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ACT15 ハイエナの住処3

過去に海が蓮の隣に住んでいた時、泊まりに来た蓮にふるまった料理を作っていたのは本郷さんではなく海でした♡

 校長室で担任を交え期間限定の転入手続きの話をし、手の空いた講師に校内を隅々まで案内してもらったところでほぼ午前中が終わってしまった。由真は一人、任務中の滞在場所である徒歩圏内に用意された家具付きのマンションに戻り、海と蓮は正式に行動開始となった。

「その前に、昼食うだろ? 俺、学食って初めてだから行ってみたい!」

「蓮?」

 あふれ出るわくわくが伝わってしまい、海から笑顔で圧をかけられる。蓮は慌てて弁解した。

「や、でもほら。講師の先生も昼休憩になったら激混みするから、今日はその前に行った方がいいって言ってたじゃん。おまえと違って俺は昼飯食べないと、午後動けないし……」

 海は日頃から食への欲求が薄く、一人にしておくと平気で何食も抜くことがある。蓮が特調に来てからは規則正しく栄養を取る相方と常に一緒に行動するため、自然と毎食きちんと食べるようになったが任務の時はやはり仕事を優先しがちになる。それでもお腹を空かせた子犬のような目で見つめられれば、折れるしかなかった。

「分かったよ、手早く済ませよう」

「やった! ラーメンとカレーあったらどっちにしよー」

 食堂の定番メニューで迷っている蓮を微笑ましいと思いつつ、海は先ほど案内されたばかりの学食へと真っすぐ向かった。


 ラーメンはその日は蓮が唯一敬遠しがちな味噌ラーメンだったので却下とし、本日カレーのコーナーは何故かハヤシライスだったので二人でそれにした。

「ハヤシライスってさ、カレーか?」

 納得が行かない様子の蓮に、海がどうでも良さそうに応じた。

「同じようにご飯にかけて食べるメニューってことでしょ。実際どっちも似たようなものじゃん」

「全然違うだろ! 今日はカレーよって言われて、夕飯にこれが出てきたら詐欺だと思う」

「大袈裟だな」

「おまえが雑過ぎるんだよ! そう言えばさ、本郷さんに夕飯作るなって念押ししてたけどどうして? コンビニとかで買うより手料理の方がありがたいじゃん」

「蓮は命知らずだね」

「どういう意味だよ」

「あの人の手料理、ガチでヤバイんだって」

「……? そんなことないだろ。だって俺が小学生の頃、何度かおまえん家で夕飯ご馳走になったことあるし。ちゃんと美味かったよ」

「そう言ってもらえて光栄だね」

「?」

「ほら、この話はもういいから。行くよ、蓮」

「ちょっと待て、まだデザートが……」

 プリンに伸ばした手を掴まれて、後ろ髪を引かれる思いで蓮は海に引きずられるように食堂を後にした。


 廊下に出ると学生が群を成してこちらに押し寄せて来たので、蓮はデザートを諦めた結果に安堵した。群衆と反対方向に進みながら、蓮は自分たちにちらちらと熱い視線が注がれていることに気が付いた。いや正確には、海に。一緒にいると忘れてしまうが、実のところ海の容姿は隠密行動には不向きなほどに優れている。整った顔のバランスのことは言うまでもなく、光が透けて見える柔らかいサラサラの髪に、白い肌。髪と同じ色素の薄く長い睫毛に縁取られた大きな瞳。伊達メガネで隠してしまうのが惜しいほどの。どうしたって、注目を集めてしまうのはやむを得ないことだった。


(男の俺から見ても、綺麗なんだよな)


 一歩後ろを歩きながら見惚れていると、海が急に足を止めてこちらを振り返った。


「蓮?」

「っ! な、何だよ?」

「顔赤いよ、どうしたの?」

「そ、そうか? ちょっと、人混みに酔ったのかも」

「そう、まあ確かにこういうの久しぶりだからね」

 おでこに手を当てて熱はないねと呟くと、海は掴んでいた腕を離して真顔になった。

「さて今からは昼休みだ。ある程度自由に歩き回るにはもってこいだから、一秒も無駄にしたくない。蓮は北側、俺は南側をそれぞれ普段は使われていない空き教室を中心に調べよう。カメラか盗聴器を見つけたら触らず連絡して、俺もその時は蓮を呼ぶから」

「分かった。盗聴器って近くにあればこれが反応するんだろ?」

 ポケットに入れた小さなセンサーを取り出して見せると、海は頷いた。

「目立たないよう音は鳴らないようにしてあるから、振動で気付ける。一般では認可されてない公安の機器だから感度は相当いい筈だよ」

「公安とか一生自分には縁がないと思ってたのにな……」

 しみじみ呟いている蓮に、海がふと訊ねてみた。

「そう言えば蓮は、将来なりたい職業って何だったの?」

「プロ野球選手」

「へー、意外。そんなに野球好きの印象ないけど」

「好きじゃないけど、絶対稼げるじゃん。打っても走っても、人並みどころじゃないのは自覚してたし。いっそ有名になれば、秘密機関に拉致られるようなこともないかなって思ったんだけど。結局、見つかっちまったな」

「秘密機関って……あはは、言い得て妙だね」

 笑いながら海が反対側の棟に消えて行ったので、蓮も仕事モードに移ることにした。


***


 学食と購買に集中しているおかげで、離れた階や教室を探索するのは楽だったが早々すぐに見つかるものでもなくて。空振りのまま三十分くらい経った頃、女子トイレの前を通るとポケットでセンサーの反応が震えた。


(嘘だろ……)


