第33話 晩餐会の朝──集う思惑
翌朝。晩餐会本番の日がやって来た。
王都の中心部にある大広間――普段は重大な儀式や貴族の祝賀会にしか使われない会場が、今夜の晩餐会に備えて慌ただしく準備されている。豪華なシャンデリアに照らされたフロアには、長大なテーブルがいくつも並び、花や旗、紋章の飾り付けが急ピッチで進められていた。
「……豪華ですね」
陽人は早朝から呼び出され、魔王ゼファーや王都のスタッフたちと会場下見に来ていた。高い天井や赤い絨毯、金色の装飾の数々が放つ威圧感に、思わず肩をすくめる。
「お前の料理は、この長テーブルと向かいの副テーブルを中心に振る舞うことになる。グラントの調理場とお前の調理場は、会場裏の大厨房を共有する形だが……ちゃんと済み分けて使えそうか?」
ゼファーが横目で問いかける。陽人は急いで頷いた。
「はい、昨夜のうちに厨房の区分を話し合っておきました。グラントさんが温かい料理を優先するなら、僕は冷製や盛り付けのほうでシェアする感じで……」
「ふん、それならいい。あちらも王の宮廷料理人としてプライドがあるだろうし、下手に邪魔をすれば面倒な衝突を招く。……ただし、こちらが魔界の演出を盛り込むことには一部の貴族がまだ難色を示しているそうだ。心して備えろ」
ゼファーの忠告に、陽人は複雑そうな表情でうなずく。さらに豪華な演出を要望した貴族たちがいる一方で、「魔族色をあからさまに出すな」と言う声も存在するのが現状。どちらの意見に寄せても反発が起こりそうだ。
(でも、やるしかないんだ……魔族の誇りを示しつつ、人間にも受け入れられるデザイン。ギリギリの折衷を目指そう)
陽人は意気込むものの、不安は拭えない。そこへ、バタバタと足音を立てて駆け寄ってきたのは騎士団の青年だ。
「おい、陽人! グラントさんたちが厨房で急にレイアウトを変え始めてるらしいぞ。皿や鍋の配置を見直してるとか……こっちのスペースが狭まるかもしれない」
「ええっ、マジですか? まだ準備時間あるとはいえ、大きく動かすなら先に相談してほしいなあ……」
陽人が苦笑しながら頭を抱えると、ゼファーが呆れたように鼻を鳴らす。
「人間界は人間界で、いろいろ小競り合いがあるらしい。……何なら力で押し通してやってもいいがな?」
「それだけはやめてください! この晩餐会がぶち壊しになりますよ!」
陽人が慌てて制止すると、ゼファーは小さく笑う。周囲に控えていた魔族幹部や兵士たちも、ここが大事な外交の場だと理解しているようで、自制の空気を漂わせていた。
「ああ、分かっている。手荒な真似はする気はない。……むしろ、こちらが大人しくしているうちに、やつらが何を企んでいるか見極めたい」
ゼファーの低い声には、静かな警戒心がにじんでいる。と、その時、遠くからウォルター卿が陽人を見つけ、手招きしているのが見えた。
「おい、陽人! 急ぎで打ち合わせだ。ちょっとこっちへ来い!」
どうやら今日の午前中に、再度の段取り確認や席次の最終決定を行うという。陽人は急いでそちらへ向かいながら、ゼファーに声をかける。
「じゃあ、僕は行ってきます。魔王様は……どうします?」
「お前がトラブルを引き受けろ。俺が出ばればかりでは、また“魔王の圧力だ”と騒ぐ連中が増える。……適当にさばいてこい」
ゼファーは軽く手を振って、ほかの幹部たちと共に控室へ移動していく。陽人は騎士団の青年と顔を見合わせ、苦笑しながらウォルター卿の下へ走った。
打ち合わせ場所は、会場奥の小部屋。ウォルター卿とショーン伯爵、数名の騎士や商人がテーブルを囲み、難しい顔を突き合わせていた。部屋の空気からして、ただ事ではない雰囲気だ。
「お待ちしてましたよ、陽人殿。実は直前になって、貴賓席の人数が増えたんです。急ぎでメニューの数や盛り付けの調整が必要かと」
「ふぇっ……急に増えたんですか?」
