第28話 王都到着と危うい晩餐の噂
盗賊たちの“護送”という、かつてない奇妙な形で合意に至った魔王軍の一行は、そのまま王都に近づいていた。道中、険悪な空気は残りつつも、互いが手を出すことなく、小競り合いを起こすでもなく、何とか行程を進めている。
「いよいよ王都か……。思ったより早く着いたな」
騎士団の青年がポツリと呟く。目の前に高い城壁や幾つもの尖塔が見え始め、人馬の往来が増えてきた。噂に違わず、反魔族集会を控えた王都周辺には警戒モードが敷かれているのか、そこかしこに兵士らしき姿が見える。
「よし、まずは宿場町で一泊か……と思ったら、どうやら予定通りにはいかないようだ」
クラウドが荷馬車に腰掛け、周囲を見回しながら苦い顔をしている。予定では宿場町で一晩休息をとり、翌朝に王都へ入城する流れだったが、あまりにも街が混乱しているため、そのまま入れそうもない雰囲気だ。むしろ、一刻も早く王都内へ移動しないと、外で衝突が起きる危険が増す。
「この状況では、泊まっている間に過激派に襲われるかもしれないし……」
陽人がため息をつくと、ゼファーが静かに言った。
「王都内も安全とは言い難いが、少なくとも公権力が働く分、無法者に好き勝手される可能性は低いだろう。……用心するしかないな」
エリザは相変わらず行列の後方に控えているが、時折見せる鋭い視線からは「何かを隠している」ような空気が漂う。陽人はその真意を測りかねながらも、物事を前に進めるしかないと覚悟を決める。
---
やがて王都の城門が見えてきた。巨大な門扉には紋章が刻まれ、門兵たちが厳重に警戒の目を光らせている。ふだんであれば通行手形や税の支払いで済むところを、魔王軍の集団がやってきたとなれば、大騒ぎは避けられない。
「おい、門を閉じろ! 魔族どもが来たぞ!」
城壁の上から兵士の怒声が響く。だが、陽人や騎士団の青年が必死に制止の声をあげる。
「待ってください! 俺たちは和平のために来たんです! それに、この方たちは“魔族を捕らえた”状態で護送しているんだとか……!」
盗賊リーダーが慌てたように「お、おう。俺たちが魔族を引き連れてきたんだ! 王都で裁きを受けさせるんだよ!」と叫ぶが、門兵たちは半信半疑の様子。しかし、この言葉で門兵たちにも迷いが生まれたらしい。
「お前ら、王都に潜入しようって魂胆じゃねえだろうな……」
「そこを何とか! 俺たちは晩餐会に招待されてるんです……!」
陽人が必死に説明する中、盗賊の背後関係を知る兵士がいたのか、そちらも慌てて門兵に取り成している。どうやら、それなりの身分を持つ誰かが“使い走り”として彼らを雇ったようで、雑魚扱いされるのも不満のようだ。
「くそっ、こうなりゃ王都の偉い人に直談判だ! お前らに騙されてるんじゃないって証拠を見せてやるよ!」
最初は威圧的だった盗賊リーダーの態度が変わり始めているのは、ひとえに魔王軍が本気で“襲う気配”を見せないからだろう。まさか魔王自らが門前で頭を垂れるとは思わないが、少なくとも敵意を剥き出しにはしていない。
数分の押し問答の末、門兵が上官と相談したらしく、ようやく城門が少しだけ開かれる。
「……通せばいいのか? 本当に?」「俺たちが責任取らされるんじゃ……」
兵士たちが後ろ向きに囁き合いながらも、結局は「国王や貴族の承諾があるらしいから」と渋々通してくれることに。どうやら晩餐会の正式な招待状が一応準備されているらしく、門兵にも連絡が入っていたようだ。
---
こうして大行列は、ひとまず王都内へと足を踏み入れる。兵士や市民が遠巻きに驚愕の眼差しを送り、道を開けていく。誰もがまさか魔王軍が堂々と城壁を越えてくるとは思っておらず、その光景は異様だった。
「……すごい注目度。これじゃ、しばらくしたら“反魔族集会”の連中が黙っていないだろうな」
クラウドが小声で言う。陽人も同感だった。大人しくしていても、あちこちから「なんで魔族なんかが入ってきたんだ」「危険だぞ!」という怒号や囁きが聞こえる。
「晩餐会までは、まだ数日あるはず。それまでどうやって過ごすんだ……」
騎士団の青年が吐露した疑問に、エリザがひょっこり姿を現して応じる。
