第27話 王都への道行きと交わる陰謀
魔王城での慌ただしい準備から数日後。ついに陽人たちの“王都訪問”の行程が始まった。魔王ゼファーをはじめ、四天王の一部と護衛兵、クラウド率いる旅の商会の隊商、そして陽人や騎士団の青年が中心となる形だ。
「……まるで大名行列みたいだな」
陽人がこぼすと、騎士団の青年が苦笑する。実際に行列の規模は小さくまとめられているものの、魔王軍の威厳がどうしても漂い、異様な圧がある。だが今回は“平和交渉”に向けた姿勢を示すため、過度に豪奢にはしていない。
「俺もこういう形で王都へ帰るとは思わなかったよ。護衛じゃなくて、魔族の代表と一緒に……」
青年は甲冑の肩当てを直しながら、道中の警戒を解かない。町や村を通るたびに、住民たちは魔族の姿に畏怖と戸惑いを示し、遠巻きに眺めるばかり。中には怯えて家に閉じこもる者も少なくなかった。
「ゼファー様は、なぜ自ら王都に行く決断を……」
陽人が先頭を進むゼファーの背中に目をやる。鋭い眼差しを絶やさず、周囲の状況を警戒しながらも、その足取りには迷いが感じられない。
「それほど、あの晩餐会が重要ということだろう。お前の“料理外交”がどこまで通用するか、俺自身も確かめたいからな」
不意に返事があった。振り向くと、ゼファーが隣に並んで歩いている。どうやら陽人の独り言を耳にしていたらしい。
「あ……魔王様。いや、そうですよね。俺も本当に上手くいくのか正直不安です。だけど、人間界と魔王領の橋渡しになれたら……」
「バカを言うな。最初から上手くいくとは思っていない。だが、何もしなければ俺たちの未来はない。そのための賭けだ」
ゼファーの眼光には、戦いとは違う“覚悟”のようなものが宿っている。陽人はその横顔を見て頷き、少しだけ胸の不安が和らいだ。
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王都へ向かう街道は、平時ならば商人や旅人で賑わう場所だが、噂に聞く“反魔族集会”が近いせいか、道中の人通りはまばらだ。その代わり、道端や小高い丘から魔王軍の行列を監視するような視線がひしひしと感じられる。
「まるで狙われてるみたいだな……。気持ち悪いくらい、周囲の目線が突き刺さる」
四天王の一人が吐き捨てる。彼らは常に武器を手放さないが、周囲へ過度に威圧をかけないよう配慮している。もし今ここで戦闘が起これば、晩餐会どころではなくなる。
「俺が作った携帯食料、よかったら皆さん食べてくださいね。肉のジャーキーに魔界スパイスをブレンドしてみたんですけど……」
陽人がささやかな気遣いを見せると、兵士や魔族たちが困惑しながら受け取る。相変わらず懐疑的な者もいるが、「戦闘中の腹ごしらえには確かに便利かも」と納得する者も多かった。
「まさか、人間の手から作られた携帯食料を口にする日が来るとはね……」
ぼやきつつもジャーキーを頬張る魔族の兵士たち。少しずつではあるが、陽人の料理が“日常の一部”になり始めている様子がうかがえる。
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そんな道中で、エリザの姿がほとんど見られないことに、陽人は気づく。彼女は一応、この行列に同行しているはずなのに、いつも陰に隠れるようにして姿を現さない。
「エリザさん、どうしてるんだろう? もしや、別行動を取ってるのかな……」
小声で騎士団の青年に尋ねるが、青年も首を振るばかり。
「さっき一瞬、行列の後方で見かけたけど、何やら文書らしきものを書き込んでいた。やっぱり“人間側のスパイ”なのかもしれないな。だが、彼女が何を狙っているのかは分からない」
妙な不安を抱えながらも、行列は王都へ向けて進み続ける。旅の商会クラウドからは「王都近郊の宿場町で一泊し、そこからは馬車で王都に入る」というルートが示されていた。この宿場町に到着すれば、何か新しい情報を得られるかもしれない。
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ところが、宿場町の手前に広がる小さな森の中で、事態が急変する。行列が森の中の街道を進む途中、突然木々の陰から飛び出してくる者たちがいた。数十名はいそうな男たちが、あからさまに武器を手にして行列を取り囲む。
「ひとまず止まれ! お前ら、魔族か!? こんなところまで出張ってきやがって……」
男の一人が威圧的に叫ぶ。彼らは盗賊風の出で立ちだが、妙に統率が取れており、単なる無法者集団というより、どこか“誰かの指示”を受けているようにも見えた。陽人はとっさに鍋の蓋を抱え込むが、もちろんそれは武器にはならない。
「……ふん、ただの野盗にしては数が多いな」
ゼファーが低く唸る。四天王や兵士たちも武器に手をかけ、警戒態勢を取る。すぐにでも衝突が起こりかねない状況だ。
「ま、待ってください! こちらは人間界の王都に向かうだけで、戦うつもりはありません……!」
陽人が勇気を振り絞って声を上げるが、男たちは険悪な表情を崩さない。それどころか、背後から「魔族を皆殺しにしろ!」という罵声が飛び、緊迫感が一気に増す。
(これは……人間の過激派が、俺たちの行列を待ち伏せしてたってこと?)
