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第10話 騎士団の試食対決

 城の一角にある広々とした試食会場。もともとは大広間とは別に設けられた宴用のスペースだが、今や“騎士団の調査員”と陽人の一対一の勝負――とまではいかないまでも、“対決”めいた雰囲気が漂っている。


「これが、あなたの料理を試食するための場……ですか?」


 騎士団の青年が周囲をぐるりと見回す。そこには長テーブルが据えられ、食材や調理器具が一通り揃えられていた。陽人にとってはいつもの厨房ほど設備が整っていないので、少々やりにくいが、こうしたオープンキッチン形式の“特設調理スペース”は初めてではない。


「ええ、普段はここで簡単なパーティ用の盛り付けをしたり、試作を出したりしてます。……ただまあ、今日は少し事情が違うんですけど」


 陽人は苦笑しつつ、テーブルに並んだ材料をチェックする。魔王軍から提供された異世界食材に加え、“旅の商会”のクラウドが持ち込んだ人間界の食材もある。これなら両方を組み合わせた料理ができそうだ。


「洗脳かどうかを確かめるには、あなたがどのように料理を作るか、一部始終を見せてもらう必要があります」


 騎士団の青年は鋭い目つきで宣言する。どうやら、誰かが魔法や毒物を混入していないか、細かい手順を監視するつもりらしい。


「もちろん構いませんよ。ただ、焦らせると失敗しちゃうかもしれないんで、あまりに近くで睨まれるのは勘弁してくださいね」


 陽人が冗談めかして言うと、青年は表情をぴくりと動かすが、無言のまま頷いた。どうやら真面目で頑固な性格のようだ。


「では、早速始めますね。何かご希望の料理はありますか?」


 陽人は相手の好みに合わせるのが一番だと思い、尋ねてみる。が、騎士団の青年は少し考え込んだ末に答えた。


「……実は、俺は“肉料理”にあまり良い思い出がない。遠征先で痛んだ肉を食べ、ひどい目に遭ったことがあったんだ」


「そうだったんですか……。それなら、魚や野菜中心のメニューにしてみましょうか?」


「いや、あえて肉を使ってくれ。もしそれが不味ければ、逆にあなたが本当に料理で人を魅了しているのか疑問が生じるだろうからな」


 青年の言葉に、陽人は微妙に困った顔をする。何を作るにしてもリスクはあるが、真っ向勝負こそが疑いを晴らす近道かもしれない。


「わかりました。じゃあ、手元にあるこの肉を使ってみます」


 陽人が手に取ったのは、異世界特有の獣の肉。しかし、見た目や触感は鶏肉にやや近い。脂のノリも悪くなさそうだ。


「……では早速、調理開始っと」


 陽人はまず包丁を入れ、丁寧に余分な脂や筋を取り除く。騎士団の青年はその様子を神経質なまでに見つめていたが、やがて、陽人の技量に感心したのか、少しだけ目を細めた。


「まるで料理人のようだな……」


「一応、料理が得意でこっちに来ちゃったんで、料理人を名乗ってます」


 さり気なく冗談めかして返す陽人。青年はまだ表情に疑いを浮かべているが、さほど悪意は感じられない。


 陽人は次に香辛料を配合し始める。どれをどの程度混ぜれば美味しくなるか、もはや半ば感覚的に把握できるようになってきた。日本の唐揚げには及ばないかもしれないが、彼なりに“異世界鶏肉”のベストな下味を知りつつある。


「味付けはこんな感じで……あ、少し酸味が欲しいかな。クラウドさんが持ってきた柑橘類を絞ると、爽やかさが出るかも……」


 自問自答しながら、手早く調理を進める。やがて、フライパンから立ち上る香りに、青年の鼻が微かにひくついた。


「くんくん……悪くない匂いだな。だが、それだけでは洗脳かどうか分からんぞ」


「まぁ、洗脳なんて大げさですよ。美味いか不味いか、それだけの話なんで……」


 陽人が苦笑すると、青年は真剣な目つきを崩さないまま、それでも少し気が緩んだように見える。


 ---


 時間にしておよそ30分。陽人はメインの肉料理を完成させた。カリッと焼いた表面に、香り高いソースがからんでいる。仕上げに野菜のソテーを添えて彩りを加えた。


「よし、できました。召し上がってみてください」


 陽人が皿を差し出すと、青年は慎重にフォークを刺し、小さく切り分ける。断面からは肉汁が滲み出し、ふわりと立ち上る食欲をそそる香り。


「……」


 一口含む。沈黙が落ちる。唇を閉ざしたまま、青年は味を確かめるように口の中で転がした。そしてごくりと飲み込み、眉をひそめながらつぶやく。


「こ、これは……」


 脳裏に蘇るのは、遠征先で傷んだ肉を食べて苦しい思いをしたあの日の記憶。だが、今口にしているのは、あの時とは比べものにならないほど柔らかく、ジューシーで、しかも嫌な臭みが一切ない。わずかな酸味とスパイスの香りが、むしろ食欲をかき立てる。


「……美味い。まったく、想像以上だ」


 青年がぽつりと呟く。表情にはまだ葛藤が残っているが、その一言だけでも陽人は安堵を覚えた。


「それが、俺ができる精一杯の答えですよ。洗脳とかじゃなくて、“美味しく食べてもらいたい”っていう単純な気持ちが、魔王軍に受け入れられただけで」


 そう言いながら、陽人は照れくさそうに頭をかく。青年は黙ったまま皿を見つめていたが、やがて神妙な面持ちで口を開く。


「正直、俺はまだあなたを完全に信用したわけではない。しかし、この料理がただ純粋に美味いことだけは認めざるを得ない。……本当に、そこに裏がないというのなら、人間界も一度は考え直す余地があるかもしれない」


「そ、そうですか。ありがとうございます」


 陽人はほっと胸を撫でおろす。これで、少なくとも騎士団の青年に“洗脳”呼ばわりされることは少なくなるだろう。


 ただし、青年の表情にはいまだに不安と迷いが混ざっていた。おそらく、魔王軍に対する疑念や、人間界の上層部への報告義務など、複雑な立場にあるのだろう。


 その時、ふいにドアが乱暴に開かれた。現れたのは、軍装のままの魔族の男。顔には焦りの色があり、開口一番こう叫んだ。


「大変です! 城の外で、従来派の兵士たちが武装して集結しているとの報告がありました! どうやら、料理にかまけている我らを一掃するとか……!」


「な、なんだって……?」


 陽人は驚きに目を見開く。従来派の一部が不穏な動きをしている噂はあったが、まさか武力行使に踏み切るとは。


 騎士団の青年も皿を置き、目を見開く。


「まさか、ここで内乱が起こるのか……?」


 戦いか、それとも料理による仲裁か。今まさに城を覆おうとする緊迫感の中、陽人は自分に何ができるのかを必死に考え始める。


 ――次回、武装蜂起寸前の従来派と平和派の衝突が迫るなか、陽人の料理は再び大きな決断を迫られることになる。彼が作り上げる“魔族のための新たな味”は、果たして剣を交えるより強い力を持つのか、それとも……。


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