第37話 迫る破局と最後の選択
剣戟の音が響き渡り、悲鳴と罵声が入り乱れる大広間。まるで見世物小屋のように武装集団が交錯し、騎士団と魔族兵が必死に制止に入るが、あちこちでテーブルや皿が倒れて混乱は広がる一方だ。
「は、離せっ! 俺はこの恨みを晴らすために来たんだ!」
人間の過激派が叫ぶと、魔族の強硬派が「ふん、貴様ら人間こそ滅ぶがいい!」と応じる。互いに武器を突き付けあう姿は、折角の晩餐会を台無しにする殺伐とした光景だ。
陽人はその場に立ち尽くし、震える手をなんとか抑えながら息をのむ。先ほどのデザートで落ち着きかけていた空気が、全く別の場所で再燃してしまったのだ。騎士団と魔族兵の連携によって犯人を拘束しようとするが、複数名いる過激派たちが大広間のあちこちに散らばり、捕縛が思うように進まない。
「まずい……このままじゃ会場が崩壊する!」
騎士団の青年が声を張り上げ、近くにいた貴族たちを安全なエリアへ誘導する。ゼファーも魔族の幹部たちに合図を送り、暴れそうな強硬派を抑える動きを見せている。
「余計な血を流させるわけにはいかん……魔族も人間も、ここで殺し合えば何の進歩もない!」
ゼファーの怒声が響くが、暴徒と化した者たちは聞く耳を持たない。しかも煙幕の名残か、視界も悪く、乱戦に拍車をかけていた。
――その時、陽人の目にエリザの姿が映った。広間の隅で、どこかの過激派と対峙しているらしいが、なぜかエリザは一歩も引かず、相手に何か囁いている。相手の男は険しい顔から徐々に困惑へと変わり、呆然としたまま剣を下ろしかけている。
「……あれ? もしかしてエリザさん、あの人を説得してるのか?」
驚きと安堵の入り混じった感情が陽人の胸を突く。しかし状況は依然として危うい。視線を戻せば、強硬派の魔族と人間の過激派が刃を交わし合っている姿があり、避難できなかった客たちが悲鳴をあげている。
(このままじゃ……晩餐会どころの話じゃない! 何とかしなきゃ……)
胸を締めつけられる思いで陽人が駆け寄ろうとした、その時、大広間の中央から鋭い音が響いた。
「キャアアアッ!」
誰かの悲鳴。見ると、過激派の男が騎士を振り払って貴族の席に飛び込もうとしている。そこには、王都の重鎮や貴婦人もおり、一歩間違えば人質や惨劇が起こりかねない。
「やめろっ!」
騎士団の青年が叫び、全速力で男を追うが、男はスルリと人混みをすり抜けて貴婦人に短剣を向ける。殺気が閃き、周囲の客たちが悲鳴を上げて後ずさる。まさに一瞬の隙が生んだ絶望的な光景――
「──そいつを離せ!」
陽人は状況を深く考える暇もなく、傍らにあったテーブルクロスを手に取り、まるで巨大な布を振りかざすようにして男へ向かって突進する。
「な、なんだ……ぐあっ!」
男の視界がクロスで塞がれ、一瞬動きが鈍る。そこを騎士団の青年が逃さず、背後からタックルを決め、短剣を叩き落とす。貴婦人は半泣き状態でへたり込み、周囲の客が慌てて支えた。
「陽人、おまえ……危ない真似を!」
青年が安堵と怒りの混ざった声で叫ぶ。陽人は息を切らしながら、力なく笑みを浮かべる。
「い、いや……みんなの料理、守りたかったから……これくらい、やるさ……」
何とか過激派の男を取り押さえることに成功したが、まだ他にも複数の暴漢が潜んでいる可能性がある。陽人は痛む腕をさすりつつ、周りを見渡した。エリザや魔王ゼファー、騎士団らが少しずつ事態を鎮圧しに動いているのが見える。
「……よかった。これで大きな流血沙汰は避けられるかも……」
しかし、安堵もつかの間、大広間の奥で再び金属音が鳴った。見ると、魔族の強硬派らしき男が逃げようとして騎士団員を突き飛ばしている。血走った目で陽人の方をギロリと睨み、呟く声が聞こえた。
「ふん……料理人の分際で……貴様の料理なんぞに心奪われたくはない!」
男は捨て台詞を残し、非常口へ向かって走り去る。騎士団が追おうとするが、逃げ足が速く、混乱で人が倒れている中を縫っていくため、捕らえられない。どこかで再び騒ぎを起こす恐れがあるが、今はそれを追う余力がないのが現状だ。
「くそっ、追いかけられないか……!?」「こっちも人手不足だ……他にも捕まえるやつが山ほど!」
陽人は苦い気持ちを抱えたまま、しかし幸い大広間中央付近の戦闘は沈静化していくのを感じる。布を振り回した強引な方法ながら、一番危険な局面を乗り切れたのは大きい。
(これで、一応急場はしのいだ……でも、まだ晩餐会が続けられる雰囲気じゃない……どうしよう?)