騎士団の青年も歯噛みしながら剣を構える。どうやら話し合いで解決できる相手ではなさそうだ。だが、ここで斬り合いになれば、王都への道は更に険しくなる。
「ゼファー様、どうします? 戦闘になれば森ごと焼き払うこともできますが……」
四天王の一人が低く提案する。魔族の圧倒的な力を見せつければ、盗賊風の過激派を蹴散らすのは造作もないだろう。しかし、そんなことをすれば、王都側はそれを“侵略再開”とみなす可能性が高い。
「ちっ、ここはあくまでも平和交渉の行程だ。無用な殺生は避けたい……」
ゼファーが舌打ちしながら周囲を睨む。すると、陽人が小さく息をのみつつ、荷車に積んであった材料を見やり、何かを考え込むように目を伏せた。
「料理を……作るには時間がない。どうすれば……」
そんな陽人のつぶやきを聞いた騎士団の青年が、半ば呆れつつ微笑む。
「まさか、また料理でどうにかしようというのか? ここは明らかに敵意むき出しの連中だぞ」
しかし陽人はかぶりを振る。
「分かってる。さすがにこんな状況で鍋を広げる余裕はない……でも、戦わずして道を開ける方法が何か……」
すると、意外な人物の声が背後から飛んできた。
「――よろしければ、この私が一案ございます」
振り向くと、そこにはエリザが静かに立っていた。いつの間にか行列の最後尾あたりにいたらしい。彼女は相変わらず冷淡な表情を崩さないが、確固たる意思を感じさせる目で陽人を見据える。
「エリザさん……何か考えがあるんですか?」
「ええ。少なくとも、ここはあなたの料理を振る舞うより先に、“別のアピール”をするほうが効果的でしょう。彼らが求めているのは“力”の誇示か、“魔族排除”の大義名分ですから……」
陽人はエリザの真意を図りかねつつも、その言葉に耳を傾ける。ゼファーも半ば苛立ちながら「どういうことだ」と問いかけた。
「簡単です。ここで一度、魔王軍が『本気で戦う意志はない』ことを示すしかありません。たとえ一時的にでも、彼らに“優位”を感じさせれば、むしろ話し合いの余地が生まれる可能性がある」
「貴様……俺たちに頭を下げろというのか?」
ゼファーが目を細める。魔王としてのプライドがある以上、人間の盗賊風情にへりくだるのは簡単なことではない。しかし、エリザは断言するように首を振った。
「いえ、そこまでは必要ありませんが、何らかの形で『力を振るわない』と保証する行動を取れないでしょうか。……そうすれば、彼らも『殺し合いを避ける理由』を持つことになります」
これはいわば外交的な駆け引きだ。力で威圧できる場面でも、あえて身を引くことで相手に退路を与える、という手法。ゼファーは苦い顔をしながらも、荒野で陽人が成功させた“料理外交”を思い出す。簡単に受け容れられるものではないが、ここで戦えば王都への道は閉ざされる。
「……分かった。一度だけだぞ」
そう呟くと、ゼファーは魔族兵に指示を出す。
「武器を下げろ。むやみに構えるな。俺が前に出る。貴様らは後方で待機だ」
ごくり、と音を立てて兵士たちが唾を飲む。魔王自ら、敵対的な集団の前に無防備で立つなど、到底受け入れ難い行為だが、この場を穏便に収めるには致し方ない。
――そして、ゼファーが前へ進み出る。恐る恐る見守る陽人や騎士団の青年たち。盗賊たちのリーダー格らしき男が鼻を鳴らし、視線を鋭く向けた。
