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ACT10 行動には報いが伴う

「蓮……蓮、着いたよ」


「……ん」


 海に揺り起こされて目を開けると、そこは内閣情報調査室付特別調査部保安管理室のB2駐車場だった。

「もう着いたのか」

「ほとんど寝てたからね、蓮」

「車って揺れるから、ついな」

 蓮はそう言い訳したが、場所がどこでもすき間があれば寝てしまうのは珍しいことではなかった。

「俺と一緒の時は構わないけど、それ以外では気を付けてよね」

「分かってる、海だけだよ」

「……」

 上目で即座にこういう返しをする蓮は、以前よりずっとあざとくなったと思う。その言葉にいまいち信憑性はないが、釘を刺したことでそれ以上は追及しなかった。眠ったままの泰一をそのままに車から降りると、エレベーター前に黒スーツの職員が二人控えていた。

「対象は中だな?」

「うん、薬で眠ってる」

「ではこちらで引き取ろう。きみ達は先に上がって室長に帰任報告を」

「了解」

 指示された通りエレベーターに乗ると、扉のガラス越しに後部座席から引き出される泰一の姿が見えた。B1の連絡口まで昇り、外と中を繋ぐゲートを再び通って特調の施設内に戻って来た。特調支給の携帯電話で専用のアプリから一応室長の予定を確認すると、ちょうど空白になっていたのでそのまま室長室に直行することにした。重厚な扉をノックすると、中から返事とともに穏やかな雰囲気の青年――室長第一秘書の佐伯文人さえきふみとが姿を見せた。彼は二人を認めると、人懐こい笑みを浮かべて扉を大きく開いた。

「お帰りなさい水沼くん、柴田くん。西條大学病院からの帰任報告ですね? どうぞ」

「ありがと」

「ただいま、佐伯さん」

 蓮が特調に入った当時は娘が生まれた直後の育児休暇で不在だったため、顔を合わせたのは少し後になってからだったがその持ち前の人当たりの良さのおかげで佐伯と蓮はすぐに打ち解けた。今では個人的な恋愛相談や逆だと娘や妻の溺愛話を聞くような気さくな関係となっている。

 その佐伯から離れて奥へ進むと、部屋の主が醸し出す独特な威圧感に自然と表情が引き締まった。デスクから立ち上がった内閣情報調査室付特別調査部保安管理室 室長・如月拓巳きさらぎたくみは、入口近くの応接ソファに歩み寄り、腰を下ろした。


「二人とも、ご苦労だった。報告を聞こうか」


 雑談もなくいきなり本題に入るところはいかにも合理主義の如月らしいが、それはさっさと切り上げたい海にとってもありがたい話だった。病室を離れて病棟を徘徊していた対象に蓮が声をかけ、問い詰めたところ逃走を図ったため追い込んで確保した。その際、事前に渡されていた睡眠薬を投与したので特調への帰任は非常にスムーズだったと海が理路整然と説明したのでその間蓮は口を挟む隙もなかった。対象を確保した職員からの連携内容と齟齬がないことを認めると、如月は頷いて再び二人を労った。

「問題はなさそうだ。水沼も柴田もご苦労だった、退室してよろしい」

「はいはい、それじゃ」

 海はすぐに立ち上がったが、蓮は動こうとしなかった。

「蓮?」

「一つだけ、教えてください。烏丸泰一はどうなるんですか?」

 真っ直ぐな視線を向けてくる蓮に、如月は冷徹な目線を返した。

「それを知って、どうする?」

「どうって、ただ知りたいんです。いけませんか」

「その答えでは、駄目だ」

「駄目って……」

「烏丸は、ノンリミの名を汚した犯罪者だ。今回のことはただでさえ微妙なノンリミの立場を悪くしかねない事件だった。それに相応しい極刑を望むと言うならともかく、きみは奴に同情しているのではないかね? どこかで救いが欲しいと思っている」

「……だって、まだ中学生ですよ?」

「蓮、それは理由にならない。善悪が分からない幼児ならともかく、あいつは自分の行いが犯罪行為だと分かった上で手を染めた。しかも金に困っていたわけでもなくて、力が発散できるなら何でも良かった。ある意味、貧困による強盗よりたちが悪い」

「水沼の言う通りだ。烏丸の動機はひどく身勝手で独りよがりなものだ。この先改善が望めなければ、人権的な配慮は得られないだろう」

「……分かりました」

 如月と海と両サイドから厳しいことを言われて、蓮は黙るしかなかった。ソファから立ち上がって退室すると、部屋の外で佐伯に声をかけられた。

「大丈夫ですか、柴田くん」

「はは、フルボッコだったもんね俺。こいつも容赦ないし」

「ごめんて、でもあれは蓮が悪いよ」

「分かってるよ……俺が甘いことは。でも、まったく救いがないわけでもなさそうだった」

「そうだね、意外だったよあのおっさん」


 室長の最後の言葉には、一つだけ敢えて希望が差しこまれていた。

 「改善が望めなければ」ということは、裏を返せば泰一に更生の機会を与えるということに他ならない。本来、一エージェントである蓮に伝える必要のないその情報を、如月は意図して会話に混ぜたことになる。


「室長はああ見えて、お優しい方なんですよ」


 佐伯の言葉を背に受けながら、海と蓮は複雑そうに首を傾げながら自室へと戻って行った。

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