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第14話 暗躍する影と狙われた晩餐

 大使一行が魔王城に滞在して数日。城の雰囲気は微妙にぎこちない緊張感が漂い続けていた。大使を中心とする人間側の来賓は、陽人の料理に舌鼓を打ちながらも、常に警戒を解かず、何かと細かい質問を投げかけてくる。


「このスパイスの原産地はどこだ? 魔界特有の成分はないのか? 実は毒性があるのではないか?」


「なぜ魔王軍がこんなに大人しく人間を受け入れている? 料理以外の裏取引があるのでは?」


 矢継ぎ早の問いかけに、陽人も苦笑しながら答えるしかない。明らかな陰謀論にも聞こえるが、大使たちにしてみれば「侵略の脅威を放置している」と本国に責められぬよう、しっかり証拠を押さえたいのだろう。もっとも、それが完全に空振りに終わるかはまだ分からない。


 そんな折、陽人は思わぬところで“大使の背後”にいる勢力の一端を知ることになった。


 ---


「おい、あそこの影に誰かいる!」


 夕暮れ時、陽人が裏庭で新作スープの食材をテストしていると、魔王軍の兵士が慌てた様子で駆け寄ってきた。指差す先には、城の外壁に張り付くようにしてうずくまる人影がある。


「誰だ! 出てこい!」


 兵士が大声を張り上げ、周囲がざわめく。人影はギクリとしたように身を縮めたが、ほどなくして諦めたのか、ゆっくりと姿を現した。ローブを深く被ったままのため表情はよく見えないが、体格からして人間のようだ。


「なぜこんなところに? まさかスパイか?」


 兵士が警戒しつつ詰め寄ると、その人影はローブをずらし、顔を見せる。妙齢の女性だった。目元には険しさが滲み、一言も発しようとしない。


「陽人、どう思う?」


 傍らにいた騎士団の青年が、小声で陽人に囁く。青年は陰ながら陽人を守ろうと、日々行動を共にしていた。


「うーん、スパイにしてはあからさま過ぎる気がするけど……」


 陽人が考えを巡らせていると、女性は振り返って一言だけ口を開いた。


「……私は、大使殿に仕える侍女だ。城の構造を見て回っていたら、はぐれてしまっただけだ」


 兵士たちが顔を見合わせる。確かに大使の一行の中には女性も混じっていたが、見覚えがない者も多い。それでも公式に招かれた客人という立場である以上、すぐに拘束するわけにもいかない。


「ならば、こちらで案内してやろう。勝手な行動は慎んでもらいたいがな」


 兵士が少し強めの口調で言うと、女性は無表情のまま静かに頷いた。そのまま連れられていく彼女を見送りながら、陽人は胸の奥に引っかかるものを感じる。


(侍女……にしては、何か空気が違うような?)


 正体不明のまま消えていった女性。彼女が「大使の背後にいる何者か」と繋がっている可能性は十分考えられる。しかし、現段階ではそれを確かめる術もない。


 ---


 その夜、大使たちの宿泊する客室が並ぶ廊下では、一際騒がしい声が響いていた。陽人が様子を見に行くと、そこには大使とその随員たち、そして魔王軍の兵士数名が険悪なやり取りをしている。


「何度も言うが、我々は自由に城内を見学する権利があるはずだ! 勝手に制限をかけるとはどういうことだ!」


 大使が怒鳴るように主張し、兵士が困惑の表情を浮かべる。


「ですが……あまりにも城の奥深くまで入り込んで頂くのは困ります。機密区画もありますので……」


「機密? 魔王軍がどんな陰謀を企んでいるか調べるのは、こちらの当然の権利だ!」


 厳しい口論の中に、先ほどのローブの女性の姿もあった。やはり侍女という立場らしいが、その眼差しはまるで猛禽のように鋭い。城の奥まで勝手に踏み込もうとするのも、彼女が先導しているのではないかと思わせる雰囲気だ。


「なにやら揉めているみたいだね……」


 陽人が廊下の端で身をひそめるように眺めていると、魔王ゼファーが悠然と歩いてきた。多くの兵士を従えているが、その足取りには焦りが感じられない。


「どうした、大使殿。こんな夜更けに散策とは物好きだな? まるで、城の“裏側”を探りに来たとしか思えんが?」


 ゼファーが睨みを利かせると、大使の顔に冷や汗が浮かぶ。けれども、侍女らしき女性は一歩も引かない。


「魔王殿、我々は貴方を疑っているわけではありません。ただ、確たる証拠がないと安心できないのです。もし本当に平和を望むなら、城内のすべてを公開してくださってもよろしいのでは?」


 言葉巧みに話を進める彼女に、ゼファーは険しい表情を崩さない。互いの思惑が火花を散らしているようだ。


 ――そのとき、陽人は直感的に感じた。大使本人よりも、この女性のほうが遙かに“やり手”だと。


(なんだろう……この空気。あの従来派の武闘派リーダーとは全然違うベクトルの怖さがあるぞ……)


「貴様……何者だ?」


 ゼファーが低く問うと、女性は静かに微笑んだ。


「ただの侍女に過ぎません。名を問うのでしたら、エリザとだけ申しておきましょうか」


 大使が後ろから「余計な口を挟むな」と慌てて止めようとするが、エリザと名乗る女性は動じない。それどころか、一瞬ゼファーの威圧感を真正面から受け止め、まるで“魔王すら恐れていない”ような雰囲気を放った。


(もしかして、この人が本当の黒幕なのかな……)


 陽人は思わず喉を鳴らす。人間界からやって来た大使の一団は“一枚岩”ではなく、エリザが独自に暗躍している可能性が高そうだ。彼女が狙うのは魔王軍の秘密か、あるいは陽人の料理の真実か――どちらにせよ、今後の波乱を予感させる。


 ---


 翌朝、陽人は大使たちが滞在する一角に呼ばれた。どうやらエリザの強い要望で、彼女の目の前で料理をしてほしいというのだ。


「どんな手順でどんな食材を使い、どうやって魔族を籠絡しているのか、一部始終を拝見したいそうです。……失礼な話ですが、断るわけにもいきませんからね」


 騎士団の青年が申し訳なさそうに伝える。陽人は眉をひそめながらも、仕方なく了承した。改めて疑惑を晴らすチャンスかもしれないし、逆に相手の狙いを知る手がかりにもなる。


「わかりました。じゃあ、いつものように精一杯作るだけですね……」


 これまでも目の前で料理を披露したことはある。しかし、エリザの“徹底的に探ろう”という姿勢は別格だ。もし何か揚げ足を取られたらどうなるのか、陽人は気が気ではなかった。


 ――こうして、怪しい“侍女”の企みを抱えたまま、新たな試食会が始まろうとしている。果たして陽人の料理は、彼女の疑念を解きほぐすのか、それともさらなる陰謀を呼び込むのか……。


(あとがき)

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