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第34話 幕が上がる──晩餐会開宴

 黄昏の空が赤く染まる頃、王都の中央広場から続く大通りには貴賓馬車や騎士団の行列が相次いでやって来ていた。晩餐会の会場である大広間には、華やかな衣装を纏った貴族、実力者たちが三々五々と集まり始めている。


 門番はいつになく厳重なチェックを行い、貴賓招待状や身分証を確認しながら、皆を迎え入れる。外には騎士団が厳戒態勢を敷き、さらに魔王軍の兵も少し離れた場所で警戒に当たっていた。


「人間と魔族、両方の兵士が警備しているなんて前代未聞ですね」


 騎士団の青年が感慨深げに呟く。陽人は小さく息を吐きながら、会場裏手の大厨房へと足早に向かう。もうすぐ開宴。もはや一刻の猶予もない。


「頼む、間に合え……!」


 陽人はすでに宿舎でできる仕込みはすべて終え、ソース類と下ごしらえ済みの食材を運び込んだ。大人数分の調理具やデコレーション用の飾りも魔族の助手たちが頑張って運んでいる。


 扉を開けると、広々とした大厨房の中が、まるで戦場さながらに忙しく動いていた。王の宮廷料理人グラントとその助手たちがすでに活動を始めている。まるでダンスをするかのようにシンクロして料理を仕上げる様は、さすが宮廷のプロといったところだ。


「こっちのオーブンは今いっぱいだ。あと15分かかる」「なら仕方ない、先にスープの再加熱を優先だ!」


 グラントの助手たちが機敏に動き、完成品を次々にサブテーブルへ並べていく。貴族たちの目を意識してか、飾り付けも非常に雅やかだ。


(やっぱり手際がすごい……でも、俺たちも負けないぞ!)


 陽人は魔族の助手を呼び寄せ、調理スペースを確認する。


「ここが僕らの使える範囲だね。まずは前菜から盛り付けていこう。で、メインの肉料理はすでに下ごしらえ済みだから、順番にオーブンで焼いて仕上げよう!」


「了解っす! ……でも兄貴、オーブンの数が足りるかな?」


 助手が不安げに眉をひそめる。確かに大厨房だが、グラント側も大量の料理を作っているため、すべてを同時にオーブンに入れるのは不可能だ。


「うーん、状況を見ながらちょっとずつ焼くしかなさそう。ダメなら補助オーブンを探すか……」


 陽人が眉間にシワを寄せていると、ちょうどグラントの助手らしき若い料理人が横を通りかかる。「オーブンはそこが空くから、先にそっち使っていいぞ」と声をかけてくれた。


「え、いいの? ありがとう助かる!」


「ま、あんたの料理を楽しみにしてる客もいるらしいし、それで全体がスムーズにいくなら悪くないさ」


 若い料理人はクールに言い捨て、グラントのもとへ戻る。どうやら表面上は対立ムードのようでいて、現場の料理人同士にはある種の共通意識が芽生えているらしい。陽人は密かに胸を撫で下ろす。


 やがて、宴の開始時刻が迫り、来賓たちは次々と大広間に集まっていく。招かれた魔族幹部たちも堂々と入場し、貴族や騎士たちの注目を一身に浴びている。そこここで「こんにちは……」とぎこちなく挨拶を交わす姿が見受けられ、変な緊張感が漂う。


「ゼファー様も到着なさったぞ……!」「うわあ、本物だ……」「魔族ってもっと角が大きいかと思ってたけど……」


 小声のざわめきが広間を満たす。ゼファーは威厳ある姿で入場しつつ、陽人が最後の準備をしているのを心配そうに見守っているようだった。だが、あえて大厨房には来ず、会場で要人たちと簡単に挨拶を交わす方向を選んでいるらしい。


(もう少しで料理が出せる……よし、頑張れ俺)


 陽人は助手たちと手分けし、前菜を大皿へ盛り付け、ウェイター役の魔族兵(!)に手渡す。魔族兵は「こ、これは何の役目……?」と戸惑いながらも、訓練の姿勢でテーブルへ運んでいく。その光景がシュールすぎて、一部の客が吹き出している。


「い、いらっしゃいませ!……じゃなくて、えーと、前菜をお持ちしました……」


 高圧的な魔族兵が恐縮しながら皿を配り、貴族たちが苦笑混じりに受け取る。なんだか予想外のコメディ展開だが、「わ、意外と礼儀正しいんだな」と好意的に受け止める声もある。


 すると、さっそく会場の一角で人だかりができ始めた。どうやら数名の貴族が「昨夜の試食会の料理とは違うのか?」と興味津々に集まっているらしい。グラント側の料理も同時進行で配膳が始まり、客席には魔族×人間のスタッフが入り乱れる状況だ。


「こりゃ盛り上がりそうだ……」


 陽人は苦笑しつつ、メインディッシュの仕上げに取りかかる。魔界の肉を使ったステーキに特製ソースをかけ、角や爪のモチーフをイメージした盛り付けを施す。これは貴族たちから「魔族っぽく演出してほしい」と要望されたものだが、やりすぎと取られないよう角の曲線を柔らかくしてデザインしてある。


(どうか受け入れられますように……)


 そう祈りながら皿を並べる陽人の背後で、騎士団の青年が心配そうに声をかける。


「陽人、気を付けろ。さっき魔族の強硬派らしき連中が見えたって報告があった。どこに潜んでるか分からない。人間側の過激派もさっき大勢入ったらしい」


「うわあ……まさに火薬庫ですね。でも、おれ、料理出すのやめられないっすよ……」


 さすがに胃が痛いが、今さら逃げられない。すべてを出し切るしかないのだ。そう思っていると、大厨房の扉がガラッと開き、エリザが姿を現した。


「陽人……準備は順調?」


「え、エリザさん? 今さら何を……」


 エリザは少しだけ息を乱しながら、意味深な笑みを浮かべる。


「安心して。私はあなたの料理を邪魔するつもりはないわ。むしろ全力でやりなさい。そのほうが、この先どう転んでも……面白い結果になると思うから」


「面白い結果って……どういうこと?」


 陽人は戸惑うが、エリザは答えずに「私は会場を見回ってくる」とだけ告げて去っていく。彼女の正体や目的はいまだ謎めいているが、この晩餐会が大きな転機になるのは間違いない。


「……まぁ、今は料理集中だ。行くぞ、みんな!」


 陽人は助手たちに声をかけ、いよいよメイン料理を各テーブルへ運び始める。グラント側も見事な牛肉ローストを出しており、両者が同じタイミングで華麗な皿を並べる光景は、客たちの目を奪う。拍手とどよめきが起こり、まさに豪華絢爛な晩餐会に相応しい開幕だ。


(……無事に終わってほしいな。本当に)


 陽人は胸の奥でそう願いながら、最終メニューであるデザートの準備に取りかかる。だが、会場のあちこちでは魔族と人間の視線が交錯し、不穏な動きが小さくうごめき始めていることに気づく者は少ない。


 次回、晩餐会の本番がいよいよクライマックスへ。華麗な料理と笑顔があふれる一方、強硬派の陰謀やエリザの謎が一気に表面化し、陽人の料理が試される最終局面がやって来る。果たして宴は平和の架け橋になるのか、それとも破局の一夜となるのか──。

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