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第15話 侍女エリザの検証と陽人の対抗策

 広間の一角が即席の調理スペースに変えられた。そこには鍋やフライパン、皿や調味料がずらりと並び、陽人がいつでも調理を始められる状態に整えられている。背景には魔王軍の兵士と、大使一行の随員らが睨み合い、何とも独特な緊張感が漂っていた。


「では、始めてもらえるかしら?」


 エリザと名乗る侍女は、どこか冷徹な雰囲気を纏いながら、陽人に淡々と促す。隣には、大使をはじめとする数名の人間たちが席につき、まるで“実験の被験者”のような表情で固まっている。


「承知しました。今日は、手に入りやすい食材でサッと作れる一品を……。ということで、簡単な煮込み料理を用意しようと思います」


 陽人は笑顔を作りながら、用意していた異世界野菜や肉を取り出す。特別な魔法など使っていないことを証明するため、ひとつひとつの手順を敢えて説明しながら進める。


「まずはこの野菜、見た目は紫色ですが、人間界で言うキャベツに近い種類です。筋を取り除き、柔らかくするために刻んで軽く下茹でしますね」


 鍋に湯を張り、火を起こすところからスタート。エリザや随員らの目はまるで鷹のように鋭く、陽人の手元を余すことなく見つめている。


(こんなに注視されたら、さすがに緊張するな……)


 しかし陽人は、あえて自然体で臨むことにしていた。誤魔化すことなど何もない。彼ができるのは、真摯に料理を作るだけだ。


「続いて、この肉を一口大に切ります。これは見た目こそ鶏肉に似てますが、実は少しだけジビエっぽい風味があるので、臭み消しにハーブとスパイスを合わせると効果的ですね」


 ハーブを刻み、スパイスと混ぜ合わせて下味をつける。彼が培ったノウハウに基づく一連の作業は、見ている者にも手際の良さを伝えるもので、思わず大使の随員らから感嘆の声が漏れることもある。


「陽人殿、随分と手際がいいのですね……。そのハーブは、魔王軍の市場で仕入れられたものですか?」


 役人風の男が、興味津々に尋ねる。陽人は頷きながら、軽いトーンで答えた。


「ええ、そうですよ。最近は旅の商会のクラウドさんが人間界のハーブを持ってきてくれることもあります。おかげで味の幅が広がって助かってますね」


「ふむ……これほど多彩な食材が手に入るなら、魔王領での生活も悪くないかもしれませんな」


 男がぼそりと零すと、エリザがすかさず口を挟む。


「それは“本当に安全なら”の話です。現に、魔王軍がいずれ侵略を再開する可能性はゼロではない。……たとえこの料理が美味しくとも、魔族の本質が変わったと信じきるには根拠が足りません」


 ピシャリと水を差す言葉に、一瞬空気が張り詰める。大使や随員たちも言葉を飲み込んだまま、陽人の手元へ視線を戻した。


 陽人は心中でため息をつきそうになりながら、火の加減を見極めて鍋へと具材を投入する。煮込み料理は時間がかかるが、その分、じっくりと旨味が引き出せる利点がある。


「調味料は、先に合わせておきます。塩分とスパイスの配合がポイントですね。こうすることで、素材の味を殺さずに引き立てられます」


 やがて、ぐつぐつと煮立つ鍋から、何とも言えない食欲をそそる香りが立ち昇ってきた。魔族にも好評な発酵調味料を少し加えると、さらに深いコクが生まれ、味が丸くまとまる。


「……うまそうな匂いだな」


 大使の部下の一人が小声で呟く。周囲も鼻をくんくんさせており、エリザもそれを感じ取ったのか、若干表情を曇らせる。どうやら“美味そう”という感想を抱くこと自体に、警戒があるらしい。


(料理だけで全員を納得させるのは難しいんだろうな……でも、諦めるわけにはいかない)


 陽人は気を取り直し、仕上げに取りかかる。煮立ちが落ち着いたところで火を弱め、最後に隠し味として異世界ハチミツを少量加える。すると、甘みとコクがさらなる深みをもたらし、食材同士の調和が一層増す。


