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第26話 人間界の暗雲と“最後の晩餐”の予感

陽人の料理によって荒野での衝突を回避した後、魔王ゼファーと従来派のリーダーは互いに不満を抱えつつも、しばしの停戦を維持することで合意した。城へ戻った陽人たちは戦闘を避けられた安堵感と、今後の課題の大きさに胸を複雑に揺らしている。


「ふう……とりあえず、大惨事にならなくてよかった」


騎士団の青年が甲冑を外しながら息をつく。その横ではエリザが落ち着かない様子で、どこか冷ややかなまなざしを周囲に向けていた。


「……荒野での一件で魔王軍内部は一時的に和らいだけど、人間側の反発はむしろ強まるかもしれません。『魔族を骨抜きにした料理人』という悪評が広まる可能性も高いし……」


エリザの指摘に、陽人も暗い表情を浮かべる。先日の荒野での出来事が魔王領全体に伝われば、平和的な方向に進む人々も出てくるだろうが、一方で人間界の過激派は「陽人による魔王軍コントロール説」をさらに強く疑うかもしれない。


「ここまで来たら腹をくくるしかないよ。人間界に戻っても『お前は魔族の手先だ』と糾弾されるかもしれないし、魔王軍の中でも『人間界のスパイだ』と警戒されることもある。けど、料理を諦めるつもりはない」


陽人はそう言いながら、愛用の鍋や包丁を一つずつ点検する。どんな状況でも、彼にとって「料理こそが世界を繋ぐ武器」なのだ。


---


すると、その様子を見計らったように、旅の商会クラウドがやってきた。相変わらず柔和な笑みを浮かべながら、深刻そうな目つきで小声をかける。


「ちょいと厄介な話が飛び込んできた。人間界の王都で、大規模な反魔族集会が予定されているらしい。過激派もかなり参加するみたいで、このままだと早晩“討伐軍”が結成されるかもしれない……」


「討伐軍……?」


騎士団の青年が表情を強張らせる。彼にとっても、自分の国の同胞が全面戦争に踏み切るのは望まぬ事態だろう。エリザも難しい顔で腕を組んだ。


「もし討伐軍が正式に動き出せば、魔王軍も従来派や過激派が息を吹き返すかもしれない。和平派は苦しい立場に追いやられるでしょうね……」


クラウドは肩をすくめるが、その目には何か思惑がうかがえる。


「で、俺の商会が仕入れた情報によれば、その“反魔族集会”の直後に王都で開かれる予定の晩餐会に、魔王軍側の代表を招く案が検討されてるらしい。そっちが断れば“やはり信用ならない”と判断されるだろうし、受けても“魔王軍が自ら罠に入るようなもの”って危険もある」


「晩餐会……ですか。政治的に重要な会合になりそうですね」


陽人の頭に一つの考えが浮かぶ。もし、その晩餐会に自分が料理を提供できれば……大勢の人間の要人に魔王軍の“変化”を示すことができるかもしれない。だが同時に、それはまさしく危険な賭けでもある。


「王都には、俺に対して激しいスパイ容疑をかけている貴族や騎士団もいるはず。料理でどうにかなるか……正直分からないけど、やる価値はありそうだね」


エリザが目を細めて陽人を見る。


「あなたの料理がどれほど強い力を持っていても、人間界の過激派は容易に折れないでしょう。下手をすれば、あなたが大使一行とともに訪れた際に暗殺される可能性だってある」


「そ、それは……」


陽人もさすがに言葉を失う。彼は戦闘力がない一般人だ。魔界や城内なら魔王軍が護衛してくれるが、人間界の王都では“魔王の料理人”というだけで命を狙われてもおかしくない。


