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第95話 魔王の働き方改革(カイゼン)と、時空を超える出前

【異世界・魔王城・大会議室】


 かつて、人間界への侵略計画が練られ、血生臭い殺気が渦巻いていた魔王軍の本拠地。 その場所は今、異様な熱気に包まれていた。


「――いいか、貴様ら! 我が軍に足りないのは『圧倒的な武力』ではない! 『コンプライアンス(法令遵守)』と『ワーク・ライフ・バランス』だ!」


 玉座に座る(というか、あぐらをかいている)のは、魔王ゼファー。 その姿は、漆黒のマント……の上に、なぜか『安全第一』と書かれた緑色のベストを羽織り、首からはタオルを下げているという、極めて前衛的なスタイルだ。


 ずらりと並んだ四天王や将軍たちは、主君のあまりの変貌ぶりに、冷や汗を流しながら直立不動で震えている。 「こ、こんぷらいあんす……? 新手の結界魔法でしょうか……?」 「わーく……ばらんす……? 重力操作系の呪文か……?」


 ゼファーは、彼らの戸惑いを一蹴し、ホワイトボード(陽人が店で使っていたメニューボードを持ち込んだ)をバン!と叩いた。


「違う! 『休みもしっかり取って、法を守って、効率よく働け』と言っておるのだ! 疲れた兵士に良い仕事(侵略ではなく治安維持)はできん! よって、本日から魔王軍全軍に対し、週二回の『定休日』と、残業代の『完全支給』を義務付ける!」


「「「な、なんだってーーーーっ!?」」」 幹部たちの絶叫が響く。 「そ、そんなことをすれば、軍の維持費が破綻します!」 「甘い! そこで導入するのが、この『カイゼン』だ!」 ゼファーは、ニヤリと笑った。 「無駄な会議の廃止! 書類の電子化(魔法による転送)! そして何より……」 彼は、懐から愛機(中古スマホ)を取り出し、高らかに掲げた。 「オヤカタ(山本権蔵)直伝の、『ラジオ体操』の導入だ! 全員、中庭に集合せよ! 第一体操から叩き込んでやる!」


 魔王城の中庭で、数千の魔族兵士たちが、魔王の号令に合わせて「いーち、にー、さーん!」と手足を伸ばす光景は、後に歴史書に『魔王の健康革命』として記されることになる(かもしれない)。


【異世界・マカイ亭】


 一方、下町のマカイ亭。 こちらもまた、別の意味でカオスな状況になっていた。


「おい、新入り! 皿の洗い方が甘いぞ! 油汚れは『親の仇』だと思って落とせと教えただろう!」 「ひぃぃぃ! も、申し訳ございません、バルガス先輩!」


 厨房の洗い場で、必死にスポンジを動かしているのは、かつて王宮でふんぞり返っていたボルドア子爵だった。 粗末なエプロンをつけ、手荒れに涙目になりながら、バルガス(皿洗いの鬼教官)の指導を受けている。 「……貴族の手は、柔らかすぎる。非効率だ」 「うぅ……。なぜ私がこんな……。屈辱だ……。しかし……」 ボルドアは、洗いたての皿を見つめた。キュキュッ、と指で擦る音。 「……綺麗になると、意外と……気持ちいい……かも……?」 「(……馴染んでるよ、あの人)」 陽人は、その様子を苦笑いで見守りながら、フライパンを振っていた。


 店は、相変わらずの大盛況だ。 「聖者様」の噂は落ち着きつつあったが、代わりに「魔王様がバイトしている店」「貴族が皿洗いをしている店」という、新たな(そして事実に基づいた)都市伝説が広まり、客足は途絶えることがない。


「いらっしゃいませー! 魔王様直伝『覇道オムライス』、お待たせしました!」 リリアが元気にホールを駆け回る。 「はいぃ! こちら、ギギ特製『癒しのミニサラダ』ですぅ!」 ギギも、すっかり接客に慣れ、客から「可愛い」とチップ(飴玉)をもらって喜んでいる。


 そんな平和で忙しいランチタイムが終わった頃。 厨房の奥に置かれた、奇妙なオブジェ――ゼファーが日本から持ち帰った、ひび割れた古代アーティファクト――が、ブブブ……と震え出した。


「うわっ!? なんだ!?」 陽人が駆け寄ると、アーティファクトの表面に、ホログラムのように文字が浮かび上がる。それは、ゼファーが日本で使っていた『LINE』の通知画面だった。


『オヤカタ:ようゼファーさん! 元気か? こっちは相変わらずだぜ。ところでよ、現場の連中が、あんたが言ってた「ゴクエンドリ」ってやつ、死ぬほど食いてえってうるさくてよ。何とかなんねえか?』


「……オヤカタさんからだ」 陽人は、スマホの充電器と化していたアーティファクトが、まだ微弱ながら次元を超えた通信機能(Wi-Fi?)を維持していることに驚いた。 「魔王様ー! オヤカタさんから注文入りましたよー!」


 店の奥で「日経平均」をチェックしていたゼファー(休憩中)が、ガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。 「なに!? オヤカタからか!」 ゼファーは、風のように厨房に現れると、画面を覗き込み、感極まったように頷いた。 「……うむ。我が盟友ともの頼み、断る道理はない。陽人よ! 緊急オーダーだ!」


「え、でも、どうやって届けるんですか? 空間転移はもう……」 「ふん。我を見くびるな。このアーティファクトの残りカスといえど、質量保存の法則を無視した『小規模転送』くらいなら、我が魔力で強引にねじ込める!」 「(物理法則を無視するなよ……)」


 陽人は呆れつつも、すぐに準備に取り掛かった。 「獄炎鶏の唐揚げですね! 任せてください! 日本人の舌にも合うように、激辛だけど旨味たっぷりの『マカイ亭スペシャル』でいきます!」 「うむ! 我は『梱包』を担当する! 日本の『宅急便』で学んだ、完璧なパッキング技術を見せてやる!」


 陽人が揚げた熱々の唐揚げを、ゼファーが魔界の断熱材(ドラゴンレザーの切れ端)で包み、さらに衝撃吸収用のスライム(食用・無害)を詰めた箱に収める。 「ギギ! 宛名書きだ! 漢字は書けるか!?」 「は、はいぃ! 練習しました! 『山本建設御中』!」 「よし! 完璧だ!」


 ゼファーは、箱をアーティファクトの上に置くと、両手をかざし、呪文を詠唱した。 「――我が魔力よ、時空を超え、友の胃袋へ届け! エクスプレス・デリバリー!」


 カッ! と光が弾け、箱が消滅する。


 数分後。 アーティファクトが再び震え、一枚の画像が送られてきた。 それは、河原の現場で、唐揚げを片手に満面の笑みを浮かべるオヤカタと作業員たちの写真だった。 メッセージには一言。 『最高だぜ! また頼むな、相棒!』


「……ふっ」 ゼファーは、スマホの画面を愛おしそうに撫でた。 「……相棒、か。……悪くない響きだ」


 その横顔は、世界を支配する魔王ではなく、遠い空の下にいる友人を想う、一人の男の顔だった。 陽人は、そんなゼファーを見て、静かに笑った。 「……繋がってますね、俺たち」 「ああ。……食がある限り、世界は遠くない」


 マカイ亭の厨房には、異世界と日本、二つの世界を繋ぐ、温かくて美味しい匂いが、いつまでも漂っていた。 ボルドア子爵が「あ、あの……休憩時間は……?」と涙目で訴えるまで、彼らはその幸福な余韻に浸っていたのだった。

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