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第39話 終わりと始まりの晩餐

 惨状を残しながらも、どうにか続行された晩餐会。ボロボロになったテーブルや欠けた食器の上には、まだほんのりと湯気を立ち昇らせる料理やデザートが並び、人々は揺れる心を抱えながら最後のひとときを過ごしていた。


「こんな形になるなんて想像もしなかったな……」


 騎士団の青年が甲冑の汚れを気にしつつ、短く笑う。目の前には先ほど盛り付けたばかりのフルーツコンポートが鎮座し、その甘酸っぱい香りが混沌とした空気に溶け込んでいる。


「ああ……でも、最後まで続けられたのはおれにとっては奇跡だよ。みんなが逃げちゃっても仕方ないと思ってたんだけど……」


 陽人は深いため息をつきながら、それでもほっと安堵の笑みを浮かべる。周囲を見渡すと、血の気立った連中の姿は減り、座り直した客や魔族たちが静かに料理をつついている。雑談というほどの余裕はまだないが、互いを睨み合っていたさっきまでとは空気が変わっているのを感じる。


「皆さん、怪我はありませんか? ここのスープ、まだ温かいのでよかったらどうぞ……」


 魔族の助手が、手当てを受けていた人間の客に優しく声をかけている。客のほうも「い、いただくよ……」とぎこちなく応じ、目を伏せながらスプーンを握る。戦いの傷を抱えたままでも、何かを食べることで心が和らぐのかもしれない。


「これなら……まだ間に合うかもな」


 騎士団の青年がぽつりと呟く。そこへ魔王ゼファーが、少し離れた席から歩み寄ってくる。その背後には数名の魔族幹部が控え、彼らもすっかり息を詰めていたようだ。


「宴が再開した形にはなったが……最初に想定していたような華やかな晩餐会には程遠い。どうする、陽人?」


 ゼファーの問いかけに、陽人は小さく笑った。


「確かに……理想とは違います。でも、これでも“続ける価値”はあったと思います。やっぱり、食べることを諦めたら、何も始まらないですから」


 ゼファーは「フン」と鼻を鳴らしながらも、どこか満足げな表情でコンポートをひとさじ口に運ぶ。視線の先には、魔族と人間が微妙な距離を取りながら同じテーブルに座っている光景があり、幹部のひとりが苦笑まじりに言う。


「こんな形でも、私たちは同じ皿を囲めている。たぶん、前よりは少しだけ“共同”ってものを感じているかもしれないな」


「そうですね……ありがとうございます。まだ問題は山積みだけど、そこに“一緒に食事する”っていう選択肢が生まれただけで、進歩なんじゃないかな」


 陽人が心からの笑みで応じると、騎士団の青年も「そうだな、いろいろあったけど……無駄じゃなかった」と相槌を打つ。彼も怪我をした体を引きずりながら、最後のデザートを平らげようとしている。


 会場の隅では、魔族兵たちがテーブルを補修している。その姿を見た人間の職人風の男が「こうすれば頑丈になるぞ」と指示を出すと、意外にも魔族兵が「なるほど! 道理で人間は繊細なつくりを知っているわけだ」と感心している。大混乱の後には、なんとも言えない微笑ましい協働が生まれていた。


 さらにもう一角では、先ほど騒ぎに加わりそうになっていた強硬派の魔族が人間の過激派に拘束される流れになっていたが、お互い「どうしてこんなことになったんだ」と嘆き合い、妙な連帯感を醸している様子。もちろん完全に和解するには時間がかかるだろうが、少なくとも“もう一戦交える”というムードではなくなっていた。


(ほんの少しだけど……みんな、食べて、話して、考えるようになってくれている。それだけでも、ここまで頑張った甲斐があるってもんだ)


 陽人がそう思っていた時、背後から軽い足音が近づく。


「……おめでとう。大混乱だったけど、最終的には宴として形が残ったわね」


 エリザが、遠巻きに眺めていた客たちの様子を見ながら呟く。陽人は振り向き、安堵の笑みを浮かべた。


「あなたのおかげでもある。もしエリザさんがいろいろ動いてくれてなかったら、さらにひどいことになってたと思います」


 エリザは「さあね」と、そっぽを向く。


「私は商会の都合でこっちに来て、戦乱が続けばそれはそれで儲かると思ってた。それが今じゃ、あなたの料理を見て“もしかしたら和平も悪くないかも”なんて気が付いてしまった。ビジネス的にはまだ複雑だけど……気分は悪くないわ」


