第11話 従来派の蜂起と陽人の苦悩 前編
魔王城の外――荒涼とした岩場が広がる場所に、大勢の武装した魔族たちが集まっていた。漆黒の鎧をまとった強面の兵士たちが、剣や槍を携え、不気味な威圧感を放っている。
その中心に立つのは、大柄で角の太い魔族。以前から不穏な動きを見せていた“従来派”のリーダー格らしく、見るからに屈強な体つきだ。周囲の兵士たちは彼の号令を待ち、殺気立っている。
「聞け! 我らの誇り高き魔王軍は、いつから人間どもの料理に溺れるようになった!? 魔王様が腑抜けたわけではないと信じたいが、今のままでは魔族の威信は地に落ちるばかり!」
その声が荒野にこだまする。集まった兵士たちも、憤りを露わに頷きあう。
「料理ごときに浮かれるなど、下等生物のやることだ! 我ら魔族は力こそが正義、力こそが誇り。腹を満たせば満足とは、何たる堕落!」
リーダーの怒号に、従来派の兵士たちは雄たけびを上げる。どうやら、魔王ゼファーが料理に夢中になり侵略を先延ばしにしていることに、我慢の限界が来ているようだ。
「……今こそ立ち上がる時だ! あの裏切り者の幹部ども、そして料理にかまける魔王様に目を覚まさせるのだ!」
周囲の兵士たちは武器を掲げ、一斉に声を上げた。まさに内乱の火蓋が切って落とされる寸前だった。
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一方、城内の広間では、魔王ゼファーと四天王のうちの数名、それに騎士団の青年、そして陽人が集まっていた。緊迫した空気の中、陽人は血の気が引くのを感じる。
「外に集まっているのは、どうやら相当数の兵士のようです。幹部たちも参加しているとの報告が……」
報告を終えた兵士が息を詰まらせている。魔王ゼファーは忌々しげに視線を走らせ、奥歯を噛みしめていた。
「まったく、よりによってこんな時に……。やはり料理ばかりに現を抜かしているわけにはいかないか」
四天王の一人が低く唸る。彼もまた、陽人の料理を気に入り平和路線に賛同している側だが、従来派の気持ちが分からなくもない、と複雑な表情を浮かべている。
「で、どうするんだ? このままでは、連中は城に攻め込むかもしれないぞ」
騎士団の青年が不安そうに問いかける。魔王軍の内乱とはいえ、事態が収束しなければ人間界にも波及しかねない。
「魔王である俺が直接出向いて説得する。……下手をすれば剣を交えることになるだろうが、好き勝手に暴れられるわけにはいかん」
ゼファーの言葉に、一同が顔を強張らせる。彼が出陣するとなれば、相当な戦闘が起こる可能性が高い。魔王と従来派が真っ向から衝突すれば、城を巻き込んだ大惨事になりかねない。
「待ってください!」
思わず陽人が声を上げた。全員が彼を見つめる。
「ここで力尽くの争いになったら、取り返しがつかなくなるかも……」
「だが、奴らは話の通じる手合いではない。お前の料理など、あえて否定している連中だぞ」
ゼファーが低い声で言うと、陽人は苦しそうに唇を噛む。まさにその通りだ。料理で丸く収まるなら、最初から彼らは蜂起などしなかっただろう。
それでも、陽人は一縷の望みに賭けた。
「……それでも、話をさせてほしいんです。自分は何も魔族の誇りを踏みにじろうとしてるわけじゃない。ただ、美味しいものを食べる喜びを知ってほしかっただけで……」
少年のように純粋な瞳で訴える陽人に、場の空気が変わる。強硬派の意地やプライドは根深いが、だからこそ美味い料理が架け橋になり得る可能性はゼファーも感じている。
「魔王様、どうか……。彼らが剣を交える前に、ひとつだけ陽人殿に機会を与えてみてはいかがでしょう」
四天王の一人が意を決したように進言する。騎士団の青年もそれに続く。
「そうです。俺も実際、陽人の料理を食べて考えを改めた口です。もしかしたら、彼の料理は“洗脳”じゃなく、本当に心を動かす力があるのかもしれない」
ゼファーは腕を組んだまま黙り込む。激しい戦闘になれば、従来派を鎮圧できるかもしれないが、深い亀裂が残るのは間違いない。
「……好きにしろ。ただし、奴らが攻めかかってきたら即時反撃する。俺は決して甘くはないぞ」
「わかりました」
陽人は深々と頭を下げる。激突寸前の従来派に、果たして料理を受け入れる隙などあるのだろうか――それでも、今はそれが唯一の望みだ。
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荒涼とした城外の広場。従来派のリーダーを筆頭に、武装した魔族たちが威嚇の態勢を保っている。その正面には魔王ゼファーや幹部たちが並び、今にも一触即発の状態だ。
「出てきたか、魔王。とうとう剣を取る気になったのか? ならば問答無用……!」
リーダー格の魔族が一歩前へ踏み出し、周囲の兵士たちもそれに続く。まるで嵐の前の静けさのようなピリピリした空気に、陽人は息を呑んだ。
「待て。まずは話をしようと言っているのが分からんか?」
ゼファーが厳かに声を響かせるが、従来派の魔族は苦々しい表情を浮かべる。
「話など無用! お前は料理に現を抜かし、人間どもと手を結ぼうとしている。そんな魔王は、我らの望む魔族の王ではない!」
その言葉に、背後の兵士たちも鬨の声を上げる。まさに隙あらば襲い掛からんという勢いだ。陽人は冷や汗をかきながら、大きく息を吸った。
「ちょ、ちょっとだけ……時間をくれませんか? 俺はただ、美味しいものを食べてもらいたいだけなんです」
振り向くと、魔王や幹部たちは黙って見守っている。彼らもこの場が荒れ狂うよりは、陽人の挑戦を見届けたいらしい。
「誰がお前なんかの料理を食べるか! 魔族を軟弱にする呪いのようなものであろう!?」
リーダーの魔族が唾を飛ばして罵声を浴びせる。周囲も一斉に嘲笑する。
しかし、陽人は眉を下げながらも、どこか諦めきれない表情だった。
「……わかりました。ならば、もし俺の料理を食べて“貴方たちの誇りが揺らぐ”と感じたら、その時は好きにしてもらって構いません」
言い切ると、騎士団の青年が目を丸くし、ゼファーまでも僅かに眼を見開いた。なんとも危うい賭けだ。最悪の場合、陽人がここで殺されるかもしれない。
「そんな甘っちょろいことを……」