「よし……いい感じです。では、皆さん、どうぞ召し上がってみてください」


 陽人は小さな器に盛り付け、配膳していく。エリザ、そして大使を含む人間側の面々は、最初こそ訝しげに器を受け取ったが、香りに誘われるようにスプーンを手にした。


「……!」


 一口すすった瞬間、ほぼ全員が目を見開いた。じわりと染み渡るような旨味、野菜と肉の深い味わいが、巧みにブレンドされた調味料でまとめ上げられている。スパイスの刺激は程よく、後味はほんのり甘やか。


「お、おお……これは……」


 硬派な雰囲気の騎士が驚愕の声を漏らし、大使の随員たちもそれに同意するように頷く。香りと味の両面で満足度が高く、彼らが思わず顔をほころばせるほどに仕上がっていた。


 しかしエリザだけは、じっとスプーンを見つめたまま一言も口を開かない。周囲の好反応をよそに、まるで自分だけは冷静を保ちたいかのように、慎重に口に運ぶ。


「……どうですか?」


 陽人が問いかけると、エリザは黙っていた。だが、再びスプーンを皿の中に落とし、二口三口とゆっくり味わう。喉が動くのが見え、眉根がわずかに動いた。


「……美味しいとは思います。けれど、だからといって何が証明されるわけでもありません」


 素っ気ない返答に、陽人は複雑な気持ちになった。美味しさを認めても尚、彼女の疑念は解けないらしい。


「確かに、これほど美味しい料理を作るのは並大抵の技量ではないでしょう。ですが、魔王軍がこれで本当に変わったと言えるのか。そこが問題です」


 エリザはスプーンを置いて、冷静に陽人を見つめる。


「あなたが料理によって魔王軍を“骨抜き”にしているのだとしたら、その先にあるのは何です? 実は人間界を欺くための芝居だったりしないのですか?」


 その言葉に、陽人はぐっと息を呑む。今度はエリザが疑っているのは、単に魔王軍だけでなく、陽人自身の立場も含まれているように見えた。


「そ、それは……」


 反論しようとするが、うまく言葉が出てこない。彼女の疑いは“洗脳”の範囲を超え、“策略”や“裏取引”の線まで視野に入れているのだ。確かに陽人は、結果的に魔王軍の侵略を止め、両陣営の間を取り持っている。人によっては、これを「二重スパイ」と見るかもしれない。


 すると、ここで大使が落ち着きを取り戻し、エリザを制するように口を開いた。


「まあ、よいではないか。確かに絶品の料理だった。しばらく滞在する間に、この目でゆっくり確かめさせてもらうさ。魔王軍の本意がどこにあるのか、そして、この料理人がどう動くのか……」


 大使の声には、不気味な余裕が感じられた。エリザもそれに従うように視線を引き、再びスプーンを握る。美味しさに負けまいと意地を張るようにも見えたが、口元に浮かぶ微かな笑みは、とても警戒心だけとは思えない。


(何とか料理は認めてもらえたけど……彼女が心を開くかどうかは別問題か)


 陽人は胸の奥で苦い思いを噛みしめた。エリザのように、真摯に味を評価しながらも警戒を解かない人物に、どうすれば本心を伝えられるのか。


「ご馳走さまでした。実に美味しい……。しかし、私はまだあなたと魔王軍を信用したわけではありませんよ」


 再度念押しするような言葉を残し、エリザはスプーンを置いた。その瞳は、まるで獲物を狙う鳥のように鋭く、それでいてなぜか魅力的な光を宿している。


 ――こうして“侍女エリザの検証”はひとまず終わったが、陽人と魔王軍に対する疑念は深まったのか、それともほころびができたのか。その答えは、まだ分からない。


 一方、この試食会の一部始終を密かに見つめる影があった。魔族の中にも、未だ魔王ゼファーの方針を快く思わない者たちがいる。彼らはエリザの動向を利用して、再び騒乱を巻き起こそうと目論んでいるのだ。


 次回、エリザと陽人の間に芽生える予期せぬ交流と、魔族内部の暗闘が絡み合い、物語はさらに複雑な方向へ。果たして料理だけでなく、陽人自身の人間性が問われる日が来るのだろうか……。



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