余白のなかで
冬の朝。空気は澄んでいて、吐く息が白く浮かんだ。
通学路の途中、小さな公園のベンチに腰掛けて、黎はぼんやりと空を見上げていた。
曇り空の向こうに、うっすらと青が滲んでいる。まるで、白紙にこぼれたインクのような空だった。
ポケットの中にある、少ししわくちゃになったスケッチブックの切れ端。
あの日、楓が貼ってくれたコラージュの残り。紙の端はちぎれ、色鉛筆の線が途中で途切れている。だけど、そこにあるのは「壊されたもの」ではなく、「まだ描かれていない場所」だった。
——描かれていないことは、間違いではない。
誰かに自分の形を決められることが、どれほど怖かったか。
でも今は、はっきりとは言えなくても、自分のままを受け取ろうとする声が、そばにある。楓も、紗那も、母も。まだ言葉にできない不安や、すぐに癒えない傷もある。でも、消えてほしいと思わなくなった。
校門の前で、楓が手を振っていた。
「おはよう、黎」
小さな声。でもまっすぐで、迷いがなかった。
黎は少しだけ目を細めて、スケッチブックの切れ端をそっとポケットにしまうと、ゆっくりと立ち上がった。
「……おはよう」
今日は「僕」でいる。でも、明日はどうだろう。
それでもいい。はっきりしないままでも、名前も形も揺れたままでも、生きていける。誰かに決められない「自分」を、これからも探していけばいい。
楓の隣に並ぶと、二人の影が歩道に並んだ。
細くて、まだ頼りなくて、それでも確かに続いていく道。
余白は、まだたくさん残っている。
そこに何を描くかは、これからの自分が決めていくのだろう。
ただ、それだけで充分だった。