陽人が目を丸くする。ショーン伯爵が書類を指でトントン叩きながら説明する。
「王都近隣の領主たちが、自称“平和に関心がある”と言って集まってくるのだ。もちろん表向きにはな。実際には『魔王軍を観察したい』『陽人の料理とやらを試したい』という好奇心や下心もあるだろう。とにかく数十名は追加される」
「数、数十名も……!? そ、それは食材も器も追加準備が必要になりますね……」
冷や汗をかく陽人に、ウォルター卿が手を振って続ける。
「まだ昼まで時間があるから、何とかしてくれたまえ。……ついでに、先日言った“魔族演出”も期待しているぞ? 角の意匠とか、盛り付けの飾りとか。むしろ新しい客が増えるなら、一層派手にアピールしてほしい」
「は、はあ……頑張ります」
正直、どこまで対応できるか分からないが、やるしかない。陽人は騎士団の青年をチラリと見上げ、二人で頷き合う。まるで“地獄の釜が待っている”とばかりに背筋に冷たいものが走る。
バタバタと走り回って宿舎に戻った陽人は、魔族の助手たちを招集し、緊急会議を開く。
「というわけで、追加で30~40名分くらいの食材と皿、盛り付け用の飾りが必要になりました……」
「うわ、マジか……今から間に合うのかよ兄貴……」
助手たちも青ざめるが、陽人は苦笑しながら気合を入れる。
「なんとかするしかないよ。魔王軍から少し借りるか、あるいは商会の倉庫に予備の食材があったかもしれない。……あと、盛り付けの“角”とか“爪”モチーフの飾りは、早朝頼んだ工芸師に追加発注できるかな」
こうして陽人たちは再び街へ繰り出し、急ぎの仕入れと彫刻・細工の追加オーダーを行う。商会のクラウドにも頭を下げて在庫を探してもらうなど、昼過ぎまでに何とかギリギリ目処を付ける。
「はあ、はあ……何とか揃った……」
食材を満載した荷車を押しながら宿舎に戻ってくる陽人たち。汗だくになりながらも、奇妙な達成感さえ感じる。あとは料理の仕込みを急ピッチで進め、本番に臨むのみ。
「よし、仕込み開始! 手分けして野菜や肉を切って、ソースも昼のうちに仕上げるぞ!」
魔族の助手たちが一斉に動き出し、宿舎の厨房が熱気で満たされる。包丁の音や鍋の煮える音がリズムを刻み、厨房全体が大きなシンフォニーを奏で始めるかのようだ。
(あと数時間後には会場に運び込み、盛り付けと最終加熱を現地でやる必要がある。時間との勝負だ……!)
陽人が必死に包丁を握っていると、横で騎士団の青年が息を切らしながら飛び込んでくる。
「陽人! さっきから妙な噂が流れてるぞ。王都内に魔王軍の“強硬派”が紛れ込んだって話だ。そいつら、晩餐会で騒ぎを起こすつもりかもしれない!」
「ええっ、マジか。人間側の過激派だけでも怖いのに、今度は魔族側まで……」
陽人は天を仰ぐ。仕込みは待ってくれないし、警戒も必要だし、まさに修羅場がここにある。しかし、やるしかない。
「分かった。こっちは仕込みを進めつつ、騎士団のみんなにも警戒してもらって……。もし何かあればすぐ報せて!」
そんな切迫した状況で、エリザの姿は見当たらない。もしかすると彼女なりに行動を起こしているのかもしれないが、陽人は気にしている暇もない。とにかく料理を完成させなければ始まらないのだ。
(晩餐会まであと数時間。絶対に間に合わせてみせる。……トラブルは山積みだけど、俺がやるしかない!)
陽人は再び包丁を握り、汗を拭きながら作業に没頭する。だが、不穏な影が王都を覆う中、この「最後の仕込み」が無事終わるとは限らない。果たして、晩餐会本番で陽人はどんな目に遭うのか、そして魔族と人間の未来はどうなるのか。
次回、いよいよ晩餐会の開幕。大勢の貴族・騎士・魔王軍幹部・怪しい強硬派が集結し、運命の一夜が幕を開ける。陽人の料理は“最高の盛り付け”と共にテーブルに並ぶのか、それとも陰謀が先に爆発するのか──波乱のクライマックスが迫る。