告白と沈黙のあいだで
文化祭が近づいてきた。校内はにわかに活気づき、教室の飾り付けや出し物の準備が進む中、黎も美術部の手伝いとして再び人の輪の中に加わっていた。
楓は実行委員としてあちこちを飛び回っていたが、休憩時間になると必ず美術室に顔を出してくれた。二人で準備をしたり、ポスターのレイアウトを考えたりする時間は、黎にとってかけがえのないものだった。
だが、文化祭が近づけば近づくほど、黎の心の中にはある「決意」が大きくなっていった。
——楓に、この気持ちを伝えたい。
それが「恋」なのか、「依存」なのか、自分でもまだはっきりとはわからない。でも、楓が自分にとってただの幼馴染以上の存在であることは、もう疑いようがなかった。
不安はあった。
「もし、この気持ちを伝えたら、何かが壊れてしまうんじゃないか」
そう思うたびに、胸の奥が冷たくなった。でも、それでも伝えたい。何かがはじまるためには、言葉にしなければならないと、黎は感じていた。
_文化祭前日の夕方、美術室
校舎は準備の最終段階に入り、生徒たちの足音が廊下を行き交っていた。美術室には、黎と楓の二人きり。
「明日、楽しみだね」と楓が言った。
黎は頷きながら、でもどこか上の空だった。
「ねえ、楓」
「ん?」
「話したいことがあるんだ。…ちょっとだけ、いいかな?」
楓は真剣な表情になり、椅子に腰掛け直した。
「もちろん。なに?」
黎は一度大きく息を吸い込んで、それからゆっくりと口を開いた。
「僕さ、ずっと、自分が何者なのかがわからなかった。男とか女とかっていう枠の中に、自分をどう当てはめたらいいかわからなくて。でも…楓と一緒にいるうちに、少しずつ、自分のことを許せるようになったんだ」
楓は黙って頷いていた。黎は言葉を続けた。
「そして…気づいたんだ。君といると、心があったかくなるっていうか、ほっとするっていうか…。その気持ちが、ただの友情じゃないかもしれないって、思い始めてる」
一瞬、時間が止まったような静寂。
黎は、自分の言葉がどんな意味を持つか、楓がどう受け取るかに怯えながら、それでも視線をそらさずに彼を見つめた。
楓はしばらくの間、何も言わずに天井を見上げていた。そして、ゆっくりと口を開いた。
「ありがとう、黎。…言ってくれて、嬉しかった」
その声は優しかったが、どこかためらいが混ざっていた。
「実は…僕も、君に話そうとしてたことがあるんだ」
黎は、はっとしたように顔を上げた。
楓はゆっくりと語り始めた。
「中学の頃、僕もすごく悩んでたんだ。…自分が男であることに、違和感があったわけじゃない。でも、誰かを“好きになる”ってことがどういうことなのか、ずっとわからなかった。今でも…わかってるとは言えないんだ」
「僕はたぶん…“恋愛感情”っていうものを、ちゃんと持ってないんだと思う。君のことはすごく大切だし、一緒にいたいと思う。でもそれが、いわゆる“好き”なのか、自分でもはっきりしない」
黎は静かにその言葉を受け止めた。
心がじんわりと痛んだ。でも、同時にその正直さが、うれしかった。
「…そっか。ありがとう。楓が本当のことを言ってくれたのが、すごく…ありがたい」
二人のあいだに流れる沈黙は、もう気まずさではなかった。ただ、互いの言葉が静かに心に降りていく音が聞こえるようだった。
楓が、ぽつりと呟いた。
「でも、黎のことを大事に思ってる気持ちは、本物だよ。それだけは、信じてほしい」
黎は、ゆっくりと頷いた。
「うん。信じてる」
それだけ言うと、黎はスケッチブックを開き、ペンを走らせ始めた。隣で、楓がそっとピアノの鍵盤に手を置いた。
それぞれの“答え”はまだ見えない。でも、それでいいのだと思えた。




