第31話 迫る晩餐会と揺れる思惑
非公式試食会を終えた翌朝、陽人は宿舎の一角にある小さな書斎で大量のメモを広げていた。試食会で得られた貴族や騎士たちの反応、そして王の宮廷料理人グラントの技術を見て感じたことを整理し、本番の晩餐会用メニューをさらにブラッシュアップするつもりだ。
「前菜はあれで悪くはなかったけど、色合いと盛り付けの華やかさでまだ劣る気がする。スープも“ピリ辛ポタージュ”は好評だったけど、人間には辛さ控えめなほうがいいかも……」
小声でつぶやきながら、陽人はペンを走らせる。隣には魔族の助手が控えていて、昨夜の反省点を整理してくれている。外の廊下からは兵士や護衛の足音が響き、宿舎全体が物々しい警戒体制になっているのが分かる。
「晩餐会まであと二日。あまり時間がないけど、試作を重ねてベストを尽くすしかないね」
陽人が気合を入れ直したとき、ノックの音が響いた。騎士団の青年が顔を出し、彼を呼ぶ。
「ちょっと大広間に来てくれ。ウォルター卿とか貴族数名が来てるんだが、どうやら“追加の要望”があるらしい」
嫌な予感を抱きつつも、陽人はメモを片手に書斎を出る。宿舎の大広間へ向かうと、そこにはウォルター卿のほか数名の貴族がそろっていた。彼らは揃いの衣装を身にまとい、いかにも“場慣れした政治家”という雰囲気を醸し出している。
「おお、来たか。昨日の試食会はなかなか刺激的だったな、魔王軍の料理人どの」
ウォルター卿が皮肉混じりに微笑む。その隣に立つもう一人の貴族、ショーン伯爵と名乗る男が口を開いた。
「昨日の料理、確かに美味かった。しかし、われわれが晩餐会で求めるのは単なる“おいしさ”だけではないのだ。分かるかね?」
陽人は戸惑いながらも、メモを見返す。王の宮廷料理人グラントが強調していたように、“宮廷料理”は味覚だけでなく、美しさや格式、そして政治的パフォーマンスも担っている。
「そういう意味で、いくつか“演出”を加えてもらいたいと思っている。例えば、皿のデザインや料理の盛り付けを、魔族のイメージを前面に出したものにしてはどうか。人間界の高貴なスタイルと魔界の要素を組み合わせる、という狙いだ」
ショーン伯爵がそう言うと、ウォルター卿もうなずく。
「魔族の特徴である角や爪の意匠を皿に施すとか、魔界の紋章的なものを盛り付けに取り入れるとか、そういう“華やかさ”があったほうが、大衆にもウケがいいだろう。賛否両論はあるだろうが、インパクトを与えれば外交的に有利になる」
確かに華やかな演出は大事だろうが、陽人は内心で複雑な思いを抱える。あまりに“演出過剰”になれば、魔族側が茶番と捉える可能性もある。そもそも魔族には誇りや伝統があり、安易な“見世物扱い”は不快に感じるかもしれない。
「なるほど……でも、魔王ゼファー様や幹部たちの了承なしに、勝手に魔族の意匠を使っていいかどうか。あちらの文化を尊重したいので、その辺りのすり合わせが必要だと思うんです」
陽人が丁寧に指摘すると、ウォルター卿は鼻で笑った。
「魔王軍との融和をアピールするためなんだろう? ならば問題ないはずだ。お前が魔王側と上手く調整すればいい。……下手な言い訳は通じんぞ」
喧嘩腰に聞こえるその物言いに、騎士団の青年が険悪な表情で一歩前に出そうになるが、陽人が手で制止した。ここで反発しても得るものはない。
「わかりました。検討してみます。……できれば、魔王ゼファー様とも相談して、両陣営が納得できる形を模索したいですね」
そう応じると、ショーン伯爵が満足げにうなずく。
「うむ。こちらはあくまでアイデアを提供するだけだ。最終的にどう形にするかは、お前たち魔王軍サイドで決めればいい。ただ、晩餐会当日に我々が納得できないようなら……分かるな?」
遠回しに“拒否すれば評価を下げる”と脅すような口調だが、陽人は表向き笑顔を崩さない。どうやら“料理”そのものだけでなく、“演出”でも存在感を発揮しろという無茶ぶりを突きつけられたようだ。
