7 処分
次にヘルミナが目覚めると、そこは天蓋付きのベッドだった。
そこは男爵家ではない。
壁紙も調度品も、もちろん今ヘルミナが横たわっているベッドも何もかも見知らぬ物。
「ヘルミナ!」
手を握っていたミハイルが、大きな声を上げた。
「殿下?」
「ああ、良かった。良かった! 目覚めてくれたかっ!」
強い力で抱きしめられる。
「く、苦しいです……」
「あ、すまない。すぐに医者を呼ぶ」
ヘルミナが目覚めて間もなく宮廷医が呼ばれ、診察が行われた。
「……どうやら峠は越えられたようでございます。もう安心です」
「良かった」
「お医者様、私は一体どれだけ眠っていたのですか」
「おおよそ三日」
「そんなに……」
「最悪の事態を避けられたのは本当に幸運でございます」
ミハイルと二人きりになった。
「殿下。一体何がどうなったのですか?」
「お前のグラスに毒が入れられていたんだ」
「では、殿下を狙って?」
「……違う」
ミハイルは今にも泣き出しそうな声を漏らす。
「私と君のグラスとでは、嵌められている宝石の種類が違うんだ。だから犯人は最初から君を……」
「そんな……」
「君の酒に入れられていた毒は非常に珍しい植物から抽出されたものだ。だから今、セシルに、納入業者や領内にあの植物を保有している者がいないかを調べさせている」
「セシル様が」
「あいつは頼りになる。正直、私よりもずっと頭が切れる。きっと犯人を見つけだしてくれる」
ヘルミナが無言で眉を顰めた。
「気分でも悪くなったか? 何か欲しいものがあれば言ってくれ。何でも用意させるから」
「……違うんです。セシル様は、殿下に何も仰りませんでしたか?」
「言う? 何をだ?」
「実は、今回のパーティーの品物に関してですが、選んだのは私ですが、実際に手配をしたのはセシル様なんです」
「何だと……」
初耳だったらしく、ミハイルの顔色が変わる。
「何も聞いていなかったのですね」
「ああ……。だが、どうしてそんな大事なことをあいつは」
「……セシル様が犯人だからではないでしょうか。私が死ねば、セシル様があの品物を用意した事実を知る者は誰もいませんもの」
「馬鹿なことを。どうしてあいつがそんなことをっ」
ミハイルは激しく動揺して、取り乱す。
「セシル様は妹君をお連れでした。事前にお聞きしてはいなかったのですよね」
「ああ……。だが、それとこれと何の関係が……」
「これはただの想像ですが、セシル様は妹君を、ミハイル様の妻にと考えていたのではないでしょうか」
「そんな訳が」
「普段は領地にいる妹君をわざわざこのタイミングで連れてきたのは何故でしょう。私が意識を失っている間、ミハイル様の元にフアナ様が寄り添ったりはしませんでしたか」
ミハイルははっとした顔をする。
「確かに、何くれと私の世話を誰よりも熱心にしてくれた……」
「私にもしものことがあれば、おそらくミハイル様はフアナ様のことを強く想われたのではないでしょうか」
「そんなはずはない!」
そうは思えない。
おそらく、この単純な男は、ヘルミナを失った心の傷をフアナで埋めたはずだ。
ヘルミナにはその光景が容易に想像できた。
「ではどうして、セシル様は殿下に隠し事を?」
「そ、それは……」
ミハイルはベルを鳴らすと、すぐに使用人が入ってきた。
「衛兵たちにセシルを連れてこさせろ」
「かしこまりました」
しばらくして衛兵に取り押さえられたセシルとフアナが引きずられるように、ヘルミナたちの前へ連れてこられる。
「殿下、これは一体何の真似ですか……」
「セシル。嘘いつわりなく答えろ」
「何をでしょうか」
「ガーデンパーティーの品物を揃えたのは、お前だとなぜ言わなかった」
セシルがはっとした顔をし、それからヘルミナを睨み付けた。
「イサドラから聞いたのですか。殿下、私は決して何も……」
「なぜ言わなかったのかと聞いているっ!」
「そ、それは……私が疑われると思ったからです。ですが、私はイサドラ嬢のグラスに毒など盛ってはおりません! そんなことをする理由がありませんっ!」
「フアナは」
「は?」
「今回、なぜ事前の連絡もなしにフアナを連れてきた? このタイミングで。おかしいでないか。どうして今なのだ?」
「私が殿下にお会いしたいと、兄に無理を言ったのです」
フアナが、必死に弁明する。
ミハイルがキッとフアナを睨み付けた。
「お前は私がヘルミナのことで悲嘆に暮れている時、自分がそばにいて私を支えると言ったな。あの時、心が弱った私はお前の甘言にほだされたが……あの言葉は、イサドラが死ぬと分かっているような口ぶりだった」
「ち、ちちちち違います! 私はそのようなつもりで言ったのでは……」
フアナは顔面蒼白で取り乱す。
「セシル、お前のことはずっと信じていた。誰より頼りになる従者であり、友であると」
「今もそれは変わりません。殿下、確かに真実を申し上げませんでしたが、イサドラ嬢を害するつもりなど……」
「黙れ! お前たちはイサドラを殺そうとした罪で死刑だっ!」
「そんな権限はあなたにはありません。全ての犯罪者は裁判を受ける権利がありますっ」
「ぐ……」
ミハイルは情けなく言葉に詰まる。
(ここまでお膳立てをしてあげたのに情けないわね)
ヘルミナは内心、溜息をつく。
「……では、貴族令嬢殺害未遂で裁判を受けさせて下さい」
「そ、そうだ。お前が罪人であることに変わりはない。さっさと牢へぶちこめっ」
「私は無実だ! この愚かな王子めっ!」
衛兵たちにより、セシルたちが連れ出されていく。
「……あれが、セシルの正体だったのか。愚かな王子? 王太子である私を、悪し様に言うなんて……っ」
(間違ってないわね。聖女の価値のなんたるかも理解できず、目先の欲に釣られるんだから。ま、それはあの利口ぶった男もそうだけど。主従揃って、欲望に忠実だこと)
「ミハイル様」
「すまない。イサドラ、君が大変な状況だというのに」
「今あの方は王太子であるあなたをはっきり侮辱いたしました。これは明らかな、反逆罪でございます。それを聞いている者も衛兵をはじめ多くいます」
「そうだ、その通りだ。どちらが本当に愚かか、思い知らせてやろうっ」
※
イサドラ毒殺未遂、および王太子への侮辱による反逆罪で、セシルは裁判にかけられて有罪が宣告され、処刑された。
さすがにミハイルを侮辱されたことを何人もの兵士やメイドたちが証言したことが決め手になった。
相手が王族であれば本当のことであっても侮辱すれば大罪だ。
伯爵家は爵位を奪われ、領地を召し上げられ、セシルの両親と妹たちは国外追放処分になった。
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