辺りを見回すと、客たちは怯えきって一部が出口に殺到している。雰囲気は最悪だ。騎士団長らしき者が大声で「もう少し待ってください、会場は封鎖しません!」と叫んでいるが、混乱は簡単には収まらない。
(せっかくの料理が……これじゃ誰も味わえない!)
傷ついた客や取り押さえられた過激派、そして血の気の多い強硬派魔族が一歩引いて様子を伺うなか、陽人はこのまま宴が終わってしまうのかと、悔しい思いに駆られる。しかし、そんな彼の耳にゼファーの声が飛び込んできた。
「陽人、こちらへ来い!」
見ると、魔王ゼファーが壁際で騎士団の青年やエリザらしき人影と共に、何やら話し合っている。そこに陽人が駆け寄ると、ゼファーが低く言い放つ。
「どうやら、先ほどの過激派騒ぎで人間側も魔族側も両方に被害が出た。だが、幸い大怪我は少なく、騎士団が大半を拘束してくれている。問題は“このまま宴をお開きにする”かどうかだ……」
騎士団の青年が難しい顔で頷く。
「正直、客の安全を考えれば解散してもいいかもしれません。でも、このままじゃ魔王軍と人間のわだかまりは深いままだし、陽人の料理も無駄になってしまう」
エリザは黙り込んだまま、苦い表情で様子を見つめている。そこで、ゼファーが陽人をまっすぐに見て問いかけた。
「お前はどうしたい? 戦いを避けたいなら、ここで店を閉じるのも手だ。あるいは、最後まで晩餐を続けるというのなら、覚悟が要るぞ。何せ血を見たばかりの客たちが食欲を失っているかもしれない……」
陽人は唇を噛み、会場を見渡す。砕かれたガラス、倒れたテーブル、そして何より怯えや怒りの混ざった客たちの視線。普通ならここで打ち切るのが妥当かもしれない。
だが、ここで終われば、「晩餐会は失敗、やはり和平など絵空事」という空気が濃厚になる。自分が必死に作った料理も、目指していた“世界を繋ぐかもしれない”可能性も全て無に帰す。
(そりゃ怖いし、うまくいく保証なんてない。けど、このまま尻すぼみで終わらせちゃ、戦いしか残らないんじゃないか……)
こみ上げる感情を抑え、陽人はゼファーを見上げる。
「……僕は、続けたいです。まだみんながデザートを食べていないし、このままじゃ満たされないまま終わってしまう。力にならないかもしれないけど、料理人として最後までやりたいんです」
ゼファーは短く息を吐いて、目を伏せる。
「……フッ、やはりそうか。いいだろう。俺も、それを望んでいたところだ」
騎士団の青年が目を丸くするが、すぐに苦笑いを浮かべて了承した。
「分かった。じゃあ、俺たちで混乱収拾を試みる。騎士団と魔族兵で会場を落ち着かせ、まだ残っている客に最後まで食事を楽しんでもらえるよう説得しよう。……あんな事件があった後だけに、厳しいだろうが」
陽人は息を呑み、力強く頷いた。
「はい、ありがとうございます……!」
エリザは黙って一同を見回す。何か言いたげな表情を浮かべているが、やがて僅かに肩をすくめ、去っていく。どうやらまだ彼女には役割があるらしいが、今は追いかけている余裕がない。
(よし……まずはおれたちができることをするんだ! みんなが本当に落ち着いて、デザートを口にしてくれれば、それが今日の奇跡になるかもしれない!)
こうして、最悪の危機をかろうじて乗り越えた晩餐会は、続行か打ち切りかの瀬戸際に立たされた。場内を一周回ってみると、傷ついた客や騎士が椅子に腰を下ろし、魔族兵が手当てをしている光景もある。もう会食どころではない──その空気を、陽人の料理は本当に変えられるのか?
次回、晩餐会の最終局面。傷ついた客と暗躍する者たち、果たして陽人が作り出す“デザートの奇跡”は起こるのか、エリザの役割は何なのか。怒涛のフィナーレへ向け、物語はさらに高揚感を帯びていく。