第24話 魔王と従来派リーダー、宿命の対峙
要塞の門の前で対峙する二つの勢力。魔王ゼファー率いる増援軍と、従来派の魔族たち。荒野を吹き抜ける風が、激しく火花を散らす空気を一瞬だけ涼しく感じさせる。
「ゼファー……! 今さら何のつもりだ!?」
従来派のリーダーが息を荒げながら睨みつける。彼の背後には武器を構えた魔族兵がずらりと並び、まさに一触即発の様相だ。一方のゼファーは、圧倒的な存在感を放ちながらも、剣を抜く気配はない。
「貴様らが武装し、我が魔王領を乱していると聞いた。どれほどの事情があろうと、無分別に血を流すような真似はやめてもらおう」
低く響く声が荒野を振動させるかのようだ。従来派の魔族たちはその圧力に飲まれそうになりながらも、リーダーを中心に必死に耐える。
「ふざけるな……! 俺たちがどれだけ血を流して戦ってきたと思っている! それを裏切るように人間と手を組み、侵略をやめたのはお前だろうが!」
叫びながら、リーダーは胸の内の怒りをぶつける。その感情をぶつけられたゼファーの顔には、わずかな苦悩が浮かんでいた。
「……裏切ったつもりはない。確かに俺は、人間界との戦いを一時的に停止した。だが、それは魔族にとって無意味な血を流さないためだ。戦って勝ち取るものより、得られるものが多いと知ったからに過ぎん」
ゼファーの言葉に、従来派の魔族たちがざわめく。力こそが誇り、征服こそが魔族としての本懐――そう信じてきた彼らにとって、「得られるものが多い」とは何を意味するのか、理解し難い部分でもある。
「得られるもの、だと? 笑わせるな……何を得たというんだ。魔族が人間如きと馴れ合って、一体何が残る!」
リーダーは憤怒の形相で詰め寄ろうとするが、周囲の兵士が慌てて止めに入る。彼らも魔王の威圧感を思い出し、その恐ろしさを肌で感じているのだろう。
――その時、陽人がゼファーの背後から慌ただしく駆け寄ってきた。エリザと騎士団の青年、そして数名の魔族兵が後を追う。
「ゼファー様! リーダーさん、落ち着いてください……!」
場の空気が険しくなる中、陽人は両手を大きく広げて両陣営を見渡す。さすがに恐怖で足が震えそうだが、ここで怯んでは双方の関係を修復できない。
「俺、料理を作ってきました! 皆さんに食べてもらって、まずは腹を落ち着かせてほしいんです!」
陽人が叫ぶように言うと、リーダーは呆れたように舌打ちし、ゼファーは驚いた表情でこちらを振り返る。
「ここでまた料理か……。お前はそれしか脳がないのか?」
魔王の声音には呆れ半分、しかしどこか諦めにも似た安堵が混ざっているように感じられる。従来派の魔族たちは「馬鹿な……」と顔を見合わせるが、既に先ほど陽人の料理を味わっている者も多く、警戒はしつつも完全には否定しない。
「……話し合いの前に、腹が減ってイライラしてても仕方ないじゃないですか。どうか、少しだけ時間をください。そうすれば、本音で向き合えると思うんです!」
陽人の必死のアピールに、リーダーは「そんな呑気な……」と言いかけるが、すぐに視線をそらす。さっきの煮込みが脳裏をよぎっているのかもしれない。ゼファーも腕を組み、試されるような思案顔になった。
「……魔王様。いかがなさいます?」
四天王の一人とおぼしき魔族が、不安げに伺う。ゼファーは深く溜息をつき、決断を下すかのように口を開いた。
「……いいだろう。俺もお前の料理の力を信じてみるとする。もとより、ここで血を流すのは本意ではないからな」
その宣言に、従来派の魔族たちが動揺しつつも「血を流さない」というフレーズに引っかかっているのが分かる。リーダーは葛藤を隠せないまま、拳を握ってうつむいた。
「ぐっ……分かった。だが、もしそれで誤魔化されるようなことがあったら……」
「大丈夫です。俺はごまかしなんてしません。これが本当の“食事の場”になるように、精一杯料理させてください」
陽人は覚悟を決め、持参した調理道具や食材を再び取り出す。強風吹きすさぶ荒野の中、魔王の部下たちが手早く臨時の調理スペースを設営し始め、従来派の魔族たちも仕方なく協力する。
「まさか、こんなところで炊き出しみたいな真似をするなんてな……」
エリザが呆れ気味に言うが、その手は素早く動き、陽人をサポートしようとしている。彼女なりに、ここで対立を和らげる可能性を感じているのだろう。
「手伝ってくれてありがとうございます、エリザさん。騎士団の人も、野菜の皮むきお願いします!」
「分かった、任せろ!」
つい先ほどまで武器を構えていた両陣営の魔族兵が、陽人に促されて道具を手に取り、半ば呆然とした表情で料理に協力し始める。鍋に火を起こし、食材を切り分け、スパイスを配合して味を調整。やがて辺りには食欲をそそる香りが広がった。
「……これは……さっきの煮込みよりも香りが強いぞ」
リーダーが半信半疑で鼻を鳴らしながら近づいてくる。魔王ゼファーも、その姿を見つめながらわずかに目を細めた。
「お前の料理は“うまい”と聞いている。俺もずいぶん味わわせてもらったが……今回はどんな趣向だ?」
「お互いが少しずつ譲り合えるように、辛味を強めにしつつも酸味や甘味で調整してみました。魔族にも人間にも受け入れやすい味に仕上げたいんです」
陽人は鍋をかき混ぜながら応える。ゼファーが興味深そうに鍋を覗き込む一方、リーダーはまだ壁を作るかのように腕を組んでいたが、明らかに匂いの魔力に抗えない様子だった。
「さあ、もう少しで完成です。俺は自分の料理を信じてますから、皆さんもお互いを信じて、まずは腹を満たしてくれませんか?」
荒野の真ん中、戦闘準備のまま立ち尽くす両軍。魔王と従来派のリーダーが複雑な視線を交わす。どちらも言いたいことは山ほどあるが、それをぶつければ剣を交える未来しか見えない。しかし、こうして料理の香りが二人を“ひとつの場所”へと誘っている。
「……くっ、俺は……」
リーダーは表情を歪め、視線を彷徨わせる。食欲と誇り、怒りと戸惑い――その全てが入り混じる中、彼がこの場でどう動くかは状況を大きく変えるだろう。ゼファーもじっとリーダーの言葉を待っているようだ。
――果たして、陽人の料理による“食卓”は、運命を変えるだけの力を持つのか。荒野で湯気を上げる鍋を中心に、魔王と従来派の未来が重なり合っていく。
次回、リーダーと魔王ゼファーの真意が激突する中、陽人の“外交料理”が最終的な鍵となる。エリザや騎士団の青年も加わり、物語はクライマックスへと突き進む……。