「王都内にひとまず仮の宿を用意してあるはずです。大使殿や一部の貴族が、“客人”という形で受け入れる段取りを整えたと聞きました。……まあ、それが“安全”である保証はないのですが」
陽人は眉をひそめる。ここまで無事に進めただけでも奇跡に近いが、宿に滞在している間に過激派に襲われるリスクは依然として残っている。
「ひとまずその宿へ向かいましょう。そこから晩餐会の準備に入って、本番で最大限『魔族との和平は可能だ』ってことを示すしかないですよね」
エリザは「賢明な判断です」と淡々と言葉を返し、ふいと視線を逸らす。陽人は彼女の真意を依然掴めないままだったが、少なくとも敵意はないように見える。
---
王都の中心街へ近づくと、さらに人だかりが増えていく。人間が支配する街並みは、魔王領とはまったく異なる活気がある一方、戦時下の疲弊と緊張も感じられる。とにかく人々が魔族を恐れているのが、肌で伝わってくるのだ。
「こっちを見ろよ……あれが本物の魔王らしいぜ」「こえぇ……殺されるんじゃねぇか……」
怯えと憎悪の混ざった視線を浴びながらも、ゼファーはまるで動じない。だが四天王や兵士たちは明らかに落ち着かない様子で、武器を握りしめている。もし誰かが投石でもしようものなら、暴発の危険性が高い。
「よし、そこの角を曲がれば宿だ。門番が待機しているはずだから、騒ぎになる前に急いで入ろう」
クラウドが先頭を切って馬車を進めていく。途中、何人もの市民が道端に避けるように後ずさりし、ある者は強張った顔で陽人たちを睨む。怪我人や障害物でも出てきたら一気に混乱するだろう。
幸い、宿まであと少しというところで、大きな衝突は起きなかった。屋敷のような外観の宿には、既に王都の兵士や商人の手配した関係者が待ち受けており、魔王軍を迎え入れる準備がなされている。
「ふう、やっと着いた……ここが滞在先か。……すごく立派だな」
陽人が門前で見上げると、大きな二階建ての建物が目に入る。中庭がある造りになっており、貴族の別邸に近い雰囲気だ。護衛兵が何人も配置されている。
「荷物は奥の部屋に運んでもらえ。さっそく明日の晩餐会に向けた準備を始めなければならん。……陽人、お前も落ち着いたらメニューを固めてくれ」
ゼファーが淡々と指示を飛ばす。だが、彼の目にも隠し切れない疲労が窺える。荒野からの長旅に加え、道中の過激派とのやり取り、そして人間たちの敵意に晒されているプレッシャーは相当なものだろう。
「了解です。まずはキッチンの場所を確認して、持ち込んだ食材や調味料のチェックをしますね。……それにしても、いつ暗殺されてもおかしくない雰囲気ですね」
陽人が苦笑交じりに言うと、騎士団の青年も深刻な顔で頷く。
「俺もなるべく夜通し見張りに立つよ。だが、相手は市街地に隠れやすいから、どこで襲撃があるか分からない。街中の警備も強化しているみたいだが、気を抜けないな」
エリザはそんな会話を背後で聞き流しているのか、どこか上の空で中庭を見つめている。まるで誰かを待っているかのようにも見え、陽人は気になって仕方ないが、今は晩餐会の準備が最優先だ。
(エリザさん、本当に何者なんだろう……? でも、今は俺ができることをやるしかないか)
そう自分に言い聞かせ、陽人は屋敷の奥へ足を踏み入れた。そこには見事な厨房が整えられており、人間界の食材も豊富に用意されている。彼の胸に、緊張とわずかな高揚感が湧き上がってくる。
「よし、まずは明日の試作を始めよう。魔族の味覚と人間の味覚、両方を満足させるメニュー……こだわるほど難しいけど、やりがいがある」
陽人の呟きが響く厨房には、魔王軍の助手や人間界の料理人らしき者も混在して集まり始めている。もしかすると“料理対決”に近い状況になるのかもしれない。どちらにせよ、ここで最高の料理を完成させなければ、平和の可能性は遠のいてしまう。
こうして、陽人たちの王都での滞在が始まった。晩餐会まで時間はわずか。果たして陽人の料理が、過激派や陰謀を一掃できる力を発揮するのか――次回、いよいよ晩餐会の準備が本格化し、魔王と人間界要人の直接交渉が動き出す。陰謀に渦巻く王都での試練は、料理で乗り越えられるのか。
(あとがき)
感想・ブクマ励みになります!よろしくお願いいたしますm(__)m