「まあでも、参加してみる価値はあると思うよ。状況は確かに不穏だけど、そこで大々的に“料理外交”をぶち上げられたら、一気に流れが変わるかもしれないじゃないか」


クラウドが陽人の背を軽く叩く。彼にとっては商機でもあり、平和を望む一つのチャンスでもあるようだ。騎士団の青年も拳を握り締め、決意を示す。


「俺も一緒に行く。あなたが王都に行くなら、身の安全を守るのは騎士の役目だ。……ただ、王都の騎士団本部がどう動くかは分からないけど」


エリザは沈黙を保ったまま、遠くを見つめるように立ち尽くしている。まるで何か重大な秘策を練っているかのようにも見えるが、真意は分からない。


---


数日後、魔王城では急ピッチで“王都訪問”の準備が始まった。ゼファーは当初難色を示していたが、陽人の強い意志と、クラウドの情報網を考慮し、一部の幹部たちとともに人間界へ赴くことを決断する。もちろん、従来派や過激派からの反発は根強いが、最近の荒野事件を経て、妨害する気力は少し萎んでいるようでもあった。


「主力をこちらに残しつつ、最小限の護衛で王都へ向かう――それが、俺の出せる精一杯の譲歩だ。万が一、人間側がこちらを欺こうとしても、そう簡単には攻め込まれないはず」


ゼファーはそう言って、陽人に鋭い眼差しを向ける。


「だが陽人、お前がもし王都で裏切られたり、暗殺されたりしても、俺たちがすぐ救助に向かうわけにはいかん。相手の領域に踏み込むというのは、そういうことだ。覚悟はあるか?」


陽人はごくりと喉を鳴らしながらも、ためらわずに頷く。


「はい。俺だって怖いですけど、ここで逃げたらみんなの気持ちを裏切ることになるし……俺の料理を通して、人間界の人たちにも“平和は可能だ”と思ってもらいたいんです」


リーダーをはじめとする従来派の面々も複雑そうな表情で、このやり取りを見ていた。彼らが抱いていた“侵略こそ誇り”という信念は揺らぎつつあるが、それでも人間を完全に信用できるわけではない。それは人間側も同じだろう。


「王都での晩餐会……そこが次の勝負所になりそうだな」


助手の魔族たちは、陽人のために大量の調理器具や特殊食材をまとめている。奇妙な野菜や肉、発酵調味料などもたっぷりと。どうやら大掛かりな“出張料理”を計画しているらしい。


「どんな料理を出すんだ? やはり辛味ベースで攻めるのか? いや、人間の上流階級には繊細な味がいいのでは?」


「うーん、色々試してみたいけど、時間が限られてるからね。……人間界の食材も生かせるように、メニューは臨機応変に考えるよ」


陽人は多忙な準備に追われながら、頭をフル回転させている。相手は人間界の要人だ。味覚はそれなりに発達しているとはいえ、ここまでの魔族向けの“刺激系メニュー”だけでは不十分かもしれない。かといって、まったく辛味や刺激を抜いてしまえば「魔族の料理を軽んじている」と思われるリスクもある。


(人間と魔族、両方を満足させる味……荒野での折衷ソースを更にアレンジできないかな? それと、日本の調理技術をもう少し駆使すれば、高級感のあるコース料理ができそうだ)


一方、エリザの姿が見当たらないことに気づいた陽人は、周囲を見回して首を傾げる。さっきまではこの場で手伝ってくれていたのだが、いつの間にか姿を消してしまったらしい。


「エリザさん、一体どこへ行ったんだ……。まさか、魔王様への密偵報告? それとも人間側と連絡を取ってるのか?」


騎士団の青年も同じことを考えたのか、心配そうに辺りを探し始めた。今までの経緯からして、彼女は人間界の“ある勢力”と内通している可能性が高い。しかし、それが陽人たちにとってプラスになるのか、マイナスになるのかは依然として不透明だ。


――こうして、魔王軍・人間側双方の強硬派を抱えながらも、陽人一行は“王都晩餐会”に向けて動き始めた。もしそこで大きな成功を収めれば、平和への道は一気に開けるかもしれない。だが、過激派が妨害を図る可能性や、エリザの正体・企みなど不確定要素が山積している。


次回、人間界の王都に到着した陽人たちは、一足先に渦巻く陰謀を目撃することになる。果たして晩餐会は円滑に進むのか、あるいは“最後の晩餐”となってしまうのか。物語は最終盤へ向け、さらに加速していく……。



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