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ACT13 ハイエナの住処1

 山梨からの帰任報告の後、そのまま次の任務の説明があるからと室長室に留め置かれてソファでうとうとしていると、ノックの音がして海が姿を現した。

「失礼します」

 如月は作業していたパソコンを閉じると、身振りで蓮の側を示した。

「ご苦労、それでは揃ったところで始めようか」

 海が蓮の隣に座ると、蓮は海が何も言わないことに違和感を覚えたが、すぐに再び扉が開いて秘書の女性がコーヒーを運んできたので口を噤んだ。彼女が一礼して下がると如月が口を開いた。

「単独任務のすぐ後で悪いが、君には明日からそこの水沼と共にとある私立学校に調査に入ってもらいたい」

「明日からですか」

「迅速な対応が求められているので。体調に問題は?」

 もちろん多少疲れてはいるが、支障があるほどではなかった。

「ありません、詳細をお願いします」

「よろしい。今回は児童ポルノやアダルト動画を違法に売買している素人の摘発だ。海外サイトや暴力団経由でやり取りの形跡があるが、あくまで組織ではなく個人だから相対したところで大した危険はないし、基本設定もせいぜい一週間と短期だ」

「個人なのに現場が学校なんですか?」

「学校関係者、つまり生徒か教師がターゲットってことだよ」

 不意に口を挟んだ海の言葉を、如月が肯定した。

「その通りだ。ターゲットは二十代の男性教諭、名は篠原世司しのはらせいじ。担当教科は世界史だ。生粋の盗撮魔で校内外でいかがわしい映像を密かに撮影しては、その映像データを売り捌いている。それだけには飽き足らず、その盗撮映像を元に脅迫した女生徒を何人も毒牙にかけているらしいが、被害者が泣き寝入りして表沙汰になっていないため検挙には至らないらしい。正にハイエナのような屑だ。校内盗撮の現行犯逮捕が望ましいため、今回こちらに要請があった――何か質問はあるかね?」

「えっと、現行犯て言うのは設置してあるであろうカメラを押えればいいんですか?」

「それだけでは弱いな、犯人自身が仕掛けた証拠か証言が必要になる」

「では本人がカメラに近寄った所を、とか?」

「それだと不審なカメラに気付いて、撤去しようとしただけだと言い抜けられればそれまでだよ」

 海のダメ出しに蓮が黙ると、如月が冷静に付け加えた。

「きみは現場経験が少ないから難しく考えてしまうかもしれないが、対処については全て水沼に任せておけばいい。こうした任務では機転のきく子だ」

「気持ち悪い言い方すんなよ、あんたの子じゃねぇし」

「純粋に評価したつもりだったが」

「純粋なんて言葉、不純な人間が使うのやめてくれる? 言葉が穢れる」

 どうやら最初に感じた違和感は、間違いではなかった。今の海はすこぶる機嫌が悪い。その理由はどうやら室長に起因しているようだが、子細なところは蓮には想像もつかなかった。いたたまれずコーヒーを飲んでいると、殺伐としたやり取りの末に強制的に話を終えた海が立ち上がった。

「これ以上話すことないし、もう行くわ。蓮、戻るよ」

「あ、ああ。それじゃ、失礼します」

「うむ、二人とも明日は頼むぞ」

 振り返って一礼した蓮は、さっさと扉を出た海を慌てて追った。


***


「どうしたんだよ、海。何でそんな機嫌悪い?」

 肩を掴んで歩みを止めさせると、通路で改めて向き合った。

「……別に。あのおっさんとはいつもこんな感じだよ」

「室長はともかく、俺にも変だぞ」

「変て?」

 不貞腐れた様子の海の顔を覗き込むと、ばつが悪そうに目を逸らした。

「ほら、目も合わせないし」

「……そういう気分の時もあるよ」

「任務から戻ったって言うのに、お帰りの一言もなかったし」

「そ、それはごめん! 蓮、お帰りなさい……蓮がいなくて、本当はすごく寂しかった」

 堪らず蓮を引き寄せて抱きしめると、甘えるように頬を摺り寄せてくる。少しばかりいつもの調子を取り戻した海に、蓮は重ねて訊ねた。

「で。結局、何があったんだ?」

「何も」

「それは嘘だろ」

 むにっと頬をつままれて、海は苦笑した。

「蓮には通用しないか。うーんそうだね、そしたら明日からの任務が終わったら話すよ。蓮も疲れてるだろうから、今日はご飯食べて早く寝た方がいいし」

「そうだな……そうするか」

 途端に眠気を覚えて、蓮はあくびをかみ殺した。その仕草を見て、海は微笑った。

「食堂行こう、蓮が寝ちゃう前に」

 手を繋いで先導しながら、海は蓮が帰ってくる前の室長室でのやり取りを思い返していた。



『良くまあ、そんな命令が平然と出せたもんだ。あんたに良心てやつはないのかね?』

『なければ室長の椅子になど座れん。ただ正義の遂行ためには、やむなく犠牲を払うこともある』

『正義? そんな大層な話じゃないだろ、ただ特調が存続するための功績づくりがしたいだけだ。何でそのために、俺と蓮が利用されなくちゃいけないんだ』

『適任と判断したからだ、それ以上でもそれ以下でもない。先に意向を確認した以上今回の任務を拒否しても構わんが、柴田は外さないからそのつもりでいろ』

『どういう意味?』

『おまえにしては察しが悪いな、他のエージェントと組ませてこの任務に当たらせると言っている』

『はっ……そうかよ。どのみち俺に選択の余地なんかないってことか。受けてやるよ、あんたの思惑ごと抱えてな』

『期待している。柴田が戻ったら、また詳細を聞きに来なさい』

『了解。地獄へ落ちろ、狸ジジィ』



「ったく、あのクソ腹黒狸が……」

「狸?」

「あ、いや何でもないよー何でもない」

 作り笑いを浮かべる海に、蓮はやはりいつもの海でないことを心配したものの、疲労の方が勝って考えるゆとりがなかった。海も明日の任務完遂後には話すと言っているのだしと、この時の蓮はまだ海の異変について軽く考えていた。

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