ってかれる心配もないしね。もう直にあたる?」

『そうだな。あの拘束した塚本という男があの場で嘘をつく必要もないし、単独にしろ複数にしろ、捕まえて吐かせれば済む話だ。元々露見していなかった案件だ、『本命』より根深いとも思えない……行くか』

 薬の受け渡し経路を確認後、橙子と蓮は各々の授業後に空き教室で落ち合うことにした。


***


「……水沼と会っただろ?」


「な、何で分かるの!?」


 衝撃に目を白黒させる蓮を面白そうに眺め、橙子は顔を近づけて笑った。

「匂いがする、水沼の」

 静かに囁くと、蓮は気味が悪そうに袖口の匂いを嗅ぎながら頷いた。

「橙子サン、ミストみたいなこと言うね」

 意外な名前に、今度は橙子の方が驚かされた。

「彼女に会ったのか? 資料室が関わる案件に、君が介在したとは初耳だが」

「あー……俺自身は必要なくて。佐伯さんの手伝いで、たまたま」

「そうか、それなら納得だ。あの人は職務柄入り浸りだものな。データベース化の話も持ち上がって久しいが、そのうちそのうちと保留になっていて実現するのは先の話になりそうだ」

「そういやマカロン差し入れるって約束、まだ果たせてないや」

「そんな約束をしたのか? ならなるべく急いだ方がいい。へそを曲げると、水沼並に面倒な相手だからな」

「マジか。次の休みには……って、そういや土日は閉まってるの?」

「私室にはいるだろうが、資料室自体はな。平日の夕方に行くことをおすすめする」

「分かった、ありがと」

 礼を述べる蓮に頷いて、橙子は打ち合わせ通り単身で保健室に向かった。

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