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その後、陽人と騎士団の青年は部屋に戻り、すぐに魔王ゼファーや幹部たちへ報告を行った。ゼファーは渋面を作りながら、眉間にシワを寄せる。
「つまり、“人間側の政治ショー”に利用される恐れがあるということか。……安易に乗れば、我々が道化になりかねんが、拒否すれば晩餐会が台無しになるかもしれん」
四天王の一人が憤慨して声を荒らげる。
「奴らめ……魔族の尊厳を何だと思っている! 角や爪の意匠など、飾り物のように扱われるのは心外だ!」
しかし、その意見に対し、別の幹部は冷静に返す。
「敵意むき出しで戦うよりは、こういう“演出”を通じて魔族を身近に感じてもらうほうが、長期的には有益かもしれん。人間の大衆が『魔族も案外、親しみやすい存在だ』と思えば、紛争の芽を摘むことにも繋がる」
幹部同士で意見が割れる中、ゼファーは陽人のほうへ視線をやる。
「……お前はどう考える? わざわざ角や爪をモチーフにして飾り立てるなど、魔族からすれば滑稽な見世物かもしれないが、目的は平和のアピールだろう?」
陽人は唇を引き結ぶ。彼自身も演出過剰に疑問を抱くが、“料理を通じて歩み寄る”というテーマには合致しているとも言える。
「僕としては、演出そのものはアリだと思います。むしろ、魔族のかっこよさや美しさを表現するデザインにすれば、悪い印象を払拭できるかもしれない。……ただ、やり方を間違えると『ただの見せ物』と捉えられてしまう。そこが難しいところですね」
ゼファーは腕を組んだまま数秒ほど沈黙し、やがて短く息を吐いた。
「分かった。お前に任せる。こちらも過激派を抑え込むのに必死だし、晩餐会の細かい演出まで気が回らん。……好きにするがいい。ただし、魔族を貶めるような演出だけは許さん。いいな?」
「はい、承知しました!」
陽人が深々と頭を下げたところで、ゼファーは立ち上がる。
「こちらは、エリザの動向も気になる。あの女がこそこそ動いているのは把握しているが、目立った行動に出る前に手を打っておきたいところだ……。そっちの監視は俺たちに任せろ。お前は“料理”に集中しろ」
そう言い残し、魔王と幹部たちは会議室へと移動していく。騎士団の青年は肩をすくめ、陽人に声をかける。
「さあ、ますます大変になってきたな。皿のデザインとか盛り付けの演出とか、料理以外にもやることが増えちまった。……どうするんだ?」
「うん、魔界の装飾や意匠を入れながら、品よく仕上げる方法を考えてみる。人間と魔族、両方の美学を融合するのが理想だけど……うわぁ、難しそう」
陽人は頭を掻きながら、それでもどこか楽しげな笑みを浮かべている。試練は多いが、それこそが彼の料理人としての使命なのだろう。
(魔族の角や紋章を、さりげなく上品に盛り付けや器のデザインに取り入れる……よし、ちょっとアイデアが湧いてきたかも)
胸の内で新たなイメージが形を成し始める。おいしさとアート、そして平和のメッセージを同時に伝えるプレゼンテーション……もし成功すれば、人間の貴族たちの心に強いインパクトを与えられるに違いない。
しかし、その一方でエリザが何を企んでいるのか、過激派の動きはどうなっているのか――陽人の知らないところで、“政治の渦”がさらに深刻化しているのかもしれない。
「よし、まずは図案を描いてみよう。あとは実際に盛り付けの練習をして……」
陽人が再びメモを広げ、気合いを入れ直したところで、窓の外から騒がしい声が聞こえた。どうやら宿舎の前で、見慣れない兵士たちが談判に来ているらしい。騎士団の青年が慌てて外へ出ていく足音が響く。
(やれやれ、本番まで本当にトラブルだらけだな……でも、負けるわけにはいかない!)
そう心中で誓い、陽人はペンを走らせ続ける。次回、晩餐会本番を前にさらなる波乱が起こり、エリザや過激派の思惑が表面化するかもしれない。果たして陽人は“演出”を成功させ、両陣営の心を掴む料理を生み出せるのか。最後の大舞台が近づいている――。
(あとがき)
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