 さすがにここに入るのはどうかと躊躇った後、廊下の隅に移動して海に連絡を入れた。

『蓮、何か見つけた?』

「それがどうも女子トイレに……」

 言いかけたところで、予測していたらしい海に遮られた。

『そういうのは想定内だけど、今回の本丸じゃないから無視していいよ。更衣室も同様だね』

「え、でもこんなの当事者にしてみたら嫌だろ?」

『じゃあ蓮が自分で撤去する? 女子トイレに入るところを見られたら初日から変質者扱い確定だけど』

「う……じゃ、じゃあ怪しいものがあるってメモでも貼るとか」

『そんなことしたら完全に警戒されて、下手したらこのまま逃げられる。俺たち何しにここへ来たんだっけ?』

「悪かったよ、今は諦める」

 ため息を吐く蓮に、海が少し口調を和らげて続けた。

『それじゃ後は可能な範囲で一通り回ったら、予鈴のタイミングで一年の教室前で落ち合おう。蓮は三組だったから、その前がいいかな』

「了解、じゃあ後でな」

 通話を切ると、やはり海の方が経験則の分判断が的確であることを少し情けなく思った。


 予鈴と同時に一階の一年教室が並ぶ廊下にやって来ると、海は先に廊下で待っていた。まだクラスで紹介もされていない見知らぬ学生の姿に、遠巻きに興味深く眺めてはこそこそと何かを囁き合っている学生達。つくづく海は目立つ存在だと今日は何度も実感させられる。当の海は蓮に気付いて小さく手を振ったもので、相手は誰だと今度は蓮に視線が集中して居心地の悪い思いを味わった。

「迷わなかった?」

「うん。学校って広いけど、大体直線だしな」

「そうとも限らない校舎もあるみたいだけどね。それより、北側のせいかはどうだった?」

 首を振ると、海がまあそうだろうねと頷いた。

「多分俺の方が当たりだよ。時間が足りなくて詳しくは見れなかったけど、それらしい部屋を見つけた。放課後、今度は一緒に行こう」

「マジか、さすがだな海」

「ほら、担任が待ってるよ。また後で」

 三組に向けて蓮の肩を押すと、海は隣の二組の教室に駆けて行った。

 午後からという異色の体で転入生としての挨拶をクラス全員の前でし、正式に学校生活が始まった。

「あー、あの台風な。俺、テレビで見たわ。ひどかったよな」

 テレビのニュース映像と言うのは印象的らしく、地名を口にしただけで周囲が納得してくれるのは楽だった。休み時間のたびに、女子生徒からやたらと海のことを訊かれるのには辟易したが、学校にいる自分という図式に懐かしさを感じていた。

 授業内容は特調の講義で進めていたところとあまり差がなかったので、ちんぷんかんぷんでも退屈でもなかったのは幸いだった。すべての授業が終わると、声をかけてくるクラスメートをのらりくらりとかわして、戸口に現れた海のビジュアルに周囲が固まっている隙に教室を抜け出した。昇降口とは反対方向に進むと、次第に人が減ってまばらになる。目につかないうちに、蓮は海の背中を押してひとまず手近な空き教室に滑り込んだ。


「まったく……本っ当に目立つなおまえ」

「おかしいよね、こんなに静かで大人しいのに」

「ルックスがうるさいんだろうよ」

「ひどいなあ、蓮」

 いつもの軽口に反応しながらも、何だか海の声に張りがない気がした。

「海?」

「なに、蓮」

 メガネに差し込んだ夕陽が反射して、表情がいまいち読み取れない。特に具合が悪いわけでもなさそうなので、蓮は仕事の話題に切り替えた。

「いや、それでここからどう行くんだ?」

「うん、途中から離棟になってる専門棟があってね。視聴覚室、美術室、調理実習室も縦に集められてる。美術室と調理実習室は今でも部活動に使われているけど、視聴覚室のある三階は基本的に放課後の利用はされていないらしい。もう少し待って生徒の大半が帰るか部活に行くかしたら行ってみよう」

 海の言葉に従い、十五分ほど時間を潰して話し声が消えたのを確認してから廊下に出る。迷いなく先導する海の後について離棟の方へと蓮も進んだ。一階と二階は部活の生徒が集まっているらしい声が聞こえたが、三階の廊下に辿り着くと、確かに海が言った通り先ほどまでの喧騒が嘘のようにシンとした廊下が続いている。まるで休みの日の学校を訪れてしまったような錯覚にさえ陥りそうになり、蓮はふと立ち止まって背後を振り返った。

「蓮?」

「いや、本当に静かだな……こんなところでなら、確かに悪さをする人間がいても不思議じゃない」

「そうだね」

 二人はしばらくそのまま歩いたが、やがて視聴覚室横の室名のない扉の前で海が立ち止まった。

「ここは?」

「元々は倉庫として作られた、今は名前のない空き部屋。学校側は鍵を紛失してそれきりなんだけど、ここは内部からも鍵が掛けられるから、カップルが時々ラブホ代わりに使ったりしてるってさ。そしてここが重要なんだけど、売り買いされた動画の現場は全部ここなんだ――現場の写真と映像を室で検証してもらって、さっき九十九パーセントの確率で一致した」

「……!」

 携帯の端末を弄りながら淡々と言う海に、いつの間にそこまでしていたのかと蓮は驚いた。自分がただ授業に出ている間に、海は着実に成果を挙げていて。本当の意味での年期の差を、まざまざと見せつけられた気がした。ひたすら感心している蓮に、海がそっと手を伸ばして頬を撫でながら声を掛けた。

「蓮――今から……」

「え、何て?」

 海の発した言葉が脳内で理解できず、思わず訊き返した蓮に海は再度繰り返した。


「もう一度言うよ、蓮。今から何も聞かずに、ここで黙って俺に抱かれて欲しい」


 漸く言葉が浸透すると、蓮の目が零れ落ちそうなほどに大きく見開かれた。

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