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ACT17 宣戦布告

「蓮は部屋で待ってる?」

 帰任報告を一人で対応しようかと訊ねる海に、蓮はむっとして言い返した。

「何でだよ、これだって仕事の内だろ。変な気の使い方すんな」

「でもあのおっさんの顔、今はなるべく見たくないだろうし。それにあんなのでも上司殴ったりしたら大問題になるから」

「おまえは俺を何だと思ってんだ、暴力なんか振るわねーよ。ただ、それなりに言ってやりたいことはあるな」

 不穏な笑みを浮かべる蓮に、海はやはり同行を躊躇ったが結局押し切られて共に室長室へ入った。


「ご苦労だったな、二人とも。システムの方からも話は聞いている、万事抜かりなく完遂したそうだな。さすがの手並みだ、水沼」

「俺だけじゃなく、寧ろ蓮の功績なんだけど」

「それは無論そうだろう。柴田も良くやった」

「……」

 無言で目を閉じている蓮に、海は内心ひやひやしたが如月は今回のことである種の負い目を自覚しているのか何も言わなかった。そのまま二言三言、海と情報交換しても会話は当然弾まなかったので、報告は事務的な会話だけで切り上げることになった。

「それじゃ、行こうか蓮」

 すると蓮はぱちりと目を開いて、この場で初めて言葉を発した。

「一つ確認したいんですけど、海のここでの評価は相当に高いんですよね?」

 脈絡を感じられない問いに、如月は戸惑いつつも真面目に答えた。

「その通りだ。成人組はともかくとして、学生組の中で水沼は破格と言っていいだろう」

「そうでしょうね。ところでその破格のエージェントの、メンタルとモチベーションを支えているのは一体誰だと思います?」

「そんなの、蓮に決まってる」

「おまえは黙ってろ、俺は室長に訊いてる。室長、答えてください」

「本人が言った通りだろう、きみだな」

「そうなんですよね、何せこいつ俺にベタ惚れですから。俺の他には何もいらないってくらい」

「蓮……」

「接触禁止」

 小声でそう囁かれると、まるで訓練された犬のように海は大人しく手を引っ込めた。

「結局、何が言いたいのかね?」

「つまりそんなだから、今回の任務で海は相当苦渋の選択をさせられた筈です。カメラがあると分かっているところで、自分と俺を囮に使うなんてまね――本当はしたくなかったでしょうね。けれどあなたに追い込まれて、そうせざるを得なかった」

「だとしたら、何だと?」

「いや、随分とえげつない手段を使うもんだなと思って。あなたが幼い頃に海に植え付けた価値観は、かなり偏っていると俺は思います。人格形成にすら影響を及ぼしている。けどこれ以上、あなたの好きにはさせません。要するにこれは宣戦布告です」

 そう言って立ち上がると、相手の返事も聞かずに蓮は海を促してさっさと退室してしまった。

 後に残された如月は、しばらくぼんやりと応接のソファにかけていたが傍らの秘書の存在に気付いて感想を求めた。

「佐伯くん、きみは柴田をどう思う?」

「とてもいい子ですね、水沼くんは彼を得て幸せだと思います」

「では一公務員として、上司に対してあの態度はどうだろう?」

「反骨精神があって、いいと思います」

「きみは何でも褒めるな」

「そんなことはありません。第一、室長も同意見なのでは?」

「まったく同意とは言わないが、少なくとも水沼にとって僥倖だったことは認めよう」

 自身では気づかぬうちに表情を緩めたまま、如月は佐伯にコーヒーを所望した。

「承知しました。でも反対に室長は彼らにだいぶ嫌われてしまったようですが、大丈夫ですか?」

「……まったく、何の問題もない」

 眉間にしわを寄せ、苦虫を嚙み潰したような口元をしながら如月は世知辛い現実と向き合っていた。それでも孤独の殻に閉じこもっていた子供が、純粋に欲しいものに手を差し伸べているのを嬉しくも思う。あの日から確かに、水沼海は変わった。


***


 七歳で特別調査部保安管理室に引き取られた時から、海は子供らしくない子供だった。まったく泣かないし、帰りたいとも言わない。それどころか、何も望みを口にせず誰にも決して懐かなかった。それでいて知識は乾いたスポンジのように吸収し、常に冷静で感情のぶれがない海は、まるでエージェントになるために生まれて来たような存在だった。

 けれど人間味が薄いことと人目を惹く魅力的な容姿のせいで、周囲に自然と溶け込むスキルについては絶望的に思えたため、如月はある荒療治を考えた。それが、柴田蓮の観察任務である。

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