「へへ、魔王様直々にお出ましかよ。やっぱりお前らをここで叩きのめして、俺たちが“英雄”として王都に凱旋するのが筋ってもんだろ?」
下卑た笑い声に、ゼファーは余裕の表情を崩さない。
「好きに言うがいい。俺は戦うつもりはない。……そちらも、ただの野盗ではないだろう? 背後に誰がいるかは知らんが、ここで俺たちを討ったとして、王都が歓迎してくれるかな?」
盗賊の顔が引きつる。どうやら背後関係を看破されているのは予想外だったのか、威勢が少し落ちたように見える。
「え、ええい、黙れ! 魔族なんかに何が分かるってんだ!」
しかし、ここで追い打ちをかけるようにエリザが進み出た。低い声で、しかしはっきりとした口調で盗賊に告げる。
「もし本気で魔族を討ち取りたいのなら、もっと大規模な戦力が必要だったでしょう? あなたたちは、どこかの貴族あたりに“お試し”で雇われている可能性が高い。ここで無駄に命を落とすのは得策ではないはず」
巧みな言葉に盗賊が言い返せず黙り込む。ゼファーの存在感とエリザの分析力、そして魔王軍が武器を下ろしている事実が、彼らから闘争心を削いでいるのだ。
「そ、そんなこと……。ふ、ふん、俺たちは王都のために魔族を倒すって決めたんだ!」
男が声を荒らげるが、後方の手下たちはすでに及び腰になっている。何も知らずに“魔王軍を奇襲すれば勝てる”とそそのかされたのだろうが、実際に目の当たりにする魔王の威厳は凄まじいし、相手が明らかに戦意を示さない以上、正当性も揺らぐ。
「――ならば、俺たちを王都まで送り届けてはどうだ? 俺たちが本当に悪であるなら、王都で裁かれるだろう。貴様らは“魔族を捕らえた”と胸を張って入城することもできる」
ゼファーが淡々と提案する。まさかの方向に驚く陽人だが、よく考えればこれは一種の“人質”としての自己アピールだ。盗賊たちは目を丸くするが、確かにそれなら大義名分を得られる形になる。
「くっ……罠じゃないのか? 俺たちが道中、襲われるんじゃ……」
「ここまで戦闘を避けているのを見ても、まだ疑うか? 第一、襲う意思があるなら今すぐにでも全滅させられるぞ。……まあ、信じるか信じないかは自由だが」
盗賊リーダーは激しく歯噛みしながらも、周囲の部下の顔を見渡す。彼らももう腰が引けている。ここで戦いを起こせば痛い目に遭うのは自分たちだと知っているのだ。
「……くそ、分かった。王都まで“護送”してやるよ。その代わり、変な真似すんなよ……」
不自然な成り行きながら、こうして魔王軍の一行は盗賊たちの“護送”という形で共に王都を目指すことになった。いつ戦闘に転じてもおかしくない危うい協定だが、エリザとゼファーの強かな駆け引きが功を奏したとも言える。
(すごい……こんな状況を料理どころか、言葉の駆け引きで乗り越えるなんて。……でも、これで王都に無事着いたとして、晩餐会はどうなるんだ?)
陽人は内心で安堵しつつも、先の不安を拭えない。暗殺の可能性、過激派の妨害、エリザの動向――どれをとっても気が抜けないのだ。
これが“最後の晩餐”になるのか、それとも新たな未来を切り開く祝宴となるのか。王都への道程はまだ半ば。次回、陽人たちはついに人間界の中心地へ足を踏み入れ、激しい陰謀がうごめく晩餐会の準備に追われることになるだろう。
(あとがき)
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