 そう言って微笑むエリザは、どこか解放されたように見える。これが彼女なりの“改心”なのか、それとも次のステップへの好奇心なのかは分からないが、陽人は素直に手を差し出していた。


「そっか……またいつか、あなたが別の形で来てくれても、僕は料理で歓迎しますよ。魔王領から新食材でも仕入れて、もっといろいろ作れるようになりたいし」


 エリザは一瞬だけ目を伏せて笑い、握手を交わすことはせず、ふわりと立ち去る。背中が小さく揺れ、「それまで生きていればいいけどね」と呟くのが聞こえた。


 やがて、晩餐会は本来の“華やかな宴”とはほど遠い形で幕を下ろすことになった。混乱でテーブルクロスも皿も破損し、ろくに乾杯の音頭すら取れずじまい。しかし、最後まで残った客や兵士たちが魔族・人間問わず席を囲み、かすかな笑顔や会話を交わした事実は、決して無意味ではないだろう。


 魔王ゼファーは騎士団や貴族代表らと簡単な事後処理の打ち合わせをしてから、陽人に近づく。


「陽人、今回はひどい目に遭わせたな。だが、俺としてはこの場に残った者たちが、お前の料理を最後まで食べることを選んだ。それだけでも十分成果だと思っている」


 陽人は照れくさそうに笑い、ソースで汚れたエプロンを外しながら頷いた。


「ありがとうございます。僕も……まさかこんな形になるとは思わなかったけど、やっぱり最後に“うまい”で終わる宴にしてよかった。これが次に繋がるなら、料理人としてやった甲斐があります」


「フン、繋がらなければ、またお前が作ればいいだけだろう。無理やりでも、な」


 ゼファーが冗談めかして肩をすくめると、陽人は目を丸くしてから笑う。魔族の王である彼が、こんな形で人間との協力を認める日は来ないと思っていたが、意外と人間くささを滲ませている。


 ――こうして、長かった晩餐会は幕を閉じる。全員が満足したわけではない。負傷者や逮捕者も出たし、人間界と魔王軍のわだかまりが一挙に消えたわけでもない。それでも、戦いかけた両陣営が“同じテーブルを囲んで食を味わう”という経験を共有できたことは、新たな一歩になるかもしれない。


 陽人は後片付けを終え、がらんとした大広間に残ったまま、ふと思う。壊れた皿や血のにおい、冷えきった料理の残骸――悲惨な光景かもしれないが、その一角では確かに人々が“うまい”と微笑んでいた。それを信じるしかない。


「さあ、帰ったら、みんなで反省会だな……。もっと上手くできたはずだし、次は絶対に成功させよう」


 そう独りごちた声に、騎士団の青年が苦笑で応じ、魔族の助手が「兄貴、まじで休んでくださいよ」と呆れ顔で言う。まるで惨劇を越えてなお、普通の“後片付け”と次回への意欲が生まれる日常がそこにあった。


 一方、宿舎へ戻る道すがら、エリザらしき人影が夜闇に消えていくのを誰も気づかなかった。彼女が小さく呟いた「また会いましょう、料理の魔術師さん」という言葉は、宵闇に吸い込まれて静かに消える。商会の思惑は継続中なのか、あるいは新しい局面を迎えるのか……


 ただ、今は騎士団や魔族が協力して会場を後にし、陽人の料理が繋いだ儚い絆を胸に刻んでいる。正解か失敗かは分からない。しかし、この混沌の夜を経て、今後の世界は少しだけ優しくなるかもしれない。


 本当の宴は、きっとこれから先に続いていく──


 ◇


 第一部 完

 ※ここまで読んでくださりありがとうございます。

 また機会があれば、書きたいと思います。

 ブクマ、応援コメント、非常に励みになります。


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